若さ
お待たせしました。身内の葬式やらなんやでバタバタしてました。遅くなって申し訳ない。
負けた。
その場に寝転がり、戦乙女の盾を解除しながら思い返す。最後俺を吹き飛ばした炎はおそらく設置型の魔法、いわゆる地雷だ。爆炎で吹き飛ばした時か?威赫演者を展開した時に、同時に設置したのか?
何はともあれ、俺は敗北したのだ。心の中に僅かに燻る悔しいという気持ちが、自分の事ながら意外に思う。戦うという行為は好きではない。むしろ忌諱すべきものだと考えている。だが一進一退の攻防を演じ、負けたくないと、自らの意思で彼と戦うようになっていた。間違いなく俺は、ある種の充足感を覚えたんだ。例えるならスポーツの試合だ。体を動かし、他者と競い会うことで切磋琢磨する。今俺を包む満足感は、それが最も近いだろう。
体を起こして立ち上がる。刀を鞘に納め、目線を舞台へと向ける。端の一部が捲れ上がったり、半分溶けていたり凄惨な状態ではあるが、これを教師は魔法で即座に治せるのだとか。元々土塊で作った舞台であるため、復元も容易であると語っていたが、それを証左するように、土がモコモコと補充されて舞台が元の綺麗な状態に戻る。
「いやぁ、やるねぇ。」
制服の土埃を払っていると、タグモがにこやかな表情を浮かべながらやって来る。
「いや、此方こそ勉強になったよありがとう。」
俺は、タグモの言葉に答えて右手を差し出す。握手をしようという意思表示だったのだが、彼は一瞬キョトンと俺の顔をみる。だがそれも束の間、口角を上げて握手に答えてくれる。
「負けたのにその態度か、気持ちいい奴だ!」
固い、固い握手だった。タグモはハッハッハと高笑いしている。俺達は教師に促され、舞台に再び上がって互いに礼をし、クラスメイトが座る観客席に向かう。
舞台から離れ、タグモからも離れて幸の元へと向かう。しかしと、内心でタグモのことを思い返す。あれは、街のチンピラ連中とは明らかに違う。なるほど、マアースが言っていたサディストという言葉はある意味正解かもしれない。だが、それだけではない。
先程の彼は、紳士的な態度を取っていた。だがその内心が読めなかった。裏表なく、心の底から彼は笑ったのかとも考えるが、それは違うと直感していた。油断はできないと、俺の経験が囁く。
「ユウスケ、負けちゃったの?」
少し小首を傾げた状態で、戻ってきた俺に幸が問い掛けてきた。
「あぁ……。いやぁ、やっぱり慣れないな。戦うってのは……。」
少し誤魔化しを入れながらも、彼女の言葉に答えてその隣に座る。そして、俺と幸の元に、また別の人物がやって来る。マアースだ。
「よぉ雄輔、ナイスファイトだ。タグモ相手にほぼ相討ちとは、大人しい顔の癖になかなかやるな。」
「あぁ、ありがとう。」
「次は幸ちゃんの番だろ?頑張ってな!」
マアースの言葉に、幸は「うん!」と力強く答える。が、俺は驚き目を見開く。幸が戦うというのは寝耳に水であり、娘や妹同然の彼女をあんな危険な授業に挑ませるなど許していいものだろうかと、自問自答を始めてしまう。
そもそも俺が剣を手にしたのは、幸を脅かす危険から守るためだ。なのに、彼女が戦っては意味がない。いやしかし、俺もいつまでも彼女と共にいるわけではない。いつか、彼女も俺とは別の道を歩みだし一人立ちしなければならない局面がやって来る。その時、彼女を守るものは、彼女自身しかないのだ。その力を得るために、この授業も彼女に必要な関門なのではないのか?だがやはり、彼女が武器を手にして戦うというのを許容するのは難しいというか……。
などと、終わりの見えない自問自答の坩堝に嵌まっていると、舞台から再び声が聞こえる。
「お互いに、礼!」
ハッとして、視線を舞台に上げれば鉤爪を両手に装着した幸と、扇子を手にした小柄な少女が相対していた。
「始め!」
教師の言葉を皮切りに、小柄な少女はいきなり幸から距離をとる。彼女の持つ扇子は、藍色の旋風を纏っているようだった。
「ギム、ワングォー!」
が、構わず幸は右手の鉤爪を構える。黒い冷気が鉤爪の先で吹き荒れ、拳程の大きさの黒い氷柱を打ち出した。
少女はそれを、慌てた素振りを見せずにステップで回避する。
「藍色の外套!」
短い式を唱えると、少女は自身の戦乙女の盾の上から、更に風による防壁を展開する。あれでは、戦乙女の盾を破壊するのは容易ではないだろう。
「風境隔絶!」
更に防御魔法の掛け足し。彼女が纏っている風の防壁が、より強固なものとなっていた。そこまでされてしまえば、場外へ叩き出すのも難しい。
「ギム、フォリナー!!」
だが、幸は知らぬ存ぜぬと再び魔法を使う。今度は、中指サイズの黒い氷柱がガトリング砲のように打ち出されていく。
魔法は風の防壁に直撃し、かなりの量の氷柱が上空に高く投げ出されていた。余りの弾幕に、防壁が気圧され始めたと思ったその時、少女は堪らずに射線から飛び退く。だが、幸の左手の鉤爪には、既に次の魔法に必要な魔法の基が用意されていた。
「ギム…ディリィージャ!!」
ガトリング砲のような弾幕を撃ちきり、式を唱えながら左手を彼女に突き出す。と同時に、鉤爪の先でぐるぐると回っていた冷気が、奔流となって飛び退いた彼女へ襲い掛かる。
「っ!?」
足を踏ん張り、何とか場外に出るのを耐えようとする少女。しかしそこまでの衝撃力はなかったようで、冷気の暴力を難なく耐えきる。
「まだまだ行くよぉ!」
が、幸は止まることがない。先程あれほどの奔流を放出したばかりなのにも関わらず、今までとは比べ物にならない量の魔力の基を一瞬で生成していた。既に、彼女一人で俺が先程使用した魔力量は余裕で超えている。
「ギム、ワングォー……ベルビャっ!」
幸の体よりも一回り以上巨大な氷柱を作り出し、それを野球のオバースローよろしく綺麗なフォームで投げ付ける仕草を見せると、空中でクルクル回っていたそれが相応の速度で射出される。
質量の暴力とは、正にこの事だろう。あれが直撃してしまえば、いかに防御を重ねても関係ない。場外へと吹き飛ばされる。
それは、少女も理解していた。慌てて扇子を振りながら彼女も式を叫ぶ。
「ネ、吹き荒べ、藍色よ!!」
藍色の竜巻が舞台上に現れ、巨大な氷柱と正面からぶつかり合う。質量に貫かれそうになるが、何とかそれを上空へと投げ飛ばした。だが、竜巻もエネルギーを使い果たして消滅してしまう。
ドッ!
が、急に舞台の真ん中に、腕ほどのサイズの氷柱が突き刺さる。あれが何なのか、何処から落ちてきたのか、直ぐに正しく理解できた者は少なかった。
視線を上空へと向けると、驚くべき事に同じような巨大な氷柱が雨のように落ちてきていた。それを見て、俺も何が起こったのか漸く理解した。少女が風の防壁で上空へと逃していた氷柱と冷気が、上空の空気を冷やし空気中の水分と氷柱が合わさり巨大化。それが今さらになって落下してきたのだ。あれは既にその一つ一つが凶器である。人の腕ほどの質量が、空から落ちてくるのだ。直撃すれば戦乙女の盾にも十分なダメージが期待できる。
特に、最後に上空へと投げ出された元々巨大な氷柱は、地上からでも視認できる程の大きさだ。あれがそのまま落下してくれば、舞台が砕け散ってしまうだろう。
「!?……暴風よ刃の如く!!」
少女も、幸に負けない程の魔法の基を作り出し、空へと飛ばす。魔法は、彼女の扇子を基点とした竜巻のようだったが、風が刃となり、範囲内の全てを粉微塵に切り刻む。氷柱が次々と砕け、割れ、粒子となり散っていく。
少女の魔法が消えた時には、まるで黒い雪のように、氷の粒子が空からヒラヒラと舞い降りるという、幻想的な様相を見せていた。だが、先程の魔法で相当な体内魔力を消費したのか、少女は玉のような汗を額に滲ませ、肩で息をしながらまともに立てないまでになっていた。
「ここだっ!」
幸がそんな少女に奇襲を掛ける。彼女の両手の先には、今までとは比較にならない量の魔法の基を作り出していた。その量にここにいる全生徒が戦慄する。とんでもない、常識外れな体内魔力量であると。
「ギム……ギャリュー……」
両手の先の基を更に重ね合わせる。優に五メートルを越える冷気の塊が、まるで唸るように吹き荒れている。
「デュイングル……バァリャー!」
式を練り上げた瞬間、魔法の基は魔法として発現する。冷気の塊から九つに別れた冷気の奔流が、別々の軌道を辿って少女へと殺到する。まるで吼えるような、そんな轟音を響かせながら問答無用で彼女へと襲い掛かったのだ。
当然、魔力切れになりかけ立っているのもやっとだった彼女に、その攻撃を止める手段も、避ける体力もない。戦乙女の盾ごと場外に吹き飛ばされてしまった。
「そこまで!勝者幸!」
教師の宣言に、幸はそのまま跳び跳ねて喜ぶ。が、その様にクラスメイト達は戦々恐々としていた。彼女の持つ余りに膨大な体内魔力量に、皆愕然としていたのだ。最後に見せた大規模な魔法、その他の魔法の連続使用もやって見せた。同年代の平均的な魔力量ならば、既にもう動けないハズの魔力消費だったにも関わらず、彼女はまるで苦もなくそれをこなし、余裕すら見せている。
誰もが幸の力が持つ力を脅威と感じ、そして仲間にするための手だてを考えていた。
「ユウスケ!勝ったよ!」
だが、彼女はそんな周りの目など気にすることなく、嬉しそうに俺とマアースの元まで走ってくる。
「いやぁ、凄いな幸ちゃん…。魔力量もそうだけど、最後のあれはかなり複雑な式でしょ?それを補助なしでやってのけるなんて。」
冷や汗を浮かべながら、マアースは心底驚いた様子で語る。それを受けた彼女は、えっへんとでも言うように胸を張って見せていた。
「私も驚きました。」
と、会話にまた別の人物が参加する。視線を向ければ、先程まで幸と模擬戦をしていた小柄な少女がソコにいた。少し青っぽい髪色が特徴的だが、純人の少女だ。
「水池さん初めまして、時雨・フォーンです。」
「あぁ、改めまして水池 雄輔だ。よろしくフォーンさん。」
「良いですよ時雨で。私の方が年下ですから。」
時雨の年下という発言に、少し疑問符を浮かべていると、マアースが直ぐに補足をしてくれた。
「時雨は飛び級でこの学年に来たんだ。確か今年十一歳だっけ?」
「はい、皆さんより四つ下なんです。なので敬称も結構ですよ。」
「ならこっちも大丈夫だ。気軽に雄輔って呼んでくれ。」
「私も!幸って呼んで。よろしくね、時雨ちゃん!」
一通りの自己紹介を終え、俺達四人は個々の反省会を始める。
「私が思うに、雄輔さんは牽制になる魔法を覚えるべきだと思うんです。」
早速、グサリとくる指摘を時雨がしてくる。
「最後に見せた、魔法の基をそのままぶつけて炸裂させるのも案として良いのですが、やはり式で形を作ってあげなければ、霧散してしまい射程も狭いでしょう。何より威力が落ちます。お話を聞いて式が上手く作れないというのは理解しましたが、それでもやはり必要ですよ。……まぁ解決策としては、式を頭に刻みこむことですね。反復練習です。」
ナナクツにも散々言われたことだ。何度も何度も魔法を使い、体で覚えていく。それが一番早く、身に付く覚え方なのだと。
「そこで、既に魔法のイメージは先程の電気で象った斬撃を飛ばすものです。式に当てはめるならば、『三日月状』『直線的な軌道』『衝撃が加わると炸裂する』といった要素を基本として……。」
せっせと手帳に文字を書き出していく時雨。攻性魔法としては、かなり短い式が連なっていく。
魔法を現象として発現させる式は、世に知れ渡っている一般魔法や、基礎とされる一部の攻性魔法の物であれば誰もが知るものだ。だが術者のオリジナルと言える魔法は、一人一つや二つ必ずある。新たな魔法の開発、研究は何も研究者達の専売特許ではないのだ。
「要素としては……こんなものですか。これを雄輔さんの言葉で式にしていきましょう。」
そう言って、幸が手帳に書き出した式となる要素を見せてくれる。三日月、斬撃、直線的な軌道、衝撃が加わると炸裂、剣の振った方向に飛ぶ。これらを組み合わせ、俺自身がその攻撃をイメージできる物にしなければならない。
「……そうだな…飛雷閃、飛雷閃なんてどうだろ?」
俺の答えを聞いて、時雨は少し残念そうな表情を見せる。
「安直ですが良いでしょう。では、飛雷閃とはすなわちこの特徴がある魔法です。1日五十回は音読し、五十回は筆記してください。そして、放課後にはここでこの魔法の実際運用を、魔力が切れるギリギリまで行います。……雄輔さんは、加速しか使えない程魔法が苦手なのでしょう?、通常の倍は反復練習が必要です。」
魔法の反復練習には、ただ式を唱えるだけでは意味がない。その結果をイメージしながら行うのだ。頭の中で、式と魔法の現象がイコールになり、初めて魔法はその真価を発揮する。
だが、それが俺には苦手だった。どうしても式と現象が繋がらないのだ。そもそも魔法が、俺にとって馴染み深い物ではないからなのかもしれないが、なんとかしなければならないという感情はある。そうでなければ、今日の幸の戦いを見るに、俺が彼女を守るなど夢のまた夢だ。
「……せめてなぁ、飛雷閃くらいはなぁ、覚えたいよ本当に。」
ボソリと呟いた言葉は、心の底から零れた本音だった。
放課後、俺はまたドワーフの彼に絡まれていた。名前は確か、ヤクシャ・ヴゥリームと言ったか。
話があると呼び出され、裏門から町外れのスラム街に連れられてきた。当然だか、俺が素直に彼に従ったのには理由がある。彼は、俺の対応の如何によっては、標的を幸へと変えると脅してきたのだ。彼が道中口にするのは、自分がいかに優れた血筋であるのか、純人族に相応しい態度とは。エゴと自意識に塗り固まれたご高説であった。
「故に、これからお前は俺の私刑に合って貰う!」
到着したのだろう。ククリが存在する地下空間を支える柱の内の一つを近くにした空き地だった、学園から見ても大きかったが、近付けばより柱の巨大さが分かる。俺はヤクシャの話を聞き流しながら、そのスケールの大きさに内心圧巻させられていた。
「お前、聞いてんのか!」
「あぁ、聞いてるよ。……まぁなんだ、そんな目くじら立てるないでくれ。お前が大層な身分だってのは十分理解したからさ。」
正直な話、彼のその横暴な態度。そして幸に危害を加えるぞと言う脅迫は、俺にとってもあまり面白い話ではなかった。だから、半分無意識ながらも彼を煽り立てるような言い回しになってしまっていた。
「て、テメェ……。良いぜ、その意気がった態度、後悔させてやる。」
ヤクシャは叫び、腰に下げていたトンカチを抜く。すると直ぐに山吹色の光が灯り、魔法の基を纏ったのだと知らせてくる。
「そんな温まんなって。」
あくまで言葉だけで煽っているのは、こんな時でも俺の根底にある非戦の考え方故か、それとも武器を持たずに過ごした故かは分からない。だが、
「ソコまでだ二人とも!」
両腕に白銀の炎を灯したマアースが、俺とヤクシャの間に躍り出る。彼は、教室に残した幸と時雨の三人でいたハズだ。まさか着いて来たのか?いや、彼がここにいるという事は……。
「ユウスケ、こんな所で何してるの?」
やはりというか、幸も来ていた。彼女を追い掛けて、時雨も走っていた。
「風紀委員として、私闘は認められない!これ以上続けるなら、二人にはそれなりの罰則を下さなければならない。」
「うるせぇなっ!邪魔すんなよぉっ!…単弾!」
振り回したトンカチの先から、山吹色の光弾がマアースに向かって放たれる。基本攻性魔法の一種だが直撃していい魔法では決してない。だが、それを彼はあくまで冷静に対処した。
「銀火の握撃」
左腕を包んでいた炎を大きくし、その光弾を握り潰して見せたのだ。周辺への被害を押さえ、正確にヤクシャの魔法を防ぐ最適解といえた。
「覚悟は……出来てるのか?」
呟くと、マアースの白銀の炎が、一際強く燃え盛った