異常な才能
第四話。これで序章は完結です。
誤字脱字がありましたら、ご指摘頂ければありがたいです。では、どうぞ
幸は、異常なほどに独りを恐れていた。ルルドに保護された初日、それぞれ別々の寝室へと招かれたが、幸は一人部屋を頑として拒絶し、俺との同室を希望した。流石に、倫理的な観点からも、年若い男女を同じ部屋で夜を過ごさせるというのは、些かな問題を感じていたのだろう。案内をしてくれたメイドの方々は困ったような表情を見せていた。だが、余りにも悲痛な幸の泣き方に、俺を含めた全員が心苦しくなり、同室をなんとか認めてもらえた。それから、一週間が過ばかりも過ぎる。
食べているものが良いのか、獣の身体的特徴を持つという亜人種のひとつである、獣人族の体質がそうなのか、幸はみるみる健康的な体つきになり肌にも張りが出てきていた。ルルドには感謝してもし切れない。きっと俺一人では、彼女を十分に食べさせるのは難しかっただろう。また、ナナクツの指導もあり、俺達は中学二年生が習うであろう部分までを無事押さえることはできた。俺も勉学から離れて長いが、意外と覚えているものである。そういった元々の教養も助け、特に苦もなく、俺はナナクツの指導に追い付く事ができだ。そして幸なのだが、彼女は正にスポンジだ。与えられた知識を、誤解無く正確に吸収していくその様子は、そう例えるべきだろう。ナナクツから優秀な部類だとお墨付きを貰い、既に編入しても問題がないレベルでの教養を身に付けた。そして、俺達二人はナナクツに先導されて中庭に訪れた。
「では、魔法をお教えしましょう。」
黒い手袋を嵌めながら、ナナクツはにこやかに口にする。その瞬間、手袋を包むようにぼんやりと白い煙が湧く。
「魔法には属性があります。色と性質がそれを表していますが、私の場合では白い霧の属性となります。一般魔法では属性は意味のあるものではありませんが、攻性魔法や上級魔法ではこの属性が重要になります。またそのような魔法を行使するには、触媒が欠かせません。長年愛用している思い出の品などがそれにあたりますが、魔法に攻撃性を持たせるには、武器の形をした触媒が好ましいですね。」
座学の際にも、この説明はしていた。曰く、魔法というものは、この星を循環する惑星魔力マナ、と生物の誰もが持つ体内魔力エナジーの二つをマナ三、エナジー七の割合で掛け合わせて魔法の基を作る事から始まる。そこに、式と呼ばれる呪文を与えてあげることで、魔法の基は、初めて現象として発現するのだと言う。今ナナクツの両手を包んでいる白い霧は、その魔法の基なのだろう。
「まずは、お二人も魔法の基を作ることから始めましょう。」
そして、驚くべきことは他にもある。なんと、俺にも体内魔力があったのだ。そもそも、大小の如何はあれど、この世界に住まうものならば体内魔力は誰もが持つものだという。それが俺にもあるというのは、ナナクツにとっては当然驚くことではないのだろうが、俺には予想外な話だった。その話を信じるならば、地球には惑星魔力が無かったのだろう。だから、地球の人類では、魔法の技術が出現しなかった。そう考える他ない。
「さてやり方ですが、自分の内側に意識を向けて、エネルギーをイメージして下さい。例えばバケツの中の水でも構いません。それをコップで掬い上げて……。」
ナナクツに言われたように、イメージする。中学生の時に修学旅行で経験した座禅のような感覚で良いのだろうかとも考えたが、意外なほどすんなりとバケツ一杯の水をイメージできた。バケツが百円均一店の水色のポリバケツだったのが少し悲しいがそれは良い。そして言われたように、コップで掬い上げる。そのコップが長年連れ添ったステンレス製のコップだったのは、俺にとって少し嬉しかった。というのも、このコップもゴブリンに襲撃された時に、荷物と一緒に置いてきてしまったのだ。いつか取りに戻りたいが、まだ残っているのかは疑問である。
「次に、自分の外側に意識を向けて下さい。」
促されるままに、内側に向けていた意識を外へと向ける。ブワッと、海のようなイメージが押し寄せる。これが惑星魔力というものなのか、余りにも広大で意識を持っていかれそうになる。
「気を付けて下さいね。惑星魔力に流されてしまうと戻ってこれません。」
そう、惑星魔力を使う時はかなりの危険が伴うのだ。例えば魔法の基を作る時に、分量を頼ってしまえば、術者は逆に惑星魔力に取り込まれ、自然へと様々な形で還元されてしまう。木になったり岩になったり、風になったり水になったりと、飲み込まれれば最後人の形は保てない。
「惑星魔力を掬うのは、スプーン一杯分で十分です。」
彼に促されるままイメージすると、右手の中でバチリと感覚が走る。意識を現実に戻せば、右掌の中で蒼い稲妻が走っていた。隣の幸の右手には、やはりというか黒い冷気が舞っている。ゴブリンに襲われた時、彼等を貫いた黒い氷の槍は、幸の魔法だったのだと改めて確信した。
「なるほど、お二人の属性は分かりました。後は、それを今後使い続ける装備品に触媒として記憶させましょう。」
そう言うとナナクツは、待機していた他の執事に指示を出して、大量の武器を用意させた。だが武器ではなく手袋や靴もある。
「攻性魔法を行使するのに、最も重要なことは術者のイメージです。そのイメージが、攻性魔法の攻撃能力に直結します。そのイメージの助けをするのが触媒です。例えば、剣であれば斬るイメージが魔法の助けになりますし、槍であれば貫き、斧であれば叩き切る。棍棒であれば叩くと言った具合にです。」
「武器でない場合はどうなんですか?ナナクツさんのその手袋みたいに。」
「私は殴打、徒手空拳を攻性魔法のイメージにしています。専守防衛を旨としていますがね。基本は、その触媒をいかに使うかが重要になってくるのです。」
俺の質問に、彼は変わらぬ様子で答える。俺はなるほどと納得するが、武器を手に取るというものには抵抗を禁じ得ないというのも本音だった。武器を否定しようとは思わない。圧政に苦しみ、正義を主張するために武器が必要な場合もあるのだと教えられた。だがそれが出来るのならば、俺もカメラを片手に戦場へと赴いたりなどしないだろう。一介の傭兵として、苦しむ人々の盾や矛として戦ったハズだ。それをしなかったのは、誰か他人の命を奪う覚悟がなかったから。
「……余計なお世話かもしれませんが……。」
並べられた武器をじっと見つめていた俺を見かねてか、不意にナナクツが口を開く。彼へと視線を向けると、真っ直ぐに俺とその眼差しを投げ掛けていた。
「触媒……いいえ、武器はその『怖さ』を知っている者が使えば、最も効率的に、そして効果的な物になります。雄輔様の過去に何があったのか、何を経験されたのか詮索しません。ただ、これだけは言い切れます。武器の怖さを知っていて、その意味を理解しているのならば本当の意味で、貴方は武器を持つ意味がある。」
彼の瞳は真摯だった。その言葉に取り繕いも、誇張もないのだろう。見抜かれたという驚きよりも、彼の濃厚な人生の経験が導きだした、俺のために練り上げてくれた助言がなんとなしに嬉しかった。
そうだ、俺は武器の怖さ。命を奪い、奪われる怖さを知っている。つまり武器を手にすることの責任を、理解していた。
俺が戦場カメラマンとして活動を始めたばかりの頃、インタビューに応じてくれた一人の兵士の言葉を思い出す。曰く、「理不尽に殺されるより、不条理に奪われるよりも、武器を手にして弱者を守ったほうが何倍もマシだ。結果的に誰かの命を奪い、地獄に招かれようと、俺は無辜なる民を守ったのだと胸を張れる。」彼の瞳に迷いはなかった。まだ若く、未熟な正義感でのみ動いていた当時の俺は、彼に反発してしまった。人の命を奪うのは悪だとし、彼を糾弾した。
その意見、考え方が間違ってるとは今も思っていない。誰の命も奪わずに、平和に隣人を愛しながら過ごすことが、全ての人々の幸せに繋がると信じている。だが、現実はそのように優しくは無いのだと俺は、戦火に怯えて過ごし教えられた。そして彼の言葉の意味も。
武器とはなにも、他者の命を奪ったり、傷付けたりするのが目的ではない。理不尽に怯え、不条理に傷付く人々を守るための盾にもなるのだ。ならば、俺はなんのために武器を手にする?いや、俺は今何を目的にしているのか。
元の世界に帰るため。
当然だ。仲間達の死を無駄にしないためにも、一分一秒でも早く元の世界に戻り、俺のカメラの中に入っているフィルムを現像して、世界へと発信するのだ。そのためには、元の世界に帰る手段を見付ける必要がある。おそらく、魔法がその鍵となることは予想できる。異世界転移、長距離ワープ。なんであれ、地球に戻る可能性を探すには、魔法をより詳しく学ぶ必要がある。
いや、と頭を振る。確かにそれは俺の目的である。だが、武器を取る理由にはならない。ふと、視線を横にずらせば、沢山の武器とにらめっこしている幸が視界に入る。彼女は純粋な瞳で、初めて見る武器を観察している。
そうだ、武器を取るということは、誰かを守る覚悟をすることだ。自己の利益のためだけにこれらを手に取ることは出来ない。ならばせめて、幸を守るため。俺の目的、大義は彼女が自立出来るまで、俺自身が彼女の盾となるんだ。
一番手近にあった、日本刀のような剣を手に取る。黒漆で塗られた鞘に、自分の顔が写る。今の顔は、戦場カメラマンとして活躍していた俺の顔ではない。年若く、高校で友人達と馬鹿話で盛り上がっていた時の顔だ。当時と違うのは、俺は沢山の出会いと別れを経験したことだろう。
右手で刀の柄を握る。バチリも掌に走っていた雷光が駆け、この刀が俺の物になったのだと直感した。
「ワタシはこれにする!」
続いて、幸も気に入った物を見付けたのだろう。改めて彼女へと視線をずらす。
「鉤爪?」
それは、忍者が壁を昇るときに使う道具。鋭利に尖ってはいるが、武器としての使い方を想定されている物ではなかったはずだ。何故こんなものがあるのか、甚だ疑問ではあるが、彼女は心底気に入ったのだろう。嬉しそうな表情で鉤爪を両手に嵌めていた。
「お二人とも出揃いましたね。」
ナナクツは満足そうに頷くと、待機していた執事に他の武器を片付けさせる。
そこから彼は、丁寧に魔法のいろはを教えてくれた。魔法の属性が示す意味や、魔法の使い方。その上での心構え。そして戦い方。だが、その中で俺は疑問を抱いた。ゴブリンに襲われた時、幸が使った氷の魔法。あれは間違いなく攻性魔法に分類するものであり、触媒を経由せずに行使することは困難な技術であると言うことだ。
冷静に考えてみれば彼女の物覚えの良さは、異常と云わざるを得ない。日本語の理解速度、勉学、魔法。あらゆる物を吸収している。才能という一言で、片付けて良いものなのだろうか?
「ハイ!ナナクツはどんな魔法が使えるの?」
そんな俺の思案をよそに、幸は挙手してナナクツに質問を投げ掛ける。彼は、にこやかにそれに応じて見せた。
「そうですね、魔法の属性。話の復習として実演してみましょう。霧は立ち込める物です。司会を奪い、音を奪う。その性質を理解すればこのような魔法を使えます。……」
手袋を嵌め、再び魔法の基を両手に産み出した彼は、一拍の沈黙を置く。無詠唱という高等技術である。魔法の基に式を送るには、口頭で呪文を唱えるか、心の中で思い描く方法がある。若干の時間を要するが、確実に行える口頭詠唱と、ほぼノータイムの代わりに高い集中力を要求される無詠唱。彼は、その無詠唱による式の構築をなんの苦もなくやっていた。
「え?」
「うわぁっ!」
俺は間抜けな声を挙げ、幸は感嘆を漏らした。
彼が右手を軽く振るうと、霧で作られた影が出現し俺達にお辞儀をして見せた。
「ミストシャドーという魔法で、その不定形の形を武器にあらゆる場所への侵入捜査が可能です。まぁ私の場合は、主に雑用の手伝いをしてもらっていますが。さて、では次はお二人も魔法を実際に使ってみましょう。最初は一般魔法から……」
ナナクツは、笑顔を浮かべて俺達に言った。
確かに、幸のことは気になる。気にはなるが、今はこちらに集中しよう。何よりも、俺自身少しワクワクしているのだ。学生の頃に遊んだゲームのように、読み耽った空想小説のように、魔法を巧みに操る自分自身を思い描いて胸が高鳴っていた。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
夜。ククリを照らす人工太陽光の灯も消え、住人の誰もが寝静まるような時間にも関わらず、ルルド邸の執務室には明かりが灯っていた。
科学により作られた電球が、電気系魔法結晶をエネルギー源として、ルルドの作業を明るく照らしているのだ。彼は、今商会から挙げられてきていた、直ぐ様決を取らなければならない書類と長時間の格闘を続けていた。
コンコン
不意に、執務室の戸が叩かれる。彼には、それが誰かは分かっていた。書類に眼を落としながら、彼は「入れ」と告げる。扉が開かれ、ナナクツがお辞儀をしながら入室してくる。
「ヴァーグ様、ルーン様よりお電話が入りました。」
ナナクツの言う電話とは、雄輔や諸君の知るそれとはほんの少し異なる。元々、念話という上級魔法が合ったのだが、長時間の通話には向かずまた念話が出来る者同士でなければ使用できない上に、近距離で他にも別の念話が使用された場合に干渉しあうという始末だった。そこで、科学により念話を簡略化し、物理的に補強するシステムが生まれた。電気系魔法結晶を原動力としているため、電話とよばれている。
「分かった、繋げてくれ。」
「畏まりました。」
ナナクツは再び、恭しく頭を下げると執務室から出ていく。すると直ぐに彼の机の上の電話が鳴り、受話器を取る。
「お久しぶりですね。……流石耳が早い。いや、目が早いと言うべきですかな?…………そうですか……まだ、猶予はあるのですね。……………因果なものですね。分かっています、もう我々は託す側だ。」
彼の表情には、緊張が見てとれた。
ルーンと呼ばれた人物が何者か。一体なんの話を彼らがしているのか、今はまだ知るよしもない。だが、一つだけ確かな事がある。今のルルドの表情は雄介達に見せる優しいものではなく、かといってルルド商会元締めとしての経営者の顔でもない。あえて形容するならば、歴戦の古兵の、戦士の表情にみてとれた。
次回から、物語が本流に乗り始めます。
雄輔と幸のこれからを、どうかご一緒に見守ってあげて下さい。
ご感想、ご評価頂ければ幸いです。
では、また次回お会いしましょう。