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たとえ神に選ばれなくても  作者: ナカマクン
【恐ろしく凶悪な異常者が人を襲う話】
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第3話。気の進まない仕事

『貴族として必要不可欠な経験と実績を持たせる為に、我が子に手頃な功績を立てさせたい』


 依頼の内容は本当の目的を除けば、そんなよくある真っ当な話だった。


 いざ有事が起これば、貴族は国の為に戦う義務がある。軍費を捻出し、戦略を練り、子飼いの兵を率いて戦場に馳せ参じねばならない。

 その時になって『初心者なので何も分かりません』では話にならないので、どこかで実戦経験を積んでおくのが普通だ。嫡男が戦死した場合に備えて、次男以降や愛人の子を鍛えておく事もある。


 昔はその辺にごろごろ居た怪物を退治するのが一般的だったそうだが、そういうのが人類領域から絶滅しかけている昨今ではお供を引き連れて山賊退治などをやるらしい。

 剣を振るだけでなく、予算のやりくりから部下の面倒を見る事まで全て引っくるめた実戦形式の訓練というわけだ。配下の代わりに実戦経験の豊富な傭兵や冒険者を雇うというのも、あり得ない話ではないだろう。


 だから今回の依頼は常識的な範囲内の仕事だった……はずなのだが。


「要するに私の仕事はお目付け役だな。教育係として手は抜けない。悪いが遠慮無くビシバシいかせてもらう」


 うーむ、どうも最近こんな役が多いせいか、偉そうだな私。今回は仕方ないとはいえ、驕り高ぶりは慢心に繋がる。謙虚な心を忘れないようにしなくては。


「よろしくお願いします!」


「いい返事だ。まずは計画と予算を確認しておきたい」


「計画と……予算? ふむむ?」


 カノンは不思議そうに首を捻った。いきなり嫌な予感しかしない。


 ちなみにカノンとまともに話が通じるようになるまで、バリス卿が五回ほどスリッパで彼女の頭を叩いた。子供の頃からの教育の甲斐あって、カノンはスリッパで頭を叩かれるごとに少しずつトーンダウンするらしい。

 ……もしかして私が知らないだけで、貴族の家ではスリッパで叩く教育が普通だったりする?


「おい待て。百歩譲って無計画なのは……予想の範囲内というか……その性格からしてまだギリッギリ分からんでもないが……予算は? 出発前にランスベルグ侯から遠征費として預かった金があるだろ? あるよな?」


 私はスリッパを握り締めた。彼女を叩くのは抵抗があるが、遠慮も手心も一切無用、むしろ気を使うと逆効果になると聞いているので、心を鬼にしよう。


「ああ!」


 カノンはポンと手を打った。


「それならば昨日、恵まれない物乞いに全額寄付してきましたとも! はっはっは!」


「なに笑とんじゃい!」


 私は遠慮なくスリッパで脳筋令嬢の頭を叩いた。スパァンと良い音が鳴る。


「食費に宿泊費に交通費! その他もろもろの経費をどうする気なんだお前は!?」


「むむむ! それは失念しておりました! しかしこのカノン・ランスベルグ! 根性には自信があります! 泥水を啜り石を枕にして、不眠不休で駆けて見せましょう!」


「しっかり休む気満々じゃないかコラァ! それにお前の分だけでなく、私とミサキの必要経費も預けてるって書いてあったぞ!?」


 予算に関してバリス卿が何も言わなかったから、嫌な予感はしてたけどな!


「ご安心下さい! 当然この失態の責任は私が取りますとも! お二方には苦労をかけはしません! 物乞いをしてでもお二方の路銀を稼いで見せます! やあやあ右や左のダンナさまー!」


「やめろ! 領主の娘が乞食の真似事をさせられたと知られたら、私が縛り首になるだろうが!」


「しかし金子が「金はもういい! 経費は私が立て替えて後で請求する!」


「かたじけありません! 流石はクレア卿!」


「奢りじゃないからな!」






 カノン・ランスベルグは馬鹿だった。

 そして無能な働き者の典型例だった。考え無しのくせに、やる気と善意とパワーは満ち溢れているから始末に負えない。


「むむっ! 何やらお困りの様子ですねご老人! ……ふむふむ……なんと、家にネズミが! ならばこのカノン・ランスベルグにお任せ下さい! 一匹残らず叩き潰してみせましょう! 者ども我に続けー!」


 カノンは突撃した!

 老人の家は倒壊した!


「そうはならんだろ!?」


 私は混乱している!


「ワシの家がぁあああ!?」


 老人は腰が抜けている!


「ごめんなさいごめんなさい! きっと領主様が新しいお家を建ててくれると思いますので! ごめんなさい!」


 ミサキは謝っている!


「チュー!」


 ネズミは逃げ出した!


「はっはっは! いささかパワーが余ってしまったようですね!」


 瓦礫の下から無傷のカノンが現れた!


「ですがご安心下さい! ネズミはちゃんと追い出しましたとも! これにて一件落着!」


「するかボケェー!」


 私はスリッパで脳筋令嬢の頭をブッ叩いた!






 カノンはすぐ暴走する。

 目を離すどころかちょっとでも手綱を緩めた隙に……いや、拘束を外した途端に、すぐ問題を起こす。


「むむっ! 白昼堂々カップルで大喧嘩とは、どうなされましたご両人! ふむふむ……なんと、彼ピッピが浮気を!? これはいけません! 不貞者は天誅ー!」


「ギエエエエエ!?」


 私がミサキにカノンの見張りを任せてその場を離れ、つい先ほど別れたバリス卿と内密の打ち合わせに向かおうとした瞬間には、もう事件を起こしていた。


「大人しくそこで待ってろって言ったのに……!」


 騒ぎがここまで伝わってくる。

 どうやらカノンが浮気した男をブン殴ったらしい。カノンを抑えるのはミサキには荷が重かったか。


「ちょっとあなた何するのよいきなり!」


「むむっ!? 自分は不埒な彼ピッピに天誅を与えたのですが!」


「あの人は彼ピッピじゃないわよ!」


「これは申し訳ない! では彼はあなたの友人または兄弟だったのですね!」


「彼は私の恋人よ!」


「へ??」「ふぇ??」


 カノンは混乱している!

 ミサキも混乱している!


「んん??」


 足を止めて聞き耳を立てていた私も混乱している!


「だーかーらー! 浮気してたのは今あなたに殴られた人じゃなくて、私の彼ピッピの方なの!」


「えと、今自分が殴った方は、あなたの恋人ですよね?」


「そうだけど文句ある!?」


「んへぇ???」「ふぇえ???」


 カノンは混乱している!

 ミサキは混乱している!


「お互い浮気してるのか……。ある意味お似合いというか、人の恋路は他人が口出しするべきじゃないな……」


 私は分かったけど理解は出来なかった……。

 馬鹿はほっといて打ち合わせ場所に向かおう。


「お姉さまと秘密の逢い引き……ギリギリギリギリ……!」


 なんか殺気を込めた声も何処からか聞こえるしな!






 人には適性というものがある。出来る事とやりたい事は必ずしも一致しない。

 最初はこの依頼に多少の反感を抱いたが、バリス卿からカノンを預かって半日もしないうちに納得した。彼女の父、ランスベルグ侯は正しい。


「念の為にもう一度聞いておくが、武功を立てる当ては無いんだな?」


「はっはっは! ありません! クレア卿にガッツリお任せします!」


 カノンは腰に手を当てて気持ち良さそうに笑った。

 この笑顔を壊さなくてはならないのか。嫌な仕事だ。せめて彼女とはあまり仲良くならないようにしよう。また後が辛くなる。


「ふん、一周して清々しい程の他力本願だな。なら私が決めてやるが、後で文句を言うなよ」


「当然ですとも! クレア卿と肩を並べて戦えるとは光栄の極み!」


「しっかり私を戦力に数えるんじゃない。騎士なら騎士らしく正々堂々とタイマンで戦え」


「おお! 正々堂々! 私の好きな言葉です!」


 私はあんまり好きな言葉じゃないな。

 正々堂々戦うと勝てない相手が世の中には多すぎる。


「実はすでに目当ては付けてある。目的地はここから徒歩で三日くらいか。険しい山々を越えた秘境の密林に存在する、人知れず廃墟と化した太古の神殿だ」


「おお! 我がランスベルグ領にそのような地があったとは! なんとも冒険心をくすぐられます!」


 私は嘘をついた。

 本当は件の廃墟はこの町から半日で着く場所にあるし、楽に行けるルートもある。バリス卿が準備を整える時間を稼ぐ為に、わざと遠回りして向かうだけだ。

 そもそも秘境でも神殿でもなく、ただの打ち捨てられた別荘宅だ。人目につかず邪魔が入らない場所ならどこでもよかった。


「そして討伐目標は【彷徨う騎士(ナイトウォーカー)】。死後も戦いを求めて現世を彷徨う騎士の亡霊だ」


「おお! ナイトウォーカー! 30年前に討伐された正体不明の亡霊騎士ですね! まさか再び世に現れるとは!」


 これも嘘だ。

 後になってナイトウォーカーと名付けられた怪物が暴れていたのは事実らしいが、本物はとっくの昔に討伐されている。現地でカノンを待ち受ける者は、ナイトウォーカーに扮したバリス卿だ。


 そのバリス卿がカノンを徹底的に叩きのめす。

 彼女が二度と剣を持てないように。


「クレア様……大丈夫ですか……?」


 ミサキが私の顔を心配そうに見上げてきた。

 最近気付いたが、どうやら私は気持ちが顔に出やすいタイプらしい。本心を隠す努力はしているつもりなんだが、よくミサキに見破られる。


「ああ、大丈夫だ。今回も手強い相手だからな。少し心配になっただけだ」


 ミサキには今回の真の目的は伏せてある。彼女まで嫌な気分になる必要は無いからだ。負い目を持つのはバリス卿と私だけで十分だ。

 おっとそういえばもう一人、余計なのが居た。


「ナイン」


「委細承知しております、お姉さま」


 ナインが私の隣にシュタッと降ってきた。私とバリス卿の話を盗み聞きしていたこいつに釘を刺しておかなくては。


「みなまで申さずとも、私とお姉さまは一心同体……」


 せめて以心伝心な! それも違うけど!


「当然ながらお姉さまの判断に賛同いたします。決して余計な事は口走りませんので、どうぞご安心ください」


 それがもう余計な一言なんだよ!

 そうツッコミたくなる口元をグッと堪えた。その代わりに、これ以上余計な事は言うなという意図を込めてバシバシとアイコンタクトを送る。


「はわわーっ!? お姉さまの連続ウインクーッ!? いけませんこんなのエッチ過ぎます! キュン死ーっ!」


 ナインは鼻血を噴きながら胸を押さえてぶっ倒れた。変なのを二人も抱えてしまって頭が痛い。「衛生兵ー!」倒れたナインを見たカノンが真面目に駆け寄っていく。馬鹿だが善人なんだけどなぁ……はぁ。


「ジー」


「うっ」


 ミサキが私を見る目がジト目に変わっていた。自分の口でジーって言っちゃってるし、もう明らかに怪しまれている。


「な、何か?」


 耐え切れずにミサキから目を逸らしてしまった。これで更に怪しまれてしまう気がする。もしかして私、嘘つくの向いてないんじゃないだろうか? 今まで割と得意な方だと思っていたのに。


「ジー」


 ミサキの静かな抗議が続く。私は顔も背けてしまったが、ちょっとずつ冷や汗が出てきた。こいつめ! 私の嫌がるプレッシャーの掛け方を覚えやがって!「もしもーし! 聞こえますかー!」視界の端では横たわるナインにカノンが話しかけていた。


 ミサキはそのまましばらく私を見つめていたが、やがてふぅと息を零して肩の力を抜いた。そして私の鼻にピッと人差し指を伸ばす。


「まったく仕方ないですね、クレア様は。今は言えない話なら、ちゃんと後で話してもらいますからね」


「……はい」


 たしなめられてしまった。どうもミサキには頭が上がらないというか、口で勝てた記憶が殆ど無い。別に立場に拘るつもりは無いが、上下関係がいつの間にか逆転してる気がする。

 不甲斐無い私が悪いんだが、どこかでビシッと尊敬の念を取り戻したいなぁ。「イチ! ニッ! イチ! ニッ!」視界の端ではカノンがナインに馬乗りになって心臓マッサージを始めた。


「ん? 心臓マッサージ?」「です?」


 私とミサキは突き合わせた顔をそちらに向けた。「イチ! ニッ! イチ! ニッ!」汗だくになったカノンが必死にナインの胸を繰り返し押している。

 ナインの鼻血は血溜まりを作り、その青ざめた顔は満ち足りた微笑みを浮かべて永久の眠りについていた。チーン。どこかで何かが鳴る。


「うわああああ重体だーっ!?」


「たたた大変ですーっ!? アイタッ!」


 ミサキが慌てて駆け寄ろうとして転んだ。「うわあっ!?」転んだミサキに足を引っ掛けて、私も一緒に転んでしまった。


「何で戦う前からすでに一人死にかけてるんだよ!?」


 ツッコまずにはいられないが、ツッコんでる場合じゃない! 私はミサキの首根っこを掴んで起き上がった。チクショウ! 何でこんなピンチなの!! ウインクで人を殺した史上初の人間になんてなりたくない!!


「イチ! ニッ! イチ! ニッ!」


 カノンがナインの胸を押す度にバキバキッメキメキッと音が鳴っている。これ肋骨も持ってかれてるだろ!? 逆に心臓に刺さらないか!?


「カノンありがとう! 私と交代してくれ! ミサキは人工呼吸を!」


「了解しました!」「はい!」


 カノンがナインの上から素早く退き、ミサキが息を深く吸ってナインの口元に唇を寄せた。


 プイッ。

 ナインの顔が横を向く。ん?


「あれ? よいしょっ、と」


 ミサキがナインの頭を回して自分の方に向けた。そして再び人工呼吸を試みる。


 プイッ。

 またナインの顔が横を向いた。


「んん?」


 私はナインの顔をミサキの横から覗き込んだ。


 クルッ。

 するとナインの顔が私の方を向く。んんんんん?


「おお! 脈拍が戻りました!」


 カノンが心底嬉しそうな声を上げた。


「んんんんんんん!?」


 私が更にナインに顔を近づけると、彼女の顔にどんどん赤みが差してきた。


「これは凄い! バクンバクンと脈打ってます! とても元気です! 後は呼吸さえ戻れば安心です!」


 チラッ。ナインが薄目を開けて私を見た。そしてすぐにスウッとまた目を閉じる。


「オイコラ」


 過去最高にドスの効いた声が私から出た。

 私は立ち上がり、つま先でナインの脇腹を軽く小突く。


「んうっ!」


 すると彼女は痛そうに悶えた。

 こっ、こここ、こいつっ……! 私の人工呼吸狙いで死んだ振りをしてやがった! 呼吸はまだしも、心臓の鼓動まで自分の意思で操れるのか!? 凄いけどもっと有用に使えよその技術!


「おおおおお! 呼吸と脈拍が蘇りました! 流石はクレア卿! お見事です! バンザーイ! バンザーイ!」


 無邪気に両手を上げて喜ぶカノンを見て、少しばかり胸が痛んだ。彼女は決して悪い奴ではない。


 だが致命的な馬鹿だ。バリス卿のみならず、彼女をずっと見てきた実の父親でさえそう評しているのだから、出会ったばかりの私に異を挟む事は出来ない。


 彼女をこのままにしておくと有事の際には必ず死ぬだろう。戦争でも一揆でも政争でも怪物でも何と戦っても、純朴過ぎる彼女は絶対に負ける。それが上に立つ立場の者なら、彼女の下にいる者も悲惨な事になる。


 だからこそ、彼女の為に剣を捨てさせなくてはならない。それが彼女を傷付ける結果になったとしてもだ。


『ただし、我が娘には人の上に立つ者としての素質が全く無い。ならばせめて女としての幸せを掴んでもらう為に、二度と騎士の真似事をしなくなるよう、手痛い失敗を経験させて心をへし折ってあげてほしい』


 私はそう書かれた正式な依頼状を、密かに握り締めた。

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