猫背
私はよくミスタードーナツを訪れる。私の自宅はあまりにも汚く、作業が捗らないのだ。適当な喫茶店に行けば良いのだが、優れた喫茶店の静かすぎる空間は、むさくるしい私の存在が浮いていることを自覚させる。私はその感覚を振り払うべく、野暮なキーボードを取り出して作業するのだが、1時間とせずいたたまれなくなる。その点ミスタードーナツは、適度に客が入り騒がしく、また安っぽいので、諸々の机作業をするのに、非常にちょうどよいのである。また、コーヒーやカフェオレのおかわりが無料という点も、半端に吝嗇である私には惹かれるものがある。
その日も、ミスタードーナツのカウンターテーブルに居た。そこは端の席であった。文章を書きに来てはいたのだが、なんとなしに手に付かず、ぼうっと外やら店内やらを眺めていた。背中を丸め、頬杖をついて。
外は秋で、空は曇っていた。
ふと、「おかわりください」という女声がした。無愛想で、抑揚のない声だった。
当然、店員に向けられた声である。その声は、私に嫌な感じを与えた。声のほうを見やる。驚いた。彼女は、タブレット端末に高い鼻がめり込むのではないかというほど、顔を近づけていたのである。丸顔の横から垂れた髪が、目を隠しており、表情は窺えなかった。ボブという髪型だろうか。とにかく、女性にしては短髪であった。しかし、その前髪はタブレットの画面をこすっていた。
私から二席空いた席に彼女は居た。よく見ると、右手にペンを持ち、画面をこすっていた。繰り返し、繰り返し、慎重に、愛おしそうな手つきでこすっていた。
首が僅かにこちら側にひねられ、髪の間から目元が見えた。鋭い目がペン先を貫いていた。唇は一文字に結ばれていた。
強烈なシャワーで頭のてっぺんから洗われるような気持ちだった。何なんだ。私は。私は、私の仕事を愛せていない。私には必死さがない。私の魂は煤で曇っている。
そう感じたとき、私の視線は何秒か釘付けになった。だが、彼女はそれを全く意に介すことなく、同じ姿勢で手を動かしつづけた。
一時間ほどして、作業を終えた私は席を立った。ちょうどその時、再び彼女は無愛想におかわりを頼んだ。こんどは、嫌な気がしなかった。私には、小さな畏敬が芽生えていたからだ。そして、彼女はやはり背を丸め、手を動かしつづけていた。