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コノミ書店の裏仕事  作者: 花村 流花
10/13

一人張り込みデビュー


夏休み時期が終わると、客層が元に戻った気がする。

7月8月は高校生くらいの子達や親子連れ、それも地方から観光でやってきたような

グループが多かった。物珍しそうに狭い店内を覗いてから入ってくる客達はたいてい、

大人気遊園地や鎌倉の名菓の袋をさげてたりして、本を買うとは思えなかったが

これがまた意に反して買っていったりする。

そういう人たちを狙ってお土産用にレザーや布のブックカバーでも作って置いたらどうかと、

虎之助が余裕の態度を見せると、

「あらそれいいわね、ちょっと試しにやってみようかしら」と弥生はさっそく

知り合いのレザー専門店に注文して10枚ほどを急いで作ってもらった。

すると驚くことに、たった2日で売り切れてしまった。

「柳君は商売の才覚あるんじゃない?コノミ書店を乗っ取られないよう気をつけなきゃ」

かっかっかとお馴染みの笑い声を聞きながら、そんなわけねーだろ、と首を傾げる虎之助。

その冷めた様子を見ながら、弥生は江戸川乱子として重要な任務をあたえる、と虎之助に告げた。

「えっ?なんですか?重要な任務って」

「新たに着手した一件の張り込み調査を柳君一人に任せる。頼むぞ!」

えー!っと声もあげられずに虎之助は固まった。

一人で、いよいよ、とうとう、一人でカメラ片手に張り込みをすることになるのか。

まだ何もしていないのに緊張に体が震えだす。

たった3回しか張り込みの経験がないのに。その3回は当然所長と一緒、というか

所長の後ろから覗き見る、みたいな感じだったのに。コンビニに買い物に行くのだって

トイレに行く時だって、必ずどちらかが見張っていたから心置きなくその場を離れられたけど・・

一人ならそうはいかない。急激に襲う不安がしっかりと顔に出ている虎之助に、

所長・江戸川乱子はうやうやしく一眼レフカメラを差し出した。

「使い方、もうわかったわね?取るべき瞬間もわかったわね?

 柳君なら一人でももう大丈夫よ、自信持って、任務を遂行してちょだい」

渡されたカメラの重みがずっしりと手に伝わる。いよいよやってきた修行、というより試練。

いずれはこういう日がやって来るのは覚悟していた。が、いざとなると臆病風が

びゅうびゅうと吹いてくる。全身が縮こまる思いでカメラを見つめていると弥生が静かに呟く。

「誰かの手助けをするって、やりがいがあるわよ」

弥生が見つめている厳重に閉じられた棚に、虎之助も視線を送る。

自分も誰かの手伝いをして、その結果をこの棚の中に納めたい。

がんばります、と虎之助は大きく息を吐く。

こうなったら探偵でもなんでもやってやるぜ、と構えたカメラで乱子所長をフォーカスした。




 翌日、コノミ書店のカウンターに座っている弥生に見送られて、

虎之助はリュックを背負い張り込みへと出発した。いつもたいした荷物は入っていないリュックの中で

ずっしりとした存在をアピールする一眼レフカメラ。

坂を下りる時、反動でドスッドスッと背骨に当たるのが少々気になるが、

目的の駅に着く頃にはすっかり体になじんでいた。


 今日のターゲットは、40歳の・・主婦?

弥生に渡された資料を読んで、虎之助は眉をひそめた。

女性がターゲットの場合もあると弥生から聞いてはいたが、正直言うと男性よりも

女性がターゲットだという方が虎之助には許せない感が募った。

べつに・・差別するわけじゃないし、同じ男の肩を持つわけでもないけど、

自分の一番身近な女性である母親が、なんて想像してしまうと頭にカッと血が上りそうになる。

・・ま、どっちにしたってやっちゃダメだろ・・コンビニで飲み物と小さなスナック菓子を買ってから、ターゲットの住むマンションのエントランスが見える公園のベンチに座った。


 資料によると・・なになに?毎日犬の散歩に出かけるが、

1キロほど離れた家に住むわゆる犬友と密会をしている、だと?

ターゲット、通称おかめと一緒に犬の散歩に出て、さらに一キロ歩いたところにある

ワンちゃんOKのラブホテルに行くとの情報がある・・だって?なんだよそれ!

いやしかし、驚くなあ。ワンちゃんOKのカフェはもはや当たり前。

ペット同伴で泊まれるペンションや旅館、なんていうのも増えてきたようだけど、

まさかラブホまで犬連れで入れるなんて。

「世の中間違ってるよ」

思わず声に出した虎之助だったが、今のご時世、一つ壁を乗り越えたらドミノ倒しのごとく

なんでもアリになっていくんだよな、とエントランスを見張りながら大きなため息をついた。


 張り込むこと40分。

資料に書いてある通りの時間におかめが犬を連れて出てきた。

手元にあるおかめの写真を見ると、派手さが無くて男の眼を引く様なタイプではなさそうに思う。

男と真昼間からラブホテルに行くなんて想像しづらい見た目。

でもおかめはやってるんだ。これこそが、人は見かけによらない、の典型なのだ。

 おかめが右方向へと歩き出した。不倫相手の犬友が住む方角だ。

ゆっくりと立ち上がった虎之助は、ドラマで見た通りの尾行を始める。相手との距離20メートル。

あくまでもさりげなさを装って、時々立ち止ってスマホを見るふりをする。

顔をあげ、おかめとの距離があいたなと感じると足を速めて接近する。

・・初めての一人尾行にしちゃあ上出来じゃね?・・

ニヤケ顔をちらつかせながら歩いていると、あわや電信柱にぶつかりそうになった。

気を引き締め直し、尾行を続ける。

15分ほど歩いただろうか、住宅街のある一軒の家の前で、

これから犬の散歩に出かけるというポーズをとっている男が見えた。

もしやあれが、と虎之助が立ち止る。電柱の陰から見ていると、

わざとらしいくらいの甲高い声をあげておかめが男に近寄っていった。

「あらあ、豆くんパパ、これからお散歩ですかぁ?」

豆くんとは犬の名前らしい。男の足元の柴犬にむかっておかめは一生懸命豆くん豆くんと

呼びかけている。豆くんも知った仲なのか、おかめの足にまとわりついて尻尾を振りまくり、

次におかめがつれているトイ・プードルとじゃれ合いだす。

「チョコちゃんママ、よかったらご一緒しますか?」

男もわざとらしく声を張る。おかめの犬はチョコちゃんか。洋犬にありがちな名前だな、と虎之助は鼻で笑う。電柱の陰で若いフリーターに笑われているとも知らず、

おかめと男は犬を例のホテルのある方向へと連れて歩き出した。

 それにしても・・ここまで約1キロ歩いてきた。ここからさらに1キロ歩くのは、結構体力がいる。

男の方は今スタートだけど、おかめはすでに1キロ歩いている。自分のほうがずっと若いし男なのに、

ちょっと足がガクついている。いったん立ち止まってリュックの中からお茶のペットボトルを取り出して一息つく。前方の2人と2匹が路地を曲がりそうなのが見えると、

虎之助は小走りになって距離を詰めた。

・・ん?もしかしたら・・長い距離歩くのがわかってるから所長は僕に任せたのか?・・

今回は移動手段は徒歩だけ。対象者のマンションの最寄駅までは電車で来たが、あとはずっと歩きだ。

だからか、とようやく気付いた頃には、もうラブホテルの看板が見える所まで歩いてきていた。

2人と2匹は歩みを止めずにホテルの入り口にさしかかる。その時、カメラを構えていない事に気付いた虎之助は、手の中のスマホを急いで構えて写真を撮った。後を追うことに気をとらえて、カメラのことをすっかり忘れてしまっていた虎之助だったが、すんでのところでスマホに証拠を収めることができた。

「あ~よかった」

これをしなきゃ意味がない。証拠を押さえるのが尾行の目的なのだから。

 おかめたちがラブホに入っていった後、リュックからカメラを取り出し、まずは看板を撮る。

「ホテル・キャッツアイ」の名前の下には「ペットOK!」の文字が

ふにゃふにゃとしたかわいらしい文字で書かれている。なにがペットOKだよ。

だいたい、2人がベッドの上で楽しんでる時、犬はどうしてるんだよ?

じっと見られたりワンワン吠えられたら集中できんのかよ?

正直理解できない、と鼻息を荒くしながらカメラを地面にそっと置き、

その場に座り込んでスナック菓子の袋を開けた。

待ってる間にカラになっちゃうな、もっと買い込んでおけばよかったなと、

ちびりちびりと菓子をつまむ。道行く人、といっても一応ラブホテル街なので、人通りは少ない。

さげすむように見ながら通り過ぎるのは、ホテルから出てきた男と女だけ。

こいつらに見られたってどうってことないさとばかりに、行き来するカップルを上目づかいに見送った。


 一人での張り込みは時間が過ぎるのがやけに長く感じる。乱子所長と一緒に居る時は、始終おしゃべりしているわけじゃないけれど、時々言葉を交わすだけで気がまぎれた。だけど今は全くの一人。

これで犬でも連れていれば話し相手になるのかな、なんて、ホテル・キャッツアイの看板を見上げた。

 おかめたちが入ってからどれくらい経っただろう、とスマホで時間を確認すると、

そろそろ50分というところか。こういうところに入ったら、どれくらいいるのかなあ、とさりげなく

ホテルの前に掲げられている料金表を見に行く。3時間3980円。これが安いのか高いのか虎之助にはわからない。わかることといえば、3時間はこの料金でいられる、という事くらい。

あと2時間も待ってるのかと思うと、急に腹が減ってきた。コンビニ行ってこようかな、

でも近くには見えないな、と空いた腹を押さえていると、わんわんと犬の鳴き声が聞こえてきた。

素早く電柱の陰に隠れて見てみると、おかめと男がホテルからでてくるところだった。

またもやカメラを手にしていない。地面に置いてあるカメラを掴みとって、

おかめと男と犬2匹とホテルの看板に向ける。シャッターボタンに力が入りすぎて

押したままになってしまったが、そのおかげで連写できた。

 2人の後姿がホテルから離れてから、虎之助はカメラの映像を確認する。

ちょっと斜めになったり犬の体が半分かけていたりと、写真としては不出来だが、証拠能力としては

十分だ。よし、バッチリだ、と前方に小さく見える2人と2匹を再び尾行した。


 豆くんパパの家よりも少し手前で、2人は別々の道へと進んだ。住宅街にさしかかるところで、

おかめは一本隣りの路地へと入っていく。豆くんバイバイ!と犬にむかって手を振りながらも、

笑顔はしっかりと豆くんパパに向けられている。カメラを手に提げたままつけてきた虎之助は、

この別れのシーンも写真に収めた。あとはおかめがマンションに帰っていくところを撮ればいい。

歩くのもあと1キロ。ガンバレガンバレと自分自身を励ましながら、

おかめとチョコちゃんの後をついていく。しばらくして大通りに出たおかめはスーパーで買い物をし、

それから自宅へと戻る。買った荷物とトイ・プードルを抱え上げてエントランスへの階段を上る。

その後ろ姿も記念に1枚、とシャッターを切る。姿が見えなくなって、本日の業務終了となった。

時計を見ると、午後4時近く。

「あ~腹減った!なんか食わなきゃ」

おかめのマンションから早足で駅へと向かい、商店街の中にあったカレー屋に飛び込んだ。

どれにしようかと券売機を上から下へと見ていくと、ご褒美カレーなるメニューがあった。

おお、今の自分にピッタリじゃん。800円といつもよりも奮発した値段のご褒美カレーの

ボタンを押す。カウンターに座って券を出し、今か今かと待っているとすぐに目の前に皿が置かれた。

カレーの上には小振りのハンバーグ、とんかつ、それと唐揚げが2つ。

なるほど、男子が好きなものオンパレードってわけだ。さっそくスプーンを手にカレーを頬張る。

ほぼ空っぽの虎之助の腹の中に、次々とご褒美が詰め込まれていった。



「ただいま戻りました」

コノミ書店に帰りついたのは閉店の30分ほど前。

店の引き戸を開けると弥生が立ち上がって出迎えてくれた。

「おかえり!けっこうかかったわね、ご苦労様でした。で、どうだった?うまくいった?」

「はい、自分で言うのもなんですけど・・多分バッチリだと思います」

リュックからカメラを取り出し弥生に返却する。さっそく弥生は撮ってきたばかりの写真を確認する。

あら、入るところは?と首を傾げられて、慌てて虎之助のスマホを差し出す。

「入る時、カメラを出すのが遅れちゃったんで、スマホで撮ったんですけど、大丈夫ですよね?

 あとでパソコンにデータ移しますから」

「うん、じゃあお願いね。ちゃんと撮れてるわね、初の一人仕事にしては上出来よ。

 今コーヒー淹れるから休憩して」

ありがとうございます、とリュックを手に提げて休憩室へと上がり込む。

コーヒーの香りが漂い始めると、一気に体がへたりはじめた。やっと、疲れを感じられる。

それだけ緊張していたのかなと、畳の上に大の字になって手足を伸ばした。


 コーヒーの香りと足音が近づいてきたので、虎之助は体を起こして胡坐をかいた。

弥生の手にしたお盆には、コーヒーカップとショートケーキがのっている。

労いにショートケーキ、なんてまるで子供のお使いが成功したみたいだ。

「はいどうぞ」

ニコニコしながらマグカップとケーキを差し出す弥生の顔を見ていたら、

虎之助の疑惑が確信に変わった。そう、あの疑惑・・

「いただきます。ところで弥生さん・・いえ、所長、今日の調査を僕に行かせたのはひょっとして・・

 往復4キロ歩き通しだとわかっていたからですか?」

ケーキの皿を自分の前に引き寄せながら、弥生の顔をじっと見る。

ちらりと虎之助と目を合わせた弥生は、その後は視線を宙に彷徨わせたまま、

首を傾げ続けるあやしげな動きをしていた。図星ですね、と虎之助が畳み掛けると、よく判ったわね、と手を叩いて読みを的中させた虎之助を褒めた。

「僕も途中で気が付きました。犬の散歩が始まって、浮気相手の家の前まで歩いている時に

 もしかして?って思ったんです」

「わあ、柳君は勘がいいのねぇ、ますます探偵向きだわね。

 これからもじゃんじゃん張り込みお願いするわね」

冗談じゃないよ、と口をへの字に曲げる虎之助。本屋のカウンターに座っている事がどんなに楽か、

今日身をもってわかった。探偵の仕事は給料は良いけれど、年中やらされると身も持たないし、

楽しい仕事じゃないから気分も沈む。そのうち張り込み専門になんかされたらたまったもんじゃない。

ケーキの上のイチゴにフォークを突き刺して一個丸丸口に入れる。

甘酸っぱさが口いっぱいに広がり、思わず頬も唇もしぼんだ。

「でもさ・・」

弥生がコーヒーを飲んでからため息をつく。

「一番いいのは、浮気調査の依頼をしなきゃならない人達が減ってくれることよね、

 うちは商売あがったりになっちゃうけど・・」

コノミ探偵事務所の所長はしみじみと語る。その通りだ、と虎之助も頷く。

みんなが相手の事を思いやって仲良く暮らしていくのが一番良い事だ。

「所長の言う通りですね。うちが細々と本を売るだけで生活してるってことが

 イコール世の中の平和ってことでいいんでしょうね」

「まあ!細々とっていうのは余計よ!」

大きな笑い声が古民家にこだまする。日がつまるのが早くなってきた今日この頃。

ガラスの引き戸から、お向かいの家の灯りが見え、細い路地は薄墨色に染まっていた。







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