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たとえ神に選ばれなくても  作者: ナカマクン
【偽りの命をアイした誰かの話】
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第17話。「我に気付いたか、冒険者」

 誰にも話していない事がある。


 この山には昔、【忘れられた神の祭壇】という魔術組織の拠点があった。

 彼らは異教徒だ。彼らの語る神は万物の父とは異なり、世界に無数に存在する。空には空の神、海には海の神、土地には土地の神が住み、果ては鳥の神や犬の神や時間の神や悲しみの神など、ありとあらゆる存在には神が宿るという教義だった。


 私は彼らを一方的に襲い、その全てを消し去った。

 だが、彼らと今回の件が無関係という事はないだろう。私は昔から詰めが甘いから、何を見落としたとしても不思議ではない。


 だからこそ、ダグラス夫妻と会った時は驚いた。


 やはりまだ古代文明のゴーレムを従えた残党が残っていて悪さを始めたのかと最初は疑ったが……それなら外部に助けを求めるはずがない。

 私にも気付かなかったようだし、話をしてみても彼らから悪意や敵意は一切感じなかった。


 あるいは他の誰かによる私個人への復讐かとも疑ったが、そもそも当時の私は死んだ事になっているので、私への復讐を考える者は居ないはずだ。さらに私に声をかけたのは組合なので、私がここに来たのもただの偶然に過ぎない。

 今からもう少し探りを入れてみるが、ダグラス夫妻はほぼ間違いなくシロだろう。


 では誰が何をしている。

 その疑問ばかりが深まっていく……。






 太陽は完全に沈んでいた。

 空は雲で覆われ、星々の光も届かぬこの地は底無しの闇に包まれている。風に揺れる木々のざわめきが、闇に潜む見えざる敵への不安を煽る。


「ん。何故私はここに居る?」


 私達三人とアイさんは、いつの間にかダグラス夫妻の家付近まで戻っていた。二つのランタンの明かりだけが夜闇を照らす。

 後頭部に僅かな痛みを感じたので触ってみると、たんこぶができていた。記憶消却に伴う意識喪失で倒れた時にでもぶつけてしまったのだろうか。私なら倒れる前に横になりそうなものだが。


 さて……魔女狩り部隊からダグラス氏を隠す為に、彼だけは花畑に残した事までは覚えているが……。


「確認を実行します。クレア以下略氏、先ほど当機に話されたことを覚えていますか」


「悪いが、何も覚えていない。私は何を話したんだ?」


「その質問に対する回答はクレア以下略氏より禁止されています。続いて、通達。クレア以下略氏の記憶消去を持ちまして、クレア以下略氏の提示した仮説、および、解決策が真実であると証明されました。これをもちまして作戦会議は完了とし、準備段階へと移行します」


 私は覚えていないが、どうやら作戦会議はすでに終わったらしい。私はその内容をわざと口に出して、記憶が消されるかどうか確認したというわけか。そして記憶は消え、真実である証明は終わったと。


「これより当機は、作戦遂行の為に全員へ指示を出す、オペレーターとしての役割に従事します。また、理由を尋ねられても決して回答するなとの指示をクレア以下略氏より頂いていますので、荒唐無稽な指示でも全員従ってください」


「分かった」


「分かりました」


「おう!」


 なるほど。真実に近づけば近づくほど危険ならば、真実を知らないまま行動してしまえというわけか。私も面白い事を考えるじゃないか。


「では各自の任務を通達します。まずハスキ以下略氏の役割は『羊飼い』です。山頂を時計に見立てて、一時、四時、八時、七時の方角にある村が、生存者が残っている安全な村です。クレア以下略氏の準備が完了しましたら各村を襲撃し、生存者をここまで誘導してください。なお、誘導には当機も協力します」


「任せろ! 夜の山を駆けて獲物を追うのは得意だぞ!」


 安全かどうかもすでに判別済みというわけか。村の番号と方角から察するに、五番村と六番村は私達が通った村だな。

 確かに夜の山を駆け回れるのはハスキくらいだが……羊飼いというより牧羊犬だな……。これ言ったら怒られそうだ。


「続いてミサキ以下略氏の役割は『神官』です。聖骸教会から派遣されたシスターを名乗り、ハスキ以下略氏が集めた避難民を扇動して、彼らに神への助けを求めさせてください」


「が、頑張ります! でもそんな大役が私に務まるのでしょうか……? たしかにシスター服はまだ持っていますが、リーダーシップのあるクレア以下略様の方が向いているのでは……?」


「否定します。クレア以下略氏がシスターを名乗るのはキツいです」


「なんだァ? てめェ……」


「私は絶対似合うと思いますよ! 私よりずっと! でもクレア以下略様にしか出来ない役割があるから、シスター役は任せられないんですよね! ね!?」


「肯定します。クレア以下略氏には最も重大な役割があります」


「ふん……まあ、聞いてやる。私は何をすればいい」


 つい反射的にキレそうになってしまった。いかんいかん。怒ったら負けだ。


「クレア以下略氏の役割は『乳母』です。赤子の形をした泥人形を作り、女性の遺体の胎内に埋め込んだ上で、産道からそれを取り出します」


「ごめん。なんて?」


「クレア以下略氏の役割は『乳母』です。赤子の形をした泥人形を作り、女性の遺体の胎内に埋め込んだ上で、産道からそれを取り出します」


「……なんで?」


「理由の説明は禁止されています。女性の遺体はクレア以下略氏一向が一番最初に着いた村に残されているとのことです。機動力に優れたハスキ以下略氏に遺体の回収を任せ、その間にクレア以下略氏はミサキ以下略氏と子作りを行ってください」


「ふぇっ!?」


「誤解を招く言い方はやめろ!」


「交尾するのか?」


「しない! それと性知識を覚えたからといって、すぐ人に交尾の話を聞くのは行儀が悪いぞ!」


「また、作戦成功率を上げるために、こちらの中身を泥人形の内部に埋め込んでください」


 アイさんは葉っぱを折って作られた小さな包みを私に渡した。重さはほとんど感じない。


「中身は何だ?」


「夫の精液です」


「んひぃ!?」


 思わず葉包みを放り投げそうになった。

 いきなりそんなの渡すなよ!


「交尾したのか?」


「しっ、したのかっ!?」


「したんですかっ!?」


「非常に残念ながら当機には女性器に該当する機能が搭載されていないため、性行為は不可能です」


「じゃあ誰が!? ま、まさか……」


 私じゃないよな!?


「性行為は不可能ですが、当該物資の支給に関して夫の理解が得られなかったため、当機が強制的に採取しました」


「セーフ!」


 ん? セーフ?


「待て。つまり私は今から、泥と精液を捏ねて赤ん坊の形を作って、腐乱死体の胎を掻っ捌いて完成品を突っ込んで、さらにわざわざ……ええと……産道に手を突っ込んで、それを取り出さないといけないのか……?」


「肯定します。全てクレア以下略氏の指示通りです」


「やっぱり何一つとしてセーフじゃない! こんな意味不明なグロい作戦を本当に私が考えたのか!?」


「お前ならやるだろ」


「クレア以下略様なら、常識を外れた作戦を考えると思います」


「人の道も外れてるんだけどぉ!?」


「クレア以下略氏より、私がどれだけ嫌がっても必ず乳母役をやらせろとのメッセージを承っています」


「恨むぞこんな作戦を立てた私! 何が乳母だ!」


 そこでふと気付いた。


「ん? 乳母? 産婆じゃなくて乳母なのか?」


「産婆ではなく乳母です。そう伝えればクレア以下略氏は『私なら必ず分かる』と仰られていました」


「んん……?」


 どういう事だ? 一体私は何をするつもりだった?

 少なくとも今覚えている仮説や推測は全て間違いだという事は確かだ。なら再び真実へ辿り着かなくてはならない。


「……少し一人で考える時間が欲しい。その間に三人は準備を進めてくれないか」


「了解しました」


「はい、分かりました」


「おう! まずは最初の村だな! 任せろ! ついでにお前が言ってたアレも二番目の村から取ってきてやるぞ!」


 アレって何だ?

 気にはなるが、固有名詞を出させるわけにもいかない。まあ持ってきてくれればすぐ分かるか。


「ではミサキ以下略氏、水瓶とスコップはこちらです」


「ありがとうございます。じゃあクレア以下略様、こっちは私に任せてください」


「ああ、悪いな」


 きびきびと動き始めた仲間達を横目に、私は一人思考の海に身を沈める。相談する相手が居ないというのは久しぶりだ。

 私だけで正解に辿り着けるだろうか。

 失敗するわけにはいかない。


「さて、まずは今聞いた各自の役割から考えてみるか」


 ハスキが人々を集める。ミサキが神への祈りを捧げさせる。私は赤ん坊の形をした泥人形を女の胎から取り出す。私は産婆ではなく乳母。乳母とは実の母親に代わって子供を育てる女性を指す。


「育てる? 誰を……?」


 そんなものここには一人だけだ。死体の胎から取り出す予定の赤子の泥人形しか居ない。だがそうなると余計に意味が分からない。乳をあげたり教育しろってことか? 男のアレを混ぜるとはいえ、他の村にもいた泥人形と同じ、命の宿らないただの土の塊を?


「いや、命が宿らないというのは勝手な決めつけだ」


 血肉や魂を持っていなくても意思を持ち存在しているならば、それは生きていると考えるべきだ。現に私はそうしている。

 ということは、ゾンビも幽霊もゴーレムも泥人形も命の定義が生物とは多少異なるだけで、生きているという事になる。


「泥人形が生きている……最初の村で見たあの泥人形は、人間と混ざる能力があった……。だから、残されていた死体の方にも、泥人形が混ざっている……なら、死体に残っている敵の特性を利用する……? あ、しまった」


 独り言に夢中になりすぎて、喋り過ぎてしまった。

 慌てて周囲を見渡すが、ミサキとアイさんは私からかなり離れた場所で土を掘っている。


 良かった、あの距離なら私の独り言は聞こえない。二人が私に配慮して距離を取ってくれたのだろう。

 例の記憶消去は他者に特定の固有名詞や正しい情報を伝えると発動するので、正しく記憶できない情報や独り言なら発動しない事はすでに分かっている。


 偽名や愛称では発動しないので、私はアイさんと同じく普通に名乗っても対象にはならないはずだったが、余計な事を誰にも知られたくはない。


「おっと、少し思考がズレてしまったな」


 思考を戻そう。

 そもそもこの現象を起こしている奴は何者で何が目的なのか。まずはそこから考えてみるか。


「根本的な部分から考えてみよう。これは意思を持った何者かの仕業なのか。それとも意思無き、ただの現象に過ぎないのか」


 敵の記憶攻撃の特性を考えてみる。敵は人名や地名などの固有名詞に異様に敏感で、誰かが声に出そうものならホルローグから遠く離れた地にも記憶消去を発動させる。人の記憶だけでなく書類に記された記録ごと消えるので、記憶消去と言うより記録消去か。


 そのくせホルローグの住民には寛容だ。アイさんやダグラスのように、ホルローグの住民同士で名前を呼び合う場合は手を出さない。


「では決まりだ。敵には人格がある」


 脅威となり得る外敵から身を隠し、住民に異変を悟らせない判断をする知能がある。

 敵は明確な意思を持って、ホルローグの事件を隠蔽しようとしている。


「ならお前は何を隠したい……?」


 当然、ここで自分が行なっている惨劇だろう。

 だがそれにも違和感がある。私が実際に見た村は二つだけだが、殺し方に……何というか……矛盾しているが、殺意を感じなかった。あの時ミサキが言ったように、手緩いと言い換えてもいい。


 殺す事そのものが目的ではなく、結果として殺してしまった。そんな印象を覚えた。


「かたやダルマさんが転んだ、かたや接待食堂か」


 泥人形と一体化するか、永遠に美味いものを食い続けるか。両者に共通しているのは、ホルローグの村に取り込まれるという一点だ。もしかしたら接待食堂の泥人形は敵に作られた存在ではなく、敵に取り込まれた村の住民だったのかもしれない。

 そう考えると、最初の村の泥人形にも住民の意識が移っていたと考えた方が自然か。


「ではそうやって人間を取り込んで、何がしたい?」


 人間と混ざって、仲間を増やして、それでどうする? 増える事に何の意味がある?


「……………………いや、愚問だったな」


 増えようとするのは生物の本能だ。それは人間も動物も、ゼノフォビアやアノニマスのような化け物も変わりない。繁殖する事こそがどんな生物にも共通する原始的な目的だ。


 では、繁殖が出来ない生物はどう生きる。

 例えば、この私のような。


「私……私は、仲間を作った……。血の繋がりを持った家族は作れないから、疑似的な家族を作る事で……孤独を誤魔化した……。お前も、そうなのか……?」


 そして恐らく彼と彼女も……。


「そうか……何となく分かってきたぞ、お前の事が」


 まだ分からないのは、仲間を増やす手順についてだ。

 いちいち見えないように動いたり、接待する必要がどこにあった? 片っ端から襲って同化するなり何なりすればいい。


 アイさんから詳細を伏せて聞いた話では、魔女狩り部隊が襲撃した三時方角の村がそんな感じだったそうだ。住民に化けた泥人形が住民を襲って殺し、殺した人物に成り代わる村だったらしい。


 なら全部同じようにやれば良かったものを、何故やり方を変えた? 襲った際に抵抗されたから工夫したのか? こっそり近付けばバレないし、接待すれば喜んで受け入れてもらえると思ったのか?


「ん? 抵抗されたから工夫した……? では相手が嫌がるとは思ってなかった……? だから、相手が怖がらず、嫌がらない方法に変更した……?」


 ならば、その過程で出た死体の記憶を住民から消したのは何故だ。


「…………死者の遺族が、悲しんだからか」


 死んだ人間と関わりがあった者の記憶を消せば、残された遺族は悲しまない。あるいは死者と同じ姿と記憶を持つ泥人形を作れば、家族にとっては本人と変わりないので悲しまない。


「壊してごめんね。悲しい事は全部忘れて。もしくは新しいのをプレゼントするよ。とでも言いたいわけか? ふざけやがって」


 だが敵は敵なりにホルローグの村人を気にかけているのは間違いない。生死の概念を理解しているかさえ怪しいがな。


 では次の疑問だ。


「お前は何者だ? 何処に居る?」


 敵の本質は少しずつ見えてきた。

 次はこの敵が何者なのかをそろそろハッキリさせたい。


 仲間を増やす事が目的というならば、敵は人間ではない。

 ハスキの鼻が見つけた妙な匂いと孤立している人間の匂いは、ダグラス夫妻のものだった。

 これでこの山に魔術組織の残党が潜む可能性は消えた。

 魔女狩り部隊を除けば、敵は超常の力を持った化け物だけだ。


 だが、何処にいる。

 お前は何処から私達を見ている。

 その特性からしてホルローグに居るのは間違いない。

 そしてハスキの鼻でも見つけられないなら……。


「物理的な肉体を持っていないのか」


 私は上を見上げた。

 もちろんそこには誰もいない。

 わずかな雲の切れ間から星々が覗き見えるだけだ。


「見つけたぞ。お前はずっとそこに居た」


 だが私は、あえて断言した。

 この地をずっと天より見下ろし続けてきた何者かに、この声が聞こえるように言い切った。お前は天に居る。空ではない。決して人の手の届かぬ、隔絶された別の領域に居る。


「別の次元から人間を監視する者。思いのままに超常の力を振るい、土から自分の写し身を作る者。外敵を嫌い、身内には慈悲を見せる者。すなわち、お前は……」


 この敵に相応しい呼び名は、一つだけだ。


「神、か」


 当然ながら本物の神ではない。神のように振る舞い、神の如き力を持つ何者かだ。この地に根付き、魔術組織に目を付けられた人知の及ばぬ存在。生死の概念が及ばぬ者。

 そして目に見える敵だけ倒して満足した私が見落とした、ホルローグの真の支配者だ。


「だがそんなもの、どうすればいい……?」


 そもそも触れる事さえ出来ないのだから、もはや勝敗以前の問題だ。戦いのリングにさえ立てはしない。


 そこで最初の疑問に戻る。

 何故『羊飼い』と『神官』と『乳母』が必要なんだ。

 これで私はどう解決するつもりだった?


「羊飼い……に、追われる羊は、もちろん村人だ……。羊とは、敬虔な信者の代名詞でもある……。そして神官は迷える羊を導き……神への祈りを捧げさせる。それはつまり……神に助けを乞い、神を、呼ぶ……」


 ホルローグの神は、信者の声に応える。

 信者が怖がるなら、怖がらない方法で接する。

 信者が悲しむなら、悲しませない方法を使う。

 ならば信者が神を呼ぶ声にも……応える……のか?


「そうか。だから赤子の泥人形か……」


 この世に存在するには、まず生まれなければならない。

 だが何者であっても、自分自身を産む事は出来ない。

 さらに全知全能の神でも、自分の親だけは作れない。

 子供は作れても親が作れないから、生まれる事が出来ない。


「だから、その矛盾を神に『親』と『子の器』を与える事で解決するわけか……!?」


 体を持たない神に、体を与える……。神は子として産まれる事が出来る……。私が神とのリングに立てないなら、神に私のリングに立ってもらう……。


 自分で言ってて何だが、本当に無茶苦茶な作戦だ。

 これは本当に私が考えたのか?

 こんな非現実的な、常識を疑うような作戦が本当に成功するのか?


「…………成功、するんだろうな」


 ここまで全ては根拠の無い憶測に過ぎない。

 だが私はこの憶測を思い出したのではなく、思い付いた。

 思考が同一なので、記憶を消される前の私も同じ考えに至ったはずだ。そしてそれが真実であるかどうかを確認するために、あえてアイさんの前で口に出して、記憶が消されるかどうか試した。


 そして神が私の記憶を消したから、私のこの推測が全て真実である裏付けとなった。それを持ってアイさんは作戦会議の完了を宣言したというわけか。

 まったく、私もとんでもない事を考えたものだ。


 そうして生まれてきた神を殺す。生と死は表裏一体だ。生まれていないがゆえに死とは無縁だった神が、生を得た事で死ぬようになる。泥で作られた体なら、私程度でも簡単に壊せるだろう。こうやって神を殺して全て解決……は、気が早いな。


 神を殺したところで、まだ魔女狩り部隊の問題が残っている。こっちはこっちでかなりの難敵だ。村人を平然と殺戮するような連中と話し合いが成立するとは考えられない。訓練された軍隊と戦って勝てるはずがないし、仮に何とか勝利したとしても苛烈な報復が待っている。


「これをどう丸く収める?」


 連中にお帰り願うには、目的を達成させてやる必要がある。


 現世に堕とした神を渡すか?

 駄目だ。ゾンビを軍事利用する連中に神の力が渡ろうものなら、ウィダーソンの比ではない大惨事が起こる。


 身代わりを立てて引き渡すか?

 だが何を? アイさんやダグラス氏を渡すのは論外だ。それに魔女狩り部隊も馬鹿じゃない。元凶を見抜く能力くらいあるだろう。適当な身代わりを元凶ですと言って渡して納得するはずもない。


 では連中に神の力を証明して見せつけた上で、神を殺してもらうというのはどうだ。神の遺骸を連中が持ち帰ったところで、ただの泥の塊だ。力を悪用される心配は無い。

 神が死んだホルローグは平和になり、ヒーローになった魔女狩り部隊は満足して帰るだろう。


「これがベストか?」


 だがそれを実現するには、神と魔女狩り部隊に絶妙なパワーバランスで潰し合ってくれなくてはならない。魔女狩り部隊の圧勝では駄目だ。一人残らずボロボロのズタズタになって、もうこれ以上は戦う元気が残らないくらいに消耗してもらう必要がある。そんな事が出来るのか?


「ああ……そこで『乳母』か」


 神に教育を施し、望ましい姿に育てる。

 そんな事が私に出来るのか? 神を躾けるなど前代未聞だ。失敗したらどうする? 神の機嫌を損ねたらどうする? 私如きに神の乳母役が務まるのか?


「無理だ無理だと決め付けるから無理になる……か。腹を括るしかないな」


 私の他に誰も居ない。

 だから私がやるしかない。

 一番危険な橋を渡るのは、私であるべきだ。


 勝算は有る。


「よし! 待たせたなー!」


 遠くから私の様子を伺っていたミサキとアイさんに声をかける。必要な量の土はすでに荷車に乗せ終わっており、後は家の中に運び込むだけのようだ。


「もういいんですかー! クレア以下略様ー!」


「ああ、覚悟は決まったぞー!」


 ミサキがガラガラと荷車を引いてこっちに向かう。アイさんのランタンに照らされて闇夜に浮かび上がるその顔には、汗だらけの笑顔が輝いていた。


 それを見て私はほんの少しだけ苦笑する。

 ミサキは私が失敗することなど、きっと微塵も考えていないのだろう。


 この信頼を裏切るわけにはいかない。


「もう大丈夫だ!」


 ミサキの笑顔を曇らせないよう、私は自信を持って勝利を宣言した。


「今から私は、ママになる!」


 ………………乳母と言い間違えた。




 そしてミサキの笑顔は、思いっきり曇った。

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