第5話。計算通り!
リューイチに金を掲げさせて街道を一人先に歩かせ、しばらく待つこと十数分。腕は生えたがボロ雑巾のようになったリューイチが、三人の武装した男達を連れて戻ってきた。
「オレがやっていいのか?」
「合図を出すまで待ってくれ。敵は弱らせてから仕留める」
「分かった」
ハスキを待機させて、連中を観察する。体毛が濃ゆい髭の男、ハゲの巨漢、ナイフを舐めているモヒカンの男と、一目でゴロツキと分かる逸材揃いだ。三人とも飛び道具の類は持っていないように見える。
「グッヘッヘッヘ、本当に女がいやがるぜぇ」
「うへへぇ。あっしの言った通りでやんしょ?」
「ヒャッハー! 女だー!」
「傷持ち以外は、売り飛ばす前にタップリと可愛がってやるぜぇ」
「一番最後で結構ですんで、案内したあっしにも味見させてくださいよぉ。へへっ」
リューイチはボコボコに腫れた顔で媚びへつらった笑みを必死に浮かべ、懸命にゴロツキ達の機嫌取りをしている。なんて可哀想な生き物なんだ……。私のせいだけど。
「こらっ、リューちゃん! ママはリューちゃんをそんなこと言う子に育てた覚えはありません!」
「ごめんよママー! でもこの人たち、僕にイタイイタイするんだよー!」
「えっ、あれお前のかーちゃん? 娘じゃなくて?」
ゴロツキ共がミサキとリューイチを見比べた。
「俺のママだよ? 血は繋がってないけど」
「ヒャッハー! 複雑な家庭環境だー!」
「じゃあ他の二人は?」
「そいつの飼い主だ」
私は彼らの会話に割って入った。
「ご苦労だったなリューイチ。実に丁度良い連中を連れてきてくれた。後はお前がそいつらをぶちのめすだけだ」
「ああん? 誰が誰をぶちのめすだって?」
ゴロツキ共が殺気立ち、リューイチに剣先を突き付けた。リューイチは両手を上げてブンブンと首を振る。
「待って、待って、俺、戦う、聞いてない」
「ミサキ」
「リューちゃん! ママはリューちゃんが絶対に勝つって信じてますからね!」
「っしゃあ! かかってこいや今週のやられ役どもがよぉ! オラオラァ!」
「死んどけ」
「ぴぎゃああああ!」
「リューちゃーん!?」
「ヒャッハー! 八つ裂きだー!」
三人がかりで容赦なく斬り伏せられたリューイチが断末魔の悲鳴を上げた。普通の人間なら間違いなく死ぬ致命傷だろうな、可哀想に……。私のせいだけど。
「へへっ、お前らもこうなりたくなけりゃあ大人しく言う事を聞くんだな」
「グフフゥ、傷持ち以外は朝まで俺のアレを舐めさせてやるぜぇ」
「ヒャッハー! 性奴隷だー!」
「ふーん」
私はうつ伏せで横たわる血塗れのリューイチを指差した。
「どうして私が、人間一人殺せないような腰抜けの奴隷にならないといけないんだ?」
「ああん?」
「お前らの相手はまだ生きてるぞ」
ゴロツキが睨むと、死んだ振りをしていたリューイチの体がビクンと動いた。
「い、いや無理っすわ……俺、戦闘能力ゼロですもん……」
「ミサキ」
「リューちゃんが負けたら、ママはまた奴隷になってしまいます……」
「うおおおおお! ママは僕が守る!」
「しつけえな! 死に損ないが!」
「ぎゃぴいいいいい!」
「リューちゃーん!?」
「ヒャッハー! 串刺しだー!」
リューイチの胸を剣先が貫通した。
私のせいだけど……まあいいか。
「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ! やめてもうやめて!」
「ミサキ」
「リューちゃんはまだ負けてません! これはまだ勝ちの途中です!」
「ママー! 僕頑張るよー!」
「まだ死なねえのかよこいつ!」
それからしばらくゴロツキ共は不死身のリューイチを殺し続けた。私はゴロツキが手を止めないように、連中を煽り続ける。
「どうしたどうした! やる気はあるのか! もっと気合を入れて刺せ! 手加減してくれるなんて優しい奴らだな!」
「バカにしやがって!」
「あびゃああああああ!」
「リューちゃーん!」
「最近の悪党は随分と甘っちょろいんだな! 人間一人殺せないお前らには、マフィアよりお花屋さんがお似合いだ!」
「誰が人間一人殺せないってえ!?」
「ひぎぃいいいいいい!」
「頑張れ偽アベルー」
「腰が引けてるぞ腰が! 貴様らそんなへっぴり腰で女を抱くつもりか! まさかこんな奴が怖くて逃げようとしているんじゃないだろうな! ガッツを見せろガッツを!」
「ヒャッハー! 死ぬまで殺してやるぜー!」
「らめてえぇええええ!」
「ンミー」
「ほらほら手が止まってるぞ! まさかもう息切れか! 腕が上がらないなら敵の喉笛を噛みちぎれ! 歯が折れたなら頭突きをしろ! 使える部分は何でも使って殺してみろ!」
「はぁ……はぁ……コンチクショオオオ!」
「もう……やめてください……もう僕には使える部分残ってません……」
「ミサキ」
「リューちゃん、これが終わったらバブバブしてあげますからね」
「もっとガンガン来いやオラァァァ! アッー!」
作戦は上手くいった。
こちらの被害はリューイチの手足が飛び散ったり中身が飛び出したりした程度に対し、ゴロツキ共は血と脂で武器は使い物にならなくなり、息もバテバテで立つのもやっとという状態だった。
「よし、今がチャンスだハスキ」
「おう!」
「うわーっ!?」「あれーっ!?」「ヒャーッ!?」
武器も壊れスタミナも尽きたゴロツキ共は、三人とも容易くハスキに殴り倒されていった。
「フッ……計算通り、肉を切らせて骨を断つ……。戦いとは、いかに最小の損害で最大の戦果を上げるかだ!」
「流石ですクレア様!」
「ねえこれ計算間違ってない!? 肉も骨も断たれて、俺もうグッチャグチャで人間の形してないんだけど!? モザモザの実の全身モザイク人間なんだけど!?」
「ミサキ」
「リューちゃん、バーブバーブー」
「でへへへぇ、バーブバーブ」
なんか私、こいつらの扱い慣れてきたかもしれない。
「それで次はどうするんだ、クレア」
「飴と鞭を使おう。二人を人質にして、一人を金で雇って例の女を探させる。私達はここら辺でキャンプを張り、明日の朝までに使いが戻って来なければ人質は殺して他の奴を捕まえよう」
「へいクレアの姉さん! ゲヘヘヘ、お前らには散々俺を可愛がってくれたお礼をしなくちゃなぁ〜? カナブンとカタツムリの食レポをさせてやるぜぇー! ウイッヒー!」
いつの間にかリューイチは服ごと元に戻っていて、どこからか取り出した鎖でゴロツキ共の手足を縛っていた。ふざけている能力のくせに凄まじい再生能力だ。不死身っぷりはバリスとも張り合えるんじゃないか。
「さてお前ら、『荒野の鷹』という殺し屋を知ってるか」
そしてその日の夜、私達は暗殺者の襲撃を受けた。