魔法戦
お待たせしました第六話!
今回は戦闘シーンがあります。まだまだ最初なんでレベル1な戦闘をお付き合い下さい!
ナナクツに教えて貰っていたので知ってはいたが、授業の内容はほとんど俺の知っている物と同じだった。社会科や数学には多少の違いはあるが、それでも目新しいものはなく、淡々と授業を受けた。
四限目も終わり、四十五分間の昼休みに入るとクラスメイトがどっと集まってくる。ドワーフの彼に絡まれてから、遠巻きに見ているだけだった彼等だが、やはり好奇心が押さえられなかったのか、昼食よりも俺と幸へと殺到しているようだ。
「俺は、マアース。マアース・フォン・インサァージャ。ヨロシク!」
マアースと名乗る、赤っぽい髪をした純人族の好青年が、第一に握手を求めてきた。俺はそれに応じ、幸も続く。人望も厚いようで、彼がこの場を取り仕切る事に直ぐに決まる。そう、転校生関連のイベントとしては、お決まりの質問責めである。
挙手した人物をマアースが指定し、質問を一つするらしい。当然嵐のように腕が伸び、余りの勢いに幸は怖がってしまう。かくいう俺も、若干引いた。
「イーヴだ!二人はどういう関係!?」
マアースが指定した獣人族の男の子が質問する。そして、その質問の答えを期待するように、俺達を囲むほとんどの人物の目が輝く。
そういうことかと、俺は一人納得する。
彼らの精神年齢も、元の世界と変わらない成長度合いなのだ。そこには種族も関係なく、青春時代、思春期真っ盛り。恋に恋するお年頃というものだ。そして幸の耳にはエルドリングが付けられている。反奴隷制度を旨とするルルドを理事長にもつブソウ魔法学園で、奴隷を持つ生徒、更にそれを同じ学園で知識を学ぶ人間などまずいない。彼らはきっと、英雄譚のようなラブロマンスに期待しているのだろう。きっと、悪徳貴族に囚われた、幸という姫を救った異国の戦士という構図を思い描いているのだ。
分かる。余りにも思い当たる節がある。幼かったあの頃、夢想の中で俺は最強で、悪を挫くヒーローなのだ。善悪二原論、勧善懲悪を信仰し、愛する者を護っていた。
だが、悪など余りにも曖昧すぎた。
悪だと信じていた者は、悪ではなく護るために武器を手にした戦士で、正義だと考えたいたものは、私腹を肥やすだけの圧政者だった。俺の人生の経験で出会った多くの人々と、別れてしまった数々の隣人を思い、少し恥ずかしい気持ちになりながらも彼らの質問に答える。
「別に俺達は、皆が思っているような間柄じゃないよ。ただの幼馴染みさ。」
無難な答え。前々から用意していた答えだった。当然、幸にも似たような話を共有してある。すると、別の純人の女の子が指定され幸に質問を投げ掛ける。
「江夏さんは水池くんの事どう思ってるの?」
「大好きだよ?」
間髪入れずに、少し首をかしげながら幸は答える。
だが、そのアンサーは前もって打合せしていたものとは違うものだった。俺は驚き、「うぇっ!?」などと間抜けな声を挙げて幸を見やる。
と同時にクラスメイトの男達の眼が何人か死に、女子達は黄色い声援を挙げる。
「私ね、ユウスケの事はトマトと同じくらい大好きだよ!」
幸は、彼らのリアクションをスルーしにこやかに続ける。その一言に、男子達の瞳には生気が甦り、女子達の「あぁ…」という憐れむような眼差しに俺は晒される。止めろ。そんな目で見ないでくれ。トマトと同列扱いは地味にショックなんだから。
そのあとも質問責めは止まず、昼休憩の半分近い時間が費やされた頃に、マアースが「水池達も昼飯を食べないと」とし、この場は一度お開きとなる。
「助かったよ……えぇと。」
「マアースで良いよ。ファミリーネームは長いからな。良かったら、一緒に食べないか?」
「俺は構わないけど…幸も良いかい?」
「いいよっ!」
ニコニコとした笑顔を浮かべながら、彼女は答える。沢山の人に一度に囲まれ、疲れてしまったかなとも思ったが、彼女はむしろ多くの人物と言葉を交わせた事が嬉しかったのか、上機嫌になっている。
俺達は、マアースに先導され食堂へとやって来た。ブソウ魔法学園では給食というシステムではなく、食堂で自分の好みの食事を取るようになっている。この歳の子供達では、選り好みばかりし栄養バランスが大丈夫なのかと不安を抱くが、そこは流石というべきか、魔法と科学を融合させているこの世界では、食券を発行するのに必要な学生手帳に、その生徒が振り返り一週間の内に食べた献立を記録し、同じメニューばかりにならないようにされているらしい。
「ゲ、牛丼売り切れか。」
マアースが呟く。ルルド邸でお世話になっていた時も驚いたが、食文化までも日本に近い。しかも和洋折衷とした近代日本のそれが近く、例えば主食と言えば白米かパンだし、味噌や醤油もあればトマトソースやケチャップ、マヨネーズもある。余りにも似ているために、ここは本当は日本なのではと疑うが、生活する人々や一部の文化が違うために、その正体は見極められずにいた。
「幸はどうする?」
「トマト!」
彼女は、満面の笑みで答える。出会った時に食べたトマトスープが心底気に入ったようで、彼女はことあるごとにトマトを要求する。ルルド邸でも、一人で暖かいトマトスープを一度に五杯も飲んでいたりする。
「うぅん……じゃぁミートソーススパゲッティーでも食べるか?」
「それってトマト?」
「トマトを使ってるよ。」
「ならそれにする!」
目を輝かせ、彼女は答える。トマトに対する情熱は並外れているなぁと苦笑しながら、彼女の学生手帳を券売機にかざしてミートソーススパゲッティーのパネルをタッチする。直ぐに出てきた食券を手渡し、俺も自分の昼食を選ぶ。というよりも、実は既に献立は決まっていた。昔ならの大好物。焼き秋刀魚定食だ。
幼少の頃から、焼き魚が大好きな俺は、特に秋刀魚をこよなく愛している。当然、日本とは違う土地なのだから、同じ名前の別物という可能性は捨てきれないが、俺はこの名前を信頼したかったのだ。迷わず焼き秋刀魚定食のパネルを押し、食券を受け取りカウンターへと出す。
存外、直ぐに料理が出てきた。四十五分間の昼休みの時間に多くの生徒が殺到するのを考えれば、迅速なのは当たり前なのだろうが余りにも早いため、中が半生なのでは?と疑いを抱く。そして、秋刀魚は見事に秋刀魚だった、あの細長いシルエットは相変わらずだ。
適当に空いていたテーブル席に陣取り、俺達は少し遅れた昼食を取り始める。驚いた事に、秋刀魚は中まで確りと火が通っている。どんな原理で短時間の内に調理を終えたのか、好奇心が擽られてしまう。
「所で、彼女のエルドリングは?」
味噌ラーメンを食べているマアースが不意に問い掛けてくる。その表情から、疑念が読み取れた。うっすらと敵愾心も見え隠れしているだろうか?
当然、そのアンサーも用意してある。
「俺達が、東の国出身なことは話したよな?」
マアースは、頷くことで答える。それに満足した俺は、一から十まで全て嘘で作られた作り話を語っていく。虚言に見えないよう、内心を読み取られないよう、後悔と怒りの感情を作りながら話をする。
幸は、この国出身の奴隷商に拐われた。俺は、故郷の大人達の制止を振り切り、幸を助けるためにイースウェン王国へとやって来たのだと。彼女は、その時の影響で記憶を一部失い、精神年齢が退行してしまった。
マアースは、黙ってその話を聞き続けていた。話が終わり、いくばくかの沈黙が流れる。流石に、信じさせるのは無理があったかと、内心焦ってしまうがマアースは、黙ったまま俺の右手を固く握った。
「大変だったんだな……だが勇敢だ。俺は、同じ男としてお前の事を、尊敬し誇りに思う。」
チクリと、胸の奥が痛んだ。正直で真っ直ぐな彼に、嘘で彩った作り話を語ったことに罪悪感を抱いたのだ。だが、本当の事など語れるハズもない。俺は異世界からやって来て、本当は三十を手前に控えたオッサンだったなどと誰が信じるものか。良くて夢想家。悪ければ精神異常者扱いを受けることなど想像に難くない。今は、この嘘を貫き通すしかないのだ。
「……水池…いや雄輔。俺にお前を友と呼ばせて欲しい。そして、これは忠告だ。タグモという男には油断するな。」
大袈裟な。そう思ったが、彼の眼は大真面目だった。それ程、あの少年は危険な人物なのだのうか。
「なんで?」
「アイツは、俺達のクラスの中でもトップの実力者だ。家柄も名家の出だ。そして何より、とんでもないサディストだ。六時間目、間違いなくアイツはお前にちょっかいを掛けてくる。」
六時現目と言えば、魔法実技と書かれた授業だったハズだ。魔法による戦闘訓練が内容で大なり小なり、怪我をする危険性が伴う授業である。
「なるほど、模擬戦か。」
その中でも、実際に魔法を駆使して戦闘をする模擬戦を、彼は強く警戒しているのだろう。俺の答えに、マアースは小さく頷いた。
ふむ。と、味噌汁を一口啜りながら考える。魔法による模擬戦となると、俺にはかなり不安を抱える要素があった。クラスの中でもトップの実力者と、マアースは説明していた。それを鵜呑みにすれば、俺の持っている手札で相手をするのは、かなり難しいと言えるだろう。が、不意に幸がミートソースを制服に跳ねさせてしまっているのに気が付く。
「あぁあ!幸、飛んじゃってる!」
「?」
急に呼ばれた彼女は、何?とでも言うように小首をかしげる。見れば、口の回りもミートソースで赤くなってしまっている。
「もう少し落ち着いて食べなさいよ。ほら、上着貸して。」
手に持っていた味噌汁のお椀を下ろし、彼女から制服の上着を受けとる。普通、ミートソースといった油分が入った汚れは落ち辛いのだが、ここは魔法万歳。なんとお手軽に、こういった汚れを浮かび上がらせ、落とすことができる魔法が存在する。
「浄化。……良し。」
一般魔法である浄化を唱えれば、スゥとミートソースの汚れが落ちる。次いでにスパゲッティーの正しい食べ方をフォークとスプーンを使って丁寧に教える。
「お、おい。人の話聞いてたか?」
マアースが、困ったように訊ねてくる。俺は幸の両手を握り、スパゲッティーの食べ方を教えながら、ゆっくりと彼の疑問に答えた。
「もちろん。忠告は肝に命じておくよ。ただまぁ……やれるだけの事はやるさ。」
模擬戦は、一般魔法戦乙女の盾という頑強な防御魔法を発動した状態で、互いの魔法を鍛え合うことを指す。
当然、模擬戦である。勝敗が存在するが、相手を場外に弾き出すか、戦乙女の盾を砕けば勝ちとなる。更に言えば、実際に殺傷能力のある魔法で戦うのだ、戦乙女の盾があるとしても、多少の怪我は覚悟する必要がある。
マアースの忠告は的中し、今俺はタグモを相手に模擬戦の舞台に立っている。彼に名指しで相手として指名されたのだ。
棄権しようとも思ったが、クラスメイト達が見せていた友好的な態度から一変、模擬戦の授業かつ俺が対戦相手に指定された瞬間、その眼差しは値踏みするような、少なくとも中学生が学友に向ける目線ではなかった。ふとした時に、ルルドから聞いたが、この年の頃の男子諸君は皆騎士を志しているという。多くが憧れから来るものだが、それでも騎士としてスカウトされるには、優れた技量、卓越したセンス、そして優秀な仲間が必要となる。なるほど、新しい同年代の男の技量が気にならない訳がない。ここで棄権し、臆病者のレッテルが張られてしまうのは不利益だった。俺には、タグモの戦う以外の選択肢は元より無かったと言えるだろう。
「では互いに、礼!」
模擬戦監督の教諭が促す。間合いは三メートル程離れ、俺とタグモが頭を下げる。見たところ、彼の得物は大鎌。武器としての殺傷能力は余り高くないが、相対するとその威圧感に身がすくむ。
「構えて!」
二十五×二十五メートルの舞台で、お互いに武器を構える。腰だめに刀の柄を握り、居合いの構えをとった。鞘の中で、刃がバチリと帯電する。
「始め!」
掛声と同時に間合いを詰める。それは、タグモも同じようで、赤黒い炎を纏った鎌を振り下ろすべく迫る。三メートルしか離れていない間合いだ。互いに飛び出せば、一息のうちに有効攻撃範囲に入る。しかし、リーチの差でタグモの方が一手早い。折り込み済みだ。
「加速!」
足元で蒼雷が弾ける。急激な加速は、彼の目測を誤らせ、その刃が俺の戦乙女の盾を削ることは叶わない。振り下ろされる鎌よりも速く、彼の後ろに回り込んだのだ。
鞘の中で蒼雷が暴れ、まるでレールガンかのような一太刀を、タグモの背中に向かい振り抜く。ガリガリと赤い火花が散り、彼を弾き飛ばした。戦乙女の盾がダメージを防ぎはしたが作用反作用までは防げない。しかし、タグモは鎌を使って空中で態勢を立て直して、上手い具合に着地して見せる。その表情に慌てた様子は見えない。
コンっ
彼は、鎌の石突で舞台を叩く。すると赤黒い炎が舞台上を走りだし魔方陣を描く。
「威赫演者!」
タグモの声に答えて魔方陣の炎が4つに収縮。炎で出来た赤い人影を象る。それぞれが剣を持ち、まるで演劇役者のように踊りながら襲い掛かってくる。
これほどの魔法となると、複雑な式が必要になるはずだが、彼はそれを石突に施された細工でカバーしているようだ。その細工というのは、魔方陣が刻まれいるのだろうと予測する。武器に纏わせた魔法の基がそれを読み取り、拡大。式の簡略化をしている。後は式を少し加えるか、魔法を発動させるだけの状態にしているのだ。その細工には、専門の職人の腕が必要なため、安い加工ではないのだとナナクツは説明していた。
迫り来る四体の剣を寸でで避けたり、防いだりしながらそう思案する。維持時間は短く五秒程度か。一撃放てば直ぐに彼等は霧散するがその際赤い炎が弾けるために、視界が被われてしまう。
「おぉらっ!」
そしてその炎を裂くように振るわれる刃が、俺の戦乙女の盾を削り取っていく。慌てて反撃しようとするが、その前に石突で弾かれ間合いを開けられる。
「威赫演者・矢を番えよ」
態勢を立て直し、顔を上げれば、四つの炎の影が再び現れている。先程と違うのは、彼等が構えているのは剣ではなく、弓矢である点だ。
「加速!」
再び足元で蒼雷が弾け、強化された脚力を利用し射線から飛び退く。まるで対空砲のような炎の矢の弾幕に、身震いするが持続時間は先程同様長くは無いようだ。三秒と持たず影は霧散する。
「おぉらっ!」
弾幕が途切れた瞬間に彼の間合いに突撃する。上段から振り下ろした刃が、大鎌の柄に阻まれるが、構わず刀を振り続ける。
大鎌故にリーチは長いが、その内側では此方に分がある。刀を振り続け、彼に反撃の隙を与えない。そうしようとしたが、彼が俺より上手だった。柄で刀をカチ挙げられ、無防備な上半身を晒してしまう。タグモが再び石突で、俺を弾こうと構える。間合いが開くのは良くない。俺は、彼が突きに出る前に左足で押さえ込む為に石突を踏んづける。そしてそのまま、左足を軸に右足を振り上げて、横面を蹴りつける。
弾き飛ばすには至らないが、彼のバランスを崩させることには成功する。しかし、俺も無理な態勢からの蹴りだった為に着地に失敗し、舞台に倒れ混む。
「ハッハハ!足癖の悪い奴め!」
心底楽しそうな笑顔を浮かべて、大鎌で倒れている俺を刈り上げよう鎌を振るってくる。舞台上を転がり、その一撃を薄皮一枚で避ける。
「赫々しい濁流ぉ!!」
タグモが叫び、舞台に鎌を突き刺す。するとマグマを彷彿とさせる赤黒い濁流が、俺へと向かい迫り来る。
「加速!」
馬鹿の一つ覚えと思われるかもしれないが、正にその通りだ。現状俺は、式の構築が上手くなく即座に使える魔法は肉体強化系の加速のみ。それも瞬間的な強化で長時間持続はしない。タグモのように多彩な魔法は使えないのだ。だが、ナナクツはこれをある種の才能だと言った。加速は、確かに一般魔法よりの難度の低い魔法だ。覚えようと思えば、小学生ですら行使できる。だが彼曰く、その分肉体への不可も低く、消費魔力も少ないので乱用も利く。更に言えば俺の加速による瞬間最高速度はかなり速い部類らしい。完璧に使いこなせれば、俺の無二の力になると彼は助言してくれた。
その言葉を素直に信じて、俺は加速する。強化された脚力で地面を叩き、濁流の射線から逃れそのままタグモへの迫る。まだだ、まだ遅い。彼は俺を目で追っている。もっと速く走らなければ、彼に決定的な一撃を入れることは叶わない。
「加速!」
再び叫ぶ。直線的な動きでは駄目だ。まだ遅い俺の一撃は防がれる。その考えは正しく、タグモは直ぐ様防御姿勢をとる。故に、俺は彼の目の前で急停止し左に飛ぶ。かなり無理のある制動だが、耐えられるように速度を抑え、耐えきれるだけの体に鍛えてきた。
がら空きの横が、その姿を見せる。
刃に纏わせている蒼雷が、より強く弾ける。必中を確信し、渾身の突きを放つ。が、
「爆炎!」
タグモが、自身も巻き込み爆発を発生させる。素早い判断で、今放とうとした一撃を回避して見せたのだ。吹き飛ばされ、なんとか舞台の端で堪える。彼も似たよう状況だったが、不味いと直ぐに理解した。
彼の足元には、再びあの魔方陣が展開している。
「威赫演者」
即座に出現した赤黒い炎の影が四つ。それらは揺らめく炎の剣を構えて襲い掛かってきた。
「加速!」
だが今度は防がない。持続時間が短いならば、全ての攻撃を掻い潜り、タグモへと一撃を加えるべきだと判断した上だ。幸い、彼は舞台の端にいる。正面からぶつかっても場外へと押し出せば勝利が掴める。
炎の影は、自己で判断するほどの知能は持たないのだろう。進路を妨げる等はせずに、ただ剣を振りかぶり攻撃を仕掛けてきた。加速した俺の体、意識はそれを寸で避け、彼へと迫る。間合いを詰め、再び刀を構える。
「取った!」
「残念。」
刀を振りかぶり、上段から刃を振り下ろそうと叫ぶ俺だが、タグモは対して静かに呟いた。次の瞬間、俺の視界は炎に包まれ体は空へと投げ出されていた。
何が起きたのか?分かることは、このままでは俺は場外負けを喫するのだと言うこと。何とかしなければと思考する。使える魔法は加速のみ。手持ちの日本刀では、舞台に戻ることも難しい。正直詰んでいる。
ここまでかと諦めようとしたとき、チラリと幸が視界に映る。彼女の表情には、心配も、疑いもない。信頼している眼差しだ。
ここで負けて良いのか?
こんな所で負ける自分に、彼女を守ることなど出来るのか?
自分の中で、何かが震い立った。それと同時に、妙案が浮かぶ。試してみる価値はある。俺は日本刀を強く握り直す。そして、その刃を腰に回し切っ先が空へと向く。蒼雷が強く刃で弾け、完全に刀が包まれる。魔法でも何でもない。ただただ、纏っている魔法の基の量を増やしただけ。体内魔力を使いすぎたのか、視界が霞む。が、歯を食い縛り、ここが気合いの入れ所なのだと意識を保つ。もう、地面まで時間がない。やるなら今だ。
「あ…っあぁぁっ!」
空中で安定しない姿勢から、日本刀を横一文字に振り切る。刃に乗っていた魔法の基が三日月状の刃の形になって飛ぶ。魔法という現象にしていないただの魔力の塊だ。術者から離れればみるみる内に減衰する。が、それでも大丈夫なだけの魔力を込めた。
刃は狙いがそれ、タグモに直撃はせずその足元へ着弾する。彼は、突然の攻撃に防御姿勢を取っていたのだが、それは意味を成さなかった。外れたからではない。むしろ地に足を踏ん張っていた為に、事態は彼にとって、最悪な方向へと向かった。
足元へと着弾した刃が弾けたのだ。まるで落雷のような轟音を鳴らし足元ごとタグモを吹き飛ばした。俺はそれを、地面にドシャリとぶつかりながら見ている。
遅れて、彼も舞台の外に尻餅を突くように落下する。
僅かな沈黙の後、監督役の教師が宣言する。
「勝者、タグモ。」