第10話。闇鍋作戦会議
「これから作戦会議をするが、これは授業じゃない。だから最初に一つ約束をしよう。ここから先はお互いに遠慮は無しだ。何でも言っていいし、何でも否定していい。今から君と私は対等だ」
「はい! わかりました!」
「まずは目的の確認からだ。今の目的を言ってみろ」
「はい。一人でも多くの人狼さんを助けることですよね」
「そうだ。その条件を満たす方法は何がある」
「えっと、生き残った方で逃げること……捕まった方を助けて全員で逃げること……冒険者の方々を追い払うこと」
「そんなところだな。私が群れを乗っ取って逃げることも考えていたが、彼らは家族を置いて逃げはしまい。それにあの人数では今後の群れの人口増加は絶望的だ。なら残りの二つになるが、どちらにしても人狼と冒険者の衝突は避けられない。そこに最大の障害がある」
「アベルさんとスレイさんですね」
「そうだ。あいつらの異常な強さが問題だ。転生者と戦って勝つ事は不可能だからな。ここまでは確認できたか」
「はい、大丈夫です」
「よし、目標と障害は明らかになったな。次に進む」
「次は障害の分析だ。今回の場合は、あの二人がどんな能力を持っているのかという点に絞ってみよう。あいつらの能力をどう見る」
「何と言いますか……無敵の盾と最強の剣のような印象でした」
「もう少し詳しく言え。まずは巨乳女からだ。奴はどんな事をやっていて、何が出来ると思う」
「えっと、色んな技を使っていました。技名には統一感がありませんでしたし、他にも色んな技が使えると思います。レトリバさんなら少し耐えられるみたいですが、広範囲の敵を一網打尽にすることもできるのではないでしょうか」
「その通りだな。奴らが追ってくる姿を見たか?大木をサイコロ状に斬り刻みながら直進してきた。あんな化物に勝つ方法はあると思うか」
「……攻撃はともかく防御に関しては、際立って目立つ点はありませんでした。こっそり後ろから襲えば勝てないこともないかと思います」
「そうだな、正面から勝てる相手ではないのは確かだが、何とかなる可能性はある。問題は転生者の方だ」
「ところで転生者ってどういう意味ですか?」
「私も詳しくは知らないが、そう名乗る連中がちょっと前から噂になっている。どいつもこいつも異常な強さをしていて、異世界から来たと主張しているらしい」
「異常な強さ……あの白い光ですね」
「確か絶対領域とか言っていたな。触れたものを何でも消す、か。本当だと思うか?」
「何でも、というのは違うと思います」
「どこを見てそう思った」
「ええと、まず足です。ちゃんと地面を踏んでいました。足の裏には絶対領域を作れないか、あるいは土には効果がないのかと思われます」
「まずということは、他にもあるんだな」
「はい、スレイさんとの距離感です。二人ともすぐ手を繋げるような距離にいました。触れただけで命に関わるような怪我をするかもしれないのに、私ならあんな近くにはいられません」
「いいぞ、よく見ていたな。他には音や空気だ。それも無効化してしまうなら、会話ができるはずがない。あとは奴が着ていた服も無傷だったな」
「つまり、自分にとって危険なものだけを消していると考えていいのでしょうか」
「それで間違いないだろう。まさに無敵を象徴するような魔法だな。大したものだ」
「でも、本当に完全無欠ではないと思います」
「そうだな。転生者といえど、眠りもするし飯も食う。有害無害を区別している方法が分かれば、その隙を狙えるかもしれない。さて、分析ができたところで次は対策だ。ここが一番難しい。考えつく限りの作戦案をお互いに出し合っていくぞ。まずは君からだ」
「はい!」
「作戦案その1。奇襲作戦です。クレア様がさっき言っていた時間を狙うのはどうでしょう。寝ている時にこっそり他の方を逃すというのは」
「不可能だ。奇襲については私もずっと考えていたが、転生者が寝ていても他の冒険者が見張りをしている。全員に気づかれずに人質を逃すことはできない」
「じゃあやっぱり寝ている所を直接襲うとか」
「起きている間しか絶対領域を張れないのなら楽なんだが、転生者に常識は通用しない。なんとか無限を取得するとか言っていたな。私は最悪、絶対領域が24時間有効になっているものだと考えている」
「奇襲は無理、ですか」
「いや、そうとも限らない。ひとつだけ成功する可能性のある奇襲がある」
「あるんですね!」
「……うん。あるといえば……あるな」
「クレア様? その方法はいったい? そしてどうして顔が赤いんですか?」
「笑うなよ?」
「笑いませんよ?」
「……セックスの最中にアレを噛みちぎる」
「うわぁ。うわぁ……」
「な、なんだぁその顔は! わっ、私だって真面目に考えたんだぞ! いい案だろうがっ!?」
「えっと、その、お相手は……クレア様が……?」
「……私に色気があると思うか」
「すみません……」
「謝るな、悲しくなる。……だから君がやれ。元奴隷ならそういう知識とか経験とか……そっち系のテクニックくらい仕込まれているだろう」
「知識はちょっとありますが、経験なんてありませんよ。手垢のついた奴隷は値段が落ちるんですから……」
「だから無駄に高かったのか……。まぁいい。どっちにしろ、この案は無理だ。キス程度でも舌を噛みちぎってやれるかと思ったが、あの巨乳が絶対に邪魔する」
「女性としての魅力では正直勝てる気がしません……」
「悲しくなるから止めろ。あと巨乳は滅べ。……というわけで、私も考えていたが奇襲案はボツだ。他に何かないか」
「なら作戦案その2、持久戦ではどうですか。襲う振りをして警戒させて、襲う振りをして警戒させて、を何度も繰り返すんです。そのうち慣れて、また襲う振りだと油断して寝てくれれば……」
「まるでオオカミ少女だな。皮肉が効いていて面白い案だ。もう少し人狼に人数が残っていて、人質さえいなければ有効だったかもしれない。他には何がある」
「作戦案その3、毒殺作戦です。予め食べ物に毒を混ぜておくんです。そして体調を崩した時を狙って……」
「その毒はどこから持ってくるんだ。それに、見つからずに忍び込んで、食べ物に毒を混ぜるなんて簡単にできると思うのか」
「じゃあ毒殺でなくても、相手の食べ物を全部焼いてしまうとか」
「毒も兵糧攻めも長期戦なら有効かもしれないが、転生者に見つかった時点で殺されるぞ。人狼の足でも逃げ切れるかどうかだ。他にはないか」
「その4、罠作戦とかはどうでしょうか」
「罠?」
「唯一無防備な足の裏を狙うんです。例えば毒を塗ったナイフを地面に埋めておいて、それを踏ませるとか」
「また毒か。まぁ可能性は無いわけではないが、成功率が低すぎる。うまいこと誘導できなかったらおしまいだぞ」
「でしたら、この森にあると聞いた底なし沼に突き落とすというのはどうですか?」
「触れない相手をどうやって突き落とすんだ。うまく誘導するか? ……ん、待て、誘導か。いいかもしれない」
「というわけで作戦案その5、誘導作戦だ。あいつらをどこか遠くに誘導して、その隙にレトリバが冒険者を蹴散らして人質を助け出すというのはどうだ」
「勝ちの目はあると思います。誘導に乗ってくれればですが」
「そこだな……。嘘のハスキの居場所を教えるか?」
「怪しすぎますよぉ」
「なら私が囮になって……無理か。逃げ足は散々鍛えられて自信があるが、普通の人間相手ならまだしも相手が相手だ。1分も経たずに殺されてしまう」
「でも、今までの中で一番いい案だと思います」
「そうだな、保留しておこう。また何か思いつくかもしれない」
「作戦案その6、変装作戦です。わざとハスキさんを渡しておいて、それを受け取りに来た依頼者のフリをするんです」
「今度は青ずきんか。急に現実味がなくなってきたぞ。いよいよネタ切れ感があるな……」
「ネタ切れとか言わないでくださいよ……何でも思いつく限り出せって言ったじゃないですかぁ」
「あ、いや待て、依頼者に関しては盲点だった。こういうのはどうだ。あえて本当に依頼を完了させて、ハスキを依頼者に引き渡させる。そして転生者が報酬を得て去ってから……」
「改めて依頼者を襲ってハスキさんを取り返すんですね! すごい! 名案じゃないですか!」
「だが見失ってしまったらおしまいだ。人狼は目立ちすぎるから街中に入れないし、依頼者が馬車でハスキを受け取りに来たら、馬の足には追いつけない」
「あ、それならこういうのはどうですか?」
「作戦案その7、こっちも人質作戦です!」
「なるほど、受け取りにきた依頼者を狙うんだな」
「はい! 交渉次第では丸く収めることもできると思います!」
「だが、ハスキの受け取りに依頼者本人が来るとは限らないぞ。運送業者や使用人が取りに来ると考えた方が自然だ」
「その時はえっと、その方々や他の冒険者を人質に取るというのは……」
「ううん……弱いな。人情に厚い奴なら可能性はあるが、あのシャツ男は冷酷そうだから絶対見捨てるぞ」
「他の方法を考えた方がよさそうですね」
「作戦案その8、全力突撃だ」
「しかし正面から戦っても勝てないのでは? 3匹の子牛のお話のようになりますよ?」
「まあ聞け。残りの人狼全員で全方向から突撃する。転生者は最も強いレトリバの相手をせざるを得ないはずだから、レトリバが犠牲になっている間に他の者達が人質を助けて逃げる」
「冒険者対策はどうするんですか? というか、レトリバさん死ぬじゃないですか……」
「さすがに残りの人狼達では戦力不足だな。いっそのこと火攻めでもして冒険者を先に焼き殺すか……?」
「人質まで死にますよ……というか、山火事になったら私たちまで危ないです」
「やっぱりゴリ押しは無理か」
「それに、人質が縄で縛られているならまだしも、鎖や檻だったらどうします? 鍵を探している時間なんてありませんよ」
「なら先に探しておく」
「作戦案その9、潜入作戦だ。他の冒険者のフリをして潜り込み、こっそり鍵を盗んだり食べ物に毒を入れる」
「今度は7匹の子ヒツジみたいですね。というか、毒殺作戦と被ってますよ。それにクレア様はバッチリ顔を覚えられていたじゃないですか」
「……被ってない。ハスキの引き渡しをわざと失敗して逃したりとか、そういうことも考えてる」
「なるほど。敵対して勝てないなら、あえて敵対せずに味方として足を引っ張る。そういう作戦ですね?」
「うん、そうそう、それが言いたかった」
「それで、顔の割れている私たちが味方として潜り込む方法は?」
「……変装、する……」
「それ、さっきの案と……」
「言うな。わかってる」
「作戦案その10。安全な物で攻撃する……」
「ええ……」
「枕で顔を押さえつけて窒息死させる、とか……」
「攻撃した時点で安全なものではなくなるのではないでしょうか。いよいよネタが切れてきましたね……」
「そもそも自分の意思で消すもの消さないものを決められるなら何を使っても無理だな。識別方法が分かればいいんだが、情報不足だ。作戦の質も落ちてきたし、ここらで一度、出てきた案をまとめよう」
「そうですね。ひとつひとつはダメでも、全部試してみれば一個くらい成功するかもしれません!」
「全部試すって……どうなるんだ」
「仲間に変装して潜り込んで、毒を与えて人質を取って、襲う振りをしてレトリバさんたちを突撃させて、どこかへ誘導して罠にはめて、色気で奇襲して安全なもので攻撃する……?」
「うわぁ……うっ、わぁー」
「なんですかその顔は!? しょうがないじゃないですか! まとめるとこうなるんですから!」
「さっき君もこんな顔してたぞ」
「ええっ? ……ん? なんで真似したんですかっ!?」
「はぁー……。まとまるどころか散らかり三昧だな。まるで闇鍋だ。どれか一つに絞るにしても、こんなの私達だけで出来るわけないぞ……」
「もしもし! なんで真似したんですか! ……ん?」
「お、群れに戻ってきたぞ。本当に全然離れてなかったな。とりあえず手でも振っておくか?」
「……」
「あっちも気づいたぞ、困惑してる。感動の再会とは程遠いな。正直気まずいなぁ。はぁ……」
「……」
「どうした。もしかして怒っているのか。それともまだ考え中か。そういう真剣そうな顔は似合わないからやめといた方がいいぞ」
「……」
「おい」
「クレア様、私たちだけでは無理ですよね、これ」
「ん、ああ。まず不可能だろうな」
「なら、どんな人がいれば可能ですか?」
「どんな人って……そうだな。転生者に勝てないのは仕方がないとして、冒険者を蹴散らせるくらいの強さは必要だ。派手に暴れれば転生者の誘導ができるかもしれない」
「他には何が必要ですか」
「他には……誘導するなら生存力が必須だな。あの二人と付かず離れずの距離を保ちつつ、当たれば即死の攻撃を避け続ける事が出来る程の生存力だ。だが、こんなの到底「強さと生存力。その二つで十分ですか」
「そうだな……。せめて最初に巨乳だけでも無力化したい。背後からぶん殴って気絶させるか、身動きできないほどの傷を負わせないと、せっかく転生者を引きつけても他の人狼が広範囲攻撃でまとめてやられる」
「最初にスレイさんを不意打ちで倒せることですね。それだけですか」
「それだけって……まあ、この条件を満たせるなら、一気に楽になるな。他にも考えないといけないことはあるが、どの作戦を採用するにしても、劇的に難易度が下がる。だがそんな事が出来る奴なんて「います!」
「ミサキ?」
「います! いるんです!」
「まさかクレア様ですとか言い出さないだろうな」
「うぬぼれないでください!」
「うぬ、っ……!」
「私、ずっと考えてました! クレア様の宿題の答えを! そして見つけたんです! 冒険者を蹴散らせる強さで! 絶対に殺されない生存力があって!不意打ちでスレイさんを倒せるかもしれない人が! 一人だけ!」
「私の宿題……? そうか、彼女か!」
「そうです!」
「この森が生んだ奇跡の人狼、ハスキさんです!」