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タグモ

筆が重い!

誤字脱字ありましたごめんなさい!

 ブソウ魔法学園中等部生徒会には、八人のメンバーがいる。生徒会長、書記、風紀委員長兼生徒風紀責任者、部活動運営委員長兼部活動運営責任者、事務会計、そして一年から三年までの各学年代表の八人である。副会長は事務会計が兼任しているらしい。

 つまり今風紀委員を名乗ったマアースは、生徒会直属の人物だと名乗ったのだ。確かにしっかりした男だとは思ったが、まさか風紀委員だとは露とも思わなかった。


「覚悟もクソもあるかよ!純人の分際で、弁えろよ!」


 トンカチを強く握りしめたヤクシャが走り出す。俺は思わず、危ない!と声に出したが彼はその動きでもって、俺の心配は杞憂だと報せる。

 必要最低限の動きだけで、マアースはヤクシャの攻撃を回避して見せた。上手い避けかただとは、戦闘に関して素人同然の俺でも理解できた。回避の行動が、即ち反撃に繋げられる絶妙な位置取り。しかし、彼はがら空きのヤクシャの右脇に向かって、その左拳を振り抜くことはしなかった。

 あくまで、まだ警告レベルなのだろう。彼はヤクシャを制圧しようとはせず、言葉で説得を試みている。


「まだ許す。しかし、次は実力で制圧するぞ!」


「だから!うるせぇって言ってんだよぉ!」


 きっと最終警告だったのだろう。しかし、ヤクシャはそれを聞かずに距離を取り、右手に握りしめたトンカチを振りかぶる。山吹色の光がより強く輝いた。


走り出す衝牙(バニッシュグラウンド)!」


 叫んだ式だが、それが魔法として炸裂することはなかった。一瞬で間合いを詰めたマアースの左手が、地面に向かい振り下ろそうとしたトンカチを受け止めていた。山吹色の光は、白銀の炎に飲み込まれ、魔法の基が消失していた。


喰らい散らす白焔(グリード)。」


 ヤクシャの魔法を止めた正体なのだろうか?マアースは小さく式を呟いていた。だが、それにとどまらない。彼の右手の炎がより煌々と、猛々しく燃え滾っている。


「……単弾(シュート)!」


 先程、ヤクシャがしたものと同じ式だ。単弾(シュート)は基本攻性魔法の一種で、主に牽制や狩猟の手段として用いられる。威力、弾速共に並みだが、直撃しても命を奪うことはない程度の魔法である。

 そのハズなのだが、マアースが放ったそれはその比ではない。右拳を振り抜き、ヤクシャの顔の真横を掠めるそれは、この位置からでも十分な熱量を感じた。体格差故に地面に向けて放った単弾(シュート)は、目映い白光を放ち地面を燃やし、焦がし、そして硝子化させる。


「お前じゃ俺に勝てない。……大人しくしろ。」


 マアースが静かに、しかししっかりと言い放つのを俺は生唾を呑み込みつつ聞いた。確かに、ヤクシャは冷静さに欠いていたし、戦闘の腕もさして脅威とは見えない。だが、ドワーフ由来の剛力で振り下ろしたトンカチを受け止め、ただの単弾(シュート)であそこまでの威力。彼自身、タグモに勝るとも劣らない強者ではないか。


「………っ!」


「次は当てる。脅しじゃないのは分かるだろ?」


 まだ反撃しようとするヤクシャを、彼は言葉で制する。きっと風紀委員として、彼は魔法を生徒にぶつけた事があるのだ。どんな心境だったのだろうか。彼の人間性ならば、大義名分の元に力を振るうことに、悦楽を感じることはないだろう。きっと、後悔や苦念。若いなりにも様々な葛藤を経験したハズだ。不特定多数の人間が、魔法という簡単に人を殺める術を手に入れる危うさ。地球でもそうだった。拳銃の登場により、世界中に広がった銃社会という文化。痛ましい事件は、数えきれるものではない。

 それでも、分別のつかない子供が銃を手にするのは難しかった。だが魔法は違う。学べば誰もが使えるのが魔法であり、幼い子供もそれは例外ではない。だからこそ、親や教育機関がしっかりと魔法を教えているのだろう。魔法の使い方ではない、その危険性について。

 それでも子供とはやはり、『力』の危険性を理解する能力が低いものだ。彼は同年代の暴走を止めるために、その危険な『力』を使わざるを得なかった。その苦難は、押して計れるものではない。

 ヤクシャは押し黙り、視線を伏した。これで事態は丸く治まってくれた。そう安堵した直後、また別の声が響く。


「あぁあぁ、風紀委員様が学校外でも幅を利かせちゃ、生徒の自由はどこにあるんだ?」


 声は、間近の建物の屋上から響いていた。大鎌を肩に担いだ魔人族の青年。そう、タグモが真っ直ぐ見下ろしていたのだ。


「た、タグモさん!」


 意気消沈としていたヤクシャが声をあげる。援軍を得たりと得意顔で、マアースから離れるとトンカチをこちらに向ける。


「どうせもう、高等部への進学の道は閉じたんだ。ここでお前らふん縛って、奴隷商に高値で売り付けてやる!」


 怒りに任せた、投げ遣りで無責任な威嚇を彼は口にしていた。屋上のタグモは、それを高笑いして見ている。


「おう、まぁ頑張れや。……見てるからよ。」


 だがヤクシャは、タグモの放った言葉に一瞬動きが止まる。「手伝うとでも思ったのか?」タグモの一言で援軍というのは、儚い希望だったのだと露見した。青い顔をして、彼はタグモを見上げる。


「え?タグモさんなんで?」


「なんでもクソもないだろ?相手は天下の風紀委員様だ。注意されるようなことするわけないだろ?……ま、もうお前は注意じゃ済まないだろうがな!ハッハッハ!」


 ヤクシャは墓穴を掘ってしまったのだ。助けてくれるかと期待したタグモは、迷わず彼を切り捨てた。いや、初めからこれを見に来たのだろう。裏切られたと、絶望しているヤクシャの顔を見下ろしている、笑顔の彼を見れば一目瞭然だ。


「ブソウ魔法学園校則には、生徒、教諭はいかなる状況下に置いても奴隷商と交渉、売買してはならない……。ヤクシャ、俺はもうお前を助けられない。」


 少しだけ、悲しそうな色を漂わせるマアースの表情に、俺は同情を覚える。だが、彼はそんなマアースの感情に気付いていないのだろう。「うるさい」と半狂乱に叫び、子供のように駄々を捏ねる。もうなかば、自暴自棄になっているようだった。


「もう全員、ぶっ殺してやる!!」


 山吹色の光が、目映いばかりに灯る。先程までの比ではない。


「ねぇ。そんなに辛いなら、止めちゃえば?」


 だが、緊迫した場面に似合わない、のんびりとした声が響く。幸だ。

 全員が、彼女に視線を向けた。ゆっくりと歩き出し、ヤクシャを真っ直ぐ見据えている。時雨が制止しようと呼び掛けるが、彼女はヤクシャから目線を外さない。


「そんなに辛くて、自分を苦しめるくらいなら、休んじゃっていいんだよ?」


 優しい声音だった。ヤクシャの表情が揺れ、崩れ、目頭に涙を僅かに溜める。


「休んだって、止まったってどうせ俺は詰んでるんだ……もう関係ないだろ!」


「関係あるよ。だって私と君はクラスメイトなんでしょ?」


 無垢に言い放つ。ソコに僅かな迷いすらない。幸は、淡々と事実を確認するように、小首を傾げていた。


「クラスメイトは友達だから、助け合うんだってナナクツが言ってたよ?」


 ヤクシャは呆気に取られていた。いや、それは全員がそうだ。彼女が言ったことは、実際にナナクツも語っていた。幸が何気なくした『クラスメイトとは何か』という質問に、彼が答えた内容だ。

 思わず、強張った表情が緩むのを感じた。優しいとは違う。それが彼女にとって普通なのだ。幸は、俺やナナクツ、ルルドと会話し学んだ事を純粋に信じている。

 甘いことばかり言ってしまった。そんな後悔が頭を過るが、素直に行動している彼女を、同時に誇らしくも感じた。


「ヤクシャのこれからも、ユウスケも私も喋らなければ良いんでしょ?じゃぁそうしようよ。ね、良いでしょユウスケ?」


 ニッコリと笑顔を浮かべて、幸は俺に投げ掛ける。そんな表情で聞かれたらもう答えは決まっている。


「そうだな……ちゃんと反省して、もう二度としないなら良いと思うよ。」


 俺は、彼女の笑顔に同じく笑顔で答える。

 彼の手からトンカチがゴトリと落ちる。嗚咽をこぼし、肩を震わせ泣き崩れてしまった。意地を張り、自尊心を杖に立っていた彼を幸が切り崩したのだ。


「だがマアース。それを許すか否かは、お前の判断次第だ。俺と幸は、ヤクシャを許して欲しいと思っている。どうか、頼む。」


 頭を下げて、彼に願う。幸の心遣いを無下にしたくなかった。

 苦虫を噛み潰したような、彼の表情はいったい、何を思っているのだろうか。今まで彼が、学校から追い出してしまった者達の事かもしれない。背負ってしまった責任と、彼自身もヤクシャの未来を奪いたくないという願望が、その胸中でせめぎあっている。


「ヤクシャ、奴隷商と取引しているのか?」


「………まだしたことない。だけど、奴隷商と繋がってる人物を知っている。」


「なら取引だ。別に司法取引ってほどだいそれたものじゃないが、その人物及び交遊関係を教えろ。それで退学処分はしないように俺も掛け合う。」


 マアースの表情は厳しいままだが、ほんの少し重圧が解れたような、肩の重荷が取れたような雰囲気だ。きっと安心したのだろう。ヤクシャを学校から追い出さずに済むことに。


「ソイツは……」


「ヤァァクゥシャァ?」


 が、不意に別の声が混じる。タグモがヤクシャの名前を呼び飛び降りる。普通なら死を覚悟する高さだが、彼は鎌に炎を纏わせると、それを瞬時に足に移し、噴射。落下の勢いを消して着地した。


「なぁに腑抜けたことしてんだお前?」


「タグモ……さん。」


 タグモの額には青筋が浮かんでいた。興が削がれたと言わんばかりに、その憤りが目に見えている。


「マアース……タグモさんなんだ。」


 マアースが目を細め、タグモを睨む。


「本当なのか、タグモ?」


 緊迫とした空気が張り積める。奴隷商と繋がりがあることが、予期せず発覚してしまったタグモ。次に彼はどういう行動を取るのだろうか?順当に考えれば、口封じだろうか。


「はぁ……面倒だなぁ。ヤクシャの妄言に付き合うなよ風紀委員様?」


 意外なことに、彼は否定から入った。ヤクシャの証言は偽りであり、自分にはそのような後ろめたいものはないと、彼は主張しているのだ。


「……詳しい話は、生徒会会議の場で問いただすとしよう。タグモ、付き合ってもらうぞ?」


「は?嫌だよ。」


 ピリピリとした空気、今すぐにでも魔法をぶつけ合いそうな気配すら漂う。


「マアースもタグモもダメ!」


 が、再び幸が声を上げる。彼女が何かを話す度に、空気が弛緩するのはある種の才能ではないだろうか?


「マアース、タグモは違うって言ってるんだから、クラスメイトをそんなに疑っちゃダメだよ!タグモも、そんなトゲトゲした態度じゃ友達無くすよ!」


 どうも、幸の話題の中だけ喧嘩の規模が小さいようである。故に、いまいち緊張感が欠けてしまう。


「幸さんって、昔からあぁなんですか?」


「えぇと……。まぁそうだな。」


 少しひきつった笑みを浮かべた時雨が、俺に問い掛ける。しかし、彼女の実際の過去は俺にも分からない。がそれを言ってしまえば折角考えた設定が意味がないので、可もなく不可もなくな答えを出す。


「……はぁ。興が乗らねぇ。」


 呟いたタグモが跳躍する。瞬間彼の足の裏から炎が噴出し、先程と同じ建物の屋上に戻る。


「タグモ!待て!」


 マアースが叫ぶ。が彼は俺達を一瞥だけすると、その場を後にしてしまった。




 初日から散々だったな。

 内心呟き、ベッドに倒れ込む。ルルド邸で割り振られた自室で、俺はタグモの事を思い返す。危険な雰囲気は確かにあったが、奴隷商と繋がっているというのが真実であれば、彼は既にただの不良とは呼べない。子供の小遣い稼ぎにしては、余りにも黒く、危険なものだからだ。確かに、ただのイースウェン王国国民ならば問題はないだろうが、彼が所属しているのは反奴隷制活動家のルルドが学園長のブソウ魔法学園だ。発覚すれば当然、学園に残ることはできない。利点は金銭だけではないはずだ。彼はそこまで短絡的ではない。むしろ思慮深く、計算高い人間のハズであるはずだ。

 彼が、奴隷商と繋がる利点としては、奴隷商側が有力者である場合だ。社会的地位があり、交友を持っているだけで大きなアドバンテージになるような存在が、彼の後ろに存在するのではないだろうか。もしそうなのであれば、これは生徒の力だけで解決できる問題を越えている。


「ユウスケ!ユウスケ!」


 制服のままで、布団に倒れていた俺を呼ぶ声。別室で着替えていた幸が戻ってきたのだ。部屋に入ってきた幸は、小首をかしげる。


「あれ?ユウスケまだ着替えてないの?ナナクツ、もう待ってるよ?」


「あぁ、すまん。すぐ行くよ。」


「うん、じゃぁ私は先に行ってるね!」


 学生生活が始まっても、ナナクツの訓練は変わらずに行う。その後は、今日の授業の復習と明日の予習。正直もう疲れてるし、生来勉学は余り好きではなかった俺からすると、勘弁して貰いたいのだが、ナナクツは優しい笑顔を浮かべ「そうですか、それは大変でしたね。では頑張りましょう。」と、有無を言わせずに修練を続けさせられるので、考えるだけ無駄なのだ。


「……しんどい。」


 体力は、若い頃に戻っているのだが、精神的おじさんには、もう限界一杯なスケジュールなのだ。

 それでも、戦場カメラマンとして活動していた時よりだ余裕がある。まだ、再びやって来た学生生活を楽しむ余力はあるのだから。

 俺は、「よっ、こらせ」と声を溢しながら立ち上り、ナナクツの待つ中庭に向かうために着替えるのだった。

次はなるべく早く……いや、三日以内には投稿してやる……!

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