scene 3
授業ってのは恐ろしく退屈なものである、っていうのが僕の持論。
全員向けの授業を教わった後に、自主的に理解するための勉強をしなければいけない。
それが、とても非効率的に思える。
最初から理解したほうが絶対効率がいいのに、わざわざ遠回りをさせられるって、納得いかない。
まぁ、僕のそんな持論はいったん置いておいて、退屈な授業でのセーブポイント的な感じの時間である昼休みに発生したとある問題について話そう。
「……真菜が、来ない。」
僕は椅子に座って腕を組んだ状態でそう言う。
おかしい。いつもなら昼休みが始まったらすぐに友人の花田さんを引き連れてくるはずなのに、今日は二十分たっても来ない……
何かあったのかな?
いつもなら何かあったらすぐ連絡くれるのに……
「おい!堀木!なんか泣いてる花田さんに呼ばれてるぞ!!」
飛葉の焦ったような声に僕は一瞬驚いて固まった後、慌てて席を立つ。
え?花田さんが泣いてる?
急いで教室の前の扉に向かうと、そこにはボロボロと大粒の涙を流している花田さんの姿があった。
花田さんは僕の顔を見た瞬間に、膝から崩れ落ちて床に座り込む。
「花田さん!?どうしたの!?」
「えっぐ、ひっぐ、ご、ご、ごめんなざい!」
「どうしたの?なにに謝ってるの?」
「わ、わだし、えっぐ、わ、わたし……ごめんなさい!」
ひたすら謝ってばかりで、何を言っているのかまったくわからない。
でも、絶対何かあった。それも、真菜にかかわることだと思う。
だって、そうじゃなかったら僕のところに来ないと思うから。
「ねぇ、花田さん、落ち着いて。
真菜に何かあったの?」
僕がそう尋ねると、花田さんは何度も何度も泣きながら頷き、「ごめんなさい」と繰り返す。
「真菜がどうしたの?何があったの?」
正直、今すぐ怒鳴りつけてでも何があったのか聞き出したい。
でも、怒鳴りつけたところで何の解決にもならないってわかってるから、無理やりその感情を抑え込む。
「ご、ごめんなざい、わ、わたし、まもれながった……」
「守れなかった?」
「真菜ちゃん、なんでか、クラスで急に嫌われだしちゃって、さっき、女の子たちが、真菜ちゃんを、連れ出して、それで、それで、真菜ちゃん、泣いてて、帰っちゃって、わたし、守れなくて、ごめんなさい、ごめんなさい!」
花田さんは嗚咽を漏らしながらそう言い、それを聞いた僕の体は、無意識に動いていた。
ガンっと大きな音を立てて、廊下の壁に僕の握り拳が当たる。
不思議と、痛みは感じなかった。
「……ありがとう花田さん。」
わからないことはある。
ただ、今の花田さんの話から想像はついた。
恐らく、昨日真菜が日暮先輩に告白されたのが気に食わない女子が、真菜を敵対視した。そして、昼休みが始まってすぐに真菜をどこかへ連れ出して何か真菜を傷つけ、それを止められなかった花田さんは罪悪感に苛まれている。
ただ、相手がだれかはわからない。何をされたのかもわからない。
「ああ!!くそっ!!」
イライラする。
僕は衝動的に一歩踏み出して、周りを囲んでいる野次馬の間を抜けようとする。が、途中で右腕を誰かに掴まれた。
「待て、堀木。何をしに行く気だ?」
僕は、そう言われて答えを探し……何もないことに気が付く。
クラスに殴り込みに行ったところで犯人はわからないし、きっと僕が悪者にされるだけ。
だったら、真菜の家に行く?
いや、家に行ってもどんな言葉を書けたらいいのかわからない。
「大丈夫」なんて無責任な言葉は言えないし、「つらかったね」なんて何も知らない癖に言えない。
でも――
「何もしないなんて、できるわけないじゃないか。」
僕は飛葉の手を振りほどくと、走って昇降口へ向かう。
傘?そんなもの取っていられない。
乱暴に靴のロッカーを開け、雑に靴を履き替える。
踵をつぶしたかもしれないけど、知ったこっちゃない。
昇降口の外は灰色の空に大粒の雨が降っていたけど、僕は気にせずに飛び出す。
――どんな言葉を言ったらいい?
――どんなふうに接したらいい?
――どんな顔をすればいい?
様々なことが浮かんでは雨とともに流れていく。
息が上がるが、そんなのは関係ない。
本当に真菜が傷ついているなら、そんなの些細な問題だ。
どれくらいの時間がたったかはわからない。
でも、僕は気が付くと真菜の家についていた。
家の前のインターフォン。僕は一瞬戸惑った後、それを深呼吸しながら押す。
勘違いかもしれないけど、雨の音に交じって家の中から足音が聞こえてくる。
出てきたら何と言おうか。
その一言すら迷ってしまう。
どうすればいいのか。
どうするのが正解なんだ?
ガチャリと扉が開く。
はっと、息をのむ声がした。
――涙の、あと。