scene 8
「待った?」
僕がそう言うと、傘を手にもっている真菜は顔を横に振る。
「ゆっくり、あ、歩いたから。」
「待たせてないならよかった。
じゃあ、帰ろっか。」
僕と真菜は傘を開くと、同時に雨の中に一歩踏み出す。
「雨、だいぶ弱まってきたね。」
「うん。向こうの空は晴れてる。」
「ほんとだ。梅雨なのに珍しい。」
二人の会話はそこで止まる。
さぁーさぁー
どんどん弱まっていく雨。
「ゆーくん。ありがと。」
「だから、当たり前だって。」
「ううん。あ、当たり前じゃないよ。
こ、こんなに良くしてくれる人、いないもん。」
違うんだよ、真菜。
僕は、狡いんだ。
何もできないのに、ただ近くにいるだけなのに、何もできないのに、感謝だけもらう僕は、狡いんだよ。
それを言って嫌われるのが怖いからって何も言わない。
そんな僕は、狡いでしょ?
「真菜以外には、こんなことしないよ。」
僕は思わずそんなことを言う。
「そ、そ、そんなこと、」
「あるよ。そんなこと、あるんだよ。」
どうしてこんなことを言っているんだろう。
自分でも訳が分からない。
でも、ここでいうべきだと、思った。
いつの間にか雨は、上がっている。
「真菜。僕にとってはね、真菜だけが特別なんだ。
一緒にご飯を食べたいのも、おんなじことを考えたいのも、優しくしたいのも、少しでも助けになりたいのも、真菜だけなんだよ。
真菜に優しくするのも、ただそれだけのことなんだよ。
ただ、それだけのことなんだ。」
「ゆーくん、それって……」
「真菜、僕は君が好き。
でも、僕は不甲斐ないし、意気地ないし、狡い。
そんな僕の我儘を、聞いてくれる?」
自分の顔が赤くなっているのはわかる。
でも、僕はできるだけまっすぐ真菜を見つめた。
ただ、その目を見つめた。
「ふふっ。」
真菜は小さく笑うと、優しい声で話す。
「ゆーくん、わたし、それでもいいよ。
ゆーくんが自分をどう思っていても、わたしからみるゆーくんはゆーくんで、何も変わらない。」
ゆっくりと、言葉に詰まらないように、丁寧に、優しく話す真菜は、そこで言葉を切って目線を泳がせる。
一瞬にも、永遠にも感じる時間。
「わ、わたしも、ゆーくんが好きです。」
真菜はそう言うと、ぽすっと僕の胸に飛び込んでくる。
やっぱり、小さいな。
「わ、我儘、いっぱい言うと思うけど、それでもいいんなら、わ、わたしを、彼女にしてください。」
「当たり前じゃん。」
そんなの、当たり前。
どんな我儘でも、お願いでも、僕は全部聞くよ。
「ゆーくん、明日雨?」
「確か、明日は晴れだったはず。」
「そっか。じゃあ、相合傘はお預けだね。」
真菜はそう言うと、とても綺麗な笑顔を浮かべる。
雨のにおいが消えない中、空には大きな虹がかかっていた。
END
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