最終話。忘れないよ
グランバッハ家管轄、ディスモーメント領。
ここはとある依頼の成功報酬として、クレアが大貴族より管理を任された領土である。それなりの広さはあるが、領土のほぼ全域が開発困難な山や森であり、猛獣が多く交通も整備されていないために国土としての価値は低い。
そして滅多に人が訪れない事を利用して、この地には故郷を追われた人狼や怪生物が匿われており、小さくも平和な集落を築いている。
ある日、その集落の片隅に二つの墓が作られた。
その墓標にはこう刻まれている。
『ダグラス・ロウゾーン。アイ・ロウゾーン。ジョー・ロウゾーン。種族の垣根を超えた仲睦まじき家族、ここに眠る』
『土と記憶を司るホルローグの土着神エメス、ここに眠る』
二つの墓の周りには、常に数体のゴーレムが居る。
ホルローグで生み出され、生きる目的を失った偽りの生命たち。彼らがアイやダグラスの遺体を体内に隠してただの泥人形の振りをしてくれたおかげで、それなりの輸送費と引き換えに遺体を無事運び込む事が出来た。彼らはその後、当面の仕事として墓の清掃や墓前に添える花の栽培を任されている。クレアをオバウエドノと呼び慕う彼らがいつまで生きるのかは、誰にも分からない。
そして彼らの墓からやや離れた場所、この近隣で最も日当たりと見晴らしが良い丘に、新築のボロ屋があった。
人狼たちがせめてもの恩返しにと慣れぬ手作業で建てた、家と呼ぶのもおこがましい不出来な小屋である。床はやや傾いており、隙間風は入る上に雨漏りもする。たった一度の地震にも耐えられるとは思えない、残念な家であった。
しかし当のクレア一行はこのボロ屋を気に入ったため、集落に滞在する間はここで過ごす事にした。
大柄な人狼たちが建てただけあって、ボロ屋だがそこそこの広さがある。当初クレアは隠れ家や物置程度に使うつもりだったが、ミサキが今までに撮った写真を壁に貼り出したり、ハスキが獲った鹿の骨や持ち帰っていたソル卿の腕を飾ったりしたために、すっかりアットホームな空間になってしまった。
さらには手土産を持った客が入れ替わり立ち替わり訪れるのであまり休めない様子ではあったが、クレアは迷惑そうに応対しつつもやはりどこか嬉しそうだった。
「クレアねーちゃんたち、もう出かけちゃうの?」
そしてここは一時的に立ち寄っただけであって、彼女たちの目的地ではない。出発の準備を終えてボロ屋を出た彼女らへ、シバが寂し気に声をかけた。
「ああ、まだ仕事は終わりじゃない。今から組合に行って報告して報酬を受け取らないといけないからな」
「そうなんだ……。じゃあ次はいつ帰ってくるの?」
「帰るって……別にここは私の家じゃないんだが……ううん……彼らを運び込むための輸送費やら袖の下に使った金でスッカラカンだし、次の仕事を探さないといけないから、しばらくは来れないかな……」
「ならオレに任せろ! 今回はあまり活躍できなかったけど、次は絶対もっと頑張るぞ!」
ハスキが荒々しく鼻息を吐いて、両拳をガツンと打ち付けた。
「あっハイ! ハイハイ! 実は私、次のお仕事に心当たりがあります!」
ミサキが自慢気に手を上げた。
「最近はちょっと辛い仕事ばっかりでしたから、もしこの仕事が上手くいったら、次は息抜きも兼ねて楽そうな仕事を確保しておいてくれないかって、こっそり組合職員さんにお願いしてたんです!」
「おお!? いつそんな交渉をしたんだ!?」
「記憶消却の条件を突き止めるために、クレア様が組合を閉めてアレコレ試していた時です!」
ミサキはゴソゴソとリュックを漁り、やがて一枚の紙を取り出した。
「受注はまだですが、依頼概要を写してもらってます! 私たちが帰ってくるまでストックしてくれるそうですよ!」
「へえ……どれどれ?」
褒めて褒めてオーラを出すミサキに苦笑しながら、クレアは差し出された紙に目を通した。そして目を丸くする。
「うわ、なんだこの高額報酬!?」
「凄いですよね! きっと依頼人はお金持ちですよ!」
「いや待て待て、こーゆーのはきっとまたろくでもない内容で……はぁ!? 恋人作りぃ!? この依頼人、自分の恋人を作ってほしいって依頼出してんの!? こんな大金を出してまで!? 嘘だろ!?」
「つまり交尾相手を探してやるだけでいいのか?」
「そうだけど交尾って言うなよ! 生々しいから!」
「つまり恋の橋渡し役ですね! 頑張りましょう!」
「いやでもこんな大金を出してまで恋人探すって、相当アレだぞ……。貴族や金持ちなら相手には困らないはずだし、罠でなければ金で補えないレベルの洒落にならない欠点があるぞこの依頼人……」
「例えばどんなのですか?」
「例えば……えっと……見た目も中身もこう……ゴリラそっくりとか……」
クレアは剣先でガリガリと地面にゴリラを描いた。
「大げさですよ。まさかそんなわけ……ってクレア様ゴリラの絵メッチャクチャ上手っ!? ええええ!? 何ですかコレ!? ほとんど実写じゃないですか!」
「え? そうかな?」
「ホントだ。ゴリラにそっくりだな」
「クレアねーちゃん、僕も描いて描いて!」
「シバは……えっと……こうかな?」
クレアは次にシバを地面に描いた。
しかしそのクオリティはゴリラには遠く及ばない。
「わぁい! ありがとうクレアねーちゃん!」
「シバさんは普通なのに、なんでゴリラだけこんなに上手なんですか!?」
「うーん、昔よく描いてたからかな?」
「ゴリラを!?」
「じゃあ次はオレオレ! オレも描いてくれ!」
「こらこら! 本題から脱線してるぞ!」
くだらなくてバカバカしい仕事を探してきてくれたミサキと、いつも明るい人狼二人に感謝しつつ、クレアはふとアイに思いを馳せた。
彼女は機械として壊れてしまっていた。
ダグラスに命令されていない行動を取り、魂を持たないと自覚していながら罪を重ねて地獄へ落ちるとまで言い切った。ロボットとしては失格だろう。
だが、人としてはどうだっただろう?
仮に私が家族も同然のこの仲間達を殺されたら、復讐心を捨てて合理的な判断をするだろうか? 選んだ道が間違っていたとして、それを他人に咎められて止まるだろうか? 不幸を忘れて新しい幸せを探すだろうか?
愛する者を殺されたならば、損得や善悪なんてもはや知った事ではない。激情に焼かれるままに苦しみ狂うのが……人間として正しい姿のような気もする。
少なくとも私ならば、必ず復讐を選ぶだろう。
「そう考えると、人間らしさって何なんだろうな……」
「人間らしさ?」
クレアがポツリと漏らした一言を、ハスキが目ざとく見つける。
「そんなのバナナ食ってクソして寝ることだろ」
「それゴリラらしさですよ!? って言うかハスキさん、ゴリラ見たことあるんですか!?」
「おう、たまに縄張り争いしてたからな。強かった」
「僕もゴリラさんと縄張り争いしたことあるけど、負けちゃった!」
「居たんですか!? あの森にゴリラが!?」
「ゴリラはどこの森にも居るよ?」
「あいつらは縄張りでバナナをよく栽培してるな」
「ゴリラさん同士は手話で会話してるみたいだね」
「私の知ってる常識と違うんですけどー!?」
あまりにもバカバカしい会話に、クレアの口元にほんの僅かな笑みが浮かぶ。
「よし! じゃあバナナ食ってクソして寝るために、もうひと踏ん張りするか!」
クレアはリュックを背負い直した。
この中には今回の依頼完了の証拠物品と、彼女が受け取った『報酬』が入っている。この報酬の件でクレアはミサキと口論になったが、最終的には珍しくクレアがミサキの説得に成功した。
「私は彼らを忘れない。そして彼らの人生を悲劇では終わらせはしない。彼らの生にも死にも意味があった。それを私が証明し続ける事が、私の命を救ってくれた彼らへの……せめてもの恩返しだ」
ホルローグの事件が終わって、しばらく月日が流れてからの話である。
ある日、さる優秀な魔術師の研究によって、それまでとは一線を画する高性能の義手・義足が開発された。
鉄と土の複合魔術によって作り出されたその手足は、傍目には本物の手足と区別が付かない程に精巧に作られており、失った手足以上に使用者の思い通りに動いた。
決して安い商品ではなかったが、無理をすれば買えない金額でもなかったために求める人は数知れず。不具者となり絶望していた人々は生きる喜びを取り戻し、義手義足を付けたその日から誰も彼もが笑顔を思い出した。
そしてこの技術の元となる素材を提供した人物との契約により、型番の前に付ける商品名は恒久的に固定される事となる。
男性用は『ダグラス型』と名付けられ。
女性用なら『アイ型』と呼ばれた。
この手足のモデルとなった人物が何者なのかは、技術提供者の意向によって明かされていない。
それでも彼と彼女の名を与えられ、人工の愛から生まれた手足は、この先何年にも何十年にも渡って、四肢を失った人々の人生を救い続ける。そして多くの人々に愛され、人の世に記憶され続けるだろう。
彼と彼女が生きた証と共に。
完。
以上です。最後まで読んでくださいまして、ありがとうございました。