第九話
「あ、丁度良かった。マサキさーん!」
「ん?」
組合に入った途端名を呼ばれ、俺は声のした方に顔を向ける。
たたたっ、と小走りで女性職員が駆け寄って来ていた。
「俺に何か用か?」
「はい。実はマサキさん宛てに、ご依頼が」
依頼か。デッドオーバーであるが故にこうして逆指名される事も偶にあるが、変なものでなければ良いんだが。
居るのだ。依頼という名の命令をしてくる、勘違いした貴族が。確か前には孫の遊び相手をしろ、何て馬鹿な依頼をしてきた貴族も居た。
高慢な貴族の多くは、冒険者という存在を何処か見下して見ているのである。だがあまり舐めないで欲しい。こっちにだって冒険者としての誇りがある。
木っ端貴族程度なら、尻を蹴っ飛ばして断ってやろうか。何て少々先走った事を考えながら、俺は職員の言葉を待った。
乱れた息を整え、彼女が言う。
「今回の依頼主は、マキシード工務店です」
「あそこから? 珍しいな。偶に特殊な建材の採集依頼が出る事はあるが、人を指名した事なんて無いだろうに」
すべての依頼を把握している訳では無いので、恐らくはだが。
俺も昔、何度か依頼をこなした事がある。古くから王都に拠を構える老舗の工務店だ。
とはいえ、正直そこの工員と会った事は一度も無い。あるのは精々、組合を通しての間接的な繋がりだけだ。
にもかかわらず俺に依頼してくるという事は……余程の理由があるのだろうか。こういった逆指名、それも高ランクの冒険者相手だと、依頼料はそれなりに嵩む。それ位は依頼を出す時点で説明されるし、分かっているだろうに。
「とりあえず、詳しい依頼内容を聞かせてくれるか?」
「はい。……ですが、その前に。今回の依頼は、マサキさん単独への依頼ではないんです」
「単独じゃない? チームを組めと?」
別にチームを組む事、それ自体は嫌じゃない。
ただ指定されてとなると相手が問題だ。録でもない奴と組む位なら、俺は素直に依頼を断る。
で。残りのメンバーは先に待っている、と言われて職員に連れてこられた会議室で待っていたのは。
「やあ、奇遇だねぇぇぇぇマサキくん。さあ! 僕を殺しておくれよぉぉぉぉ!」
「げえっ! ミキシ!」
ボロボロな浅緑色のローブを羽織った、幾らか年上の青年だった。
彼の名はミキシ・カク・プルーニ。此処に居る事からも分かるように冒険者で、デッドオーバーでもある。
(最近やけにデッドオーバーとの絡みが多いな)
内心で思いながらも、迫ってくるミキシを蹴飛ばして距離を取る。
呆気なく吹っ飛ばされたミキシは、七色に染まった頭髪を振り乱し、嘆きを上げた。
「酷いじゃないかぁぁマサキくん! 蹴るくらいなら殺してくれよ!」
「嫌に決まってるだろ。お前を殺したらどうなるか知っていて、殺す馬鹿が居ると思うか?」
どろどろと濁った漆黒の瞳に見詰められ、顔を歪めて返答する。
ミキシががっくりと肩を落とした。全く、何度このやりとりをすれば諦めるのか。
――ミキシ・カク・プルーニのメイン属種は、死霊術士である。
所謂ネクロマンサー。死者に干渉し、様々な事象を起こす属種だ。
だがミキシのそれは、普通とは少し……いや、かなり違っていた。
勿論、通常の死霊術も使う事は出来る。だがあいつが一番力を入れている切り札、それは『自身が殺される事によって発動する』術なのだ。
厄介なのは、それが単なる道連れや呪いの類では無いことである。そう、あの術は――
「あの~、そろそろよろしいでしょうか?」
「あ、ああ。悪いな、無駄に騒いでしまって」
職員の窺うような声に意識を引き上げる。
思考の海から脱した俺は、ミキシの首根っこを掴むと無理矢理近くのソファーに座らせた。俺もまた隣に腰掛ける。
最低限話を聞く体制が整った事を確認して、向かいのソファーに座った職員が口を開く。
「んんっ。……今回の依頼は、マサキさんとミキシさんにチームを組んで当たってもらいたい、と先方から指名が来ています。勿論、強制ではありません。御二方には選択の自由があり、不満ならば断っていただいても構いません」
「何故俺達二人なのか、説明はあるのか?」
「マキシード工務店曰く、『確実な依頼達成の為』だそうです。正直、Sランク冒険者を二人も動員するほどの依頼では無いと思うのですが……」
職員の言葉にミキシと二人、顔を見合わせる。
ミキシは問題こそあれど実力は確かな人間だ。面倒ではあるが、組むこと自体は別に構わない。
ただ、依頼内容が低ランクなものならば、受けるかどうかは微妙な所だった。楽にこなせて金が入るのは嬉しいが、あまり軽く見られるのも考え物である。
一応は冒険者の最高ランクに居る俺達が安請負は出来ない。それは個人だけに留まらない、冒険者全体の問題なのだから。
「一体どんな内容なんだ? その依頼は」
「はい。それが……これなんです」
差し出された紙に目を通す。
詳しい内容の書かれた依頼書だ。隣のミキシもまた、興味深げに覗き込む。
そうして、ますます疑問は強くなった。
「アグメ火山での鉱石採集? これを俺達にやれと言うのか?」
「おかしな依頼だねぇ。それだったらもっと向いた冒険者が幾らでも居るだろうに」
アグメ火山は王都の西に存在する活火山だ。
規模も大きく、良質な鉱石が良く取れる。王都に存在する鍛冶屋などは良くお世話になる場所だろう。
一応、工務店の依頼としてはおかしくは無い。特殊な石材などもあそこには転がっている、必要とあれば依頼の一つもするだろう。
が、それだけならばミキシの言うとおり、俺達に依頼する意味が分からない。冒険者の中には採集依頼を専門に扱っている者も居る、そういった者達に頼んだ方が余程効率的で確実なはずだ。
(あそこは魔物のランクもそこそこだしなぁ)
Bランクの冒険者が五人も居れば、まず危険に陥る事は無い。油断は出来ないが、所詮はその程度の場所でもあった。
Sランク冒険者二人、ましてそのどちらもがデッドオーバーとなれば、明らかに過剰戦力である。というか俺達はそもそも鉱石採集になんて向いていない。自覚がある。
「意味が分からないな。採集チームの護衛とかでは無いのか?」
「いえ、違います。あくまで御二人で採集をしてもらいたいと」
……何だかきな臭くなってきたな。嫌な予感もしてきたぞ。
腕を組み考え込む。此処最近、王都周辺はどうにも不穏な空気に包まれている。
おまけについ先程ソーマから聞いた話も鑑みれば、王都内部に『敵』が入り込んでいてもおかしくは無いだろう。
今回の件はその敵が、俺たちを罠に嵌める為に出した依頼という可能性も……。
そこまで考えた所で、隣のミキシが徐に身を乗り出した。
「良いね。面白そうだ。ぜひとも受けよう」
「おい? こんなあからさまに怪しい依頼を受けるだと? 本気か」
「勿論だとも。良いじゃないか、人生には刺激が必要だよ。偶には暗闇の中に飛び込まなければ退屈で腐ってしまう。そもそもこれが本当に罠かも分からないし、確認の意味でも行こうじゃないか」
要するに、面白半分という事だ。
思わず呆れるも、同時に後半の言い分には賛同する部分もあった。
仮にこれが何らかの罠であった場合、未だ確たる情報の無い『未知の兵器』関係の一連の騒動に、光明が差すかもしれないのだ。
無論危険は伴う。伴うが、何のリスクも成しに得られる情報などたかが知れているのも確かだろう。核心に迫りたいのならば、多少の危険は背負わなければならない。
(もし、ソーマの話通り戦争が起きようとしているのなら。友人知人、沢山の罪無き人々。そして何より、ネアにまで危険が及ぶ可能性がある)
その芽を摘めるのならば、虎穴の中にも飛び込むべきか。
数秒、逡巡し。しかし結論は直ぐに出た。
「分かった、受けよう。本当にただの鉱石採集ならばそれで良し。罠だったのなら……全力で叩き潰すまでだ」
最後に背中を押したのは、自負だった。
デッドオーバーとしての。Sランク冒険者としての。これまで努力を重ね、戦ってきた者としての。揺らぐ事のない自信、自負。
それが俺に罠を力で喰い破る、その選択を選ばせた。
隣のミキシがそうこなくっちゃ、と指を鳴らす。最悪こいつを囮にして逃げれば良いだろう。殺しても死なないような奴ではあるし。
そんな訳で。俺達二人は、いかにも怪しい採集依頼を受ける事となったのである。
~~~~~~
熱い。山に脚を踏み入れた俺がまず感じたのは、それだった。
当たり前だろう。アグメ火山は活火山、今も活発に活動している火山なのだ。岩場の隙間からは熱気が噴出し、遠方には緩く流れる溶岩の川が見える。
そんな状況でも僅かに生息する草木に感心しながら、俺は魔物を切り捨てる。
「やっぱり大した魔物は居ないな。というかお前も戦え、ミキシ」
「えー、面倒臭い。良いじゃないか、君一人でも余裕だろうし」
魔物の死体を観察していたミキシに文句を付けるが、彼は素知らぬ顔をするばかり。
確かに俺一人でも十分だが、戦っている横で暢気に応援などされては癪に障る。せめて黙っていてくれないだろうか。
魔物の死体を近くの溶岩溜まりに投げ入れながら、俺は脚を動かした。ミキシが慌てて追って来る。
「おいおい、置いていかないでくれよ。一人じゃ心細いだろう?」
「だったら働け。ほら、また来たぞ」
指差した先には、此方に向かってくる魔物の姿。
巨大な亀のような魔物だった。体長は一メートルを超え、甲羅は下手な鎧よりも硬い。鋭い牙による噛み付きも脅威だ。
だが動きは遅い。苦戦するのは精々駆け出し位のものだろう。
魔物を見たミキシはハイハイ、とやる気の無い返事をした後、前方へと手を翳す。
広げた右手の中に魔物をすっぽりと収め、彼は死霊術を行使した。
「ネイビーテール。……はい、終わり」
ミキシの手から伸びた半透明の鋭い尾が、魔物を貫く。
口腔部から串刺しにされた魔物は、びくりと一度震えるとそのまま静かに息絶えた。
「つまらないなぁ。殺される価値も無いよ」
不満そうなミキシに同意しながら山を登って行く。
そうして小一時間。山の中腹に到達した俺達は、適当な岩に座り込み一度休憩を取る事にした。
「必要な鉱石が採れるのは、此処からもう少し先か。今の所は順調だな」
「そうだねぇ。ぶっちゃけつまんないよ。もっと骨のある魔物は居ないのかい?」
「火口付近から火山内部に入れば、それなりに高ランクの魔物も居るはずだが。行く意味は無いな、居てもBランク程度の魔物だし」
「王都の付近ではそんなものかぁ~。ああ、殺されがいのある魔物に会いたいな~。もしくは、君が殺してくれても良いんだよ?」
ちらっちらっ、と俺を見てくるミキシを露骨に無視する。
研鑽した力を試してみたい気持ちは分かるが、勘弁してくれ。殺す此方の事も考えて欲しいものだ。
膝を叩いて、座っていた岩から立ち上がる。
「そろそろ行くか。ほら、お前も早く立て」
「はいはい。しょうがないなぁ……?」
「どうした?」
中腰の体制で動きを止めるミキシ。
動くのを嫌がっているのかと思ったが、違う。彼の顔には、僅かな真剣味と疑問の色が広がっている。
しっ、とミキシが唇に指を立てる。
「聞こえなかったかい? 今の声」
「声? 他の冒険者か?」
「そうじゃない。もっとこう獣のような、けれど雄雄しく尊大な……」
瞬間。轟咆が言葉を遮った。
低く、腹に響くような雄叫びだ。振動で小石が転がり、大地に小さな亀裂が走る。
思わず耳を塞ぎかけ、気合で留めた。緊急の状況で両手が使えないのは致命的だ。この位は我慢しなければ。
余韻を残し、雄叫びが終わる。俺は剣の柄に手を掛けると、ミキシと顔を見合わせた。
「非常に嫌な話だが。今の咆哮、俺は聞き覚えがあるぞ」
「奇遇だね。僕も聞いた事があるよ、似たような咆哮」
ばさり。遠くから音がする。
それは徐々に徐々に大きく、近づいて来ていた。ミキシと二人空を見上げる。
憎たらしい程青い空に、巨大な影が浮かんでいた。
広がる翼、図太い首。鱗輝く逞しい肉体に、長く伸びた尻尾。口には凶悪な歯が生え揃い、縦に割れた瞳孔が眼下の景色を見下ろしている。
それが何なのか、俺は知っていた。知らない訳が無い。冒険者ならば誰だって基礎講習で教わる魔物だ。
「どーしてドラゴンが、こんな所に居るんだよっ!」
叫び、放たれた火炎のブレスに、俺たちは全力で身を翻した。