有明の残月
それから悠夏は一人日常へ帰された。家に帰って、両親に抱かれ。
置き手紙をしたとはいえ1週間近く突然いなくなってしまったのだから、もちろん警察沙汰にはなっていたけれど。病院に行っても手首や首には異常はなく、怪我の一つもない。
そういうわけで神隠しだとか、奇妙な事件として語られることになった。
「何も覚えてないんです。分かりません。」
誰に何を聞かれても、悠夏はそう答えた。それしか言えない。伽夜のことを話したって、誰も信じてくれるはずがないのだから。
そのうちに、一件の騒動は収束へと向かい、半年も経てばもう誰一人としてそれを話題に出さない。
悠夏はそれから暫くはぼんやりと日々を過ごしていた。
時間が経つにつれて何かあったような気もするし、何もなかったような気もする。そんな不思議でフワフワとした気持ちに襲われて、夢と現の区別が曖昧になっていく。
今日も授業中に頬杖をついて外を眺めていた。時々空に舞う鴉を睨めて、何かあったようなあの日を思い出そうとする。
あれからどれだけ帰り道を注意深く歩いても、地図を見ても、伽夜がいた場所へ続くような道はどこにも見当たることがなかった。
図書館で本を調べると、それっぽいものはいくつかあったが、それが伽夜だという証拠が無い。
そして童心に帰れる砂利道も、風邪と心臓の音しかしない雑木林も、随分前に無くなっていたもののようだった。
もしかしたら伽夜は元々いなかったのではないか。
そう思ってしまうほどに何もかもが無くなってしまっていて、悠夏は焦りとも悲哀とも取れる感情に涙する。
そういう時、部屋に残した置手紙を読んで伽夜がいた事を改めて認識する。
『私は元気です、大丈夫です。神様のとこにいます。ちゃんと家に帰ってきます。』
稚拙な文章ではあるけれど、確かに自分が何処かに行っていた証拠であり、伽夜がいた証拠であった。
ところで、せっかく部屋に置いておいたのに、悠夏が帰宅するまでの間両親はそれに気づかなかったらしい。
しかし改めて読み返すと少し誤解が生まれるような内容で、読まれてなくてよかったと悠夏は安堵する。
「...もう、会えないのかな。」
散々振り回されたとはいえ、時々そう思ってしまう。なぜそう思ってしまうのかは分からない。それは同情かなんなのか。