表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短編

猫背

作者: 的野ひと

 私はよくミスタードーナツを訪れる。私の自宅はあまりにも汚く、作業が捗らないのだ。適当な喫茶店に行けば良いのだが、優れた喫茶店の静かすぎる空間は、むさくるしい私の存在が浮いていることを自覚させる。私はその感覚を振り払うべく、野暮なキーボードを取り出して作業するのだが、1時間とせずいたたまれなくなる。その点ミスタードーナツは、適度に客が入り騒がしく、また安っぽいので、諸々の机作業をするのに、非常にちょうどよいのである。また、コーヒーやカフェオレのおかわりが無料という点も、半端に吝嗇である私には惹かれるものがある。

 その日も、ミスタードーナツのカウンターテーブルに居た。そこは端の席であった。文章を書きに来てはいたのだが、なんとなしに手に付かず、ぼうっと外やら店内やらを眺めていた。背中を丸め、頬杖をついて。

 外は秋で、空は曇っていた。

 ふと、「おかわりください」という女声がした。無愛想で、抑揚のない声だった。

 当然、店員に向けられた声である。その声は、私に嫌な感じを与えた。声のほうを見やる。驚いた。彼女は、タブレット端末に高い鼻がめり込むのではないかというほど、顔を近づけていたのである。丸顔の横から垂れた髪が、目を隠しており、表情は窺えなかった。ボブという髪型だろうか。とにかく、女性にしては短髪であった。しかし、その前髪はタブレットの画面をこすっていた。

 私から二席空いた席に彼女は居た。よく見ると、右手にペンを持ち、画面をこすっていた。繰り返し、繰り返し、慎重に、愛おしそうな手つきでこすっていた。

 首が僅かにこちら側にひねられ、髪の間から目元が見えた。鋭い目がペン先を貫いていた。唇は一文字に結ばれていた。

 強烈なシャワーで頭のてっぺんから洗われるような気持ちだった。何なんだ。私は。私は、私の仕事を愛せていない。私には必死さがない。私の魂は煤で曇っている。

 そう感じたとき、私の視線は何秒か釘付けになった。だが、彼女はそれを全く意に介すことなく、同じ姿勢で手を動かしつづけた。

 一時間ほどして、作業を終えた私は席を立った。ちょうどその時、再び彼女は無愛想におかわりを頼んだ。こんどは、嫌な気がしなかった。私には、小さな畏敬が芽生えていたからだ。そして、彼女はやはり背を丸め、手を動かしつづけていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 何度読んでもドーナツが食べたくなります。ドーナツならオールドファッションが一番好き。次点はフレンチクルーラーです。という話はおいておきまして、私は的野さんの作品の中でこれが一番好きです。(別…
[良い点] ・一段目が人間性が浮かんできて良かったです。 ・全体的な構成がシンプルで良かったです。 [気になる点] ・女性がタブレットで何をしていたかがよくわからなかったです(仕事かイラスト等をしてい…
[良い点]  本エッセイと作意をセットで、楽しく読ませて頂きました。  『技術的な挑戦』と述べられていた箇所が、正しく精確に表現されていることに驚きました! >技術的な挑戦の意味でも、内容的にも、こ…
2018/10/24 11:48 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ