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始まり

どうも、はじめましての方ははじめまして。晴れの日改めイワシン信奉者です。

今作は以前投稿していました異世界異写録のリブート作品となります。三年以上触れていない状態だったので覚えいる方がいるかどうか……。

できれば、雄輔達の物語にお付き合い頂ければ幸いです。

長い物語になるかと思いますが、どうかよろしくお願いいたします。

 日本は平和で安全な国だったのだと、この仕事で生活する内に強く実感するようになった。

 俺がこの日記をつけているのは、東南アジアの某国。長い間利権問題による権力者同士の戦争が続き、戦場カメラマンの俺は、この国で生活を始めて既に三年の時間が過ぎて年齢も三十を目前に控えていた。言葉にも慣れ、食文化にも違和感を感じないようになれば、俺も板についてきたと実感できた。

 この国の人々は、緊迫した戦争のただ中でも、話をすれば多くの人物が優しく、日本人である自分を暖かく迎え入れてくれる。軍人でさえそうであった。彼らは明日の我が身も分からず、友を失う様を目の前で経験しているからこそ、一つ一つの出会いを尊び、愛している。戦争を真に望んでいる者は、一部の富裕層と出世欲を見せる士官のみであった。

 これも、そういった一部の士官が見せた我欲の影響なのかもしれない。つい数日前までは、比較的平和な非戦闘区域だったはずの油田基地が、非政府軍の秘匿制圧部隊に制圧されていた。状況証拠からの判断だが、ほぼ間違いない。

 前線での取材を終え、首都にある拠点への帰路の途中、件の油田基地の近くを通行していた際に運転手が狙撃されたのを俺は目にした。その時頭を過ったのは、「次は俺かもしれない」という諦めにも近い恐怖だった。同業者が地雷を踏んだ。恥ずかしがりながらも、カメラに写ってくれた親子が空爆に巻き込まれた。同じ拠点を利用していた知り合いのカメラマンが、テログループに拉致された。気心のしれた友人が、流れ弾が直撃して死んだ。この国では、生き死にに関する話題が絶えない。いつかは俺の番も巡ってくるのだろうと、頭の中では理解していたが、いざ自身の命に危機が目前と迫ると直感的に恐怖を覚えてしまう。

 運転手を失ったワゴン車は、蛇行し近くの林の中に突っ込んだ。車の中がガクガクと揺れ、頭をしこたまぶつけてしまう。鈍い痛みを覚えるが、まだスナイパーがスコープから俺の頭を観察しているのではないかと恐怖が苛んでいた。


「早く車から降りろ!」


 メンバーの一人で、傭兵出身のフランス人の男が声を上げる。彼に従い次々とメンバーがワゴン車から降り、突っ込んだ林から木の陰を縫うように奥の森へと走っていく。最後に俺がワゴン車から降りる。車は大きな木にぶつかったようだった。運転席では、この国に来てからの三年間を共に過ごした仲間であり、友人の一人が物言わぬ屍となり、ハンドルに体を預けていた。彼はもう、あの気のいい笑顔を向けてくれはしないだろうと考えれば、胸の奥が締まり悲しさと虚しさが溢れかえる。死が隣り合わせで、いつも近くに誰かの死があったとしても、俺はこれに慣れることは出来ない。この仕事に向いていないと云われたこともある。だけど俺は、誰かの死に慣れてしまうことはきっと、人としてあってはならない事なのだと思う。


「ユウスケ!」


 元傭兵の彼が俺を急かす。最後にもう一度運転席の彼へと目配せし、最後の別れを告げてから俺は駆け出した。

 ひとまず首都に向かい、件の油田基地が武装組織に制圧されていること公表しなければという使命感に俺達は包まれていた。仲間の死が、俺達に正義感の灯を点けていたのだと思う。だが、その道のりは決して穏やかなものではなかった。毒蛇に襲われ、一人が助からずに安楽死を選んだ。体に出来た傷から細菌が侵入し感染症を患って一人が死んだ。野生動物に襲われ、二人とはぐれた。

 気が付けば俺は、一人きりになってしまっていた。今どれほど歩いただろうか?確か歩き始めてから、少なくとも三週間は過ぎていたと思う。幸い食料には余裕があるが、問題は水だ。酷い酸性雨であるが、四日前に降った雨を最後に水分が手に入っていない。まっすぐ東に歩いてはいるが、これが本当に首都に近づいているのかも分からない。あの油田基地から約東に八百キロメートル先が首都なのだが、道中は険しい山が続いている。体力は限界に近かった。もう、日記も遺書を書くような心持なのが本音である。

 面の荒い紙から、不意にボールペンを離す。なんだろうか、今遠くから人の話す声が聞こえた気がする。

 もしかしてはぐれた仲間たちかと淡い期待を抱くが、それはすぐに否定される。声音は気配を押し殺し、獲物を狙う狩人であるかのように、足音をさせず、じわりじわりと間合いを詰めてくる。

 俺は慌てて走り出す。ペンとノートはそのまま投げ捨てた。背負ったままの荷物も置けばいいもの、それが頭に浮かばないほど俺は慌てて走り出した。足が重く、重い荷物のせいで足がもつれそうになるが、一心不乱に足を前へ前へと送る。止まったら殺される。俺まで死んでしまえば、仲間達が文字通りの無駄死にになってしまう。いや、それ以前に俺は、俺が死にたくないのだ。生きたい。生きたい。

 心の底から生にしがみつき、がむしゃらに走る。

 どれほど走り続けたか。十分か?一分か?それとも五秒か?時間の感覚などすでにあやふやで分からなかった。俺が初めて違和感に気が付いたのは、足の裏に土や草、石の感覚が無くなってからだ。体に積み重なっていた疲労感が消え、森の中だったハズの視界は一面白く地面と壁、空もしくは天井が全てあやふやな空間に気が付いた時にはいた。不思議な場所だ。自身の感覚までもがあやふやで、まるで空気に溶けていってしまうような。

 ここが死後の世界だとでもいうのだろうか?だとすれば、俺は後ろから撃ち抜かれ、そのまま気づかぬ内に死んでしまったということなのか。悔しさが胸の内から湧き出てくる。仲間達の死を無駄にしてしまったという懺悔が、とめどなく俺を苛んだ。もう、何もする気が起きない。その場にへたり込み、リュックを背もたれにして脱力する。

 死後の世界だと云うならば、走る意味も、動く意味も、考えることすら無駄に思えた。いや実際そうなのだ、死後の世界であれば何をしても意味がない。無駄に終わる。そうだ仲間達の死も、俺自身の死も、世界には何の影響も与えないだろう。空しくも感じるが、だが同時に憤りを感じる。彼らのその生涯は、決して無駄になっていいものではなかったハズなのだ。誰かに愛され、誰かを愛し、そして自らの矜持を持って、その職務にプライドを抱き挑んでいた。戦争という不条理に挑み、そこで奪われる理不尽な生殺与奪に真っ向から向きあった彼らの死が、その生涯が無駄なんだということは、決して認められるものではない。

 憤りに震え、奥歯を噛み締めると不意に、視界が黒くなる。否。目の前に巨大な黒い何かが現れたのだ。

 俺が目線を上げると、そこには二十メートルを優に超える高さと、横にまた二十メートルほどの幅を持つ丸みを持つひし形の黒い何か。あえて形容するならば鱗であろうか。そんな巨大な、黒い鱗が眼前に急に現れたのだ。混乱してしまうのは当然の反応だろう。先程までの燻った怒りが、呆気に取られたことで追いやられる。これが何なのか?どこから現れたのか?疑問は尽きないが、ぞわりと、背筋をなぞる悪寒を覚える。これは、相対してはならないものだと、頭が直感した。

 だが同時に、自然とその鱗に右手を伸ばす。

 鱗の表面は、細かい凹凸が見て取れる。窪んでいる部分の奥に、黒に限りなく近い藍色が波打っているようだ。まるで意志があるかのように、その波は不規則で何かの言語のようにも見えた。だが鱗の意志も、言葉も俺には読み取ることは出来ない。

 右手の指先が、鱗の稜線に触れた。そして滑るように窪んだ部分。脈打つ黒い藍色に触れた瞬間。視界が変わる。

「え?」

 そこは、つい先ほどまでいた白い空間とも、東南アジア某国の森の中とも違う。この場所も森なのだが、樹木のサイズが圧倒的に違う。非常に巨大な針葉樹に囲まれている。例えば、ロシアやカナダの奥地にあるようなそんな深い森の中にいた。

 ここはどこだろうか。専門ではないために、この樹木の種類は分からないが少なくとも、東南アジアでは見たことがないのは確かであった。どういうことなのか?考えてもまるで答えが見えない。仮にこれが現実だとして、なぜこのような事態に陥っているのか。


「状況が飲み込めない。」


 思わず口をつく言葉は、ほぼ無意識下によるものだった。

 ひとまず、状況の確認をするべきなのだろう。俺は、自分の胸ポケットから携帯を取り出し電源を付ける。表示された時刻は、最後に携帯を確認してから三十分程の時刻を指し示していた。GPSは繋がらず、携帯は圏外。全く見ず知らずの土地で宛もなく放り出されたということだ。

 だが少なくとも、ついさっきまでいた真っ白な空間よりは、確りとした感覚があった。漠然とした死後の世界という直感は薄れ、草木や土の香り、大地に自分の足で立っているという確立された感覚がある。ならば、再び燃え上がるのは使命感だ。あの油田基地は元々彼の国の政府が運営していたが、国連の介入により定められた中立拠点である。にも関わらず、非政府軍はそれを不当に支配下においた。その事実を公表し、死んでいった仲間達の仇を討つのだ。俺は、携帯の電源を再び切って。町を探そうと奮起した。

 まずは川を探そうと、思考を切り替えて足を運ぶ。川沿いに進めば、人の集落が見付かると踏んで、ひとまず方位磁石に従って南に歩を進めた。だが、道中俺が知らなかったモノを多く見た。まず、木の上で器用に枝と枝を行き来している猿。しかし、足がとても小さく、テナガザルのような長い腕を四本持った毛深い生き物が、頭上の木でにぶら下がって休んでいた。おそらく知能も高いのだろう。針葉樹の長く硬い葉をむしり、自身の歯の手入れをしていた。思わずカメラを構えて撮影してしまったが、シャッター音に驚いた猿は、そのまま森の奥へと消えていってしまう。他にも、甲虫の一種なのだろうが、人間の親指程度の大きさでクワガタのように薄い体を持っている虫。驚くべき事に、その虫の甲殻は鉄で出来ているように思えた。発見したのは偶然で、蹴ってしまった小石が金属にぶつかるような音をさせたからだ。この甲虫が持つ鉄の甲殻は、かなりの硬度と重量を持つようで空は飛べないのだろう。羽は退化し、陸上をのそりのそりと歩いていた。当然だが、その甲虫の写真も一枚納めた。だが、動物や虫ばかりではない。草木にも、不思議なモノが数多く存在していた。まず、偶然見つけた一輪の花。朽ちた針葉樹の根本に生えていたその植物は、紫色の美しい花を咲かせていたが、良く見れば朽ちた針葉樹の幹の中は、別の植物の根が這っており、それはこの花へと繋がっている。またこの植物は、葉を一つも持たない事に気が付く。いかにして光合成し、栄養を補給しているというのか。そもそも、こんな深い森では日の光は大地までは届きにくく、普通の植物は育たないだろう。実際。足元の植物は数は少なく、苔や、一部雑草が点在するのみだ。しかし、この植物は光の全く入らない場所に根を下ろし、立派な花を咲かせている。そこで考えられるのは、この花が寄生植物であるとの考察だ。針葉樹の根本に寄生し、宿主が吸い出した水分。作り出した栄養を奪い、花を咲かせるのだろう。栄養を奪われた針葉樹は、ただただ朽ちてしまう。そう考えると、この美しい花が、なんとも恐ろしいモノに見えてくる。他にも、茸の一種なのだろうが、傘の大きさが二メートルを越える巨大なもの、蛇に似た形の花を咲かせている不思議な植物など、多種多様な動植物を発見できた。運が良いことに、熊などの大型な生物や、狼といった捕食者に出会さずにすんでいるのは僥倖だ。ここまで豊かな自然と食物連鎖を持つ森であれば、食物連鎖ピラミッドの最上段にはそれなりの肉食生物もいて然るべきだと考えていた。主だった動物が夜行性の可能性もあるが、現状は自分の命が脅かされる事態には陥ってはいない。

 また目当ての川も直ぐに見付けることができた。それなりに大きな、澄みきった綺麗な川である。異臭もせず。良く見れば魚も泳いでいる。やはり、ここは自分がいたあの国とは違うのだろうと実感した。何故なら、長年続く戦争のせいで、彼の国の河川は全て汚染されているからだ。そのままでは決して飲むことはできず、魚も泳げない死の川となっていた。それに引き換え、この川はなんと美しいことか。だが、油断はできない。一見綺麗に見えても、本当に飲める水だとは限らない。空きの飯盒とホース。それから水筒があるので蒸留ができる。まずは水質を調べようと荷物を下ろして膝をつく。


ズ……。


 何の音だろうか?何かがずれる様な音がした。スマートフォンとコップを取り出そうと屈んでいたが、音に誘われ顔を上げる。ソコには黒い『穴』があった。真っ黒な穴が空中に浮いていて、まるで空間に切れ目を入れて広げている様だった。


「…なんだ?」


 いったい何が起きているのか、この穴は何なのか。まるで俺には理解できなかった。

 ユラリと、穴から白く細い腕が伸びる。まるでホラー映画で見る幽霊のようで、思わず恐怖で尻餅をつく。さっきから、理解の範疇を越えた出来事ばかりで混乱しているのに、ここに来て追い討ちを掛けてくるかと嘆息を吐きたくもなるが、俺は一つ気がついた。

 穴から伸びる腕は、手首に腕輪を嵌めており錆び付いた鎖が繋がっている。そして腕は傷だらけで、白い肌が所々青く痣になり、赤い擦り傷で痛々しい。

 記憶が重なる。自爆テロに襲われた町の中で瓦礫から伸びる子供の腕。助けられなかった人々の顔、顔、顔。俺は思わず腕を伸ばしていた。靴を川で濡らしながら、彷徨うように、力なく伸びていたその腕を掴む。暖かい。生きてる。ならば今度は助けると決意し、腕を引っ張り上げる。黒い穴の中からズルリと、一人の少女が姿を表す。服というにはあまりにお粗末な、黒いボロ衣に身を包んだ少女。あまりに軽く、栄養失調のような痩せ細った体、両手足に全て枷のように鎖が繋がっていたが、錆びて腐り落ちたのか、拘束具としての役割は果たしていない。長い黒髪は、本来は美しいハズなのだろうが、埃に汚れている。それでも、彼女の持つ端正な顔立ちの、魅力を損なわせるには到らない。しかし、何よりも目を引くのは彼女の頭だろう。まるで兎の耳のような器官がそこにはあった。ボロボロで一部切れてはいるが、その兎の耳も彼女の手と同様に暖かい。左耳に付けられている、金色のイヤリングのような物がカチャリと鳴った。

 彼女の風貌に、一瞬呆気に取られたが、黒い穴から引っ張り出した彼女を落とさないように抱き止める。正直な話、俺は四本腕の猿や、鉄の虫よりも驚愕している。人間と同じ姿形をしながらも、兎の耳を持つ謎の少女。驚くなという方が無理がある。


「う……。」


 少女が呻く。閉じていた瞼が開き、彼女の蒼い瞳と眼があった。


「う、あぁっ……っ!」


「ちょっ!危ないって!?」


 急に暴れだした彼女だが、その力は非常に弱々しい。


「っ!?」


 俺の二の腕に噛み付いた彼女だが、少し歯が食い込むだけで、そこまでの痛みを感じない。非常に興奮し、警戒心と恐怖心を隠さずにこちらを睨んでいる少女。しかし、ふっと力が抜けると、彼女は再び気絶してしまう。いったい何なんだと考えても当然答えは出ない。俺はため息を一つ吐いて、彼女を抱えて岸へと戻ろうと踵を返す。だが不意に、あの穴はどうしたのだろうと気になり振り返る。


「っっ………!?」


 ソコには、無数の眼があった。血のように赤い目が黒の中で開き、こちらを凝視している。それが何なのか、何者なのか。そんなことは俺に分かるわけがないが、その眼から向けられる物は知っている。殺意だ。あの時、油田基地で運転手の彼が撃ち抜かれた時に感じた物と同じような、明確な死に対する恐怖だ。足が震え、脂汗が吹き出る。


ズ……


 再び、何かがずれる様な音が鳴り、穴がゆっくりと閉じていく。そして穴が閉じきるまで、俺はその赤い眼から視線を反らす事が出来なかった。


「なんだよ…あれ…。」


 呟く言葉に、答えが帰ってくるハズもない。何がなんだか分からないまま、俺は岸へと向けて、再び動き出す。ひとまず、この少女を介抱することが先決だと考えたからだ。





 パチパチと、薪の爆ぜる音が響く。

 高かった日は傾き、大きな木々に囲まれたこの場所は、既に薄暗くなっていた。森の方に目を向ければ、既に向こうは闇に染まっている。少女は、持っていた寝袋に包まれ、小さな寝息を立てている。硬い石よりはましだと考えて、川部と森の境界線にある柔らかい土の場所で彼女は眠らせているが、それでも些か寝辛い環境であるハズだ。しかし、彼女は完全に熟睡しているようだった。

 お陰で、幾らか考える時間も手に入った。とは言っても、状況証拠と予測からなる根拠の弱い話なのだが。まず、俺がいるこの場所が、地球ではない可能性に気が付いた。今までの四本腕の猿や鉄の虫などは、探せば地球にも居そうな気がする。だが、少女が出現した黒い穴。あれに関しては説明がつかない。少なくとも、あんな現象を見たり聞いたりした経験は俺にはない。そしてこの少女のように、獣の耳を持つ人間というファンタジーの世界の住人のような特徴も、俺は現実で見知った記憶はない。そもそも俺は、東南アジアにいたハズなのだ。だが周りの景色はそれとは全く違う。このような針葉樹の木々が密集した森は、俺の記憶が正しければあの国には無かった。そして、俺が経験したあの真っ白な空間。あれが最も俺から現実感を奪っていた。日本人として生活していた頃、確か『異世界転生』というジャンルの漫画、小説、アニメが流行していた時期が合った。俺も学友に薦められ、幾つかその手の作品に触れたが、現在の俺と符合する点がある。だが、俺が異世界転生したとする推測は、流石に現実感が無さすぎるとして、俺はこの考えを即座に切り捨てた。だが、合理的かつ客観的な現状の推測をしても、どれも非現実的なものばかりだったのも事実だ。その為、現状の仮説としては四つ。一つが本当に『異世界』である可能性。そしてもう一つは、何らかの要因で地球に良く似た別の惑星に転移してしまった可能性だ。こちらも現実感はない。むしろ異世界と同程度突拍子がない話と言える。また別の仮説は、未来または過去の地球にタイムトラベルした可能性である。過去は難しいにしても、未来ならばあり得る話かも知れないと考えていた。一般相対性理論において、未来に行くことは然程難しい理論ではないと、戦場カメラマンとして職場の仲間だったイギリス人の男性が俺に語っていたため、その知識は少しだけある。だが、それでもやはり現実的な予測とは言い難い。

 そして最後の一つ。これが最も現実的な仮説と思えるが、俺が本当に死んでいる可能性だ。今のこの世界は、死にかけの脳が見せている、微睡みの中の夢だとすれば、非現実的な現象も全て納得が行く。しかし唯一の問題が俺は今、確かに自分が生きていると実感していることだ。死を恐れるし、腹も減る。息を止めれば苦しく、水の冷たさも感じた。とても、自分が本当は死んでいる等とは思えなかった。確かにあの白い空間の中だったなら、この仮説を素直に飲み込めていた。生きている実感が無かったからだ。だが今は違う。決定的に違うのだ。

 パチッ、と一際強く火が鳴いた。思考の海に没していた俺の意識は、現実に戻り焚き火に薪をくべる。分かったことは他にもある。それは水が全く汚染されていないことだ。そのまま飲料水としても利用できる。俺のスマートフォンには、掬った水を撮影しその汚染度を計測できるアプリがある。取材先のトラブルで、現地で水分の調達をしなければならない時には散々助けられたものだ。それを使って調べてみたところ、なんとこの川に流れる水は全く汚染されていない事が分かった。それこそ、人が文明を始める前の時代のような、そんな透明度を誇っている。

 これは幸運だと、長年連れ添っているステンレスのコップで掬い一口飲んだのだが、驚くほどに透き通っていた。水にここまでの清涼感を感じたのは生まれて初めてだと、一種の感動すら覚えた。そして、懸念していた水の問題が解決したという安心感は、思考に疲労していた俺の頭を少しだけ晴れやかにもしてくれた。2つの水筒に波々水を汲み。彼女が起きた時の事も考え腹拵えの用意も始めた。それがつい十分前の出来事だ。今は鍋にお湯も湧き、大事に取っておいた白粥のレーションを二つと、トマトスープのレーション二つを温めている。

 職業柄、レーションにはそれなりの拘りを持っているが、やはりというか日本人はお米が欲しくなってしまうものだ。安くはないが、お粥や白米のレーションは必ず持っているようにしている。特にお粥は、消化に良いため飢餓状態だったとしても、食べて問題のない食品である。やっぱお米って凄いや。


「う……?」


 彼女の呻く声が、か細いながらも俺に届く。視線を彼女に動かせば閉じていた瞼を再び開き、揺らめく焚き火の明かりに照らされた蒼い瞳が俺の視線と交わる。その瞬間、彼女の瞳に怯えが混じったのを見逃さなかった。彼女は、ゆっくりと体を起こす。寝袋からどうにかこうにか出ようと身動ぎしている。俺は、ちょうど頃合いになったレトルトを取り出し、彼女の分を器に移す。そうでないと、慣れない内は袋から直接は食べるのは熱くて火傷してしまうからだ。


「うぅ……?」


 封を切ったレトルトの匂いに気が付いたのか、首をかしげる。見た目から予測は出来ていたのだが、やはり空腹なのだろう。目に見えて警戒はしているが、白粥とトマトスープが気になっているようだ。


「食べるだろ?熱いから気を付けて食べるんだぞ?」


 軽く頑丈なプラスチックの器二つとスプーンを差し出す。スンスンと鼻を鳴らす彼女。匂いを確かめているのだろう。しかし、喋らない少女だ。

 恐る恐るといった様子で、器を受け取った彼女はトマトスープとお粥を交互に見詰める。それをどうするのか、理解できていないようだったので、俺は自分でやって見せる。自分の分のお粥をスプーンで掬い、息を吹き掛けて冷ましてから口に含む。ずっと変わらない味は安定している。旨いか不味いかで言えば、旨いのだが少し物足りない。梅干しが欲しくなるのが本音である。

 俺の食べ方を真似、彼女もお粥を食べ始める。冷まし方が弱かったのか、ハフハフと熱そうにしているが食は進んでいるようだった。ひとまず安心だなと、焚き火を挟んで反対側に腰掛ける。

 トマトスープを口に含むこちらは白粥と違って、確りと味がついている。彼女はそれも見ていたようで、俺を真似してトマトスープを一口。すると、今まで垂れていた左耳がピンと立ち、金色のイヤリングがチャリっと鳴る。。そして警戒心と恐怖心に染まっていたその表情が晴れ渡る。目を輝かせ、トマトスープと俺の顔を交互に見てくる。どうやらトマトスープは彼女の琴線に触れたようだ。自分の分を一気に空にした彼女の食欲に、少し驚きつつも元気なのは良いことだと空いてしまった彼女の器に、俺は自分の分のトマトスープを入れてあげる。すると彼女は、一瞬嬉しそうな顔を見せたが、食べても良いのかと問うような目の色で俺に視線を投げ掛けてくる。それに俺は頷くことで答える。また反対側に戻り、幸せそうにトマトスープを楽しむ彼女を眺めながら、残りのお粥を食べていく。空には星空が覗き始めていた

因みに自分のミスは、変更したメールアドレスを設定しないまま、パスワードを忘れるというやらかしです。(粗大ゴミかな?)


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