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コノミ書店の裏仕事  作者: 花村 流花
2/13

コノミ書店の面接 2

「うち・・コノミ書店はね、私の好みの本だけを置いている本屋なの」

「ああ!だからコノミ書店!」

なるほど、好みのコノミ、ね。

謎が解けた喜びに頬をたるませて頷く虎之助の顔を見た美魔女は、同じように頬をたるませてから咳払いをして話を続けた。

「推理小説と恋愛小説。少し官能小説もあるけど、時代物だとかエッセイだとかは置いてない。

 純文学もね。昔のおえらい先生方の作品はよその本屋でも売ってるしね」

・・そりゃそうだろうけど・・推理小説や恋愛小説だってよそでも売ってるだろ?・・

「私の好きな作家だとか、読んで面白かった作品は作家にこだわらず選んでるわ。

 それに店を見て気づいただろうけど」

・・えっ?店の中なんてほとんど見てねーし・・

「雑誌の類もなかったでしょ。棚一面文庫本。単行本はレジカウンターの前に少し置いてるだけなの」

「すごい・・こだわりの本屋なんですね」

「で、仕事の内容はもちろん店番。いえ、店員さんって言ったほうがいいか。

 3坪ほどの小さな店だから当然店員は一人。お客もパラパラしか来ないから一人で十分。

 勤務時間は10時の開店から夕方6時の閉店まで。日曜月曜が定休日。

 開店準備と閉店作業はもちろんやってもらうわ。だから開店より少し早く来て

 閉店してから片づけてして終わり。そうそう、お昼休みはこの向かいに休憩室があるから

 そこでお弁当でもなんでも食べてちょうだい。お客がきたら休み中断して店に出ること。

 と、ここまでが本屋での仕事ね」

「え?ここまでがって・・えぇ?」

前のめりになりながら頭をひねる虎之助をよそに、美魔女はニコニコしながらお茶をすすって、おまけに菓子まで食べた。

もぐもぐと口を動かし、菓子を飲みこみ、再びお茶をすする。

そして何事もなかったかのように話しを再開した。

「うちではね、もう一つ別の仕事もしてるの」

「は?もう一つ?」

「そう、もう一つ」

「なんですか?それ」

「うん、探偵事務所」

えー!っと大声を張り上げ体をのけぞらせて驚いた。

求人フリーペーパーに載っていた「コノミ書店」の求人。個人店の本屋店員。そう書いてあった。

内容は簡単にしか書いてなかったが、とくに疑問には思わなかった。本屋だから本を売る、店の掃除、それくらいしかやることはないだろうと思うのは自分だけではないはずだ。その他雑務、とも書いてあったが、おまけみたいなものだろう。その程度に思っていた。まさかそこに探偵事務所の別業もあったなんて、誰が想像できるだろう。

 

なんだかお尻の下がもぞもぞとしてきて、このままここで話を聞き続けていいものだろうかと一瞬迷いが通り過ぎたが、虎之助の落ち着きの無さに気付いた美魔女は、

「まあとりあえず、最後まで話を聞いてちょうだい」

と、片手を虎之助にかざして制止した。

「だいたい、こんな小さな、おまけに趣味みたいな店だけで生計なんか立てられるわけないじゃない?

 そんなことはこの店を始める時からわかってたわ。だから同時に裏仕事もしなきゃって」

「裏・・仕事?ですか」

「そう、裏仕事。で、まあこれもすっごい儲かるってわけじゃないけど・・

 探偵事務所を開くことにしたの。っていったって、浮気調査専門だけどね」

そこまで言うと、立ち上がって隣りの部屋へいき、すぐに戻ってくると虎之助の前に名刺を差し出した。

手に取る虎之助は、声に出して読んでみる。

「コノミ探偵事務所・・所長・・江戸川乱子・・

 エドガワランコ?まじっすか?これふざけ過ぎじゃないっすかぁ?」

思わずひっひっと笑い声をあげた虎之助に、マジに決まってんでしょ!と江戸川乱子の強い口調が返ってきた。

すいません、と虎之助が肩をすくめると、威勢よくフンと鼻を鳴らし、江戸川乱子はソファにふんぞり返った。

「江戸川乱子っていうのはあくまでも探偵事務所での名前よ。本名は田所弥生。

 探偵の仕事上本名を知られると面倒な事も起こってくるでしょう?

 依頼主じゃなくて調査対象者にバレることだってある。だから用心のために使ってる名前なの。

 だ、か、ら、店では乱子ほうで呼んでちょうだいね」

「あ、あの、ちょっと待ってください!」

腰を浮かした虎之助はどもり気味に話しを止めた。

「えっと・・僕は採用されたってことなんでしょうか?」

店では乱子と呼べ、なんていうのは働くことが決まった人間に言うべき事で、ということは自分が採用されたって解釈していいんだろうが、はっきりと江戸川乱子、いや田所弥生から採用の言葉を聞いたわけじゃない。

 

弥生は、え~?と目も口も真ん丸にして首をかしげた。こっちが首をかしげたい、と虎之助のほうもいぶかしげな顔つきで弥生を見返した。

「あら、言わなかったかしら?」

「いえ、聞いてません」

「あっそう、じゃあもう一度、柳虎之助君、採用です」

・・もう一度って、一度も言ってないじゃんか・・と眉間に皺を寄せたが、即採用の返事をもらえたんだから、これ以上脹れる理由もない。いや脹れるどころかハハァ~と頭をテーブルにこすり付けるくらいしなけりゃいけないか。

虎之助がありがとうございますと呟きながら頭を下げると、乱子こと弥生は甲高い声で

どういたしましてぇ!と語尾を上げた。その言い方がテレビで人気のオネエコメンテーターに似ていたので、下を向いたまま虎之助は肩を震わせて小さく笑った。

 

当の弥生は自分が笑われていることなどお構いなしに唐突に指をさす。あのムードぶち壊しのスチール棚を。

「この、雰囲気が全然合わない棚、この中にお客様の情報が入ってるの。しっかりと鍵かけて。

 ・・柳君のもう一つの仕事は依頼されされた仕事の調査。知力体力両方必要。

 それに、危ないこともあったりする・・かもしれないから、だから男の子を採用したかったの」

「危ない事?え、じゃあ弥生さんも、いえ乱子さんも危ない目にあったことあるんですか?」

なんだか急に頭がクラクラしてきた。のほほんと本を売っていればいいんだ、くらいのつもりで気軽に面接を受けてしまったが、まさかこんな危険と隣り合わせ的な仕事もさせられるとわかっていれば止めといたのに・・後悔の気持ちをにじませ膝の上の手を拳にする虎之助にむかって弥生は首を振って見せた。

「ないわよ、一度も。だって、私優秀だもの、ヘマはしないの。だけどこれまでは大丈夫でも

 この先何があるかわからないでしょう?初めて人を雇うから、

 リスクもちゃんと説明しておこうと思ってね」

「えっ?今まで・・ここでバイトした人っていないんですか?」

「いないわ、キミが初めてのバイトくんよ」

うそだろ・・虎之助の肩はがっくりと落ちた。今まで誰もバイトした事の無い仕事の第一号になる。

興味は大きな不安に変わる。大丈夫かな、自分にできるかな、それよりも・・

「あの・・いきなり聞きますけど・・そんな危険かもしれない仕事もして時給990円、ですか?」

求人欄に書いてあった時給は990円。東京都の最低賃金よりは上だけど、これよりもっといい時給の仕事はたくさんある。けど、個人の店なんてこんなもんだろうし、時給が低いってことは仕事も大変じゃないってことだろうと判断したけど、まさか裏仕事までさせられてこの時給じゃあ、わりが合わない。

「心配しないで。探偵の仕事は歩合だから。やった分だけ給料はお支払するわよ。

 ちなみにそっちの仕事は日給で1万円から2万円くらいね。どう?」

い、一万円から二万円?反射的にニヤリと口角が上がる。もしも毎日探偵の仕事があったら月20万にはなるって計算。いや、本屋の仕事だってあるんだからそれ以上・・まあ、探偵の仕事が毎日なんてあるわけないとはわかっていても、頭の中での勝手な計算に浮かれてしまうのも仕方ない。

低賃金でも楽な仕事を望んでいた割には過酷イコール高賃金の仕事にあっさりと乗っかっていこうとしている。驚いたり不安がったり薄ら笑いを浮かべて喜んだり・・

虎之助は威勢よく声をあげる。

「あの、是非やらせてください。よろしくお願いします!」

朝10時前から夕方6時過ぎまで、日曜月曜定休以外の週5日、時給990円、時々日給1万円から2万円という条件の「コノミ書店」でのアルバイト採用を受けることにした。

「よかった!で、いつから来られる?」

「えっと・・明後日からでもいいですか?今夜ちょっと・・遅くなるので・・」

「あら、お友達と祝杯でもあげるの?いいわよ、明後日からで」

弥生の言うような祝杯をあげる友達なんて・・いない。

友達も彼女もいない、寂しい26歳のフリーター。

今夜はレイトショーでお気に入り映画のシリーズ最新作を見に行くのだ。

だけどほんとうのことなんて言う必要もないし、少し見栄も張りたくて、照れ笑いで弥生の言葉を肯定した。

「じゃあ、明後日からお世話になります。よろしくお願いします」

一応立ち上がってお辞儀をした虎之助の視界に、差し出された手のひらが入ってくる。ハッと顔をあげると同じように立ち上がっていた弥生が右手を差し出していた。

「こちらこそ、よろしく頼むわね」

握手をしようと差し出された手が、おまえも早く手を出せと言っているようで、せかされるようにして虎之助は弥生の手を握った。

 

引き戸をきちんと閉め終えてから、古民家を見上げる。虎之助の目に映るその佇まいは、妙な安堵感をあたえてくれる。まるで自分の新しい家にでもなったような気分にもさせられる。ちょっと・・どころかかなり変わっていそうな雇い主の江戸川乱子こと田所弥生。なんだかおもしろくなってきそうだ。取り立てておもしろさはないだろうが楽ならそれでいいと思って選んだこの求人募集。引いてみたら当たりくじだった、なんてな。

仲の良い友達もいないし彼女もいない。なんの楽しみも刺激もない毎日から脱出できそうな気がして、久しぶりに味わう浮かれた気分。

最後にウキウキしたのっていつだったかな。

思い出せないほど長い時間平々凡々とした毎日を送ってきた虎之助にとってコノミ書店が砂漠の中に見つけたオアシスのような存在になればいいなと、もう一度古民家を見上げた。




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