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たとえ神に選ばれなくても  作者: ナカマクン
【偽りの命をアイした誰かの話】
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第23話。囮

 エメスとの連絡が途絶したクレアは最悪の状況に陥る事になる。


「エメス、状況はどうなった!? 返事をしろ! 溶岩は間に合ったか!? 魔法使いはどうなった! エメス……!」


 クレアの肩に乗るリス型のゴーレムは沈黙し、戦況を反映する箱庭も動きを完全に停止していた。


「そうか……やられたのか、エメス……」


 情が移りかけていたとはいえ、元々エメスは魔女狩り部隊に殺させる予定だった。魔法使いという想定外が出てきてしまったが、ここまでは概ね予定通りであると言えよう。


「逃げる前に痕跡を消しておかなければ……うわっ!?」


「オーーーーーーーー」


「ゴーーーーー」


 しかしクレアが箱庭を踏み潰して撤退しようとした時、大量のゴーレムが彼女の周囲に次々と湧き始めた。


「何だこの大量のゴーレム達は!? これじゃ私の居場所を教えているようなものだぞ!? エメス! エメス……! クソッ……生きてはいるのか!?」


 そして死の直前、エメスがクレアを守るために最後の力を振り絞って作成したゴーレム軍団が、皮肉にもクレアの居場所を敵に教える最大の要因となる。


「オバウエドノー! オバウエドノー!」


「タスケルー! タスケルー!」


「オバウエドノ! ゲチヲ!」


「ご丁寧に私の存在まで教えやがって! エメスこの野郎! 後で尻叩きだからな! しばらく待ってろ! 生捕りにされたのなら、まだ殺されないはずだ!」


 エメスは生きてはいるが、声を出せない状況にいるとクレアは判断した。このゴーレム達はエメスが咄嗟に残した戦力であり、彼らを率いて自分を助けてくれとエメスが願っているのだと。


「エメスの図には敵伏兵の姿は無かったし、ハスキからの警告も無い。なら敵は魔法使いだけか。ひとまずこいつらにエメスの居場所まで案内させるか……?」


 さらにクレアにも誤算があった。敵がエメスとの交戦によって泥塗れになってしまったために、頼りにしていた二重の索敵を潜り抜けていた事である。


「隊長、これまでで最大規模のゴーレムの集団を発見しました。しきりに『オバウエドノ』という名称を口にしています」


 知能の低いゴーレムは彼らを仲間だと誤認し、ハスキの鼻は泥の匂いに上書きされた人間の匂いを見つけ出すことが出来なかった。


「その者が忘却の魔女に違いあるまい! 総員、包囲してゴーレムを殲滅せよ! 怪しき人物は必ず生かしたまま捕らえるのだ!」


 そして敵の動きはあまりにも迅速だった。

 数分もしないうちにクレアが逃げる事を諦める程に。


「もう囲まれているだと!? どこにこんな数の伏兵を隠していたんだ!? 動きが早すぎる……! クソッ、こうなったら一点突破に賭けるしかないか……!? お前ら、私の指示に従え!」


「ウォォォオーーーン……!」


 ハスキの警告が遠く聞こえた時にはすでに遅く。


「駄目だハスキ! こっちに来るな! あいつらを連れて逃げろ……! クソッ、聞こえるはずないか……!」


 クレアの意図を伝える方法も無かった。


「隊長、異常な身体能力を持つ少女を発見しました」


「生捕りにせよ! 魔女あるいはその使い魔に違いあるまい! 陽動の可能性を考慮し、包囲網が崩れぬ程度に人員を割け!」


 ハスキは逆に魔女狩り部隊に追われ。


「駄目か……有象無象のこいつらでは……!」


 ゴーレム軍団は駆逐されていく。


「不審な人物を発見しました。全身に泥を塗り、ゴーレムに紛れてこの場から脱出しようとしています」


「捕らえよ! ただし他の者はゴーレム共の殲滅の手を緩めるな! その者はただの囮かもしれぬ!」


 苦し紛れのクレアの脱出は容易く見抜かれて。


「グゥゥッ……!」


 彼女は必死の抵抗も虚しく、四人がかりで全身を散々に殴打され、両手両足の骨を折られた挙句に捕まった。


「先述の人物を確保しました。忘却の魔術を使用しようとした素振りはありませんでした。連行しますか?」


 あるいは凡人の限界か。

 クレアの策はここに潰え、魔女狩り部隊に敗北を喫した。


「隊長……隊長? 応答願います。こちらの声は聞こえていますか? 隊長? …………駄目だ、隊長と繋がらない。そっちはどうだ?」


「こっちも駄目です。隊長どころか、全員と繋がらないようです。奇跡は『ON』になってはいますので、これも魔女の邪法かと」






 アイの誘導の元にミサキたちが到着したのは、まさにクレアが生捕りにされる直前の現場だった。


「クレア様……!」


 痛め付けられるクレアを草木の影から眺めることしか出来ない悔しさにミサキは歯噛みした。

 殲滅戦の喧騒とゴーレムたちの叫びにかき消されて、彼らの物音が敵に見つからなかっただけでも幸運と言えよう。下手にクレアを助けようとすればどうなるかは明白である。


「アイ、三番村の時みてえに奴らをやっつけて助けられねえか。今なら敵はたった八人だろ?」


 クレアが敵に組み伏せられ、手足の骨を一本ずつへし折られていく。くぐもった呻き声が漏れた。

 ミサキは目を逸らさない。


「残弾数が残り僅かです。ストレージの問題を解決するためには、プレミアム版へのアップグレードをお試しください」


 クレアが髪の毛を掴まれて顔を起こされた。敵に何かを尋ねられ、何かを答える。

 ミサキは目を逸らさない。


「いいから連中を何とかできるのかできねえのか、どっちだ」


「不可能です。たった今、妨害電波の発信によって敵の増援を防ぎましたが、それでも当機が同時に無力化できる人数は、最大四名が限度です」


 クレアの顔面に拳が叩き込まれた。クレアの鼻が折れ、敵が引いた拳との間に血の糸が垂れた。

 ミサキは目を逸らさない。


「半分だけかよ……」


 折れたクレアの腕を敵がさらに捻り上げ、さらにその指を一本ずつへし折り始めた。クレアは一言も悲鳴を上げず、血走った目で敵を睨む。

 ミサキは目を逸らさない。強く噛み締めた彼女の下唇から血が流れた。


「四人だけなら、私がこの場から引き離せるもしれません」


 ミサキは目を逸らさなかった。

 クレアがどれだけ壊されても感情のまま無計画に飛び出そうとはせず、自分でも驚くほど冷静に観察を続けた。


「今見える範囲に敵は八人。そのうち四人はゴーレムたちと戦闘していますが、残りの四人はそちらに加勢せずクレア様に尋問を行なっています。明らかに二人は手持ち無沙汰になっているのに、です」


 かつて檻の中でそうしたように。


「クレア様から習いました。訓練された兵は個人ではなく必ずグループで行動すると。だからあの人たちは、四名一組のグループ単位で動いています」


 クレアから教わったように。


「そしてクレア様を尋問しているのは、おそらく仲間の居場所を聞き出そうとしているのでしょう。クレア様が口を割らないのは……きっと、私たちが逃げる時間を稼ぐためです」


 ミサキは生きる為に最適解を探す。


「だから私が囮になります。私があの四人に仲間の居場所を教えると言って誘導すれば、四人と四人に別れるはずです。アイさんが四人まで何とか出来るなら、クレア様を預かったグループをお願いします」


「バカ野郎。ガキがそんな事すんな」


「アイタッ?」


 しかしダグラスに頭を小突かれた。


「ダグラスさん……?」


 ミサキは頭を押さえてダグラスを見上げる。


「俺に任せとけ。奴らを俺の家にでも案内すりゃいいんだな」


 ダグラスは背負っていたリュックを置いた。


「警告。ダグラス様がそのようなリスクを犯す理由が、不明です。善行を積み、天国へ行くためですか」


「もちろん天国へは行きてえが、それだけじゃねえ」


「では、何故ですか」


「そりゃ……」


 ダグラスは義憤に駆られたわけではない。

 会ったばかりの少女の為に命を賭ける男気があったわけでも、見返りを求めての下心があったわけでもない。


「こいつらのためなんか、じゃねえ」


 ただ彼には強い劣等感があった。

 自分は醜く、アイに釣り合わない人間だという思い込みがあった。他人に好かれる資格など持っていないと信じていた。

 だからこそ、彼は胸を張って他人に自慢できる何かを常に欲していた。


「……ただの、俺の問題だ」


 つまるところ彼の献身の申し出は、英雄的な行動によって自分のコンプレックスを解消したいという、身勝手な都合に他ならなかった。


「だから俺がやる。俺にやらせてくれ」


 そして自分を卑下する癖を持っていた彼は……悲しいかな、その事実を自覚していたが故に、誰にも心の内を打ち明けようとはしなかった。






「妙だな。隊長や他の班と連絡が取れない」


「こっちも同じです。きっとこの魔女の邪悪な呪法に違いありません」


「うわぁー! 助けてくれぇー!」


「止まれ! いきなり何だお前は!」


「あ、あの、俺はしがない墓守りですが、そこの魔女の仲間を見つけたもので、旦那さま方にご連絡をと」


「何ぃ? 墓守り? 墓守りだと? お前が例のホルローグの墓守りか? それに何故お前はこの女が魔女だと知っている」


「あ、あの、それは、ですね、ええと」


「こっ……この薄汚い墓守り野郎! よくも私を売ってくれたな!」


「へ?」


「お前にはこの村で私達を匿う見返りとして、十分な口止め料を払っただろうが! それに飽き足らず、こんな連中に私と仲間達を密告するつもりだな! 殺してやる……必ず殺してやるぞ!」


「いや、口止め料って……?」


「むっ、今の今まで黙秘を続けていた魔女が急に饒舌になったな」


「ふぅ……こうなったら……もう仕方がない……何もかも話そう……。全ての始まりは……そう……あれは十年前……私がまだ……無垢な少女だった頃……。コホッ……ケホッ……すまないが……先に水を貰えないだろうか……」


「ああっ! この魔女、露骨に時間稼ぎを始めました! 仲間が逃げる時間を稼ぐつもりに違いありません!」


「もう気絶させておけ! 逃げられる心配は無くても、仲間に合図でもされたら面倒だ!」


「了解!」


「グウッ……!」


「フン、魔女でなければ今すぐにでも天国へ送ってやれたものを……。おいそこの墓守り! 今の共犯者の話は本当だろうな!」


「へ、へへえ、本当でごぜえます」


「今すぐ案内しろ!」


「へい、喜んで!」


「この魔女はどうします?」


「当然連れて行く。おい第八班! ゴーレムは任せるぞ!」


「待ちたまえ。先程から聞いていれば、随分と勝手に決めてくれるではないか。君たち第七班が我々に指示する権限があるのかね?」


「チッ。こんな時にまでうるさい奴だ……」


「そもそも君たちは後から我々の持ち場に合流してきたくせに、怪しい女を見つけるや否や包囲網の維持を我々に押し付けて、発情した犬のように浅ましく全員で飛び付き、魔女を捕らえた手柄を独占しようとしているではないか。どうも君は出世にご執心なようだが、神への忠誠を忘れてはいないかね? 同期として心からの忠告だよ」


「分かった分かった! 魔女はここに置いて行く! お前ら第八班が捕らえたということにしていい!」


「ふむ、合理的な判断だね。万が一にでも君らを誘い出す罠だった場合、せっかく捕らえた魔女をみすみす敵の手に渡す事になるのではと心配していたのだよ。安心したまえ、この魔女は我々が責任を持って連行しよう。君は新たな手柄を探しに行くといい。他の班に掠め取られる前にね」


「相変わらず嫌な奴だ……。だがもうそれでいい。では我ら第七班はこれより戦線を一時的に離れ、魔女の共犯者を捕獲する!」


「了解!」「了解!」「了解!」


「うおっ!? 旦那、担がねえでくだせえよ!」


「いちいちお前の足に合わせていては夜が明けるだろうが。それで、場所はどの方角の村だ」


「へえ、あっちの方向です。村じゃなくて、連中に上がり込まれた俺の家なんですが……」


「チッ。戦線の向こう側ではないか。仕方ない、迂回するぞ」


「うおおおーっ!? は、速ぇ!」


「大袈裟に叫ぶな。舌を噛んでも知らんぞ。お前にはまだ聞きたいことがあるからな」


「へへぇ……」


「ん? 班長、今後方で何か聞こえませんでしたか?」


「いや? 俺には聞こえなかったぞ。それにもし魔女の仕業だったとして、お前らはあの皮肉屋を助けようと思うか?」


「いいえ」「思いません」「無理です」


「だろうな。そんなことより先を急ぐぞ」


「了解!」「了解!」「了解!」






 一方でミサキとアイは、見つからぬように身を潜めて聞き耳を立てていた。


「ダグラス様の離脱を確認。敵戦力の排除を開始します」


 そして若干わざとらしいダグラスの大声が遠ざかっていくと、アイは木々の合間から引き金を引く。赤い光と轟音が迸り、魔女狩り部隊の嫌われ者の命が四方に飛び散った。


「何だ今の光と音は! 班長!? 班……」 


 第二射は班長の死体を前に固まった者の胸を撃ち抜き。


「魔女だーっ! まだ魔女がいピッ」


 第三射は味方へ警告しようとした者の頭を消し飛ばした。


「そこか! 卑劣な魔女め! その四肢を切り落として火炙りにシゲィッ」


 第四射はアイの居場所を特定して接近しようとした者の胴体に大穴を開けた。


「残弾数、ゼロ」


「アイさん、凄い……」


「目標の排除に成功しました。速やかなクレア以下略氏の回収を推奨します」


「は、はいっ! ありがとうございます!」


 ミサキは気絶させられたクレアに駆け寄ると、彼女の上半身を抱き起こして「クレア様! 聞こえますか? クレア様!」頬をペチペチと叩いた。

 しかしクレアからは意識を取り戻す気配が感じられない。そうでなくても両手両足を折られた状態では、逃げることもままならないだろう。


「通達。当機はこれより現地を離脱し、ダグラス様の奪還を開始します。クレア以下略氏、ならびに、ミサキ以下略氏には、速やかな撤退を推奨します」


 アイの計算では、ミサキがクレアを背負って敵部隊の追跡を振り切れる可能性は限りなくゼロに近かった。もし逃げ延びる道があるとすれば、複合索敵機能で敵の位置を把握できるアイが協力した場合だけだろう。


 だがそんな事は、アイにとって知った事ではない。

 アイにとってはダグラスの命令が全てであり、それ以外の物事は無価値であった。


「アイさん! クレア様を助けていただいて、ありがとうございました! どうかご武運を!」


 その上で、ミサキが自分に縋らなかった事をアイは少しだけ残念に思った。そして、それを残念に感じた自分自身に疑問を抱いた。

 もし状況が許したのならば、ユーザーへのサービス向上のためにその疑問を解消したかったが……残念ながらそんな時間は残されていない。大量のゴーレム軍団はじきに殲滅され、彼女たちは敵部隊に捕らえられるだろう。


「……はい。ミサキ以下略氏も、ご武運を」


 もはやこの二人に会う事は無い。

 アイはそう結論付けて、攫われたダグラスの後を追った。































挿絵(By みてみん)




 しかし常人より足の遅い彼女がダグラス邸へようやく辿り着いた時には、すでに何もかもが手遅れだった。

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