第1話。出オチかよ!
依頼人との待ち合わせ場所に行くと、ハゲで太ってて息が荒くて汗塗れのオッサンが居た。明らかにサイズの小さいタンクトップを着てるせいで、乳首が浮き出てお腹も露出してしまっている。
「ドュフフフフ、そろそろ待ち合わせの時間だお。ギルドに金を積んで、受注者は若くて可愛い女の子限定にしてもらったから楽しみだお。でもでもなんだか出会い系みたいでドキドキするおー? フィヒヒヒヒ、フォカヌポォコポォ」
…………見なかった事にしよう!
私はミサキの後ろに回り、変なのを見せないようにその両目を手で塞いだ。
「ふぇ?」
「さーて今日のお昼ご飯は何にしよーかなー」
そして依頼人であろうオッサンの前を素知らぬ顔で通り過ぎる。うん、これは無理だ。せっかくミサキが見つけてきた仕事だが、無理な依頼はキャンセルしよう。
「ちょいちょいちょーい!」
しかし通り過ぎた途端に、オッサンが私達を呼び止めてきた。
「うわっ気付かれた! 逃げるぞ走れ!」
「ふぇぇぇ!?」
私はミサキの手を引いて走り出した。
しかしミサキは状況が分かっていないようで、動きが鈍い。
「待て待て待てって! お前ら人狼の森にいた冒険者と元奴隷少女だろ!? 俺だよ俺俺! お前に馬乗りされてボコボコに殴られたアベルだよ!」
「えええええええ!?」
結局、私達はオッサンの話を聞く事にした。
近くの混雑している飯屋に入り、オッサンをテーブルの向かい側に座らせる。まじまじと観察してみたが、やはりオッサンとアベルは似ても似つかない。
「…………まずは事実確認をしたい。話はそれからだ」
「はいはい分かりましたよーっと」
態度悪いなこいつ。
私は受注書の控えをテーブルの上に広げた。ミサキが見つけてきたこの依頼内容を簡潔に言うと『恋人作り』。今まで引き受けてきた仕事に比べれば子供の遊びのような内容だ。たまにはこんな平和な仕事もいいかと思ったのだが……。
「依頼人の名前は『リューイチ・アベ』となっているが……とりあえずこれはお前で間違いないんだな?」
「そうそう、こっちが俺の本名でアベルが偽名。だって本名とか安易に晒すの怖いじゃん? まぁ今となっては逆にもうアベルって名前を使う気は無いけど」
本名を名乗らないのはまだ分かる。しかしいかんせん外見があの人狼の森にやってきたアベルと何一つ重ならない。
「……本当に異世界転生者のアベルか? 戦場に乱入してあちこちの戦争を止めたり、巨大隕石を破壊したり、復活した太古の邪神を瞬殺したりしたのか? お前が?」
「そうですけど? やれやれ……まーた俺、何かやっちゃいましたかぁーン?」
「真面目に答えないと殺すぞ」
「お金出す依頼人なんだけど俺!?」
「あっ」
ミサキが何かに気付いたようで、小さく声を出した。私とオッサンの視線が自然と集まる。
「ま、まさか……クレア様に殴られ過ぎてこうなっちゃったのでは……?」
はぁあ!?
「きっとそうですよ……! あの時クレア様があんなにたくさん殴るから! こんなに顔も腫れ上がっちゃって髪の毛も抜けちゃって、やけ食いでお腹まで出てしまったに違いないです……! ごめんなさい!」
そんなわけないだろ! …………そんなわけないよな?
「うん……あの……たしかに今の俺はたえちゃんの叔父さんにクリソツだけどね? これが本来の俺の姿なんだから、悪気無くてもそーゆーのやめてくんない? 泣いちゃうよ? えーんえーん」
オッサンはわざとらしく泣き真似をした。「ふぇぇえ!? すみませんすみません!」ミサキがあわあわと動揺する。
オッサンは私の謝罪も期待しているのか、チラチラと上目遣いで視線を合わせてくるのが最悪にうっとおしい。もう帰ろうかな。
「本来の姿ってのは?」
でもまあ一応、最低限の話だけは聞いておくか。組合から紹介された依頼をキャンセルすると違約金を払わされる以上、簡単に帰るわけにもいかない。
「スキルの容姿補正のレベルを上げてさぁ、そこそこイケメンの姿にしてたんだよ。スキルって言うより能力補正って言った方が分かりやすいか? 敵を倒して経験値稼いで能力補正のレベルを上げることで、パワーやスピードが上がったりすんの。最初はこの世界のシステムだと思ってたんだけど、誰も知らないからやっぱ転生者固有の能力なんかな。もう能力を失った俺には関係無いけど」
「注文決まりましたらお呼びくださーい」
「あっ、どーもー」
オッサンは店員が置いて行った水をゴクゴクと喉を鳴らして飲んだ。
うーん……特殊能力の話をされても、真実である確証が何一つ無い。このオッサンが本物でも偽物でも関わり合いになるのは厄介な事態にしかならない気がする。
「ちょっと席を外して、私達だけで相談してきていいか?」
私はミサキの肩に軽く手を置いた。こっそり逃げる合図だ。
「やだよ。そうやって支払いだけ押し付けられて置いてかれたの一度や二度じゃないんだから」
「なんて悲しい経験を積んでるんだ……!」
「だから作戦タイム取るなら俺の前でやってくれ」
ぐぬぬ……!
「えっと、じゃあ、はいっ、作戦ターイム」
「おっ、おおおっ!? 認める!」
ミサキが手を上げると、オッサンは急に嬉しそうな顔になった。「はーい、少々お待ちくださーい」奥で注文を取っていた店員もミサキの上げた手に気付く。
「まさか異世界でこのネタ出来るなんて嬉しいなぁ! 俺以外の奴は絶対知らないけど! あ、俺のことは気にしないで何でも自由に話してくれていいからね!」
「わぁ〜、ありがとうございます」
ミサキがクイクイと私のスーツの袖を引っ張ってきた。ええ……ここで作戦会議するの? オッサンの目の前で?
「クレア様クレア様」
仕方ないなぁ、もう。
ミサキが私の耳に口を寄せてきたから、私は身体を傾けて耳を貸した。「あら〜」何故かオッサンが凄い笑顔になる。「女の子同士がイチャイチャするの好きなんだよね俺」聞いてないしイチャイチャもしてないだろ。
「私思ったんですが、依頼人さんが何を言ったところで、クレア様は信用しませんよね?」
「まあな。今すぐ証拠を出さないなら、どんなにそれっぽい事を言っても信用しない。そして私は嘘をつく依頼人の仕事は引き受けない」
私はあえてオッサンにも聞こえるような声量で答えた。
「第一、依頼内容は恋人作りだぞ? せいぜい好きな女に振り向いてもらえるよう依頼人をプロデュースする程度だと思っていたのに、現地に居たのはコレだぞ?」
「ねえ酷くない? 聞こえてるよ? ミソジニーやめて?」
「その上さらに英雄を騙るなんて、どんな陰惨な新婚生活を企んでいるのか知れたもんじゃない」
「その言い方やめよ? 普通の新婚生活なんですけど? あと騙るも何も俺がアベル本人だよ? あの森の詳しい話すればいい?」
「いいや、本人確認をする気さえ無い。オッサンが私を騙す為にあの森の件の情報を入手した程度ならまだいいが、アベル本人が私への復讐の為にこのオッサンを雇って情報を流した可能性もある。危険だ、違約金を払ってでもこの仕事はキャンセルしよう」
降りるなら今が安全だろう。私達から距離を取って付近を見張ってくれているハスキの警告が無いので、少なくともこの場にオッサンの伏兵は居ない。まあ……ハスキの鼻に頼り過ぎて前回は痛い目を見てしまったが……。
「復讐なぁ……。まあ一応恨んではいるけど」
急にオッサンの声のトーンが真面目になった。
「でもよくよく考えたら先に殴ったの俺だし、お前らの「お待たせしましたー! ご注文どうぞー!」俺をボコって萌え萌えケモミミっ娘を逃し「コーヒーとサンドイッチ。支払いはこのオッサンで」その後で俺がハニトラに引っかかって別の奴に能力ドレインされた件は無関係「あれ? 依頼人さんの奢りなんですか? じゃあ私も同じのにします」スレイにあんな事したのもお前らじゃな「ご注文お決まりですかー!」えっとね? 今真面目な話してるんだけど……タマゴハムサンドで。あとお水ください」
「かしこまりましたー!」
「じゃあ私達はこれ食べたら帰るから」
「奢ってくださって、ありがとうございます」
「なんでいつの間にか俺の奢りになってるの? まあ女の子とご飯食べれるだけで幸せだからいいけど。あと帰らないでね? 俺の依頼は?」
「受けない。信用できない」
「いや、やたら俺を疑うけどさあ、依頼主の身元とか裏取りってギルドが保証してくれるもんなんじゃないの? 冒険者がいちいち依頼主を疑ってたら、どんな仕事も受けられないでしょ?」
「ギルドって冒険者組合の事か? 組合が裏取りや保証をする案件は社会情勢に関わるような依頼だけで、基本的には仲介料を抜いて冒険者に仕事を斡旋するだけだぞ」
「つまり下請けに仕事を投げるだけの中抜き業者か……。この世界でもそんなのあるんだな……世知辛いのう。ちなみにその裏取りはギルド職員がやんの?」
「組合が信用している冒険者に裏取りの依頼を出す。その分だけ組合の取り分は割高になるが、組合を介さずに冒険者を雇おうとすると、依頼人と受注者の間で裏切り騙し合い何でも有りのデスゲームになるから、最低限の保証として誰もが組合を通しているのが現状だ」
「ふーん……なるほど……なるほどなぁ……なるほどねぇ」
オッサンはテーブルの上を人差し指でトントンと叩いて、しばらく考え込む素振りを見せた。
「これさ、俺の依頼とちょっと関係あるんだけどさ、『依頼の信用を保証する会社』を立ち上げたら儲かると思うか?」
「何だって?」
話がやや逸れてはいるが、無責任な組合の仕組みには私も少なからず不満がある。
「依頼人も受注者も裏切れない仕組みを作るんだよ」
「どうやって?」
「嘘を完璧に見抜く能力を持ってる美少女に心当たりがある。悪い奴に滅ぼされた『荒野の鷹』っていう暗殺者一族最後の生き残りで、助けた俺に恩義を感じているはずだ」
ふーむ、ちょっと興味が出てきた。嘘を見抜くのが得意な奴は冒険者にもたまに居るが、完璧に見抜くときたか。何だかエメスを思い出す。
「その娘は特別に優れた観察眼のスキルを持っていてさ。人が嘘をつく時にほんの僅かに出る変化が分かるんだって。眼球の動きとか、レスポンスの遅れとか、声の大小とか抑揚とか、とにかく普通の人間には分からない微細な変化を正確に見抜けるらしい。もちろん暗殺者としても超一流だ」
それが本当なら大したものだ。約束を反故にしたら暗殺者が命を取り立てるという抑止力があるだけでも、裏切る奴は減るだろう。
「だからまずこの娘を俺のお嫁さんにしてさぁ」
「ん待てぃ」
思わず変なツッコミが出た。
「二人三脚で頑張っていこうと思うんだよ。会社は儲かる。俺は可愛いお嫁さんができる。アサシン系美少女は俺と子供を増やして一族の復興ができる。冒険者は依頼人に騙されなくなる。ほら、良い事尽くしじゃん?」
「お前の言ってる事が全部本当だとしても、メチャクチャ大きな壁が最初に立ちはだかってるだろうが。どうやってその娘を落とす気だ」
「嘘を見抜けるんだから、俺がアベルだと教えればワンチャンあるかなって。だって俺、命の恩人だし? 甘い台詞の一つでも囁けばイチコロよ」
「ううううんんんんん……」
どうしよう。もし全部本当の話だった場合、ちょっと面白い案件だ。そして私が手を貸さなかった場合、このオッサンの計画は頓挫するのが目に見えている。
だが罠だった場合……いや罠にしてもこんな話を持ってくるかぁ? 恩を武器に婚姻を迫るカスみたいな話を?
「あ、そうだ。俺がアベルだって証拠になるかどうか分からないけど、こんなゴミ要らないって吐き捨てられて吸い取られなかったスキルがまだ一個残ってるぜ」
「さっき言ってた特殊能力の一つか。どんなのだ?」
「ンッフッフ。お望みなら実演しますが、これがまた自分一人では使えない上に色々と制限があるスキルでしてねぇ、マエバラさぁん」
オッサンは突き出た腹を誇らしげにパンパンと叩いた。
くだらない能力だったらもう本当に帰るからな。
「その名も『ギャグ補正』! どんな致命傷を受けても笑える空気がその場にある限り、俺は不死身だ!」
やはりくだらない。
くだらない……くだらないが…………一体どういう事なのか凄く気になる……!
ただの脳死ギャグ回の短編です。