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コノミ書店の裏仕事  作者: 花村 流花
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コノミ書店の面接 1

 ・・うわっ!ちっちぇ!でもオッシャレ~

個人店の本屋だって書いてあるから、まあデカい店だとは思わなかったけど、想像以上に小さい店だな。

っていうか、これ普通の住宅を改築したんだよな、きっと・・

 

 隙間があるのかないのかわからないくらいぴっちりと建物が並んでいる。ここは神楽坂の路地裏の、さらに裏路地。カクンと直角に曲がってからすぐに、その店はあった。

片側は5階建ての鉄筋コンクリートのビル。もう片側は、たぶん料亭かなにかじゃないか。道路から少し引っ込んでいて、短いストロークの先に大きな引き戸の玄関。平屋建ての大きな木造家屋。その間にはさまれるようにしてシャレた木造2階建ての家がある。最近よく雑誌やテレビで取り上げられる、いわゆる古民家ってやつ。気を付けて、平衡を保って開けないとバリバリガタガタと音を立てそうなガラスの引き戸。その引き戸に手をかけとりあえず少しだけ横にスライドさせてみる。

なめらかに動いた。よかった、そんなに心配しなくても平気そうだ。一度止めた戸をもう少し勢いをつけて開けながら、店の中に声をかけた。

「あの~すみません、面接に来たんですけど」

客もいない、店員もいない、誰もいない店の中に虎之助の声がまっすぐに響く。すると、奥からはぁいと声がかえってきた。そして床板を踏み鳴らす音の後、暖簾を手で払いながら出てきたのは、見たところ40歳か50歳か、すごく若くはないという事だけははっきりしてるが、中年と呼ばれる年齢の中でもどの位置なのか即座には判別できない女性。こちらも今流行りの美魔女ってやつだろうか。

 ちょこんと頭を下げた虎之助にむかって美魔女が短く命令する。

「早く、戸閉めて!」

振り返って虎之助は、戸を開けたままにしていたことにようやく気がつく。自動ドアに慣れすぎているから、横に開けた扉を反射的に閉める、という事を忘れてしまう。

「あ、すいません・・」

慌てていたからか、引き戸は勢いよく滑り音をたてた。小うるさそうなおばさんに、いや美魔女にまた怒られるかと身を縮めながら向き直り上目づかいに顔色を窺う。だが美魔女は何も言わずにフンと鼻を鳴らしただけだった。

「で、なんだっけ?あぁそうそう、面接だったわね?どうぞ、こっちへ」

正面の、レジカウンターの後ろにかかる暖簾の奥はどうやら部屋のようだ。美魔女の後についていくと、

1段しかない階段みたいなのを指差して、

「上り框っていうの、知ってる?」

「アガリカマチ?ってなんですか?」

「家の上がり口にある横木のことよ。昔の日本家屋って段差が大きいのよね、だからこういう横木を置いて上がるのを楽にしたのよ、ってことでいいんだと思うわ、たぶん」

へえ・・虎之助はわかったかわからないか、よくわからないがとりあえず返事をした。自分ちはマンションで、玄関と廊下にはほとんど差がないから、大きな段差の苦労がピンとこない。その前に、こういう造りの家自体見たことがない。虎之助が生まれた時には隣りに住んでいるバアチャンちもマンションだし。だからよけいに、わからない。

でも美魔女もたぶん、なんて付け足してたから、ほんとのところはわかってないのかも。

 

後をついて、といっても家にあがってすぐ板の間の部屋があり、そこにソファセットが置いてある。革張りでどっしりとした高級感。

そのソファに向けて手を差し出され、どうぞと言われたので遠慮なく腰を下ろした。

この板張りの、いやフローリングの部屋は結構な広さがある。自分ちのリビングよりも広く見える。でももしかしたらそれは、物がほとんど置いてないからそう見えるのかもしれない。もちろん、テレビなんておいてないし。

古めかしい食器棚は、吉祥寺をブラブラと街歩きしに行った時に覘いたリサイクルショップで見たものに似ている。昭和の雰囲気たっぷりの、細工の細かいガラス戸の食器棚。ソファの雰囲気と、なんと言ってもこの古民家の雰囲気とピッタリな家具でまとめてあるんだな、と感心しながら部屋を見回していると、あれ?と虎之助は小首をかしげた。他はみんなレトロなのに・・この棚、まるででっかい金庫みたいなスチール棚。おまけに鍵までかけられる。

・・なんか、雰囲気台無しじゃね?・・

ジロジロと見ていると、ギシギシと足音が近づいてきたので正面を向き直り膝に手を置いて姿勢を正した。

「おまたせ。よかったらコーヒーどうぞ。お菓子もあるわよ」

美魔女はお盆の上のマグカップを虎之助の前に置き、テーブルの真ん中には菓子盆を、そして自分の前には日本茶の入った湯飲みを置いてから座った。虎之助は菓子盆の中の菓子を覗き込む。普段食べた事の無い、というよりあまり見たことのない個包装のお菓子。なんだろうと手を出すのをためらっていると、

「あ~今の若い子はモナカとか栗饅頭とかの昔のお菓子みたいなのって食べないわよね」

言いながら美魔女は、キャンディー包みになっている黄色いお菓子をつまんだ。

・・なんだよ、食べないってわかってんなら別のにしてくれりゃいいのに・・

虎之助の心の呟きを聞き取ったように美魔女が笑う。

「だから今食べてみれば?って出したのよ。美味しいのよ、食べてみなさいよ」

笑顔の美魔女に苦笑いを返し、虎之助は菓子の一つをつまんだ。極小のどら焼きだ。

いただきます、とさっそく口に入れると、甘ったるいけどおいしいと感じた。そしてコーヒーを飲む。なんだか至極のひと時、なんて言葉が頭に浮かんだ。

 

もう一つ食べちゃおっかなぁ、と手を出しかけて、虎之助は本来の目的を思い出した。

そうだ、自分はここにバイトの面接に来たんだった。くつろぎモードが心地いいから忘れるとこだった。手をひっこめ、喉にかすかに残る餡子を飲みこんでから咳払いを一つ。リュックの中からクリアファイルを取り出した。

「あの、履歴書持ってきました」

唐突に差し出した履歴書を受け取る前に、美魔女は自分の服で指を拭った。

「はい、じゃあ拝見しますね」

受け取った履歴書を上からじっくりと目をたどらせている。時折頷くしぐさを見せたが、感心されるような経歴も資格も書いてないんだからただの相槌みたいなもんだなと虎之助は菓子盆の中の菓子をぼんやりと眺めた。

「大学卒業してそれからずっとフリーターなの?なんで就職しなかったの?」

「はあ、実は就活に失敗しまして、いわゆる就職浪人している時にバアチャン・・いえ祖母の長期旅行に付き添いで一緒に行ってくれって親に頼まれまして。マレーシアに一ヶ月ほど行ったんですけど・・そこで出会った日本人のおじさん達が自由気ままに生きてる話を聞かせてくれて、で、こういう生活もいいなって思っちゃって。帰ってきたら就活ってつもりでいたけどなんか・・自由のきくバイトのほうに走っちゃったんですよね」

恥ずかしげもなく語りあげた後で、失敗したかなと虎之助はうなだれて頭を掻いた。こんなお気楽な考えの男を、バイトでだって雇っちゃくれないか・・

すると美魔女は高らかな、おばさん特有のキンキンとした笑い声をあげて履歴書をテーブルの上に放り投げた。

「キミねぇ、マレーシアにいた日本人のおじさん達って定年して残りの余生を何したらいいかもてあましてるような人達なのよ。それにそこまで一生懸命働いてお金稼いだからそうやって外国でのんびり暮らせんの。そういうのちっともわかってないんだから。今時はこういう事も学校で教えたほうがいいかもね」

さらに声高に笑う美魔女を睨みたいけど睨めない。たぶん彼女の言う通りだから。

美魔女はもう一度履歴書を手に取り続けた。

「でもバイトは続いてたのね、この・・運送会社の仕分けの仕事?3年もやってるんだから。続けられるってことはまだ救いがあるわよ。私ね、フリーターってことで判断するより一つの仕事をまずは続けられるかどうかを重要視するの。いずれ転職するのは良いと思う。でもまずは何か一つでも続けられるような粘りがある人間でないと信用できないでしょ?どう?」

「はあ、そうですね」

この人の言うように、一つ所で続いたことは虎之助にとっては自信につながった。学生時代のアルバイトは転々としていたから、フリーターになっても同じ事の繰り返しかと半ば自分自身をあきらめていたが、仕分けの仕事はなんとか続いた。その仕事から別の仕事へと乗り換えようとしているのは、一つには

自分の持っている可能性を試すため。肉体労働でもなんとかやってこれた。でも相手にしているのは「物」だった。今度は人を相手にした仕事ができるかどうか、チャレンジしてみようと思ったのだ。

「石の上にも三年、って言葉、あるじゃないですか。とりあえず3年やれたから、また新たな3年を目指してバイト換えをしようと思いまして」

やっと面接らしい受け答えができて、ちょっと誇らしげに虎之助は、堂々と美魔女と目を合わせた。それを見て美魔女も満足げに微笑んだ。

「そう、いいわね、そういうの。意外とちゃんとしてる・・さて、普通ならなぜうちで働きたいのかって理由を聞くんだろうけど・・私はそちらの理由はどうでもいいの。興味あって、ここで働こうかなって思って面接にきてるんでしょ?」

え?と思わず絶句した。以前働いていた運送会社の仕分けなんて、仕事を選んだ理由なんかいらないだろうとは思ったけど、こういう個人店だと選んだ理由とかも採用のポイントになるんじゃないかと、当然のように返答は用意していたが、どうやらこの人には必要なさそうだ。それよりもなんか面白そうな人だなと虎之助の興味は仕事よりもこの美魔女にむけられた。かなりの変わり者かも・・

「私の言っている事、おかしいかしら?」

別に笑ったりしたわけじゃないけど、虎之助の心の内をまたまた見透かされたような問いかけをされて、必要以上に頭を振って、おかしくないです!と声を上ずらせた。

「確かにその通りです。なんかおもしろそうだなっていうのが本音です。それ以外理由なんか無いって言えば無いです」

虎之助の正直な言葉を美魔女は満面の笑みで受け取った。

「じゃあ柳虎之助君、こちらの仕事内容を説明するわね」

「あ、はい」

虎之助の頭の中はちょっとした混乱状態になっていた。説明って、採用されて説明されるのか、それともその条件を呑んだら採用されるってことなのか。それにしても、ここ、本屋だよな?説明されるような複雑な仕事でもあるんだろうか?



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