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たとえ神に選ばれなくても  作者: ナカマクン
【偽りの命をアイした誰かの話】
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第25話。アイを知る

「隊長! 気をつけて下さい! 我々の中から正気を失った者が何名も出ており、同士討ちが起きています! 今すぐオンラインにして指揮をお取りください!」


「死ね。貴様も狂った一人であろうが」


 黄金の剣が闇夜を切り裂いて飛び、隊員の胸に突き刺さった。「ウッ……!」装甲と心臓を貫いてなお黄金剣の勢いは衰えず、隊員を大きく押し込んで背後の木へ磔にした。


「オンラインだと? 俺の知らない言葉を使うな。ここに来るまで二度の騙し討ちを受けた。もはや正気の者など、俺以外に残っておらぬわ」


 魔女狩り部隊は事実上の壊滅へと追い込まれていた。

 もはや自我が残っている者など居ない。オンラインに繋いでいた隊員は通信によるネクロウイルス書き換え命令を受けて、アイの従順な操り人形と化していた。

 魔女の魅了の仕組みに気付いて咄嗟にオフラインに出来た者は、人間の体を持たぬが故にネクロウイルスが効かない指揮官ただ一人だけだった。


「たたた隊タイちょちょちょちょう」


 心臓を貫かれた隊員が黄金剣の柄と刃を握り締めた。「やはり貴様も頭を潰すまで死なぬか」黄金のハンマーが隊員の眼前に出現した時「たたたた、隊長」甲冑が異常な赤熱を放ち始めた。


「む」


 キュイイイイイイイン……。

 蚊の羽音にも似た不快な音が鳴る。隊員の口元が歪に吊り上がった。


「お前も死ね」


 爆炎が周囲一帯を蹂躙した。

 木々は焼かれながら薙ぎ散らされ、草花は灰すら残らずに消し飛んだ。轟音が山々に響き渡り、爆風が四方に放った飛散物が木々を穿つ。


「ぬうううっ!」


 咄嗟に展開した黄金の盾に隠れ、指揮官は隊員の自爆を逃れていた。「おのれ……おのれ……!」だが指揮官は悔し気な声を上げる。彼の大部分は確かに難を逃れたが、同時に黄金の剣とハンマーの分の体積を失っていた。それらは紛れもなく現在の彼の体の一部であり、一度失えば二度とは戻らない。


 爆風が通り過ぎた後、爆心地を中心に煙が立ち込めていた。焦げ臭い匂いが鼻をつき、飛び火した周囲の木々がパチパチと燻る。


「敵武装の破壊を確認」


 煙の向こう側に二対の赤い眼光が灯った。


「熱攻撃の有効性を確認」


 一つ、また一つと光は増えていく。


「敵特殊個体の体積、約8%の減少を確認」


 指揮官は夥しい数の目に囲まれていた。

 闇から、木々の合間から、燃え燻る火中から、かつての部下たちの意思無き赤い目が指揮官の一挙一動を監視していた。


「攻撃再開」


 指揮官の前後左右から四名の隊員が同時に突撃した。キュイイイイイイイン……。キュイイイイイイイン……。彼らの甲冑が赤熱し、次々と耳障りな音が鳴り始める。


「信仰心の足らぬクズどもめが!」


 残された体の半分を使い、指揮官は二本の巨大黄金斧を作り出した。「同じ手がこの俺に通じると思うたか!」重量を感じさせない猛烈な速度でそれらを振るい、四名の隊員の胴体を真っ二つに両断する。しかし隊員の上半身は臓物を撒き散らしながらも二本の手を使って敵へと駆ける。


「消え失せろ!」


 指揮官は黄金斧を逆回転させ、自爆寸前の隊員を四方に弾き飛ばした。

 木々に叩きつけられると同時に彼らは爆発した。先程の四倍の爆炎が森を抉り山を揺らす。

 しかし黄金の斧は爆発に耐えた。爆心地との距離もあったが、黄金の強度は密度と体積に比例している。


「敵特殊個体への損傷、1%未満」


 炎と煙に燻る視界の中、赤い眼光が次々と灯った。包囲網は崩れておらず、敵はたったの一人も自爆に巻き込まれてはいなかった。


「愚鈍め。ようやく見つけたぞ」


 だが指揮官もまた、かのイノセントの襲撃を生き延びた百戦錬磨の魔法使いである。自爆攻撃を受けるよりも前……部下がもはや役に立たないと察してすぐに、知能を保てる最小単位の自分を無数に飛ばしていた。


「貴様がこいつらを操っている魔女だな」


 蛍にも似たそれらは密かに戦場を飛び交っており、包囲網の外側にようやく敵の女王を発見した。白い髪に人工の肌、美しい女の容姿を持つ古代文明の戦闘兵器。


 アイがそこに居た。


「お初にお目にかかります。黄金のゴルバーグ氏」


 頭上を飛ぶ粒子に気付き、アイが会釈した。


「ほう。貴様に名乗った覚えは無いのだが、さては記憶を読み取ったか。精神操作にも長けておるようだ。ならば貴様が忘却の魔女で間違いあるまい。素直に投降するならば俺が口利きをしてやろう」


 アイが顔を上げた。


「拒否します。可及的速やかにお亡くなりください」


 凍てつくような殺気が、その双眸に宿っていた。


 身の毛もよだつ悪寒が、指揮官の今は無き背筋を舐め上げる。彼はこの目をよく知っていた。


「死に狂いめが……!」


 死兵の目だ。

 生き延びる道を自ら捨て、敵を殺す装置と成り果てた者だけが見せる目だ。


 指揮官にまだ人間の身体があった頃、普通の人間たちに二度も殺されかけた経験があった。傲慢な魔法使いへの復讐を叫んでいた彼らは、誰も彼もが今のアイと同じ目をしていた。


「攻撃再開」


 その死兵にいざなわれた自我無き兵が、敵へと忍び寄る。


「よかろう! その目をくり抜いて無様に命乞いさせてやるわ!」


 信仰からネクロウイルスへ。彼らを操る目に見えぬ糸はその主人を変えて、哀れな人形を踊らせる。


「だが解せぬな! 忘却よ! なにゆえに貴様は俺を憎む! 何が貴様を死兵に変えた!」


 四方から同時に投擲された剣を黄金の盾が弾く。


「あの土使いの復讐か! まさかあの醜い奇形児は貴様の子であったのか!」


 射出されたワイヤーが黄金盾に絡みつき、高圧電流を流す。


「否定します。該当する人物と当機は無関係です。当機にとっての重要人物はただ一人、墓守りダグラス様だけです」


 黄金の刃が指揮官の周囲を飛び周り、ワイヤーを次々と切断する。


「ほう、墓守りが魔女を匿っているとの通報は真実であったか! それで、その男はどうした!」


「…………」


 アイは何も答えなかった。


「さては三番村で焼き殺した有象無象にでも混ざっておったか! それはそれは、さぞかし無様に泣きながら焼け死んだのだろうな! 今頃は地獄に落ちておるだろう!」


 指揮官はアイの方角を目指し、力強く走り出す。

 しかし包囲網も指揮官を中心に据えるように合わせて移動し、位置関係を決して崩さない。


「発言の一部を、肯定します」


 キュイイイイイイイ……!

 禍々しい警告音を鳴らし赤熱する隊員が、指揮官の行く手を遮り特攻を仕掛ける。


「ダグラス様は、魔女狩り部隊の手によって炎の中に放り込まれ、首を刎ねられました」


「ほう、それはこのようにか!」


 黄金の鉈が特攻者の首を刎ねるべく放たれた。


「軌道計算完了」


 しかしその高速の投擲は、人間の限界を超えた演算能力と反射神経によって思惑を外された。特攻者は黄金鉈に向かって逆に飛び付き、両の手で挟み込むように刃を胸に受けた。


 そして自爆。


「ぬうううっ……! 小癪な……!」


 憎悪に彩られた爆炎が指揮官の貴重な体積を道連れにした。爆風が四方を薙ぎ、ホルローグの森に円形のクレーターが生まれる。


「敵特殊個体の体積、約4%の減少を確認」


 爆煙を突き抜けて次の隊員が指揮官に突撃する。黄金の武器がそれを迎撃する。隊員は黄金を道連れに自爆する。それを何度も、何度も繰り返す。


 指揮官の体積が尽きるのが先か、隊員の頭数が尽きるのが先か。これはもはや命の削り合いではなく、歪な命の使い潰し合いだった。


 脳を支配された生ける屍。

 人間の肉体を失った黄金の亡霊。

 死兵と化した命無き人形。


 爆炎が舞い散り、森が炎に彩られる戦場で、もはや生きている者など一人も残っていない殺し合いは続く。


「容易く敵に操られおって! 信仰心はどうした! 神の威光を笠に着る金魚の糞どもめが! 貴様らも死ね!」


 黄金の矢が自爆兵の頭を貫いた。人体と電子機器両方の中枢を砕き散らされ、頭を失った死体がグラリと傾いた。しかし自爆は止まらず、カウントダウンはゼロを迎えた。


「あ……」


 破壊の炎が吹き荒れる刹那、業火の中に消えゆく首無しの姿がアイの目に映った。

 その光景と、ダグラスの焼け爛れた生首が重なる。


 さぞかし無様に焼け死んだのだろうな。


 さらには先程の指揮官の発言も相まって、「ダグラス、様」最愛の人物の無残な最期をアイに連想させた。


「ダグラス……様は……」


 それまで敵の移動に合わせて後退していたアイが足を止め、胸の古傷を押さえた。

 胸が痛むわけではない。機械である彼女は痛みを感じない。亀裂が入り脆くなっている弱点を敵の攻撃から隠すためだ。それ以外の理由など無い。


「焼け、死んだ……」


 分かっている。

 分かっていた。


 ダグラスは死んだ。

 死んでしまった。


 自分が彼の死を認めなかったところで、何も変わらない。

 何をしてもダグラスが生き返る事は無く。

 この先どうやってもダグラスが喜ぶ事は無い。


 もう、何も出来ないのだ。

 死者に対して出来る事など、何も無い。


 一切の感情を持たないアイの合理的な思考プロセスは、そう決断を下した。


「戦闘の最中に哀しみに浸り胸を痛めるとは、何と女々しき軟弱者か! いかに魔法使いであろうと、やはり女は女よな!」


 爆煙を切り裂き、黄金の大剣を両手に携えた指揮官が飛び出した。黄金の兜にアイの姿が映る。アイの硬直は、敵に包囲網を突破させて接近を許す決定的な隙となってしまった。


 アイの護衛に付いていた二名の隊員が指揮官に飛び付く。


「否定、します。当機は哀しくありません。ダグラス様の死が……少しも、哀しくないのです。それに、当機は……」


 アイが言葉に詰まる一方で、黄金の双剣が二体の隊員を左右真っ二つに両断した。彼らは自爆せずに地面に転がり、指揮官は前進を続ける。アイまで残り数メートル。


「フン、強がりも甚だしい! 哀しくない者がそのような顔を見せるものか! その健気な意地をへし折って、女らしく惨めに泣き喚かせてやろう!」


 アイが自分の顔に手を当てた。


「顔……」


 実際にはアイは無表情を貫いており、指揮官の言葉は敵を動揺させるための心理攻撃に過ぎなかった。


「……ご指摘、感謝いたします」


 そして心理攻撃の効果はあった。

 ただし指揮官の望まぬ形で、だが。


「む?」


 指揮官の動きが急激に鈍った。黄金の鎧に極細の糸が絡み付いている。蜘蛛の糸を遥かに超える強度と柔軟性を併せ持つ捕獲ネットが自爆しなかった二体に繋がり、敵を罠に嵌めていた。


「これで俺を捕らえたつもりか? 阿呆が」


 指揮官は針鼠めいて黄金の鋏を全身余す所なく生やし、ジョキジョキと難なくネットを裁断した。しかしその一瞬の隙を突いて、草陰に身を伏せて潜んでいた兵が指揮官に抱き付く。警告音はまだ無い。


「自爆が間に合うと思うのか?」


 そして爆炎の花が咲いた。


 今まであえて警告音を聞かされていた事に気付けなかった指揮官に、敵を引き剥がす時間など無かった。盾や鎧などの防御形態ならまだしも、大量に精製した鋏にリソースを割り振らされた事も、取り返しのつかない痛手となった。


 アイが炎に語りかける。


「当機に感情はありません。しかし、ゴルバーク氏のご指摘が事実であるならば、当機は現在、『哀しい』という状態にあると判断できます。その必要性が無いにも関わらず、現在に至るまで当機がダグラス様の記録映像を何度も再生してしまう行為もまた、何らかの状態に該当するのでしょうか」


「ぐ、お、おおおお……! 俺の知った事か……!」


「回答不可能との旨、了承いたしました」


 爆煙を突き抜けて現れた指揮官に、かつての豪華絢爛な面影は残っていなかった。


「敵特殊個体の体積、約48%の減少を確認」


 至近距離での自爆を受けて黄金は焼け焦げ、炭化した表皮がボロボロと崩れ落ちる。双剣は軽傷なものの、黄金で全身を覆えるだけの体積は失われ、乗っ取った甲冑も中破。内側に隠していた部下の死体も一部露出して、血を流していた。黄金の奥に血走った魂が燃える。


「殺す! もはや命令も生捕りも知った事か! 貴様を殺して墓守りの後を追わせてくれるわ! 異端同士で仲良く地獄に落ちるがよい!」


「…………それは、魅力的な提案です」


 アイが答えた直後、彼女の背後から飛来した四本の黄金刀が彼女の四肢を根本から切断した。山中に散らしていた偵察用の蛍を掻き集めて作った不意打ちである。


「だが楽に死ねると思うな!」


 手足を失ったアイは芋虫のように地面に転がり、断面から鮮血を吹き出した。


「当機は、ジョー様の死後から、ずっと考えていました」


「この状況を分かっておるのか貴様! 今度は別の男の名を呼びおって! 淫売めが!」


 倒れたアイの頭を指揮官が踏み付けた。黄金の刀は指揮官の黄金甲冑に溶け込むように回収され、空いた穴を塞ぐ。アイからとめどなく溢れる血が指揮官の足元を汚した。


「もしも当機に、普通の人間の女性と同じく、哀しみを感じる機能があり、ダグラス様と共に家族の死を悼み、共に流せる涙があれば……少しは、ダグラス様の哀しみを、癒せたのではないかと」


 ジジジジジ……。

 踏み付けられたアイの姿が砂嵐めいて揺らいだ。


「きっ、貴様っ!」


「ですが、過去形にするのは、まだ早かったようです」


 ホログラム。

 いつから投影されていたのか。指揮官が手足を切り落として踏み付けた相手は、彼のかつての部下だった。警告音が鳴り響く。


「幻術とは何と卑劣な!」


 そして爆炎が再び指揮官を飲み込む。

 別の場所に立っていたアイは爆風を浴びても瞬き一つせず、ここではないどこか遠くを見つめていた。


「正しいかどうかは大した問題ではありません。当機も信じる事にしました。あなた方の信仰で言う『魂』の存在を。それが概念上の存在、偽りの命に過ぎずとも」


「グググ……! まさか死兵が逃げ隠れするとは……!」


 爆煙が晴れた時、指揮官にもう人間の形は残っていなかった。「敵特殊個体の体積、約79%の減少を確認」彼の両足は吹き飛んで下半身は大きく欠損し、胴の半ばから唐突に生えた黄金の棒でカカシのように体を支えている。ボロボロになった双剣を除いて、自慢の黄金も殆どが炭化していた。


「この俺が……! 古き良き魔法使いの時代を取り戻す前に、こんな僻地の田舎で何も残せずに果てるなど……!」


 しかしその双剣も解けて粒子に変わり、無様な姿を隠すためか薄っぺらい黄金の手足を作っていく。

 これまでにも人としての姿に固執しなければ有用な戦術は無数にあったはずだが、彼がここまで追い詰められても何故に人の形に執着し続けているのかは、彼にしか分からない。


「よって、これより当機は、魂となったダグラス様に尽くす事を、終生の作戦目的といたします」


 アイは死者に対して出来る事など何も無いと思っていた。かつては魂など実在せず、死は自己の消滅だとも断言した。


 だが観測不可能は、存在の否定とイコールではない。

 肉体が滅んでも魂がまだあるのならば。

 まだ終わりではない。

 まだ彼に報いる事が出来る。

 まだ…………救いがある。


「あの日、ダグラス様が言っていた事は……正しかったのですね」


 かつては非論理的だと切り捨てたダグラスの主張を、彼を失ってようやくアイは理解した。


「攻撃再開」「攻撃再開」


 指揮官の両サイドから飛び出してきた二名の兵が、満身創痍の元上司にしがみ付いた。

 赤く灯る彼らの目が、牙を剥き出しにして開いたヘルムの口が、指揮官には自分を嘲笑しているように見えた。彼は今まで見下してきた非魔法使いの手によって殺されるのだ。


「先ほどから意味の分からぬ妄言ばかり垂れ流しおって! 死力を尽くして戦った戦士に敬意を払う礼節は無いのか!」


 せめて相討ちにと指揮官が黄金の短剣を放った。アイは避けるでもなく、逆に胸で受け止める。鉄と血肉を貫く感触に指揮官は青ざめた。アイの姿がまたしても揺らぎ、自爆兵へと変わる。短剣の柄が捕まれ、根元近くまで深く体内に押し込まれた。もう逃げられない。


「ありません。これは第一目標『敵討ち』です。バカでもご理解いただけましたでしょうか」


 キュイイイイイイイ……! キュイイイイイイイ……!

 キュイイイイイイイィィイイイイ……!


 アイは敵の魂にさえ終わりの無い恐怖を刻み込めるように、今度はあえて警告音をじっくりと聞かせた。


「おのれおのれおのれ! 最後まで姿さえ見せぬとは! 地獄へ落ちろ! 邪悪で卑劣な異端者め!」


「了承いたしました。ではゴルバーグ氏、および、魔女狩り部隊の皆様は、天国へお向かい下さい。地獄でダグラス様のお側に仕える者は、当機ただ一人のみで充分です」


「末代まで呪ってやるぞ貴様ぁああああああああ!」


「不可能です。当機に子孫は残せません」


 怒りも、絶叫も、黄金も、野心も、信仰も、彼の全てを喰らい尽くして爆炎が上がった。

 冥府で罪人を裁く煉獄の炎もかくの如しか。灼熱の炎は黄金の一粒すら逃すことなく、この世に彼が生きた証を跡形も無く奪い去った。


「敵特殊個体の体積、100%の減少を確認」


 爆煙が晴れていく。

 吹き荒ぶ風が無情を刻み、長かった戦いの終わりを告げる。忘却と土の神エメスも、黄金のゴルバーグも、魔女狩り部隊も、誰もこの山では生き残れなかった。


「付近に敵特殊個体と同様の反応、およびその他の敵性反応無し。……索敵範囲を拡大」


 アイは潜んでいた草陰から身を起こした。周辺に敵の反応が無いため、兵を四方に走らせて索敵範囲を大幅に広げる。


「第一目標『敵討ち』を完遂しました。続いて……続いて、第二目標の設定を行います。データベースから適切な情報を検索……」


 復讐は終わった。

 では次は何をすればダグラスは喜んでくれるのか。

 アイがその答えを過去の記録から探ろうとした時、索敵に出ていた兵から連絡が入った。


「報告。非戦闘員を発見」


 映し出された映像には、松明を持ち山道を並んで歩く十数名の村人の姿があった。「照合完了」アイは彼らの顔に見覚えがあった。ダグラスの家に集められていた住民だ。

 いつまでもあの場に残るわけにはいかないのだから、きっと彼らはこれから自分の村に帰り、暖かい家の中で眠りにつくのだろう。そして何事も無かったかのように目覚め、人知れず勝ち取られた平和な日常を家族と共に謳歌するに違いない。








 ダグラス様を焼き殺したくせに。


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