第2話。安易な下ネタはやめろ!
「なあ、本当にやるのか? 今ここで? 考え直した方がいいんじゃないか?」
「だぁいじょゔぶだぁって。俺を信じる俺を信じろ。それよりも絶対脚本通りにやってよ? シリアス、ダメ、絶対。いいね?」
「えっと、ドツキ漫才? ですよね? 依頼人さんがボケてクレア様が過激なツッコミを入れる。これだけなんですよね?」
「イエスイェース。ガチで不死身ってところを見せてやるから、剣で切るとかもアリアリだぜ?」
「お前コントに命でも賭けてんの!? それに飯屋で刃物なんて振り回したら私がお尋ね者になるだろうが!」
「おっ、いいねぇー、早速ナイスなツッコミじゃーん。口ではイヤイヤ言ってても身体は正直だねぇ」
「その言い方、気持ち悪いな!」
「ヒュー! すっかりやる気になってんじゃんか兄弟。ささ、立って立って」
「誰が兄弟だ誰が」
オッサンに促されるがままに私は椅子から腰を上げた。そしてテーブルの隣でオッサンと向かい合う。
「店内のみなさーん、今からこのお姉さんが軽く僕を殴りまーす。でも合意の上なので、通報とかはしないで大丈夫でーす。一種のプレイだと思ってくださーい」
オッサンが宣言すると、混雑する店内の注目が一気に集まった。店員も迷惑そうな顔でこちらを見ている。
「それじゃあボケますよーっと」
「はぁ……はいはい」
仕方がない。一応乗ってやるけど手加減はしてやるか。
「グッへへへへ、ネーチャンの貧相なオッパイ、ワイが揉んで大きくしたろか?」
「殺すぞ」
私は全身全霊を膝に込めてオッサンの股間を蹴り潰した。
「アパァァァァァ!?」
オッサンは白目を剥いて倒れた。大袈裟な奴だ。オッサンのズボンが股間付近から真っ赤に染まっていくが、お漏らしでもしたんだろう。汚い奴だ、全く。
「依頼人さーーん!?」
「お客さまーーー!?」
ミサキと店員の悲鳴が響き、店内が騒然とする。
「どいつも! こいつも! 人の傷口を抉りやがって!」
私は倒れたオッサンに馬乗りになり、その顔を右、左、右、左と殴り続けた。
「これは未来予測を外したクソトカゲの分! これは格差を見せつけたスレイの分! これも格差を見せつけたユカリの分!」
「らめっ! もうっ! 死んじゃう! 死んじゃうがら! シリアス、ダメっ! マジギレ、らめぇ! ネギあげます! ネギあげますからっ!」
「クレア様ストーップ! これ以上は死んじゃいます!」
「殺すんだよ今ここで!」
「お客さまー! 店内で過激なプレイは困りますーっ!」
ミサキと店員に止められて、私はオッサンから引き剥がされた。オッサンはピクピクと痙攣してるが、ちゃんと死んだかな? ん?
「歌が聞こえる……」
オッサンが揺らりと立ち上がった。ボコボコに腫れ上がった顔で不敵にニヤリと笑う。 馬鹿な! 奴はたった今、確かに殺したはず……!
「さあご照覧あれぃ! 確かにタマを潰されたはずなのに、傷一つ無いこの不死身の肉体を! さあ! さあさあ! さあ!」
そして血塗れになったズボンを脱いだ。
「汚い物を出すな!」
「ホヒィンッ!」
足を伸ばした私の第二撃がオッサンの急所に届いた。オッサンは再び汚い股間を押さえて床に転がる。床にジワジワと血溜まりが広がっていった。
「もう出て行ってください!」
私達は店員に怒られて店の外に放り出された。背後で店のドアがバタンと閉まる。私のすぐ側には汚い尻を丸出しにして痙攣するオッサンが転がっていた。通行人達は私達から顔を背けて往来を歩いていく。私とミサキは顔を見合わせた。
「……私のせいじゃないよな?」
ミサキがジト目で私を見上げる。
「クレア様は胸の事になると、すぐカッとなる癖を治した方がいいと思います」
ミサキに叱られてしまった……。
クソッ、なんて卑劣な罠なんだ!
「プフッ」
汚い尻から屁のような笑い声が聞こえた。
「これぞシリアスならぬ尻ア「死ね!」ヌアーッ!?」
蹴り飛ばすと、汚い尻は汚い声をあげて汚く悶絶した。
もう付き合ってられん。
「さ、帰るぞミサキ。組合にはキャンセル料を払おう」
「払えるお金なんてもう残ってないですよ……。それに依頼人さんはどうするんですか……?」
「野生に帰す」
「駄目ですよ。飼い主がきちんと最後まで責任を持たないと」
「こんな汚いの飼った覚えは無いんだけどぉ!?」
「クーンクーン」
目を戻すと、野生の尻はいつの間にか木箱に入っていた。どんな入り方をしているのか、尻だけが突き出た世界一汚いミミックと化しており、その外装には『拾ってください』とまで書かれている。
馬鹿な!? 目を離したのは、ほんの一瞬のはずだぞ!?
「フフフ……驚きのようですね」
捨て尻が誇らしげに尻を張る。こんな言葉あるかぁ?
「これぞギャグ補正の隠し効果! ボケに必要な小道具をどこからか持って「ンミー」
汚い尻をよじ登って子猫が出てきた。
「ンミー、ミー、ンミー」
「…………」
「…………」
「…………」
気まずい沈黙が流れる。
「えっと……まさか箱に猫ちゃんまでセットになってるとは思わなくてですね……痛っ、痛たたた! 痛っ!」
「ミー」
子猫は尻をガリガリと引っ掻き始めた。
「なのでここはどうか一つ、私共々面倒を見てもらうわけにはいきませんかね? お金にお困りなら前払いで報酬上乗せしますんで、そういうオプションとか付けてもらっていいっすか?」
私は頭を抱えた。
「馬鹿な……! よりにもよって私は、こんな奴に恋人を作ってやる仕事を引き受けてしまったのか……!? この仕事は『人喰い沼』だっ……!」