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たとえ神に選ばれなくても  作者: ナカマクン
【アベルの偽物が現れた話】
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第8話。必ずスベる持ちネタ!?

 王都では煌びやかな凱旋パレードが繰り広げられていた。

 勇壮な兵士達が行進し、そこかしこで紙吹雪が舞い散り、シャンパンが飛び交い、拍手と歓声が地鳴りのように鳴り響いていた。人々は誰もが笑顔で、平和と栄光をもたらした英雄の帰還を喜び祝っていた。


「ハスキちゃん、焼き鳥美味しい?」


「美味いぞ!」


「俺が本物のアベルだって認めてくれる?」


「認める!」


「それだと人狼の仲間の仇でお前殺されちゃうから、認めてもらわない方がいいんじゃないか」


 ハスキがリューイチに焼き鳥を奢ってもらっている隣で、私は自腹で買った露店のコーヒーを口に運んだ。お祭り価格で割高だが、祝祭の空気もあってか一段と美味く感じる。


「おい聞いたかよ、アベル様がガノダ国の奇襲を予言して未然に防いだって話」


「聞いた聞いた。なんでも魔法使いの軍団を蹴散らしたらしい」


「しかもその勢いのまま敵国の首都に乗り込んで、戦争が始まる前に終わらせたんだろ? あちらの姫様も嫁に貰って、兄弟国の契りを交わしたとか何とか」


「さらには死傷者ゼロだとさ。カーッ! さすが英雄様は違うねぇー!」


 こういった会話を耳に挟みながら、ごった返す人混みの中で私達は遠巻きにパレードを眺めていた。祭りの空気に浮かれて仮装する者も多いので、今日はハスキも堂々と耳と尻尾を出している。

 ちなみにミサキはセーラー服を着ていたら五回も痴漢されたし、私は一回だけスリに遭ったが……ナインが全て対処してくれた。一応殺してはいないそうだが、二度と指を使えないようにしてきたらしい。詳しくは聞かないでおこう。


「チッ、いったいどこのどいつだ、俺様を騙る偽物は」


 一方でリューイチは、英雄を讃える噂が聞こえる度に負のオーラを振り撒いていた。血走った目で民衆を睨み付けパレードをギョロギョロと睨み回す姿は、不審者を超えて危険人物となりつつある。


「もしかして、辛い現実は突きつけてあげない方がいいのかなぁ……」


 私はまだ熱いコーヒーを啜りながら、リューイチを今すぐ連れて出て行くべきかどうかを真面目に検討し始めた。妄想は妄想のままで、可哀想な人の心の逃げ道として残してあげた方がいいんじゃないだろうか。うむむ……。


「クレア様、そろそろ来そうですよ。歓声が大きくなってきました」


 ま、ここまで来たらもう見せるしかないか。


「よし、私達三人はアベルに恨みを買っているだろうから、目立たないよう人影に紛れよう。逆に顔見知りのナインはアベルがリアクションを起こすかどうかを確認出来るか?」


「かしこまりましたお姉さま。では私は身を潜めてアベルと二人きりで接触する隙を伺いますので、しばし離れさせていただきます。遅くても明日の朝には戻ります」


 言うが早いか、ナインの姿が一瞬で消えた。……今更だけどナチュラルに協力してくれるの何なんだろ。私の暗殺依頼と一族の掟はどうした。


「リューイチは……」


「殺す殺す……化けの皮を公衆の面前で剥いでやる……。無様に命乞いさせて、漏らした自分のクソを食わせてやる……!」


「……ダメそうだな」


 私はもうリューイチに関しては諦める事にした。アベルが本物でも偽物でも私には関係無い話だ。失恋させてしまったお詫びにここまで付き合……付き添ってやっただけでも十分だろう。

 それにしても美味いコーヒーだ。帰りにまた買おう。


 そして、台座の上にアベルを乗せた豪華絢爛な大型フロート車が私達の前を通過した。






「アベルだったな」


「アベルでしたね」


「モグモグ」


「ンミー」


「…………」


 どこぞのお姫様を腕に抱き、台の上から笑顔で人々に手を振っていた人物は、紛れもなく英雄アベルだった。スレイの姿が見えなかったのが少し気になったが、人狼の森で出会ったあの男で間違いない。


「大丈夫ですか、リューちゃん……?」


「…………」


「あの、これ頼まれていたコーヒーです……クレア様と、リューちゃんの分も……」


「ありがとう。リューイチは私に任せて、君も何か買い食いするといい」


「じゃあ私はあっちで売っていた綺麗な飲み物を買ってみます。すぐ戻ってきますから、リューちゃんをよろしくお願いしますね」


「…………」


 リューイチはアベルの姿を見るなり一言も声を発しなくなった。目を見開いて口をあんぐりを開け、滝のような涙を流して硬直してしまった。パレードが通り過ぎてしばらく経ち、最後列が城の中へと消えて民衆もぼちぼち解散し始めたというのに、まだリューイチはショックから立ち直れていないようだった。


 もしかして私は、可哀想な人に対して残酷な仕打ちをしてしまったのだろうか……。


「まあ……なんだ……その……ドンマイ。あ、そうだ、コーヒー飲むか? 私の奢りだぞ?」


「…………」


 ミサキがリューイチの分まで買ってきてくれたコーヒーを差し出したが、リューイチは受け取ろうとすらしなかった。というか見ようともしなかった。


「ま、まあまだ熱いからな、うん」


 私は自分の分のコーヒーを啜った。

 それにしても美味いコーヒーだ。


「こ、殺してやる……」


 リューイチはようやくショック状態から帰ってきたようだ。怨念を凝縮したような第一声だったが、ひとまず自我は戻ったようで何より。


「そ、そうか頑張れよ、あいつは無敵だぞ。でもお前はお前で不死身だから、意外と互角の勝負するかもな。はは……」


 私は若干引きつつも、コーヒーを再び口に運んだ。


「殺してやるぞ、クレア・ディスモーメント……!」


「ブフーッ!?」


 そして噴き出した。


「ゴホッ、ゴホッ……! なっ、なんで私なんだよ、このヤロー!」


「元はと言えば、お前が……お前があの時人狼の森で俺を嵌めたのが全部悪いんだ……!」


「おっ、お前まだアベルでやっていく気なのか!? 流石にもう無理だろ!」


「うるせー! 誰に何を言われても俺がアベルだ! なのにあの偽物野郎! 俺から奪った能力と見た目を使って活躍して、俺好みの美少女を自慢気にはべらせやがって許せねえ! 本当はあのお姫様は俺の嫁になるはずだったんだぁあああああああふじこふじこ!」


「じゃあ城の中にカチコミでもかましてこいよ! 私じゃなくてあっちに直接行け!」


「勝てるわけないだろおおおお!? だから勝てそうなお前を狙うしかないんだよおおおおお!」


「最低だなお前!?」


「うるせえええ! 俺にはもう何も残ってないんだぁあ!」


「この馬鹿トチ狂いやがったな!」


 悪い奴じゃないから一過性の発作だとは思うが、騒ぎを起こせば私まで衛兵に捕まってしまう! ここは穏便に鎮めなければ!


「ミサキ!」


「クレアひゃま〜。このお水、なんらか気持ち良いれすぅ〜」


「ふぁーっ!?」


 ミサキは酔っ払っていた。綺麗な飲み物って……ああ!

 くそっ、ミサキママはダメか! 次!


「ハスキ!」


「オヤジ、次はこれにタレを塗って焼いてくれ。絶対美味いぞ」


「ンミー」


「ふぁーっ!?」


「うーん、猫ちゃんはちょっとなあ」


 ハスキは子猫を焼き鳥屋に差し出していた。

 猫を食べるのはNGって言ったろオイ!


「フヒヒヒ、頼りになる仲間はもう残ってないようだなぁ」


 瞳孔が開き切ったリューイチが涎をダラダラと垂れ流しながら迫ってくる。うわぁこいつもう駄目だ。


「覚悟しやがれ! 今から俺の持ちネタで徹底的にスベり倒して、お前を巻き込んでボケ殺してやらぁ!」


「最悪な自爆テロだな! ボケ殺しってそういう意味じゃないだろ!」


「チイッ! スベろうにも、即座に放たれるそのツッコミ……! どうやらお前を何とかしないと、俺はスベれないようだな!」


「別に好きでツッコんでるわけじゃないんだけどぉ!?」


「だがその甘さが命取りよ! 絶対にツッコめない上に、誰一人として笑わない、完全なるダダスベりが約束された俺の持ちネタに絶望しながら死んでいけぇい!」


「捨ててしまえ! そんな持ちネタ!」


「行くぞ! ウンコー! ウンコウンコウンコー!」


「幼児かよ!」


「ウンコウンコー!」


「おい、まさか……」


「ウンコウンコウンコウンコー!」


「…………」


「ウンコウンコウンコウンコー!」


 この世の終わりのような光景だった。

 太ってて頭がハゲてて服装がだらしない中年男性が、棒立ちでガン泣きしながら下ネタを繰り返し叫び続けている。


 うわぁ自爆テロだ……。

 あまりにも痛々しくて関わっていられない……。


 私は泣き叫ぶリューイチからそっと距離を取り、他人の振りをして置いて行く事にした。いや元から他人だけど。


「ウンコウンコウンコウンコー!」


 デレレレレレレレレレ……!

 しかし唐突にドラムロールの音が聞こえ始めた。


「お、何だ何だ?」


「今からイベントか?」


「サプライズってやつ?」


 何処からか流れるドラムロールを聞きつけ、解散したはずの人々がまた通りに集まってくる。「ウンコウンコウンコウンコー!」そして彼らが見たものは、涙を流しながら下ネタを繰り返す悲惨な中年男性の姿だった。


「うわっ、何あれサイテー」


「酔っ払いか?」


「気持ち悪……」


「ううっ、グスッ、ヒック、ウンコ、ウンコウンコ……」


「そんなに辛いならもう止めろよ!」


 置き去りにしようと思っていたのに、見ていられなくてついついツッコんでしまった。


 テッテッテ、テッテレテッテ、テッテレテッテ、テッテレレ。テッテッテ、テッテレテッテ、テッテレテッテ、テッテレレ。


 しかしドラムロールに続いて焦燥感を煽るような謎の曲が流れ、音量もどんどん大きくなっていく。


「ヒヒヒヒ! もう終わりだぁ〜! お前らが人生最後に目にするものは、泣きながらウンコウンコ連呼する汚いオッサンの姿なんだよぉー! ヒヒヒへへへ!」


 デンデーン、デレレーデレレーデンデーン、デレーレーレレーレーレー。


 人々はリューイチから距離を取り、顔をしかめていた。まあそれも当然か。急かされるような変な曲が流れ続けているし、リューイチは発狂しているし、とても笑える雰囲気ではない。


 ん? そういえばこいつのギャグがスベると……。


「サヨナラ! 天さん!」


 大爆発が起こった。

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