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悠遠の御伽噺  作者: じゅるり
3/10

朝夕の逢瀬

 伽夜は外の世界をまじまじと見たことはない。そもそも興味がない。

 だから伽夜がコンビニになんて、誰かに連れ出されない限り自分から足を向けるはずがない。


 伽夜は今、悠夏以外に自分の姿が見えないのをいいことに子供のようにコンビニの中をうろついて楽しんでいた。それがうるさいからできれば外で待ってもらいたかったけれど、伽夜は子供のように駄々をこねて、イヤだイヤだと悠夏の腕を掴んで離さなかった。

 でもまあ、勝手に外に出てしまった事もあるしと悠夏は伽夜になんとなく頭が上がらない。それに伽夜の言いつけを破った事は"一緒に散歩するだけ"で許してくれるだなんていうのだから、今こうして二人で棚の間をうろついていた。

 神様がコンビニではしゃぐなんて威厳も畏怖も全く感じられなくてガッカリするかもしれないが、伽夜はみんなが思うような神とは違う。だから伽夜が何をしたって何にも不思議なことではなかった。


「ねえユウちゃん。あのね私ね、ユウちゃんがとっても好き。」

 帰り道で、レシート以外何も食べられない悠夏の代わりに棒アイスを食べながら伽夜はそう呟く。別に好きと言われるのは嫌な気持ちはしない。なのにすごく複雑な気持ちで、悠夏はふてくされた。

「じゃあなんで呪ったの。悪いのは私の先祖なんでしょ?」

「そうね。だけどあなたがあんまりにもあの人に似てるから。」

 半分食べたところで伽夜は悠夏にそっと棒アイスを差し出す。一口どうぞなんて伽夜は直接口には言わないが、まあそのご好意を受けようと悠夏は溶けかけた先を少しだけ舐めた。

 きっとアイスも不味く感じるのだろう。

 案の定悠夏の口には苦味が残って、舌先はしびれてしまった。でも伽夜が舐めていたところだけはほんのり甘かったような気がする。

「私、あなたのご先祖のこととても愛してたの。だけど大嫌い。だって...」

「約束を破ったんでしょ。前も一回聞いた。」

「そう。私を捨てたの。」

 悠夏が舐めたアイスを舐めて、伽夜は美味しいと頬に手を当てる。

 初めて食べるこの甘く冷たい食べ物は、信仰も無く今まで虚無と退屈ばかりで味気ない人生を送ってきた伽夜にとって素晴らしいものだった。


 ところで今、どこに向かってるのだろう。

 また伽夜の社に戻る道でもなく、むしろ離れていく道を伽夜が歩いてるのを見て悠夏は少し戸惑っていた。

 しかし帰らないの?なんて言いたくない。伽夜にぬいぐるみのように扱われるのはもううんざりだからだ。

 また一人で悶々とする悠夏の前を、伽夜は全く気にせず歩く。時々ぼんやりと、食べ終わって消えて無くなってしまったアイスの棒を空にかざして眺めてあの冷たさと甘さを思い出しながら。随分長いことときめくようなことがなかったから、久しぶりに感じる刺激に彼女は感銘を受けていた。

 こんなにも甘味なものがあったのね。少しは周りに興味を持って見るのも悪くはないかもしれない...

「不思議ねぇ。」

「うん?」

「こうして歩いてるだけなのに変な心地だわ。この私が自分の気持ちを言い表せないくらいに不思議な心地。」

 伽夜がいつの間にか取り出していた半紙には、いくつか文字が綴られている。全くどの瞬間に取り出したのだろう。

 アイスの棒とともに右手には小筆がしっかりと握られていた。悠夏は覗くように文字を見るけれど、ミミズのようなその文字はなんて書いてあるかは全く分からなかった。

「でも悪い気持ちではないの。一人で歩いてる時よりずっと楽しいのよ。」

「アイス食べたからテンション上がったんじゃないの。」

「そうねえ。」

 悠夏の適当な返事に、もしかしたらそうかもしれないと伽夜はまた棒を眺め、大切そうに折りたたんだ半紙に挟めて懐にしまった。


 やがて伽夜は足を止め、悠夏に側に来るように手招きをする。そしてしゃがんで、何もない地面を指でまっすぐになぞった。

「ここ、見える?」

 なぞった箇所を伽夜は指さす。

 何があるのか見てみようとして悠夏はしゃがみ、前に垂れ下がる横髪を耳にかけてじっと見つめてみたけれど何も見えない。伽夜は一体何を指差したのだろう。いや、もしかしてただからかってるだけなのかもしれない。

 そう思い始めた頃、悠夏は無意識にムスッとした顔をしていた。

 17歳。あどけなさに子供っぽさ、純粋さや無邪気さがまだ残る歳。それでも多少は大人びてきてしまう年頃、そして少しずつ周りに気づいてしまう年頃。

 伽夜はなんとなく見えてしまったその横顔を頬杖を付いてぼんやり見つめる。

 悠夏には、自分の横顔が他人の心にしまわれたことなんて知る由もない。

「その顔から察するにまあ見えないわよね。でも別にいいのよ。

 ここまでが私の場所なの。ここから先には私は行けないわ。」

「なんで行けないの?」

「ふふ。ここから先は別の神様の場所だからよ。」

 神といえども別にみんなが仲がいいわけでもない。

 それぞれに縄張りがあり、安易に他所の地に足を踏み入れようなら攻撃されてしまう。それも伽夜程度じゃあ、周りにあっという間に潰されてしまう。というのも伽夜はあまり強い力を持つ神ではないからだ。神の世界は思ったよりも殺伐としている。

 ふと悠夏は、もしかしたら一歩でも伽夜が指し示した線を踏み越えれば逃げられるんじゃないかとそんなことを思いついた。だけど伽夜は簡単に悠夏を逃がすはずはない。

 浅はかな考えを見通して、伽夜は悠夏の頭を撫でた。悠夏も馬鹿ではない。それに家族が伽夜の場所にいるのだから何をされるか分からない。だから伽夜からは簡単に逃げられない事は知っていた。

「それで、これがどうしたの?」

「もう、ユウちゃんったら鈍いのね。ずっと社の中にいて、ユウちゃん暇なのでしょう?だからここまでなら外に出てもいいわよって事。」

 ずっと伽夜に抱かれて束縛されていていたのに暇と言われてムッとはしたが、悠夏は顔を上げた。

 自由といえば大げさかもしれないが、少なくとも今後今のこの窮屈で退屈な3日間のような生活からは抜け出せる。

 しかしあの伽夜だもの、何か裏があるのではないか。悠夏は以前より用心深くなっていた。

「代わりにまた結婚しろなんて無茶言うんじゃないの?」

「さすがユウちゃん、賢いわね。別に今はそんなこと全然考えてないわよ。それとも何?そう言われたいの?」

「う、それは勘弁してほしい...」

 思わず悠夏は首を振り、立ち上がってめまいを起こす。貧血気味の体で急に立ち上がるから頭に血が登らない体はあまり上手に力が入らない。伽夜は倒れそうな悠夏を受け止めて、そのまま筆と半紙を取り出して何か書き始めた。

 約束事も、随分壮大に言ってしまえば契約の一つになる。サラサラとあっという間に伽夜は手のひらよりふた周りほど大きな半紙に文字を綴り、朱印を一つ押して息を吹きかけた。

「ユウちゃん、文字は読める?」

 もたれかかって目を閉じる悠夏の肩を叩き、伽夜は悠夏へ外への自由を与える契約書を差し出す。それを受け取って、一通り目を通した後で悠夏は頷いた。

 また何か裏があるんじゃ無いかと疑いはしたものの、今はその簡単な内容のそれが魅力的で仕方なく、この契約書が欲しくてたまらない。

 多少のプライドがそれを貰っていいのかと反抗するが、いい加減に貧血が辛い悠夏は冷えた指先で朱印を押した。こうして一つ、二人の間に初めての約束が成立する。

「さあどうぞ。私とユウちゃんとの初めての味を噛み締めて。」

 言われるがままに悠夏は半分に折りたたまれた出来立ての契約書を頬張る。内容は伽夜と共にいることを条件に外へ出ることの許可。それは蜜のように甘く、噛みしめる前に舌の上で綿あめのように溶けてしまう。そして、レシート程度では満たされなかった悠夏の体をあっという間に満たし、随分久しぶりのお腹いっぱいの幸せを与えた。

「さあ、そろそろ帰りましょう。歩けるかしら?」

「...もう少し休みたい。」

「あら。それじゃあおんぶしてあげる。」

 この歳になって背負われるなんて、悠夏の自尊心が顔をしかめた。だけどふと、伽夜の柔らかい匂いを思い出して黙って悠夏は頷き、背中に身を預けた。

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