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たとえ神に選ばれなくても  作者: ナカマクン
【恐ろしく凶悪な異常者が人を襲う話】
125/181

第1話。非常識な馬鹿達

全8話の短編です。

 深夜。ランスベルグ市。


「たのもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 私のささやかな安眠は突然の咆哮によって破壊された。

 反射的に短剣を握り、布団を跳ね除けて身を起こす。窓の外はまだ真っ暗で、私が寝てからそれほど時間は経っていないように感じる。


「声は一階の方からです、クレア様」


 蝋燭の灯りに照らされてミサキが微笑んだ。ちょっと前は人狼の遠吠えに怯えていたのに、いつの間にかずいぶんと肝が据わったものだ。からかい甲斐が無くなって少し寂しい。


「今の声以外に異変は無かったか」


「はい、ありませんでした。部屋の施錠もバッチリです」


 私とミサキは用心の為に普段から交代で寝る習慣を作っている。鼻の効くハスキが居ればさらに万全なのだが、今回はバリス卿の紹介でグランバッハ家の関係者と会う予定がある。万が一にも人狼の存在を知られるわけにはいかないので、連れてきていない。


「たのもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


「うるさいな……。声からすると女のようだが、こんな深夜に道場破りか何かか? ここは宿屋だぞ……」


 私は窓を開けて外の様子を見ようとしたが、「お待ちください、お姉さま」窓に触れた私の手が褐色の手に掴まれた。


「うわぁ!?」


「迂闊に窓から覗くのは危険です。わざと騒ぎを起こして、顔を出した標的を飛び道具にて始末するという手法があります。不審者の確認はこの私めにお任せを」


 私を止めたのはナインだった。

 え? 何でコイツここに居るの? 連れてきてないどころか、声さえ掛けてないんだけど? これ夢?


「もしもお姉さまに危害を加えようとする輩であったならば即座に排除いたします。いえ、そうでなくとも、お姉さまの愛くるしい寝顔を堪能できる至福の時間を奪われたこの怒り……必ずや倍にして不審者に返報してやりますので、どうぞご安心ください」


 なるほどそれは安心だ! 一番の不審者はお前だという点に目をつぶればな!


「ミサキ、こいつ部屋に入れた?」


「いえ……この部屋には私とクレア様だけでした……。ドアの鍵もしっかりかかってます」


 見れば窓の鍵もかかっていた。鍵開けくらいなら私もそれなりに得意な方だが、これほどの芸当は無理だ。


「たのもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


「では失礼して、お姉さまの安眠を妨害する不届き者を黙らせてきます」


 言うが早いかナインの姿が消えた。


「水をかけるくらいにしとけよ! ……ミサキ、ドアの鍵は?」


「やっぱりかかってます。窓はどうですか?」


「かかってるな……」


「ナインさん、凄いですね」


「ああ……こんなのに命を狙われたら、ちょっと無理だなこれは……。あれで序列九位なら、トップはどんな化け物だったんだろうな」


「味方で本当によかったです。ところでクレア様、いつナインさんに護衛を依頼したんですか?」


「いや、別に護衛なんて頼んでないんだけど……」


「えっ? ということはナインさんは……」


「ああ、これは間違いない。これが最近流行りのスト「クレア様を心配して影から守ってくれる、とっても優しい人ってことですね!」


「………………うん! そうだな!」


 知ーらない! 知ーらない! もうそういうことでいいや! 私まだ眠いし! この問題を深く考えるとなんか怖くなってくるし!


「じゃあ私また寝るから! 引き続き見張りよろしく!」


「はい。おやすみなさい、クレア様」


 私は今一度布団に潜り込んだ。やかましい道場破りの大声はなりを潜め、今は代わりに複数人の罵声が飛び交っている。


「バカヤロー! 今何時だと思ってるんだ!」


「近所迷惑を考えろ酔っ払い!」


「オギャアアアア! エエエエエエエ!」


 私達のように睡眠妨害された近隣の人々が怒っているらしい。うるさいにはうるさいが、大声馬鹿野郎よりはマシだ。私には関係ない話だしな。


「皆さあああああん! 深夜にお騒がせして大変申し訳ありませえええええええん!! 自分はカノン・ランスベルグと申す者でええええええええええす!!」


 ピタリと罵声が止んだ。

 ん? ランスベルグ? ランスベルグ、ランスベルグ……依頼主であるここらの領主の名字じゃないか! こんな時間にどうしたんだ!?


「これで三件目なのですが、こちらの宿にはクレア・ディスモーメントという方が泊まられてはおられないでしょうかああああああああああああああああああああ!!」


 まさかバリス卿に何かあったのか!

 私は被り直した布団を跳ね除けた。


「お恥ずかしながらああああああ!! 敬愛するクレア卿にいよいよお会いできる前夜とあれば一睡もできずうううううう!! 胸の高鳴りに命じられるがままにいいいいい!! 一刻も早くお会いしたい一心で探し回っておるのでええええええええええす!! もしもクレア卿がここにおられましたらあああああああ!! 呪われた港町ジェルジェの解放を始めとしたその武勲の数々を、どうか朝までお聞かせくださいませんかああああああああああ!!」


 ……ただの非常識な馬鹿だった。事前情報ではバリスの従姉妹で領主の令嬢とかいう話じゃなかったか? まあ何でもいい。馬鹿は無視して寝よう。嫌でも朝に会うし。

 私は布団を被り直した。


「ヒャアアアア冷たぁいいいいいい!?」


 ナインが水をかけたんだろう。馬鹿の声が遠ざかっていく。


「お姉さま、非常識な女を追い払いました」


 ナインが天井から降ってきた。ドアも窓も閉まっているのに、こいつは壁でも抜けられるのか?


「ご苦労。じゃあ私はもう寝るから」


「お姉さま」


「うへぇ……」


 ヒラヒラと振った私の手は、ナインにがっちりと掴まれた。うわぁなんか嫌な予感がする……。


「あのジェルジェを解き放ったという話は本当ですかっ! あの町には我が一族さえなすすべが無かったというのに……! お姉さま! 是非ともその武勇伝をお聞かせ下さい! 朝まで! 二人っきりで! 布団の中で! 裸で暖め合いながら! いざ! いざいざ!」


 私は布団の中に潜り込んできたナインを蹴り飛ばした。


「出てけーっ! 非常識な女はお前もだーっ!」

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