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研究テーマ

今の社会を前向きに生きる女性を小説にしています。


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 今の時代を生きる女性はどこかたくましい。

 自分らしく活きることを模索し、実践する女性を作者は好む。

 好むからそういう女性ばかり作者の目に見えるのかも知れない。

 いづみの場合もそうだ。新しい地で新しい仕事に挑戦するらしい。




 「ありがとう、東京でのいい思い出ができたわ」


 宴会の途中でいづみが言った。


 「あたし福岡に帰るんです。父のことも看てあげなきゃ」



 「会社どうするの?」

 男性が心配する。


 「会社はやめる。福岡の知り合いが研究所で一緒にやろうって言ってくれたし……」


 「研究所ってなにするの?まさかスロットの研究なんて言わないよね」


 「それっぽいこともやるみたいよ、確率共鳴現象の研究ってことだから」


 「なに、それ?」

 男性三人がハモった。


 「ほら、どの台打とうか悩んでるとき台が呼んでるように感じるときあるでしょ?」

 「そういうのないかな?」

 いづみが三人に尋ねた。


 「あるときもある」

 「ないときもある」

 「あるときもない」

 男性三人が応えた。誰がどれを応えたかはさして重要ではない。


 「そういうような、意識に上がってこない不確かな情報を扱う科学なのよ」


 「科学より保健体育がイイ」

 「科学か、特捜隊の出番だ」

 「ガッチャマンのほうがイイ」


 男性三人の意識は酔いの中にあった。

 いくら科学のチカラで拾い上げても内容が無いのは明らかだろう。


 いづみは背は高くないのだが痩せているのだろう。

 ありきたりなグレースーツでもいづみが着ると洗練された感じになる。

 澄んだ大きな目が印象深い。

 東京の藤三商事で事務員として働いて3年経った。

 転地を決意したいづみに会社の同僚が駅前の白木屋で送別会をしてくれたのだった。

 福岡で生まれて大学まで福岡に居た。

 就職のために東京に出たが機会があれば福岡に戻ろうと考えていたのだった。







 『西園寺・ペカリ・猿田彦科学研究所』

 福岡の駅から人通りの少ない方向に歩くとビル群がある。

 その中の古いマンションの一室がいづみの働く研究室だ。

 研究所と看板に書いてあるが住居用マンションを無理やり仕事場にしている。

 ドアを開けて中に入ると横にソファが置いてある。部屋の奥には事務机が二つ並べてある。



 「いづみさん、よく来てくれたね、来てくれるとは思ってなくて……正直なとこ驚いてるわけだが」


 ソファに腰掛けた四十歳後半の紳士がいづみに挨拶している。

 髪があり白髪でも無いので若く見える。腹周りはだぶついてはいないが痩せてもいない。

 目じりのシワがサル顔と言ったらいいだろうか。

 やんちゃな少年の面影を残しながら分別のあるような素振りを見せる、要するに変なおっさんだ。



 「前から一緒に仕事できたらいいなって思ってましたのよ」

 「不確定性原理の研究に参加したかったわ」

 いづみもソファに座って質問に答えた。


 「うむ、今は知ってると思うが確率共鳴現象を扱ってるところだよ」

 「きみの腕をふるってもらえると期待してるよ」


 この男はペカリ博士と呼ばれている。研究所はペカリ研だ。

 サル研と言っている口の悪いのもいるが。



 「ところで前からここで働きたかったって言ったけど……どうして?」


 「どうしてこんなとこでって質問でしょうか?」

 いづみは言いにくいことを平気で言う。



 「ほら、私が猫とじゃれあっていたときあったでしょ。あられもないカッコしちゃって」

 「あのとき見られたかなって、責任とってもらわなきゃ」


 「責任?なんの?」


 「乙女の純白」


 白だったのかと博士は想像した。


 「冗談ですよ、妄想はやめてください」

 いづみはなかなか鋭い娘だ。





 「人間の感覚と思考は脳が主に司っているが……」


 博士は話題を変えた。いづみのペースでは負けてしまうと考えたのだろう。


 「夏、熱い砂浜を裸足で歩くと足の裏で記憶を思いだすようなところがある」

 「そういう意識には昇っていない情報を扱っていこうと……」



 「足の裏厚そうですね先生、ついでに顔も、クスッ」


 「サルだから足の裏が鍛えられてる、ウキキィって何言わすんだ」


 ふたりは笑いあった。他に誰も居なくてよかった。

 名前だけの研究所にも一応の世間体みたいなのはあるのだ。





 「不確かな事象や意識を扱うから確率的に捉えようってゆうのわかるんですが……」

 「確率共鳴現象の共鳴について教えてください」


 いづみが澄んだ瞳を博士に向けて質問した。

 自由闊達な意識と中心をぶれさせない意志の強さの両面を備えた女性である。


 「うん、外界からやってくる信号が微弱で意識されないような状態のところに適当な量のノイズを加えると信号が識別できるようになる」

 「その識別できるようなった状態を共鳴あるいは共振現象と呼んでいるんだ」

 「音が共鳴すると大きく聴こえるのに似てるから付けた言葉だよ」


 博士の説明にいづみはゆっくり頷いていた。


 「ノイズが加わらないと意識されない、認識不能ってとこがミソですね」

 「ノイズが無ければノーミソてか」

 「先生!笑うとこですよ」





 「先生、スロット打ったことありますか?」 いづみが更に質問した。


 「あるよ、時々駅前のホールに行ってるけど負けてばかりだ」


 「パチンコ店でどの台を打とうか探してると、台が呼んでる気がする時あるんです」


 「ふむふむ、面白い、それと確率共鳴と関係がありそうだと言いたいのだな」


 「ええ、そうなんです」

 「その台だけを見てるのでなく周囲をうろうろしてる時に出る台と出ない台の有り様が見えてくる感じかな」

 いづみはパチスロ店の状況を思い浮かべていた。



 「うまくいけば常勝できそうだな、いづみ君の給料も払えそうだ」


 「先生、給料と成功報酬とは別にしてくださいね」

 いづみは冗談とも本気ともとれる口調で言う。



 博士は笑いながら立ち上がり、机のパソコンを操作している。






 「これを見てくれるかな」

 博士はパソコンからプリントした紙を2枚ソファの前のテーブルに置いた。

 紙には、心電図のような曲線のグラフと花の写真にノイズを混ぜて花が鮮明になったり、ノイズに埋もれて花が見えなくなっている画像がプリントされていた。



 「このように適度なノイズが加わると認識できなかったものが明瞭になってくるんだ」

 博士は、ノイズが少し混ざっているけれど元の花の絵が浮かび上がっている画像を指差した。



 「ノイズが大きすぎてもだめなんですね」

 いづみは、博士が指差した横にある別の画像を見ながら言った。ノイズを多くした画像はノイズだらけで元の絵がわからない。


 「そういうこと」

 博士が答える。



 「この理論の応用で難しいのは、実際の場面でどのようなモノが適当なノイズとして役立つかってところですね」 

 「パチンコ店で適度なノイズを加えながら台を見る方法を探さなきゃ」

 「欲しい情報は出る台かどうか……設定状態ということなんだけど」


 いづみは明晰な判断を加えていく。

 科学研究という仕事に重要なことは目的を見失わないことだ。だがそれだけではだめだ。

 発想の自由さ・ユニークさが一番に要求されるのである。




 「生物は確率共鳴現象をうまく使って周囲の状況を判断してるみたいだ」

 「ザリガニの感覚細胞はこれを利用し敵の動きをとらえるとされている」

 「人間の脳ではf分の1揺らぎという適度な乱れを持つ微弱電流を入れると確率共鳴が起きる」


 「今言ったのは学会で発表されてるものなんだが……」

 博士が過去に発表された論文を紹介した。



 「その生物の能力はプロのスロッターにも備わってるかもですね」

 「それに、論理的に物を考えるのが苦手なおばちゃんが勘だけで勝っている現象もありますし」

 いづみが応じた。


 

 「最も強いものでも、もっとも賢いものでもない。最もよく変化に適応できるものこそが生き残るのだと……」


 「先生すごい……名言ですわ!」

 いづみが感嘆している。


 「ダーウィンが言ったんだけど」「パチスロ店にも適応されるみたいだな」

 博士は頭をかいていた。





 向き合って座ると視線を落とせば相手の足が目に入る。

 博士の目にいづみの細い足が映ったとして当たり前のことだ。


 「明日からパンツにしますね、先生のために」

 「ちなみにパンツってゆうのはズボンのことですから」

 「妄想はやめてくださいね、先生」

 いづみの明晰な判断が更に加えられた。

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