第三話
数時間ぶりに見た王都は、相も変らぬ人々の活気に包まれていた。
此処は王都パルニス。この世界有数の国家である『オークニス王国』、その首都である。
石畳の街道を通り、頑強な城壁に備えられた巨大な門を抜け街に入れば、人混みが俺を出迎える。
太陽もまだ高いとあって人の出は激しいようだ。あちらこちらから、人を呼び込もうとする商店の雄叫びが交差し合っていた。
「さて。とりあえず組合に報告だな」
人の間を縫い、俺は一路冒険者組合を目指す。
岐路を何度か経て辿り着いた目的地は、城か砦かと勘違いするほどに大きく、物騒な建物だった。
「まあ、これでこそ冒険者組合、って感じだが」
誰に言うでもなく呟き、扉を開け中に踏み込む。
窓も大きく、灯りも多い室内は、居座る荒くれ者共とは対照的に明るく賑やかだ。
酒を飲み騒ぐ冒険者達に指を指されながら、受付目掛けて脚を動かす。
「よーう、我らが『デッドオーバー』、マサキ・コウノ! 景気はどうだい?」
「ぼちぼちだよ。少なくとも良くは無いな」
「嘘付け! お前さん程の手練が稼げないんじゃ、俺達はお先真っ暗だぜ!」
「かもな」
絡んでくる酔っ払いを適当にあしらい受付まで辿り着くと、そこに座る女性に話し掛ける。
ついでに、懐から出した魔物の角をカウンターに置く。討伐証明というやつだ。
「依頼を達成した。ただ、ちょっと事情があってな……組合長と話したいんだが、良いかな?」
「組合長とですか? 畏まりました、少々お待ちください」
慌てた様子で駆けて行く女性の背中をぼ~っと見送る。
こういう時デッドオーバーの称号は便利だ。有名なおかげで一々名乗らずに済むし、組合長にも直ぐに話を通してもらえる。
手持ち無沙汰に佇みながら、賭け事に誘ってくる冒険者達をあしらうこと一分。戻ってきた女性がカウンター横の扉を開ける。
「此方からどうぞ。奥の部屋で組合長がお待ちです」
「ああ、ありがとう」
慣れた足取りで、俺はカウンターの向こうに歩を進めた。
こうして組合長と話すのは初めてでは無い。今回の依頼を受けた時だってそうだった。
何時も通り、広い通路の奥にある、質素な木製の扉に手を掛ける。此処で一番偉い人間の部屋だというのに金を掛けない辺り、倹約家の組合長らしい。
「失礼します、組合長。マサキ・コウノです」
「ああ、良く来てくれた、コウノ君。とりあえず掛けてくれ、今お茶を用意しよう」
ほっそりと痩せた中年男性の言葉に従い、部屋の中央にあるソファーに腰掛ける。
彼こそこの冒険者組合の長。俺や皆は、親しみを籠めて役職名である『組合長』の名で呼んでいる。
「お待たせ。今日は茶葉を変えてみたんだが、口に合うかな」
「組合長の選んだものならば間違いは無いでしょう。ありがたく頂きます」
軽く頭を下げてからお茶を口に含む。
この人は何時もそうだ。お茶汲みなら職員にやらせればいいのに、趣味兼節約だと言って聞かないのだ。
ただ、こういう庶民的でかつ柔和な雰囲気が、この人が皆に慕われる所以なのだろう。
「それで、何かあったらしいけれど……一体どうしたのかな?」
「ええ、それなんですが……」
そうして俺は、あの異形のゴーレムについて語った。
一通り説明を終えると、組合長は難しい顔をして腕を組み、唸り声を上げる。
「ん~……。それは多分、国が今調査しているものと同系統の兵器だろうね」
「知っているんですか?」
「はは、これでも僕はこの国の冒険者組合の総本山である此処の、長だよ。国の重鎮にも良く相談を受ける。その中で何か情報が無いか訊かれた事があった。もっとも、僕は情報なんか持っていなかったけどね」
「あの異形についても?」
「勿論。ただ、聞いた話通りならその異形の特徴は、数日前に東の大平原で見つかったものと酷似しているな」
「東の……発見時は動いていたんですか?」
東の大平原といえば、凶悪な魔物も居らず、人の出入りも多い場所だ。
戦える者の多くは駆け出しの冒険者や衛兵の類だろう。そんな場所であの異形が暴れれば、相当の被害が出るはずだ。
「動いていた、らしい。もっとも、偶々新人指導の為に実力有る衛兵が複数赴いていた為、事なきを得たようだが」
「それで国が回収した、と」
「うん。全く同じものかどうかは分からないが君の戦ったそのゴーレムも、同系統の兵器である可能性が高い。最近見つかるようになった未知の兵器と同じくね」
「……一体、何処の誰が作っているんでしょう」
現時点の情報では個人か、組織かも分からない。
仮に何処かの国が秘密裏に開発した兵器のテストを行っているのなら、由々しき事態である。
「分からないな。研究者達の話では、魔力の類は一切使われていないらしい。俄かに信じがたい事だが……」
「魔力が? じゃあ何で動いているんです?」
まさか、中に人でも入っていたのか。それらしき気配は感じなかったのだが。
「それも分からない。中は非常に高度な技術の結晶で出来ており、王国有数の技術者達がほとんど理解出来なかったそうだ」
「厄介ですね。そんな状態じゃあ、製造者に繋がる手掛かりも望み薄、か」
どうも引っ掛かる。この国有数の技術者とは詰まり、この世界有数の技術者ということだ。
そんな人達が束になっても理解出来ない『何か』。そんなもの、ありえるのか?
「そう悩まないでくれ、コウノ君。昔から言っているだろう? 面倒な考え事は私達上の人間のやる事だ」
「……そうですね。俺はただの魔法剣馬鹿だ、こんな事で悩んでも仕方ない」
やっぱり、この人には敵わないな。
出会った時からそうだった。きっとこの人にとっては、俺も他の荒くれ共も、皆可愛い子供のようなものなのだろう。
「あの異形の正体については、国や組合長達に任せます。一応こっちでも心当たりを当たってはみますが」
「そうしてくれるとありがたい。……コウノ君」
組合長の顔が引き締まる。
俺もまた、背筋を伸ばし姿勢を正す。
「これはあくまでも、僕の勘なんだが。もうすぐこの国……いやこの世界に、大きな災禍が訪れる。そんな気がしてならないんだ」
「大きな、災禍……」
「そう。そしてその時、世界を救う鍵になるのは……きっと君達『デッドオーバー』だ」
何とも大きな期待だ。
だが、受けよう。それが力持つ者の責任ならば。
何より――俺にだって、守りたいものはある。
「『デッドオーバー』、マサキ・コウノ。有事の際には必ず力になる事を約束します」
「ああ、ありがとう。頼りにしているよ」
朗らかに組合長が微笑む。
俺も微笑んで、差し出された手を握り返した。
~~~~~~
「ただいまー」
扉を開け、大声で帰宅を宣言する。
王都の端に立つこじんまりとした一軒屋。それが俺の今の住居だった。
本当ならもっと広い家にも住めるのだが、あまり広いと落ち着かない。貧乏性な俺にはこれ位の大きさがあっているのだ。
と、中に入った俺に、声。
「おかえりなさい、マサキさん! 直ぐに食事を用意しますね」
「ああ、頼むよ。ネア」
ぱたぱたと足音を鳴らし現れたのは、十代半ば程の小柄な少女。
家事の出来ない俺が家政婦として雇っている、ネア・ネクリーという名の女の子だ。
綺麗な金色の、長い髪を持った子で、白く張りのある肌が美しい。スレンダーな体躯も良く……ぶっちゃけ、俺の好みで選んだ子である。
彼女は満面の笑みで俺を迎えると、急がしそうに台所へと消えていく。待ってくれている人が居る。その何と幸せで喜ばしいことか。
思わず頬を緩めながら、俺はドアを閉める――前に、背後へと振り向く。
「で、何でお前は此処に居るんだ?」
「あら? 私が居ちゃまずいのかしら?」
平然とそうのたまったのは、昼間にも会った魔女・レノア。
一応言っておくが彼女と同棲している訳ではない。これからする予定も無論ない。
いぶかしむ俺に、彼女はふふふと一笑い。
「そう警戒しなくても、久しぶりにネアちゃんの姿を見に来ただけよ。……随分成長したわよねぇ、彼女」
「ああ、全くだ。おかげでお前の射程圏内からは外れて、俺は万々歳だよ」
皮肉も交えて言ってやる。
すると彼女は、心底落胆したように溜息を吐いた。
「本当よねぇ。あんなに大きくなっちゃうと、ちょっと私の趣味じゃないわぁ」
「……ロリコンが。さっさと捕まれば良いものを」
心の底から吐き捨てるように悪態をつく。
そう。何を隠そうレノアは、幼女を愛し、幼女に欲情する、ロリコン女なのである。
勘違いしてはいけないが、彼女のそれは決して幼女を愛でるだけのものではない。性的な対象としても捉えているのだ。
「要するに。本物の変態ってことだな、それも相当に危険な」
「そんな言い方は無いんじゃない? 貴方だって他人の事は言えないでしょう?」
「……な~んの事かなー。ピュ、ピュ~」
下手くそな口笛で誤魔化してみる。
が、今更そんなものがこの女に通じるはずが無かった。
「あら? 孤児だったネアを家政婦として雇い、自分好みに育てたのは何処の誰だったかしら?」
「し、知ーらね。俺はただ、家族のように親身に接してきただけでな……」
「それにしては妙に熱が入っているようだけど。彼女が髪を短くしようとした時なんか、『いやいやいや、そんな必要は無い!』って必死だったじゃない?」
「知らねぇっつってんだろ! 髪の長くて可愛くて優しい子は好きだが、それとこれとは関係ねぇ!」
「自爆。完全に自白してるわよ」
しまった! ついかっとなって……!
ちくしょう、こうなったら勢いで押し通すしかないっ。
「とにかく! もうお前の好みでもなくなったんだ。一々ネアに構うなっ」
「私がどうかしたんですか?」
「いやあ、何でもないよ。友人と楽しく談笑していただけさ、ハッハッハー!」
危ない。大声を出したせいでネアが反応して出てきてしまった。
こういう時には数多の戦いで鍛えた反応速度が役に立つ。首を傾げるネアに閃光の如き速度で振り向き、高笑い。
が、彼女は更に首を傾けて、
「? お友達って……何処に居るんですか?」
「は? 何処って……あの女、逃げやがった!?」
もう一度振り向いた時には、変態糞魔女の姿は影も形も見当たらなかった。
一瞬の隙を突かれた。こういう事だけは無駄に上手いのだから、本当に腹の立つ奴だ。
むかむかと腹の底が沸き立ってくる。が、何とか押さえ込みネアへと向き直る。
「あー、俺の勘違いだったみたいだ。それよりネア、食事の用意は良いのか?」
「あ、そうでした! もうすぐ出来るので、待っていて下さいねー!」
ぱたぱたと台所に戻っていく彼女の背中を見送り、ほっと一安心。
「あ、それとマサキさん」
「うおぅ!?」
した矢先、ひょっこりと顔を出され、思わず跳び上がる。
何だろう、やっぱり変な人間だと思われたのだろうか。出来れば違っていて欲しい、せっかく此処まで高めた好感度が……!
「手、ちゃんと洗ってくださいねっ」
「ああ、うん。分かった」
約束ですよー、と言って再び引っ込んだ彼女に、少々拍子抜け。
子供扱いか……? と思いながらも、俺は言われた通り、しっかりと両手を洗ったのであった。
用語解説のコーナー
『オークニス王国』
この世界でも一・二を争う大国家。王を頂点とする君主制国家である。
純粋な領土だけで言えばこの世界でもっとも広く、また総じて肥沃で、恵まれた土地。人口も非常に多い。
その為農業が盛んで、他国への輸出も多い。また技術的にも優れており、鍛冶や商業も盛んである。
欠点として、内陸国家のため海がない事。また、希少鉱石の採掘量が少ない事が上げられる。
活気に溢れ、軍事力にも優れ、他国との関係も友好的と、中々に理想的な国家。ただし平和が長く続いたせいか、貴族たちによる権力争いが少々激しくなっているご様子。
また、後述の強大な魔物――デッドラインの出現数が特に多く、呪われてるんじゃねぇかと密かに噂されていたりする。勿論ただの偶然だが。
『王都パルニス』
オークニス王国首都。周辺を頑強な城壁が囲む要塞都市。
王国で最も大きく、最も人口の多い、正に首都。ただし位置自体は王国の中でも端っこのほう。
これは過去、この都市を中心とした小国家だった王国が、長い時間を掛けて領土を広げて行った結果である。背後に位置する中立国家と同盟を結び、それ以外の方向に領土を広げて行った結果、首都が端っこになってしまったのだ。
現在は遷都を計画中。しかし何だかんだ歴史と伝統のあるこの都市を離れるのは難しく、計画は難航している模様。後百年は変わりそうに無い。
名物は『王都限定パルニス酒』。美味さと引き換えに非常に度数が高く、ストレートで飲むことは死亡の危険がある為法律で禁じられている。それを除けば値段もお手頃で、庶民にも購入しやすい。疲れたお父さんの癒しの一本。
『デッドオーバー』
後述の『デッドライン』を倒した者に与えられる称号。
この世界に存在する全国家共通の名誉称号で、これ一つあるだけで周囲の対応が全然違う。現代で例えるならばオリンピック金メダリスト(しかも三連覇)くらいの名誉。常人にはまず無理。天才でも難しい。
ただデッドラインを討伐するだけでは得られず、『一人で倒す』必要がある。その為討伐には実力だけではなく、『一人で戦う状況になる』という運も必要。
あくまでも名誉だけの称号であり特権などはないのだが、この称号を持っている=この世界の個人最高峰戦力という事なので、周りが勝手に相応の態度を取ってくれる。そういう意味では特権階級。
『デッドライン』
死。通常のランク付けを超えた、最強最悪クラスの魔物の総称。
極稀に現れ、例外なく死を振りまく。特徴は固体毎に様々で、同一種族ではなくあくまでもその驚異的な力でのみ区分されている。
討伐する為には数千人規模の部隊を組織しなければならず、討伐出来ても被害は大きい。国家にとっては天災のような存在である。
これを一人で討伐する事によって『デッドオーバー』の称号を得られるが、実力だけで成す事は難しく、運や相性、その他諸々の要素全てが噛み合って初めて成し遂げられる、それは正に偉業に他ならない。
主人公であるマサキは、本編開始の三年前にこのデッドラインを討伐し、称号を得た。当然死闘だった訳だが、それはまた別のお話という事で。
『組合長』
男、四十六歳。
冒険者組合・オークニス王国パルス支部を束ねる、組合長。正確には支部長と呼ぶのが正しいのだが、誰もそうは呼ばない。ついでに本名でも呼んでくれない。
外見は細身のくたびれたサラリーマン。外見通り苦労人で、何かと問題を起こす冒険者達を叱り・束ねる父親役。
国との折衝も行うなど非常に重要な役職であり、オークニス王国全体の冒険者組合の頂点に立つ人物なのだが、そんな威厳は全く無い。ただし怒ると怖い。要注意。
王都の冒険者達の多くはこの人に何かしらお世話になっており、皆頭が上がらない。何だかんだ慕われている、良い人物である。ちなみに独身。
『ネア・ネクリー』
少女。十六歳。
マサキの家政婦として、住み込みで共に暮らしている女の子。
小柄でスレンダーな体躯に、長い金髪を持った可愛らしい少女で、性格は明るく純真。マサキの好みドストライクである。
元々は孤児であり、王都の孤児院で暮らしていた。冒険者に慣れ、生活に余裕の出てきたマサキが孤児院に寄付をした事を縁に知り合い、その後彼に家政婦として雇われる(引き取られる)。
紆余曲折あり、引き取られた当初は精神的にかなり消耗していたが、マサキと生活するうちに活力を取り戻し、今に至る。その為マサキを大変に慕っている。
冒険者として依頼に出るマサキを見送り、留守を守る、大切な家族。この作品のヒロイン成分の大半は彼女が担っていると言っても過言では無い。ん? 今何か聞こえたような……。