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竜杖の職人リトカ  作者: kataribe
4/4

出港

暗闇の次は霧の中。

霧って幻想的で不思議ですよね。好きです。

挿絵(By みてみん)






「おはよう。ほら起きなさい、これを食べたら出発じゃよ」


 エルダーの声でリトカは慌てて飛び起きた。空を見れば日がのぼり始めた頃合いで薄暗く、霧の奥にぼんやりと朝焼け色が広がっている。いつのまにか眠っていたらしい、人が動く気配でも起きずに眠ったのはいつぶりだろうか。こんな森の中だというのに。


「おはようございます」


 エルダーが差し出していたのは、木の実を練り込んだ黒パンだった。半分に切られたそれは子どもの拳ほどの大きさがある。こんなに大きく、しかも木の実の入ったパンなど出されたことがない。切られたもう半分はエルダーの手にある、つまり主人と同じものを同じ大きさだけ差し出されているのだ。驚いて口を開けたまま、エルダーとパンを何度も見比べてしまった。


「太らないと、食べるところがないですか?」

「ぶぁっはっは!!」


 真剣に言ったリトカだが、エルダーは盛大に吹き出して大きく笑った。魔女は子どもを食べるという話はいくらも聞いていた。だからこんなに良いものを食べさせる理由が他に浮かばなかったのだが、まさか笑われるなんて。


「おぬしの肉など食べたりせんよ。今日もたくさん歩くからのう、力をつけてもらわねば困る。さあ、分かったらさっさとお食べ」

「はい、…ありがとうございます」


 なんだか恥ずかしくなってパンに齧りついた。嘲笑される事には慣れているが、こんな風に笑われた事はなかったのだ。そんなリトカを見てエルダーはしばらく笑っていた。

 エルダーはパンをぺろりと食べてしまったが、リトカはすぐに腹がいっぱいになってしまったために残りはポケットにしまった。出発だといって歩き始めた森は朝の霧に包まれて視界が悪い。そんな中でもエルダーは迷いも見せずまっすぐに進んでいくので、見失わないように必死について歩いた。そうしながらふと、昨夜の話を思い出す。





 ご主人様は、魔女ですか?

 そう尋ねたリトカは真剣だったが、エルダーはさっきのように盛大に笑った。夜の森に響くかと思った笑い声は、けれど静かに密やかに、森の葉擦れの音に消えていった。


「そうじゃのう、魔女とはどういうものだと思う?」

「魔女…は、森に住んでて。魔法を使う…?」

「くっくっく。であれば私は、魔女に該当するじゃろうのう」


 優しい顔で笑われたので、それ以上は言えなくなった。本当は「人間を食べる」だとか「人を呪う」だとか、聞いた話は色々あった。でもこの鷹揚に笑う女性に、そこまで肯定されたらどうしようかと思ったのだった。

 その後になにか話したのか、そのあたりはもう覚えていなかった。すっかり眠り込んであっという間に朝だった。


 改めてエルダーの背中を見る。霧の中を迷わず歩く魔女は、自分を食べるつもりはないという。奴隷の身である自分に食事を与え、どこかへ向かっている。これから自分はどうなるのだろうか。待遇の良さから悪いようにはされない気がするが、脳天気すぎるだろうか。

 白い霧の中で魔女の背だけを見て歩くうちに、どれくらいの時間が経っただろうか。見知ったものなど何もない、自分を閉じ込めながらも守る檻も無い、変わらない白がだんだん恐ろしくなってきた。

 実は自分は夜のうちに死んでいて、今向かっているのは死後の世界なのかもしれない。肉はないが、スープくらいにはできただろう。それでも虫ばかり食べさせられた自分が美味しいとは思えなかった。既にすべてが終わっているのかもしれない。

 そう思ったところで、エルダーの言葉を思い出した。怖れさせるものがあるとすれば、それは「向き合わざるを得ない自分自身の声」だと言っていた。怖いのは自分自身の声。霧の中で考えてきた恐ろしいことは、すべて自分自身の声。そうなのかもしれないと気づいた。すべてがそうなのかは分からないけれど、黙って歩くリトカに語りかけるのはリトカだけだった。

 リトカは唇を噛み締めた。自分で自分を怖がらせるのは、良いことではないかもしれない。そう思ったのとほぼ同時に、霧が薄まりはじめた。だんだんと視界がひらけて、森の木々が見えるようになっていく。見えていなかっただけで、こんなにもたくさんの存在がここにはあったのだった。


◆◆◆


「さて、もう森も抜けてしまう」


 エルダーがつまらなさげに言ったのは、太陽がもうすぐてっぺんに昇る頃だった。霧も晴れ、太陽に照らされた明るい森はずいぶんと歩きやすかったが、リトカはこんなに長い時間を歩くのには慣れていなかった。途中で休憩は二度挟んだが、今もすっかり息が上がってしまっている。

 立ち止まったエルダーの横までぜいはあと呼吸しながら歩き進めば、森の終わりは崖になっていた。どこまでも広い、青い水。青い空を飛びまわる鳥。崖の下の方を見れば、岩場を下って進んだ先に人が動き回る市や、船がたくさんあった。


「すごい…」

「海を見たことはあったかえ?」

「海?」

「この大きな…湖というか。これは海といって、世界中どこまでも広がっている。この海の水面よりも高い位置にある大地が『陸』と呼ばれ、私たちが住んでいるんじゃよ」

「えっ…え?それじゃあ海は、陸と同じくらい大きいんですか?」

「いいや、陸より大きい」


 陸より大きい。陸より、大きい。今まで生きてきた陸よりも大きい?大陸はあんなに広いのに、それよりも大きい?

 信じられない驚きで満ちたリトカは、一時疲れを忘れて海に見入った。あの水は、どこまで遠くへ続いているのだろう。どんなに大きいのだろう。森を抜けるだけでこんなに疲れているリトカは、どのくらい歩けばいいのだろう。

 そんな間にエルダーは歩き出して、崖の急な岩場を下り始めていた。慌ててリトカも追いかける。岩を掴んで降りるのは大変かと思ったが、リトカの手は尖った岩を掴んでも痛みはなく、しっかりと握っていられた。足場には不安があったので、なるべく手の力ばかりで体を支えて降りていく。この手で良かったと、生まれて初めて思ったかもしれないかった。


 崖を下りきれば、後は歩きにくい岩場が続くばかりだった。しっかりとした足取りで進むエルダーを追うように、慣れない足取りで岩道を進む。歩きやすい岩場を選ぶのがなかなか難しく、岩の形によく目を凝らしながら進んでいれば、エルダーはとっくに先の方を歩いていた。主人に置いていかれるわけにはいかないと焦りながらようやく岩場を抜ければ、広がる魚の市場の先、船の前でエルダーが男と話しているのが見えて駆け寄る。


「ああ、着いたか。遅かったのう。この船に乗せてもらうんじゃよ」

「すみません、…船に?」


 近くで見れば船は大きく、湖に浮かべるものとは全く違った。一隻でも家2つ分はあり、乗ると言われた船はさらに大きくてお屋敷ほどの大きさがあった。


「大きい…」

「これは貿易船でのう、たくさんの荷を乗せて海を渡っていく。そこに私たちも荷物として積んでもらう」

「荷物として?」

「そう。人間として乗ると色々面倒じゃから」


 それを聞いて、エルダーと向き合って話していた男が笑った。紙に何か書く仕草をしていたので、この船の荷を確認する人かもしれない。今までも大きな街に入るときは、サーカスの荷物を確認する人が居た。


「本当に面倒くさがりですね、姉さんは」

「婆さんでいいと言うに」

「そんな風に呼べませんよ。じゃあ乗ってください、もうすぐ出港しますから」


 男は楽しそうに笑うと船を指して、さっさと乗りに行ってしまう。その背に続いてエルダーも進んだので後を追った。

 船の上はゆっくりと揺れていて転びそうになるが、甲板から船の中へ降りる階段にはなけなしの手すりがあったのでしがみつくようにしながら進む。なるべく腕に頼れば安定して進めるのは岩道で覚えていたため、丈夫そうな物に捕まりながら部屋に入った。

 そこは荷物が山積みにされた部屋で、リトカやエルダーの背より高いためどこに居るのか分からなくなってしまった。すると後ろから声がした。


「ああ、坊主。エルダーさんならいつも左奥の方に居るよ。ちゃんとベッドある部屋使っていいって言ってるんだけど、いつもああでね」


 男は先程と変わらず笑いながら教えてくれると、さっさと仕事に戻っていってしまった。忙しいのだろう、男の背中に向けて「ありがとうございます」と言ってまた荷物を見た。「左奥の方」なら、なんとか行けるだろう。荷物の間をすり抜けて、なんとか進んでいくと少しだけ開けた場所におおきな布でくるまれた積み荷があり、そこにエルダーが座っていた。


「来たかえ、リトカ。しばらくは座っていられるからのう、ゆっくり休むと良い」

「はい、ありがとうございます」


 言いながらエルダーが彼女が座っているのと同じような布の塊を指さしたので、座ると思った以上にふかふかしていた。どうやらこれは布団の類の荷が汚れないようにと、まとめて包んであるものらしい。今まで座った何よりも、どんなものよりもふかふかしている。それこそ貴族のベッドはこういった物でできていて、毎日これで眠っているのかもしれない。そんなものに座っていていいのだろうか。

 驚いたリトカが布の手触りを確かめているうちに、歩き通した体がどんどん重くなってきた。このまま眠れたらどんなに幸せだろう。でも船が海の上を進むのも見たい、でも。そう考えながらリトカの体は傾いていき、布の上にすっかり横になってしまっていた。







お読みいただきまして、ありがとうございました!!

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