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コノミ書店の裏仕事  作者: 花村 流花
9/13

虎之助、本格始動 3

押し殺した声を聞いてすぐにビルの前を見る。

ゴンスケと女は、いかにも仕事中という雰囲気を前面に押し出しながら駅の方向へと

普通の足取りで歩いていく。5メートルくらいの間隔を開けて2人の後をつける。

五反田駅に着くと線路を挟んで反対側へと抜けていく。

「あれ?電車に乗らないんですかね?」

「線路挟んで反対側にはラブホがかたまって立ってるの。そこに行くんだと思うわ」

人ごみの中にまざっていくゴンスケ達を見逃さないように少し近づいて尾行する。

駅を抜けて線路沿いの道にでると急激に人が減った。今度は少し距離を開けて2人をつけて行くと、

乱子の言った通り立ち並ぶラブホテルの中でも少し奥に入ったホテルの前でゴンスケ達が足を止めた。

すかさず乱子が一眼レフカメラを構えシャッターを連写する。カシャカシャと唸り続けるカメラの

向く方向を虎之助も食い入るように見つめる。一瞬シャッター音が止んだその時、

再び男と女は動きだす。またすぐにシャッター音が唸り続けて、ゴンスケと浮気相手が

ホテルの中に入るところを見事に写真に収めた。二人の姿がホテルの中へと消えた後、

乱子はホテルの看板を写真に収めてから今撮った写真を確認した。

横から虎之助も覗き込む。男と女の動きがまるでパラパラ漫画のように繋がって見える。

画面をアップにして、二人の顔や表情を黙って見つめてから乱子はフンっと鼻を鳴らした。

「これでもうゴンスケに弁解はできないからね。

 あとは請求書通りの金額を払うっていうお仕置きが待ってるだけよ」

あ~喉乾いた、と乱子はすぐ背後にあった自販機で冷たい缶コーヒーを買ってから

虎之助にも小銭を渡した。虎之助はちょっと力を補給したい、とエナジードリンクを買うことにした。

これでしばらくは一息つける。プルタブを開け缶に口をつけてから、乱子の言葉を反芻した。

請求書の金額・・・?

「あの、今請求書の金額がって言ってましたけど・・どういうことですか?

 もしかして、対象者に写真見せてお金を脅し取るんじゃ」

「バカ言ってんじゃないわよ!脅し取るなんて!そうじゃないわよ、うちのシステムはね・・」と、

乱子所長の説明はこうだ。

まず依頼者には手付金として調査料のうち5万円を前払いしてもらう。調査が始まり決定的な証拠を手に入れたら成立。残金の20万円は対象者に支払ってもらうよう交渉するのだ。

証拠品はもちろん依頼主に渡す。その事を対象者に通知し、さらに調査依頼料の残金は

浮気した悪いヤツが支払うのだと依頼人からも言われている、といえば渋々と応じる。

ごくまれに従わない輩もいるが、その時は依頼人に支払ってもらう。あとで2人の間で裁判でもなんでもした時に慰謝料に上乗せしてもらっているのだろうが、そこまではコノミ探偵事務所としては

口をはさまない。とにかく、1件の調査料25万円をもらえればそれでいいのだ。

「なるほど・・よくできたシステムですね」

よく思いついたもんだ、と感心しきりの虎之助。そのアイディアの根っこには、

田所弥生自身が受けた心の傷があるのかもしれない。悪事を暴き突き付けてやっても、

裏切られた側の人間の受けた心の傷が癒えるわけではない。だからせめてもの罰として

20万円という決して小さくないお金で懐にダメージを与えるのだ。

「このゴンスケんちの子供はまだ小学校の低学年なの。これからお金もかかるはずだわ。

 だからこそ、自分のしている事の重大さを罰金という形で思い知らせるのよ。

 なんたって、こうしてホテルに入ったり女と飲み食いするお金だって結構使ってるんだから。

 使う相手が違うだろって話よ」

「じゃあ・・弥生・・じゃなかった、乱子所長も罰金を支払わせたんですか?」

空き缶を握りしめながら、虎之助は静かに息を吐いた。

「もちろん。慰謝料として1千万ぶんどってやったわ」

「うえっ!い、一千万?」

「ちょっと!そんなデカい声出すんじゃないわよ!」

デカい声を出すなと言われてもそれは無理な金額だと、虎之助は口の中で一千万一千万と

ブツブツ呟いた。そんな大金を出せる相手とは、江戸川乱子こと田所弥生の元夫は

どんな仕事をしていたのだろう。聞いてみたい気もするが、終わってしまった事を、

それも楽しくない思い出をほじくり返すのは大人としてはマイナスな行為かもしれない。

出かかった言葉をそっと飲みこんだ虎之助を見て乱子こと弥生は、

「キミは大人だねえ。ここから先は立ち入り禁止、ってラインを解ってるみたいね」

穏やかな声で虎之助を褒めた。

 

しばらく2人の間に妙な沈黙が流れていたが、ゴンスケ達の登場によって一気にエンジンが掛けられた。ホテルに入ってから約40分。晴れ晴れとした表情の男と女が腕を組んで出てきた。

慌てて乱子はシャッターを切る。虎之助も食い入るように2人の動きを目で追った。

「よしっ!これでばっちり証拠を押さえたわ。どう?だいたいの流れはわかった?」

デジカメの画面を虎之助にも見せながら、少々簡単な感じにも聞こえる重大作業の確認をする。

江戸川乱子の中では何度も繰り返されているであろうルーティーンも、

虎之助にとってはまだまだ未知の世界である。

「はい、流れ的にはなんとか・・でもいざとなったら体が動くかどうかはまだ・・」

正直に、自信の無いことをにおわせる。だが江戸川乱子は特に発破をかけるでもなく、

静かに頷くだけで虎之助に指でOKサインを作って見せた。

「そうよね、今日初めて現場を目の当たりにしたんだもんね。お疲れさま。

 じゃあまだ日は高いけど、一杯やりに行くか?」

「あ、はい、お供します」

探偵の仕事の初日を無事に勤めあげたことで、めずらしく虎之助の中でも昼間の酒を受け入れられた。

これまで、昼間っから飲みに行こうなんて考えたこともなかった。

酒は夜飲むものだとなんとなく思っていたから。それに一緒に酒を飲みに行く相手もいなかったし。

コノミ書店でバイトをはじめていろんな事ができるようになった。仕事だけじゃなく、こういうことも。ここにバイトに来てよかったとあらためて虎之助は前を歩く江戸川乱子の背中に頭を下げた。




 五反田駅近くの一杯飲み屋の中は人であふれかえっている。

サラリーマンにはまず見えないおじさん達に交じって、いかにもサラリーマンみたいな男達が

すでに赤い顔で大口開けて笑っている。

 なんとか席を確保して、お通しを持ってきたオバちゃんに乱子こと弥生は

ビールとレモンサワーと鳥盛りねと、ささっと注文した。

「柳君も最初の一杯をビールで始められる様に早く大人になんなさいよ」

なんだよ聞きもしないで、と少しむくれた虎之助の表情を読んだ乱子だったが、

自分の非に気付くことなくおしぼりを首にあてて一息ついている。

悪く言えば無頓着、良い言い方をすればおおらかな雇い主。

まあ、それがこの人の魅力なのかもしれないが。

 すぐに運ばれてきたビールとサワーのジョッキをガチンと合わせる。

初仕事お疲れさま、と所長のねぎらいの言葉に、赤ベこのように首を振る虎之助。

もうかしこまって肩を張るようなこともなくなった。

「どうやらウチに慣れたようね。よかったわ。

 私のこと変なオバサンだってかまえてただろうけど、もう大丈夫そうね」

「いえ、変なオバサンとは思ってなかったですけど・・慣れたことは事実ですね。

 なんかいろいろ・・鍛えられました」

虎之助の言葉を笑い飛ばしながら、弥生はタイミングよく運ばれてきた鳥盛りのてっぺんの串を

つまんだ。

「ああ、鳥盛りって、こういう事ですか」

目の前の皿を見て思わずのけぞる虎之助。

鳥盛りとは焼鳥の盛り合わせ、だったのだが、その量がハンパない。

富士山のごとく山に積まれたいろんな種類の焼鳥。

指差しながら虎之助が数えると、16本も積んであった。

「ところで弥生さん、この探偵事務所ってどれくらいやってるんですか?」

「15年前に離婚して、まず本屋を始めたのが13年前で、

 探偵事務所はその翌年に始めたからかれこれ12年ね」

「どれくらいの事件を解決したんですか?」

つい事件と言ってしまった虎之助に、わたしゃ金田一か?と

焼き鳥の串を虫眼鏡のように顔に近づけせせら笑った。

「ゆうに200件は超えてるわね」

「えっ!そんなに?」

「年間だいたい20件前後、依頼があるから12年でそれくらいの計算になるでしょ?」

虎之助が驚いたのは、依頼の数自体もそうだが、パートナーの許せない行為を追及して

ぎゃふんと言わせたい人がそんなにもたくさんいるんだということが、驚きだった。

「うちへの依頼はそんなもんだけど、世の中で浮気しているヤツってもっともっといるのよ、

 あくまでも推測だけど。だって、今だってテレビで幾つやってる?政治家、ミュージシャン、

 俳優・・ この前不倫で散々叩かれたミュージシャンがまたやってるじゃない?

 お金をたくさん持ってる人は弁護士とか頼めるけどそうじゃない人は泣き寝入りとか、いろいろ・・

 ほとんどの人が自分の力で解決している。ウチだって商売だから、もちろんお金はいただくけど、

 べらぼうに高い金額じゃないからね。それに話相手にもなってあげられるっていうのが

 やりがいの一つでもあるわ」

自分の受けた傷と同じ傷を持つ人の気持ちは誰よりも理解できるだろう。

もしかしたらこの人は、お金を稼ぐという事よりも話し相手になって理解者になってあげることに

意味を見出しているのかもしれない、と虎之助には思えた。優しい人なんだ、この人は。

「そう言えば、柳君彼女はいるの?」

サワーを口に含んだ瞬間だったので吹き出しそうになったが、何とか口の中にとどめておけた。

しかし、なんでいつもいきなりなんだよ、この人は・・

「い、いませんよ。付き合いの濃い友達だっていないのに彼女なんて・・」

「あら、奥手なのぉ?」

「そんなんじゃないですよ!あの!僕もビール飲みます!すいませーん!」

その話題から離れたい、と虎之助が威勢よく手をあげる。

のっそりとやってきたオバちゃんに生2つ!としっかりと弥生の分も頼んだ。

「まあ・・柳君は心配なさそうよね、浮気の。だってこの仕事していけば嫌でもマイナス面しか

 見ないからね、大きなリスクを背負ってまでっていうタイプじゃなさそうだもの」

はっはっはという高らかな笑い声にはバカにされているようにも感じるが、

リスクを背負ってまでというくだりは、このコはバカじゃないって思ってくれているんだと

素直に肯定する。人生勉強をガッツリした人は他人を見る目も肥えてるんだから、

僕って大丈夫な男なんだ、と虎之助は自信に胸を張って

目の前に置かれたビールジョッキを抱え上げた。






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