scene 6
「え……?」
――ピンポーン。
聞き間違いではない。
僕は、二回目のインターフォンの音ではっとなり、慌てて部屋を出て階段を駆け下りる。
普段ならカメラ越しに誰が来たかを確認するところだけど、僕はそんなことも忘れて玄関のドアを開けた。
ザァーと聞こえる雨の音。
雨に濡れた黒い髪。少し俯き気味の顔。
僕は何回か口を開けて何かを言おうとして、何も言えない。
「……濡れてるね。」
結局、震える僕の声はそんな言葉しか紡げなくて。
僕はただ強く唇を噛んだ。
「た、タオル、貸して?」
ぎこちない笑顔を浮かべた真菜のその言葉に何を感じればいいのか、どんな反応をすればいいのか、何をすればいいのか、僕にはわからなかった。
「うん。わかった。」
だから、僕はそう言って一度真菜から距離をとるために、洗面所に向かう。
何をするのが正解なのか。
真菜は、どうして来たのか。
わからないことだらけだった。
「はい、タオル。」
「あ、あ、ありがと。」
真菜はそう言って僕からタオルを受け取ると、そのタオルで髪をふく。
「……ゆーくん。」
真菜はそういいながら僕に一歩近づく。
濡れた服から水滴が落ちる。
「なに?」
僕は不安そうに揺れる真菜の目を見つめながら、そう尋ねる。
何度か口を開けて、閉めて。
ぎゅっと顔に力を込めてから、真菜は言った。
「わ、わ、わたし、ゆーくんに迷惑を、か、かけちゃだめだと思ってて。
でも、ゆーくんが来てくれた時、とても安心したの。」
ゆっくりと、一つ一つ丁寧に話す真菜は、そこまで言うと少し目線を横にして、何かを考える。
そして、また話し出す。
「さっき、飛葉君から連絡があって、わたし、気が付いたんだ。
今まで、ずっとゆーくんに守られてきてたんだって。」
飛葉が、真菜にどんなメッセージを送って、真菜がどう思ったのかはわからない。
「……僕は、何もしてないよ。何もできないんだ。」
守れてなんかない。
今だって真菜は傷ついてるし、僕は気の利いた言葉さえも言えなかった。
「そ、そんなことない。
さっきだって、授業抜けて家に来てくれた。」
「それだけだよ。ただ、家に行った。それだけ。」
「ううん。わたしには、それが嬉しかった。
いつも通りにしてくれるゆーくんが、嬉しかった。」
ああもう。
さっきから、真菜も飛葉も。
どうして、そんなことを言うんだ。
どうして――
「だからね、ゆーくん。
もう少しだけ、甘えてもいい?」
――僕の欲しい言葉ばっかりくれるんだ。
「……真菜。
そんなの、当たり前だよ。
いいに、決まってるじゃん。」
僕がそう言った瞬間、ぽすっとおなかに軽い衝撃があった。
ああ、真菜って、こんなに小さかったんだ。
「あ、ありがとうっ!」
小さな真菜の体が、雨に当たって冷えた体が、いつもより小さく感じる。
そうか。僕はただ、頼られたかったんだ。
真菜から、頼られたかったんだ。
ほんと、僕って――
「そのままだと風邪ひいちゃうから、お風呂、入ったら?
それから、ゆっくり話してよ。何があったのか。」
――かっこ悪いなぁ……