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たとえ神に選ばれなくても  作者: ナカマクン
【恐ろしく凶悪な異常者が人を襲う話】
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第2話。奇人、変人、達人

 翌朝。教会前。


「お久しぶりですクレア卿、ミサキさん。元気そうで何よりです」


「久しぶりですね、バリス卿。しかし卿はやめてください。私はもうただの冒険者ですから」


「お久しぶりです、バリス卿様」


「ムー!」


 待ち合わせ場所に現れたバリス卿は、かつてのゴリマッチョボディが嘘のように痩せ細っていた。半年以上も寝たきりだったのだから当然か。

 重装備で動き回れるだけの筋力が無いのだろう。今日は甲冑を着ておらず、剣を一本だけ腰に差している。筋肉だけでなく内臓も衰えていて、普通の食べ物は受け付けなくなってしまったとも手紙には書いてあった。


「ははは、建前上の騎士ではなくなったとしても、私にとってクレア卿は命の恩人であり尊敬する騎士です。それにクレア卿こそ他人行儀な敬語はやめてください。以前のように坊ちゃんで十分ですよ」


「いえ、一応人の目というものがありますから……。そちらこそお身体はもう大丈夫ですか?」


「ムー! ムムー!」


「ははは、いつまでも病み上がりではいられませんからね。最近はようやく脂っこいものも食べられるようになりましたよ。いやあ、食事とはこんなに素晴らしいものだったのかと、感動さえ覚えました。ははは」


 朗らかな彼の笑顔に、今は亡きソル卿の面影が重なった。以前は勇壮な体躯に似合わない臆病な性格だったが、変われば変わるものだ。痩せ衰えた今の方がむしろ大きく見える。


「ムー! ムー!」


「それでバリス卿……これは一体?」


「いやぁ大変申し上げにくいのですが」


 バリス卿は、目隠しと猿ぐつわをした女騎士を連れていた。バリス卿と違ってガチガチに甲冑を着込んだ重装備だが、後ろ手に縛られた上に首には紐までつけられている。どう見ても今から辱めを受ける敗残の女騎士だ。背中にはデカデカと家名の書かれた旗と斧まで背負っている。

 もしかしてSMプレイ中なのか?


「この者が手紙でお伝えした我が従姉妹のカノン・ランスベルグです。少々……いや、かなり血の気が多い性格でして、一度興奮すると、こうやって束縛しなければならない有り様なのです」


 やっぱり昨日の非常識馬鹿一号だった。それにしてもバリス卿の従姉妹だけあってデカい、デカ過ぎる。健康だった頃のバリスと同じくらいの体格だ。グランバッハ家当主もムキムキだったので、やはり血筋なのだろう。


「どうやら彼女は昨夜も私が寝ている間に宿を抜け出した様子でしてね」


 うん、知ってる。


「その仕置きというわけではありませんが、彼女の父ランスベルグ侯から、力づくで取り押さえてでもなるべく怪我はさせないようにと頼まれている以上、こうするしかなかったというわけです」


「それは分かりました。分かりましたが……彼女は一応ここら一帯を治めている領主のご令嬢ですよね? こんな扱いを領民に見られたら……あっ」


 言ってるそばから家族連れが通りがかった。どんな理由があるにせよ、領主の娘にこんな扱いをしたことを広められたら流石に不味いのではないだろうか。


「お、またカノン様が拘束されてるぞ」


「あらホントだわ。今月はこれでまだ二回目ね。あれだけの人数で捕まえられるって、あの人たち凄いわねぇ」


「カノン様バイバーイ! 夜は静かにしないとダメだよー!」


「ムームーッ」


「慣れてるんだ領民!?」


 じゃあこのガチムチお嬢様は普段からどんな奇行を送ってるんだよ! いや大体察しはつくけども!


「では今から彼女の目隠しと猿ぐつわを外しますので、クレア卿は私の馬をお使い下さい」


「ん? なんで?」


 私は首を捻りながらも、バリス卿に勧められるがままに騎乗した。


「これもどうぞ」


 バリス卿はさらにスリッパを片方だけ渡してきた。


「これは?」


「カノン鎮圧用のスリッパです。これで彼女の頭を叩くと多少は大人しくなります」


「待って」


「ミサキさんはもう少しあちらの方に離れていただいて……はい、そのあたりで大丈夫です。もし彼女が暴走した場合は私が取り押さえますが、身の危険を感じましたらすぐお逃げ下さい」


「おいおいおいおい! どれだけヤバい奴なんだよ!?」


「常に頭に血の上っている猪と思っていただければよろしいかと」


「そんな奴を連れてくるなよ! バリス卿の紹介じゃなかったら絶対会ってないからな!?」


「ははは、我が身内なればこそお恥ずかしい限りです。では解きますので、ご注意を」


 パラリ。彼女の目隠しと猿ぐつわが外された。

 アマゾネスのように暑苦しく濃ゆい顔付きを想像していたのだが彼女の素顔は意外なほどに端麗で、少女の幼さを残しつつも可憐さと凛々しさを備えていた。顔だけ見れば、気高い貴族の令嬢そのものだ。歳は私と同じくらいかもしれない。


「オオオオオオオオオオオお会いできて光栄でえええええええええええええええええす!! クレア卿ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 でも喋るとやっぱりうるっさあああああああああい!

 間違いなく昨日の非常識馬鹿一号だ!


「自分はああああああああああああ!! カノン・ランスベルグと申しまあああああああああああす!! バリスお兄様は幼少の頃からよく遊んでくれた優しいお方でしてええええええええええ!! それが、それがああああああっ!!」


「うわーっ!?」


 彼女は滝のように涙を流して号泣し始めた。


「あっ、あのような、むざっ、無惨な、無惨な姿になってっ! ベッドに、寝たきりで、いくら呼びかけてもっ、返事も無くっ! こっ、これはもう助からないと、誰もが諦める有り様で……! じっ、自分もっ、己の無力にっ、悔し涙を流す日々を、おっ、おおお送っておりましたっ……!」


 ただ泣いているだけなのに、迫力が有り過ぎて馬が怯え始めた。ミサキが危険を察したのか、そそくさと距離を取る。

 人の忠告を聞けて偉いけど偉くない! 私ちょっと助けてほしくなってきたなぁ!


「しかああああああああああああああああああしっ!!」


 うひぃ! もう逃げようかな私ー!


「クレア卿はぁあああああああ!! あのジェルジェにいいいいっ!! 女性の身でありながらああああああ! たった一人で乗り込みいいいいい!! 生き延びていた聖骸騎士らと肩を並べてええええええ!! 押し寄せる悪魔の軍勢をバッタバッタと斬り伏せええええええ!! 異星の邪神と一騎討ちの末に必殺剣にて見事に討ち取りいいいい!! 美しくも壮絶な散り際を見せたそうではありませんかああああああああああ!!」


「私ちゃんと生きてるんだけどぉ!?」


 しかもなんか話に尾ひれついてるし!


「そのお話を! そそそ、その、そのお話を……! 他ならぬバリスお兄様から聞けた自分がっ、どれだけ、どれだげぇええええええっ!! ウオオオオオオオオーン!!」


 彼女を拘束していたロープがブチンブチンと力任せに引きちぎられた。さらに彼女は両腕を広げ、感涙に咽び泣きながらドシンドシンとこっちに向かってくる。


「うわああああああこっち来るなあああああああ!?」


「ヒヒーン!」


「ウオオオオオオオオーン!!」


 野獣の咆哮に、鳥は飛び立ち虫はひっくり返り馬は腰が引けて転倒した。「ウワーッ!?」騎乗していた私は当然投げ出され、かろうじて受け身を取る。「ウオオオオオーン!!」その間にも令嬢の咆哮が迫る。

 なんでこんなピンチなの私!? まだ仕事始まってもいないのに! 令嬢の咆哮って何だよ!?


「影穿ち。実を止めれば影は動けず、なれば逆もまた然り。影を穿たれ縫い止められたお前はもう動けない」


 ナインの声だ。


「ウオ……」


 野獣令嬢がピタリと静止した。まるで走っている最中に時間を止められたように、不自然な片足立ちのまま微動だにしない。見れば彼女の影にはナインの短剣が突き刺さっていた。そしてナインの姿はどこにも見えない。


「お怪我はありませんか、お姉さま」


「ああ、助かったよ……ありがとう」


 私はちょっと痛めた腰をさすりながら立ち上がり、何処かに潜むナインに礼を言った。非常識馬鹿二号とか勝手に決めててごめん。


「なるほど、クレア卿の護衛でしたか。素晴らしい技をお持ちですね」


 バリス卿は抜剣していた。その側にはナインの短剣が彼の影に刺さることなく地面に転がっている。ナインの奇襲を防いだのか、あのバリス卿が。抜剣も投擲を防いだのも見えなかった。


「クレア卿、試すような真似をして申し訳ありません。実はあの一件以来、散々死んだおかげか自分の死が予知出来るようになりましてね。クレア卿と挨拶を交わした途端、気配も殺気も感じぬのに自分の死が見え続けるようになったため、原因を確かめさせていただきました。あらためて謝罪します」


 つまり、わざと野獣令嬢を私にけしかけたのか。心技が研ぎ澄まされただけでなく、抜け目の無さまで身に付けている。本当に見違えるほど成長したものだ。……それはそれとして依頼料ぼったくってやろうかなこのヤロウ!


「申し訳ありません、お姉さま」


「ウヒィ!?」


 ナインが私の足元からヌルッと出てきた。なんか今日驚いてばかりだなぁ私!


「その者、かなりの手練れ……ましてやお姉さまと親しげに話をする様子からして、もしやお姉さまの昔の男なのではないかと勘繰ってしまい……つい」


「つい?」


「つい悪い虫の殺し方を20通りほど「フンッ!」


 私は丁度手に持っていた謎スリッパでナインの頭を叩いた。スパァン! と景気の良い音が鳴る。


「たたでさえヤバい奴居るんだから、これ以上話をややこしくするな! この非常識馬鹿二号!」


「はぁぁ……ありがとうございます、お姉さま……」


 ナインは私に怒られて頭を叩かれたのに、なんか嬉しそうに頬を染めていた。さてはクールな見た目と真逆でドMかお前。

 変人二人のせいで、今回も一筋縄ではいかない仕事な気がする。私は非難の視線をバリス卿へ送った。


「ははは、公衆の面前でSMとは実にクレア卿らしい」


「お前私をどういう目で見てるんだゴラァ!」


「お待ち下さい、今の発言はどういう意味ですか。お姉さまが以前にも人前でプレイを行う相手がいたと? 悪い虫……消さないと……」


「お前も食いつくな!」


「ははは、クレア卿はジェルジェで怪物になってしまった方を何人か調教して味方にしましてね。愛さえあれば人は怪物になっても心までは失わないのだと感動したものです」


「調教!? お姉さまの!? なんて羨ましいっ!」


「間違ってはないけど誤解を生む表現はやめろ!」


「ははは、では私が殺される心配も無くなったことですし、本題へ入りましょう。私は聖骸騎士の立場上、同行は出来ませんのでご了承下さい」


 軽く流されてしまった。

 身体は痩せても心は図太くなりやがったなチクショウ!


「依頼主はランスベルグ侯。依頼内容は教育係。具体的な目標は、彼の娘であるカノン・ランスベルグに武勲を立てさせる事です」


 ただし、とバリス卿は小声で付け足した。


「一つだけ特殊な条件がありますので、正式な依頼状はまた後ほどお渡しします」

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