第七話
剣に伸ばした手を、刃に沿って走らせる。
術式を構築し、魔力を注ぎ込むと、俺は魔法を発動させた。
「我今、招来す。万象凍てつく氷海の女王。魔法剣――クノティラス!」
術の完成に合わせたように、四足のゴーレムが光線を放つ。
その光を叩き切るように剣を振るう。蒼の刃が光線を弾き、僅かに冷気が飛び散った。
光線が止んだ事を確認すると、俺は思い切り地を蹴り、ゴーレムへと距離を詰める。
(余計な時間を掛けるつもりは無い。この前の奴と同様、凍らせて動きを止める)
近づく此方に対し、ゴーレムの胴体、その側面に付いた筒のようなものが動き出す。
穴の先を此方に向けると、小さな炸裂音が数回。両側面の筒から三発ずつ、弾丸が放たれた。
「やっぱりお前も持っているのかっ」
速度を落とさず、ジグザグに走り弾丸をかわす。
やはり銃。しかもこの前のものとはまた別のタイプだ。
恐らくは、連射力は低いが一撃一撃が強力なタイプ。斬れはするだろうが、避けるに越した事は無いだろう。
「さっさと凍れ!」
一気に距離を縮めた俺は、放たれた光線を跳んで避けると、そのまま剣を振りかぶる。
そうして、振り下ろした瞬間。ゴーレムの上部に半透明の障壁が出現した。
「障壁魔法? ゴーレムが?」
剣は、甲高い音と共に防がれた。障壁が凍り始め、真っ白に染まっていく。
ゴーレムが此方に顔を向ける。咄嗟に剣を押し込み、反動で飛び退けば、直後光線が空を貫く。
「接触を拒絶されるか。厄介だな」
消えていく障壁を眺めながら、俺は一人ごちた。
まだ一度叩いただけだが、あの障壁の強度は相当に高そうだ。破壊を得意とする光の魔法剣でも壊せるかは微妙なところ。
最も、壊せない訳でも無い。魔力を注ぎ込み、無理矢理にでも威力を高めれば、まあ何とかなるだろう。
そう思い、力尽くで障壁を突破しようとしたその時。
空から新たな影が降ってきた。それも複数。
「援軍……? しかも四体も」
土煙を晴らし現れたのは、目の前のものと同じ獣型のゴーレム達。
それが俺を囲むように四体。一体目と合わせれば計五体。
全てが俺に照準を合わせていた。まさかの味方、という事は無いらしい。
(ちょっとまずいか。いや、確実に一体一体倒していけば大丈夫か?)
こうなると油断は出来ない。いやそもそも、戦場で油断などしていないが。
ただ、五体に増えた所で十分やれる。それだけの自負は確かにあった。
その自信に暗雲が掛かったのは直後の事。
ゴーレムの内一体が地を蹴ったのだ。轟音を鳴らし、高速で。
「嘘だろ!? 速さもあるのかッ」
転がるように突進を避ける。ご丁寧に前面には障壁が張られており、迎撃も出来ない。
(速さの秘密は、背中のあれか?)
通り過ぎるゴーレムの背、そこに付いた筒から、白い炎が噴出していた。
以前、何処かの魔法使いが似た手段で飛行しているのを見た事がある。多分あれも原理は同じだろう。
過ぎ去ったゴーレムは身体を捻ると、地を滑るようにUターン。再び俺目掛けて突っ込んで来る。
おまけに、今度は他のゴーレム達による援護付きだ。四方八方から殺到する銃弾や光線の雨に、大きく逃げ場が制限されてしまう。
それでも何とか合間に身を滑り込ませ、攻撃を回避する。避け切れない銃撃は魔法剣で防ぎ、弾き飛ばした。
(押されている……どうする? 逃げようにもあの機動性じゃあ、逃げ切れるか?)
悩む間にも攻撃は激しくなるばかり。
止まって銃撃を続けるだけだったゴーレム達までもが、白炎を噴いて動き出す。
数多の攻撃が絶え間なく飛び交い、まるで死のドームのようだ。数発の弾丸が身を掠り血が流れるも、痛がっている暇も無い。
「ちっ、面倒な。こうなったら大技で一気になぎ払って――」
「おや~? 何やらお困りみたいですねぇ、マサキさん!」
意を決し、勝負を掛けようとしたその時。妙に良く通る声が場に響き渡り、俺は拍子を外された。
ゴーレム達の動きが止まる。俺もまた動きを止め、乱入者へと目を向ける。
そこには、少女が居た。大きな岩の上に乗り、戦場の全てを見下ろすように。
「お前……なんで此処に」
「いやー、どうもお久しぶりです。女・ノールノ、ただいま推参しましたっ」
そう言って不敵に笑う少女を、俺は良く知っている。
名を、ノノルノ・ノ・ノールノ。冒険者であり、俺と同じデッドオーバーだ。
彼女は何時も通り漆黒の軽鎧を身に纏い、身の丈程もある大剣を背負っていた。黒い髪に灰色の瞳と合わさり、まるで闇に溶け込んでしまいそうな真っ黒さ。
ただ、身体が小柄なせいかあまり迫力は無いが。加えて顔立ちも幼く、可愛らしいものだから、尚更子供が騎士の真似事をしているようにしか見えない。
だがそれでも実力は本物だ。少々? 性格に難があるのが欠点だが……。
「救援にでも来てくれたのか? だとしたらとっととそこから降りて、手伝って欲しいものだが」
「んん? あれぇ? 我輩の助けが欲しいんですか? あのマサキ・コウノが。デッドオーバーともあろうものが?」
本気で疑問そうに、ノールノは聞き返してくる。
だがそれが演技である事を俺は知っている。だからこいつは嫌なんだ。
顔を顰めれば、彼女が畳み掛けてくる。
「だったら、頭を下げて頼んで下さいよ。助けて下さいノールノ様。ってね!」
(うぜぇ……)
眉が八の字に歪む。しかし此処で怒ったら負けだ、あくまでも冷静に。
「言ってる場合じゃないだろう。こんなのを放って置いたら、どんな被害が出るか……っ」
飛来した光線を、剣を振り弾く。
どうやらサービスタイムは終了らしい。様子を窺っていたゴーレム達が再び俺を狩ろうと動き出す。
再開された逃走劇を上から見下ろして、ノールノが笑った。
「無様ですねぇ。まるで台所に出たゴキブリみたいだ」
「喧しい。さっさと手伝え!」
「断ります。マサキさんのこんな無様な姿、早々見れませんしねっ」
心底愉快そうな顔で告げるノールノに、俺は軽く切れた。
攻撃を避けながら、魔法で作った炎球を彼女の足元へと飛ばす。
岩が弾ける。狙い通り足場を失った彼女は、大岩から落下し、戦場へと転がり落ちた。
「な、なにすんだこのぉ!」
激昂し叫ぶノールノ。しかしそれは間違った行動だ。
ゴーレム達の注目が、腰を擦る少女に向かう。彼女の頬を汗が伝った。
「あ、あれ? ちょっとちょっと、皆さんが狙うべきは我輩じゃ」
返答は銃弾の嵐だった。
「はああぁああああああああ!?」
叫びを上げ、ノールノが大きく仰け反る。
ピンとそり立った身体は、かろうじて攻撃を避けきった。幾らか鎧を掠っていたようにも見えたが。
尚も続く銃撃に、ノールノは慌てた様子で走りだす。あいつじゃないが、まるで台所のゴキブリのようだ。
「マ、マサキさんっ!」
「うわ馬鹿、こっち来んな!」
器用に攻撃を避けながら、ノールノが此方に近づいて来る。
そのせいで、まばらになっていた俺への攻撃がまた激しさを増した。
遂には追いつき、併走する漆黒の少女に文句を叩きつける。
「ふざけんなっ。こういう時は、ばらけて狙いを分散させるのが定石だろうがっ」
「知りません。地獄に落ちるならアナタも一緒です」
真顔でのたまうノールノに拳骨を喰らわせようとして、止めた。
今はそれ所じゃない。とにかく、このゴーレム共を片付けなければ。
「もう良いだろ。協力しろ、ノールノ」
「我輩はねぇ、安くないんですよ。協力して欲しいのなら金塊の一つや二つ……」
チュン、と音を立て、彼女の頬に弾丸が掠る。
流れる真っ赤な血液。ノールノの顔に少しだけ青味が増した。
「やりましょう、マサキさん。とりあえずアナタが四体、我輩が一体で」
「せめて三・二だ。それ位はお前もやれ」
ええー? と不満の声が上がる。
後一押し、必要か。こういう時は……。
「出来ないのか? まあこのゴーレム共、結構強いしな。仕方が無いか。お前の実力じゃあなぁ」
「…………」
「怒ったか? ならやれよ。やってみろ。出来るんだろ?」
「……やってやろうじゃねぇかこん畜生!」
激昂したノールノが背の大剣を抜き放つ。
やっとか。本当、無駄に手間の掛かる奴だ。
「俺はあれとあれとあれ。お前は、あっちの二体だ」
「良いでしょう。見せてやりますよ、暗黒騎士の力!」
ターゲットを指差せば、ノールノは剣を掲げて気合を入れる。
また弾丸が頬を掠った。慌てて縮こまる少女に思わず不安に駆られるが、今はとにかく信じるしかない。
二人、同時に地を蹴り加速する。方向は真逆、だが心は一緒だ。多分。
「ノルマは三体。だが奴等には障壁がある。あれを越えるには……」
目的の三体へと距離を詰めながら、俺は一度魔法剣を解除した。
そうして、剣に手を走らせる。
「我今、招来す。万象駆ける、天風の語り部」
魔力を注ぎこまれ、剣が薄緑色に輝く。
刃が、風を纏う。発動させるのは切断と加速に優れた魔法剣。
「魔法剣――シグルジグラ!」
身体が紙のように軽くなる。景色が流れ、俺は一陣の風と化した。
避けて、避けて、避けまくる。弾く必要すらない、掠らせもせず、俺は銃撃の雨を駆け抜ける。
もう少しで剣が届く。その距離まで近づいた途端、ゴーレムが前面に障壁を展開した。
「それは甘えだよ」
踏み込み、俺は更に加速する。
常人ならばきっと残像すら見えない速度。弧を描くように駆けた俺は、一瞬でゴーレムの背後へと回り込む。
そこには、愚かな獣の尻があった。障壁の無い、無防備な鋼の尻が。
「がら空きだっ、間抜け!」
反応したゴーレムがピクリと震える。
背部に障壁が展開された。だがその時には既に、俺は奴の懐へと潜り込んでいる。
剣を振るう。ゴーレムの全身を、風が切り裂く。
「まず一体っ」
脇をすり抜けた時には、ゴーレムはバラバラの鉄屑と化していた。
次の獲物に狙いを定め、加速する。あっという間に詰まる距離。
また障壁を展開されるが、再加速。展開箇所を背部に切り替えたゴーレムの裏を掻き、横から懐に入り込む。
また風が奔り、鉄屑が一体出来上がった。これで残りは一体。
随分と数の減った銃撃をかわしながら、戦いを終わらせる為、俺は最後の獲物へと詰め寄っていった――。
~~~~~~
「さあ、女・ノールノ晴れ舞台。咲かせて見せましょう、暗黒の……華っ!」
その手に持った大剣で敵を指し示し、少女は薄っすらと笑みを浮かべる。
彼女の持つ属種は『暗黒騎士』。特殊な才能が無いと選べない、希少な属種だ。
特徴としては、優れた剣の技と暗黒魔法。そういった点では魔法剣士と似ているかもしれない。
だが本質は大きく違う。魔法剣士が器用貧乏であるのに対し、暗黒騎士は、
「せいあっ! ……ふっ、脆い脆い。所詮はゴーレム、この愛剣『アルタミーア・ラ・イラ・ル・ライア・レレレレレレレ・ガモス』の敵じゃ無いですね」
万能と呼べる程、剣も魔法も優れていた。
障壁の上からゴーレムを一刀両断し、ノールノは唇を吊り上げる。別のゴーレムが光線を放ってくるが、大剣を盾にし難なく防ぐ。
「どうしたんですかぁ? 今、何か撃ちました~?」
唇を尖らせ、必要以上に目を見開いた表情で、ひょっこりと顔を出す。
その煽りがゴーレムに意味があるのかはともかく、彼女はそう軽口を叩けるほど高い実力を持っているのだ。
ブオン、と音を立て、ノールノが大剣を横に払う。
「さあ、終わりにしましょう。これが必殺!」
そうして、勢い良くゴーレムへと突っ込んだ。
光線をかわし、幾らかの弾丸を鎧で弾いて、標的に肉薄する。
障壁が展開された。だがそれも、彼女の力の前には無に等しい。
「暗黒・大 切 断 !」
思い切り魔力を籠めただけの唐竹割りが、障壁諸共ゴーレムを斬り裂く。
剣の先から溢れた魔力が迸った。それは飛ぶ斬撃となってゴーレムを貫き、その向こうの岩場までもを破壊する。
振り切った大剣を軽く振るい、ノールノ。
「所詮は雑魚。我輩の闇は満たせぬか……」
呟き振り向いて、にやりと顔を歪めた。
直後、破壊されたゴーレムが爆散する。まるで狙ったような演出に、彼女は内心はしゃぎ声を上げた。
(き、決まったー! 今の我輩、もしかしなくても超格好良い!?)
生意気な外面とは裏腹に、内心は割りと年相応なノールノであった。
~~~~~~
最後の一体を無事切り捨て、俺は軽く息を吐く。
ガラクタと化したゴーレム達はバチバチと火花を放出し、完全に動きを停めていた。
流石に此処まで壊せば、もう動く事は無いだろう。周囲を警戒しながらも、俺は剣を鞘に納める。
「終わったみたいですね、マサキさん。流石は最強の魔法剣士です」
「本音は?」
「こっちはとっくに終わってたのになー。後、魔法剣の使い手がほとんど居ないから、実質最強ってだけですね」
「ぶっ飛ばすぞお前」
和やかに話し掛けてきた少女に渋面で返す。
すると此方の勘気を察したのか、彼女は露骨に目を逸らし黙り込んだ。
数秒、そのまま睨み付ける。が、無駄と察し、溜息と共に怒りを吐き出す。
「まあ良い。とりあえず今回の件について、組合長に報告しなくちゃな」
「あ、それについては任せても良いですか? 色々と用事がありまして」
「はいはい、分かったよ。俺もお前が真面目に報告する所なんて想像出来ないしな」
呆れながら、俺はノールノと共に帰路へと着いた。
ゴーレムの残骸を監視しておきたかったが、下手に一人残って増援に晒されては笑えない。
此処は大人しく二人揃って帰るのが一番だろう。
「新種のゴーレムに、未知の兵器か。一体この国……いやこの世界に、何が起こっているんだか」
最後に一度、空を見上げる。
そこにはもう、あの鳥のような影は見当たらなかった。
用語解説のコーナー
『白狼狐』
日本神国の開発した国産戦闘用ロボット。
全高二m七十五cm、重量七,五t。製造元・牧野重工。
犬、というより大型の狐のような外見をしていて、見た目通り四足歩行で行動する。全体的にシャープな印象。神武油と同じく主機関はマンバールエンジン。
装甲もまた同じく、日々金で出来ている。武装としては胴体部両側面に付いた大型ライフル、及び頭部に存在する口のような部分から発射される粒子集束制御砲――詰まりはビーム。
背中に付いたジェットエンジンを利用する事で、高速での移動が可能である。ただし小回りはそんなに利かない。また粒子結合式堅状障壁――要するにバリアーを展開する事が出来、これらを使用した体当たりも武器とする。
尚このバリアーは一方向にしか展開出来ず、別の部分を守りたい場合一度消して再展開する必要がある。しかし同時に、一部に穴を開けるような調整ならば簡単に行うことが出来、それを利用して守りながら攻撃を行えるという優秀な特性も併せ持つ。
総じて高い性能を誇るが、製造コストの方もかなりお高い。特にバリア機構は相当なコストが掛かるらしく、有用性の割りに今後の機体への採用率は低くなってしまった。
開発中の仮称ネームは『ホワイトワンワン』。開発力はあってもネーミングセンスは無かったようである。
『ノノルノ・ノ・ノールノ』
女性。十六歳。
年齢よりも幼く見られがちな、Sランク冒険者。『デッドオーバー』の称号持ち。
髪は黒のショートカットで、瞳は灰色。身体が小柄で顔立ちも幼い事から、しょっちゅう子供扱いされる。尚この世界での成人は十五歳である。詰まり彼女は立派な大人。
メイン属種は暗黒騎士で、何時も漆黒の軽鎧を身に纏い、身の丈程もある大剣を背負っている。この大剣は特注の品で、名前は『アルタミーア・ラ・イラ・ル・ライア・レレレレレレレ・ガモス』というらしい。付けた本人以外は覚えていない。
天賦の才を持ち、暗黒騎士という強力な属種と相まって、その実力は超一級。魔法剣士が悲しくなる位の万能者。苦手なのは遠距離戦と治癒と補助と……あれ、意外とあるぞ?
自らの事を我輩と呼び、人を小馬鹿にした態度を取る事が多い。またちょくちょく格好付けたがる。その性格のせいで友達が少ない。悲しい。
この作品のヒロイン候補。のはずだった。なのに気付けばそんな要素はほとんど無い。どうしてこうなった?
『魔法剣 シグルジグラ』
マサキが生み出した魔法剣の一つ。風の魔法剣。
専用の風魔法を纏わせる事によって、切断力の大幅な強化、及び自身の速度の飛躍的な上昇が可能である。
最大出力にすれば、残像すら残らないスピードで移動出来る。タイムセールの際に大活躍。
名前のシグルジグラとは、この世界における有名な吟遊詩人の名前である。実力は有るがナルシストな美形青年。