第6話。えっ? 初対面の相手にプロポーズを!?
予想していたにせよ、暗殺者による必殺の奇襲を無事に防ぐことができたのは、敵の接近を探知したハスキのおかげだった。暗闇に潜み音も立てない殺し屋も、人狼の超嗅覚は想定外だっただろう。
「渡した金を使ってゴロツキが私達の暗殺を依頼する可能性は当然考えてはいた。だが結果的に出向いてくれるならば、それはそれで都合が良いというわけだ」
私はリューイチの頭に刺さった短剣を引き抜いた。真っ先に狙われるように立たせていたが、無事で何より。
「ねえ何も無事に防げてないよね? 俺の頭に穴空いちゃったよ?」
「そうか。中身が漏れないようにテープでも貼っとけ」
ランタンで照らしてみると、投擲されたのは刃が黒く塗られた短剣だった。おそらく闇の中で光を反射しないように工夫されているのだろう。
「あ、それね。『荒野の鷹』伝統の武器。アサシンは例の子で間違いなさそうね。ちなみに毒も塗ってあってれれれれれれポァ」
「リューちゃーん!?」
「唾でも塗っとけば治るだろ。ぺっ、ぺっぺっ」
「そんなレベルの怪我じゃおまへんがなー! って治るんかーい!」
「お前のツッコミ寒いな」
「じゃあボケは笑えるってことだよな! サンキュー!」
「プラス思考は大事ですよね、リューちゃん」
こんなクソコントでも効果はある。
どう見ても隙だらけなのに追撃が来ないのは、致命傷が一瞬で治ったリューイチを警戒したに違いない。流石に殺しのプロだけあって慎重だ。
「リューイチ、打ち合わせ通りに」
「イエッサー!」
そして賢い相手ならば、話し合いによる解決も不可能ではない。それに一応……一応だが、リューイチが上手く相手を口説き落とせるように、最低限のお膳立てはしてあげないといけない。……それが不可能だと分かりきっていても。
「『荒野の鷹』の掟そのいちー! 我らは決して他人に心を開いてはならない! ちなみに今俺たちを襲ったのは一族最後の生き残り、ナインちゃーん! 名前の代わりに殺した人数ランキングで呼び合うしきたりだから、あの時に助けた俺にも本名教えてくれなかったよ寂しいね!」
いきなり本題には入らない。自己紹介もまだ早い。まずは相手にこちらへ興味を持ってもらう段階から始める。そのために暗殺一族について知っている限りの情報を、リューイチに大声で叫ばせる。
「掟そのにー! 一度狙った標的は必ず殺すー! 契約は絶対であり、我らに脅しは無意味であるー! 我らは家族が人質に取られ、依頼人が依頼を取り下げようとも、決して殺しの手を止めなーい! これを俺に教えてくれたのもナインちゃんだよー! 懐かしいね!」
嘘を見抜く能力があるなら、過去にナインと会った事があるというリューイチの語りかけが事実であると分かるはずだ。私はさらにリューイチが狙われやすいように距離を取った。
「リューイチ、ちょっとこっちを向け」
「掟そのさ……はいはーい? みんな離れてどしたん?」
そしてリューイチに隙丸出しの背中を晒させる。
さあ乗ってこい。コンタクトを取るなら今がベストだぞ。
「誰……」
囁くようなウィスパードボイスが聞こえ、「ヒャッ!?」リューイチが両手を上げた。暗くてよく見えないが、おそらくは短剣でも突き付けられたのだろう。
「全員……動かないで」
凍てつく殺気を孕んだ風が突き抜けた。肌が泡立ち息が止まり、背中に冷や水を浴びせられたような錯覚に陥る。先程までの緩い空気が彼女によって一瞬で吹き飛ばされた。この殺気……殺し屋だった先生を否が応でも思い出す。
……不味いな、正直これは予想以上だ。笑えない空気を作り出されてしまった今なら、リューイチは殺されてしまう。
「私は……あなたに会った事は無い……。でも、あなたは私を知っていて……過去に会ったと『白』を言っている……。あなたは、誰」
声はリューイチの背後から聞こえていた。彼の太い体型に隠れて姿は見えないが、その殺気だけは空気をビリビリと伝わってくる。「グルルル……!」ハスキが唸り声を上げ「待て。待てだぞ、ハスキ」私の額を冷や汗が伝った。「ヒィッ」木に縛りつけているゴロツキ二人も顔面蒼白になっている。
「あ、あの、その、お、俺は、えっと」
リューイチも今なら自分が死んでしまうことを察したのだろう。呂律が回らず、膝がガクガクと震えてしまっている。
「リューイチさん、頑張ってください」
しかしミサキだけは恐怖に動じていなかった。いつもと変わらない柔和な微笑みを浮かべ、恐怖に竦むリューイチの背を押した。リューイチが青ざめた顔で頷く。
「き、君が僕の事を分からなくても……僕は、君のことをよく知ってるよ」
そして、たどたどしい口説き文句を紡ぎ始めた。
「君は本当はとても優しい子だ。だけど優れた才能があったために、他の生き方を選ぶ事ができなかった悲しい子だ」
「動かないで」
「うっ……!」
リューイチの顔が苦痛に歪んだ。どこかを刺されたのかもしれない。だが負けるなよリューイチ。ここがお前の新婚生活への正念場だぞ……!
「そっ、そして他人の嘘を見抜ける能力を持ってしまったために、君は人の世にはびこる欺瞞と悪意を誰よりも見てしまったんだ。おそらく君にとって世界は嘘つきで信用に値しない人間で溢れているに違いない」
「動くなと、言っているでしょう……」
「うううっ! で、でも大丈夫。僕は君に嘘をつかないし隠し事もしない。あの時に言ったよね。君に何があっても僕は君の味方であり続けるよって。その約束を今、果たしに来たよ」
「その、言葉は……」
おお! 効いてる効いてる! いいぞリューイチもっと押せ! この流れも台詞も考えたのは、ほぼ私だけどな!
「遅くなってごめんよ」
拘束が緩んだのか、リューイチが抜け出した。そして相手に向き直って片膝をつき、懐から小箱を取り出した。
勝負に出るつもりか! やるんだな!? 今! ここで!
「僕が誰かと聞いたね。あれから僕は少し変わってしまったから、分からないのも無理はないかな」
私がランタンを掲げると、闇に潜む襲撃者の姿が仄かな明かりに照らし出された。胸はそこそこ。褐色の肌と銀色の髪。切れ長で憂いを秘めた瞳。年齢は私とミサキの中間くらいか。
なるほど、リューイチの第一嫁候補になるだけあって、かなりの美少女だ。誰にも心を許さない宝石のような、美しくも冷たい雰囲気を宿している。
「僕だよ。アベルだ」
リューイチが小箱の蓋を開くと、中には宝石の埋め込まれた指輪が納められていた。「ふわわぁ……!」ミサキが感嘆の声を漏らす。
「結婚しよう。君を愛している。もう君を二度と一人ぼっちにはしない」
今だ!
「「「縁ダアアアアア癒アアアアアアアアアア」」」
リューイチの故郷に伝わるらしき曖昧なラブソングを、私達三人でテキトーに合唱した。ついでにリューイチの魔法の効果なのか、何故か音楽まで聞こえ始めた。紙吹雪が舞い散り、リーンゴーンと鐘の音が鳴る。なんだかこの盛り上がりなら、ちょっと勝てるような気がしてきた……!
「ああ……」
ポトリ。しばらくテキトーに歌い続けていると、ナインが手にしていた黒塗りの短剣が落ちた。お?
「なんて」
おお?
「なんて素敵なお方……」
おおおおおおおおおおお!?
ナインはリューイチが差し出した指輪を受け取った。その頬に赤みが差し「は、ぁ……んん……」熱のこもった吐息を漏らす。さらには恥じらうように視線を逸らして、ソワソワと落ち着かない様子さえ見せた。
凍てつく殺気もどこへやら。リューイチの魔法によって、今では彼女の背後に大量の花さえ咲き乱れる有り様だった。これは、これは……!
「ありがとう。でも君は僕なんかよりずっと素敵だよ」
やったのか!
リューイチ!
「さあ行こう。二人の新しいんむぎゅ」
しかしそのリューイチの頭がナインに踏み付けられる。
あー……うん……まぁ、ね……分かっちゃいたけど、やっぱりリューイチじゃダメだったか……ドンマイ。
「俺を踏み台にしたぁっ!?」
そしてナインはリューイチを足場代わりにして彼を飛び越え、私の目の前に着地した。研ぎ澄まされた刃のような目が、私をじっと覗き込む。
「なっ」
しまった! 油断した! リューイチの求婚が失敗したということは、私達はこいつの殺害目標のままだ! さっきの態度は演技か! 武器を……くそっ、速過ぎる! 手が押さえられている! またこれか! 武器が抜けない! どうする……どうする!
「私の本名はライラ……『月の無い夜』という意味です……。どうか二人きりの折はそうお呼び下さい……」
「はい?」
唐突な申し出に私は耳を疑った。
「どうかお受け取りを……」
さらにナイン改めライラは私の手を取り、リューイチから奪った指輪を私の薬指に嵌めた。
「………はいいいい!? うわ宝石デッカ!!」
「お慕いしております……お姉さま……」
そしてライラは私の胸にその身を預けた。
本日最大音量のツッコミが私の喉から迫り上がる。
「いやお前私に惚れるんかーーーーーーーーい!!!」
よく見たら彼女の背後で咲いている花は全て百合だった。