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コノミ書店の裏仕事  作者: 花村 流花
3/13

フリーター・虎之助

柳虎之助が目指していたのは公務員だった。

特にどれという希望があったわけでもなく、とりあえず公務員になれればいいかな、

と漠然とした目標しかなかった。なぜ公務員かと聞かれたら、

民間企業のような荒波を感じなくてすみそうだから、などとすらりと答える。


だが、民間企業の荒波もお役所仕事の実情も知っているわけではない。

虎之助のイメージのもとは、ハローワークの職員として働いている十歳年上の父方の従兄。

法事の時にビールを飲みながら、公務員はいいぞ、と虎之助に吹き込んだ。

根拠も理由もよくわからないが、でもその従兄の呑気そうな態度を見ていたら

きっとそうなのだろうと納得した。


だが公務員試験に受かるために勉強はしたものの、あまり成果が表れず失敗に終わった。

さあその後が動けない。失敗のショックが尾を引き、公務員がダメならなにをやるか、

どこの企業を受けるか、まったくと言っていいほど次のエンジンが掛けられなかった。


結局・・就職先が決まらないまま大学を卒業し、なにかバイトをしないと、

と気を取り直したところなのにこれまたタイミング悪くバアチャンの付添を頼まれた。

費用はもちろん全部出してくれるというし、1ヶ月なんていう長期旅行なんて、

それも海外だっていうんだから、断る理由はない。

「じゃあ虎ちゃん、おばあちゃんのこと頼むわね。あなたも外国でいい社会勉強でもしてきなさいね」

母親からパスポートを作る費用と小遣いとして10万円を渡された瞬間に、

折れた心と覆っていた暗い気分は一気に吹き飛び、フリーターであることを心の底から喜んだ。



マレーシアは日本の年寄りや中高年のロングステイ先として人気が高い。

物価とか金銭面だけでなく、住居や病院なども充実していることがその理由に挙げられる。

そしてなんといっても気候がいい。バアチャンと二人、のんびりと毎日を過ごし、

生活費は全部バアチャンもちだから小遣いはさほど減らない。

なので帰国してからバイトが見つかるまでの不安な時期にあてればいいとほくそ笑んだ。

そんな呑気を助長するかのような、定年組のおっさんたち。

あくせく働くことが馬鹿らしい、そんなセリフはあくせくと働いてきたからこそ言えるセリフなのに、

虎之助はすっかり感化されてしまった。

「なにも会社勤めだけが人生じゃないんだぞ。

 自分の力で何かを始めたっていいんだ。世の中の当たり前になんか縛られるな」

そんなセリフをかっこよく吐いたのは、サラリーマンとして定年まで勤め上げ終えた途端に

離婚したという、通称ヨネさん。

マレーシアに移住して、主に日本人相手のゲストハウスを経営している。

バアチャンが知り合いになった日本人のロングステイ組とのパーティーで出会い、

虎之助一人で2泊ほどさせてもらった。そこでヨネさんや長期滞在している宿泊客たちの話を聞いているうちに、公務員だとかサラリーマンだとかへの執着は薄れていった。

親のすねをかじらずなんでもいいから仕事をしてお金を稼げば文句は言われないだろう。

いずれはこれ、という仕事を見つけるつもり。だからそれまでは自分の可能性ってやつを試してみようと異国の空の下で決意を固めたというわけだ。


帰国してすぐ、バイトを探した。

そこそこの時給がもらえる、というのも条件の一つだったが、その時はもう一つ希望があった。

あまり人とかかわらなくてもいいという事。時給がよくて条件が選びやすいのは

何と言っても飲食関係だったが、客とのやり取りやトラブル、職場での人間関係などが面倒などの理由で候補にはあげなかった。デスクワークや工場のライン作業とかいくつか挙げた中で、

大手運送会社の荷物の仕分けを選ぶことにした。力仕事だけあって時給も悪くない。

おまけに勝手に抱いたイメージでは、そういうところで働く奴らは別に仲間を作ろうなんて

思っちゃいないだろうと読んだから。

仲間や友達になんてならなくていいし、誘ってもらいたいとも思っていない。

その読み通り、仕事中に言葉を交わしたりはするけれど、

職場以外で付き合おうと誘われることは免れた。仕事の時間中はまあまあの雰囲気で、

単純な仕事にも慣れてしまえばなんてことなく淡々とこなしてこられた。

石の上にも三年、のことわざ通り三年という月日を一つ所でがんばる事ができたので、ここいらで次なる可能性探しをしてみようと転職することにしたわけだ。


今までは力仕事。そして対「物」だったから、今度は人にも関われる仕事にターゲットを向けた。

駅の構内に置いてあるフリーの求人誌。

その中に見つけた「コノミ書店」の求人募集。個人でやっている本屋。

本屋といったら駅ビルやショッピングビルに入っている大手書店が圧倒的に多い中で、小さな個人商店はなかなか経営は厳しいだろう。それでもバイトを雇おうとしてるんだから

それなりに儲けがあるのかもしれないと踏んだのだが、

まさか探偵事務所などというとんでもなくめずらしい別業もしているとは・・



コノミ書店を後して駅へと向かう足取りは軽い。

時間つぶしもかねて駅前にある和を感じさせるシャレた作りのスタバに寄ることにした。

全面ガラス張りの、光あふれる2階のソファ席に寝そべるようにして座り、

ラテを飲みながら傾きかけた陽に染められたオレンジ色の空を見つめる。

仕事が決まったという安堵感を味わいながら、レイトショーまでの間になにを食べようか考える。

たまには贅沢して一人焼肉にするか・・

懐の安定が虎之助の食欲をかきたて、同時に心に大きなゆとりという名の芽が吹いていった。




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