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悠遠の御伽噺  作者: じゅるり
8/10

八千代の孤独

 今の伽夜は起き上がれることほどの力は残っていなかった。自分という存在が危ぶまれた伽夜は今、悠夏に抱かれて肩で息をする。

「ごめんね。私がこんなだから。」

 時々、伽夜はそう呟く。悠夏にはなんて言っていいのか分からないし、どうしていいのかも分からない。

 だからふと思った疑問を訪ねる。

「ねえ伽夜...伽夜は、どうして神様になったの?」

「...ふふ。どうしてかしらね。」

 一度深く息を吸い、吐く。冷や汗が滲んではいるが、先刻よりはだいぶ楽にはなったようで伽夜は微笑んでいた。

「私が生きてた頃は苦しい事ばかりで。きっとすがりたかったのよ、みんな。

 そこにちょうど私がそこにいてしまって。」

 伽夜は冷たい手でひらを悠夏の頰を撫でる。

「お母さんに、祀られるために生まれたんだって、それが私の役目って言われて。

 あの社から出るのは許されなくて、寝ても覚めても修行だとか、そんなのばっか。...本当は、普通の女の子みたいに笑いたかったけど。きっとそれがいけなかったんだわ。」

 そっと、伽夜は自身の手のひらを見つめて悠夏の温もりを確認する。

 少しだけ温まった指先はほんのり赤く、桃のような淡い色をしていた。

「春風と舞い、夢に現を抜かしたいって毎日思ってたの。思うだけだったけど、そのせいで無欲になれなくて、だからきっと鬼神になってしまったのね。」

「じゃあ伽夜は、神様になりたくなかったの?」

「さあ、分からないわ。なりたいようななりたくないような。

 ただ、私が初めて好きになった人は、婿じゃなくて生贄として一度契りを結んだのよ。

 みんな鬼は災いを呼ぶし嫌いでしょう?だから私は好きな人に嫌われて。その時は心底悲しかったわ。...ふふっ。」

 なんだかおかしかった。

 時を超えて、この心情を吐露している相手がまだあどけない少女で。しかも、嫌われた相手の子孫。

 最初は顔立ちの似た悠夏に思慕を投影していたが、次第に悠夏に想いを巡らせていたのはいつくらいからだろう。

 合理的に説明しがたい伽夜の人生は滑稽で、奇妙で。

 ぐしゃぐしゃの鬼姫は涙を流す。

「私って、なんだったんだろうね。」

 言い難い感情に悠夏は口をつぐむ。


 ***


「八朝の歯牙にかかったか。全く、己の私欲のために私の名を汚した上に身を滅ぼすなど本当に愚の骨頂でしかない。」

 伽夜が静かに目を閉じた頃。彼は誰時の夕闇の中に知然が現れる。今の悠夏にとってそれはタイムリミットを示していた。

「さあ桜庭。それを私によこせ。」

「...伽夜はどうなるの?」

「それはお前が知らなくてもいい事だ。」

「ううん、だめ。」

 悠夏は首を振る。

 一方で知然は、ふつふつと煮える身内を目に浮かべながら冷静に悠夏を見下ろす。


 八朝も言ったように、神とは純正でなければいけない。

 だが実は伽夜のような神は少なくは無い。

 そしてそのような神は、大概がそこにいるだけでいい自我の無い傀儡であり、使い捨てである。

 その事は知然のような位の高いものしか知り得ない。円滑に事を進めるために、秘密にしておくべき事もあるのだ。

 伽夜の場合、神名の言結綾識ノ耶姫とは知然の名を持って与えられたものであり、つまり知然の一部である。

 呪いとは、名を持って相手と自分を因果で繋ぐもの。伽夜が呪えば、それは知然を呪う事にもなる。故に下級の、特に伽夜のような者には呪詛を禁止していたのに。使い捨てといえども神は神。

 知然は上手く手綱を取り続けていた伽夜に噛み付かれたような気持ちだった。そのような者はのちの大事になるまえに摘むに限る。


「こいつは私の名を汚したのだ。身を以て落とし前をつけてもらう。」

「...呪いの事ならもういいよ、私が許すから、もう伽夜をそっとしてあげて。」

 一層伽夜を手放すまいと強く抱きしめる悠夏に、知然はため息をつく。

 どうしてこうも、めんどくさい者ばかりなのか。

 鴉は知然のその怒りを察し、なだめるために肩に止まり羽毛を擦り付ける。

「情でどうにかしてはいけない事がある。此奴はするなと言った事をしたんだ。つまり罪人だ。桜庭。お前はそれを許していいのか。」

「それは...」

 腕の中で目を閉じたままの伽夜を見つめる。

 どうしたらいいんだろう。

 呪われたけれど、伽夜の心情を知ってしまった悠夏の中は渋滞して、それでいっぱいだった。


 ふと、伽夜の口元が緩む。

「...もうそんなに悩まなくていいわ。ユウちゃん、家にお帰り。」

 台風の前のような、不穏な静けさが辺りを埋める。

 まだ少し辛そうではあるが、ゆっくり一人で起き上がった伽夜は悠夏を見て、初めて出会った時のように笑った。

「ごめんね、でもありがとう、わがままに付き合ってくれて。本当はね、接吻をしたあの日にもう呪いは解いてたの。さあ、お帰り。」

「でも」

「私は大丈夫だから。」

「...」

 それ以上は何もいえなかった。

 不安の表情は拭えないが、大丈夫の言葉を信じて悠夏は一度頷き、立ち上がる。

 別れの最後、伽夜は悠夏をぼんやりと眺めた。

「うふふ。ユウちゃんはいい子ね。

 それじゃあ、さようなら。」

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