第十九話
「ぐっふっふ。さっさと片付けるぞ、黒助!」
「ノールノだって言ってるだろぉ! この怒り、お前達にぶつけてやるっ」
拳を握り締め突撃するアパップを盾にするように、大剣を抜いたノールノが追随する。
猛スピードで迫る彼等に、兵士達は容赦なく銃弾を浴びせるが、その程度なんのその。強化されたアパップのドデカイ図体は殺意の全てを容易く弾いた。
人が生身で弾丸を防ぐ。その非現実的な光景に兵士達が驚く間に、アパップは自慢の拳を振り下ろす。
「ぬえぇえええええい!」
気合一閃、衝撃で地が捲れ、土砂の津波となって兵士達を襲う。
十人近くが波に呑まれその命を失った。更に二つに分断された部隊へと、アパップとノールノがそれぞれ飛び掛る。
「ふん、どいつもこいつも脆弱だ。武器に頼るからそうなるっ!」
拳一発、それだけで構えた銃ごと、兵士の身体が砕け散る。
更に繰り出された拳の連打は、その一つ一つが戦車砲にも匹敵する威力で以って、兵士達をなぎ倒していく。
正に圧倒的な攻撃力。そして、銃弾を通さぬ絶対的な防御力。兵士達に満足な抵抗など出来るわけが無い。
怯えた様子で絶叫し、銃を乱射する兵士を三十メートルは殴り飛ばした所で、此方側の戦闘は終わりを告げた。
つまらなそうに鼻を鳴らし、アパップが反対側へと顔を向ける。そちらも丁度終わった所のようで、剣を地に刺したノールノが、なにやら間抜けな決めポーズを取っていた。
足元には、撫で斬られた兵士達。あの大剣と、小柄な体躯に相応しくないパワーで斬られれば、常人など真っ二つだ。生き残れる者など居るはずが無い。
全ての敵を壊滅させ、アパップとノールノは互いに目を合わせるとにやりと笑う。
「中々やるな、黒助」
「そっちこそ。そして我輩は黒助じゃない! ノールノ様と呼べ、ノールノ様と!」
ぎゃいぎゃい言い合いながら、二人は組合長の下へと帰還した。
ずい、と二人してその顔を覗き込む。目は閉じかけで、顔は青白く生気が無い。まだ生きている事が奇跡のような状態だった。
「組合長……」
「ふんっ。弱いのに戦うからそうなる」
悪態を吐くアパップを、ノールノが睨み付ける。
彼女にとって、組合長は冒険者になった当初からお世話になっている恩人の一人であった。先程の暴言は見逃せるものでは無い。
しかし、そっぽを向くアパップの憮然とした表情から、察する。彼にも思うところがあるのだと。
押し黙るノールノ。そんな二人に向けて、組合長の口が開く。
「二人、とも。頼みが、ある」
「……何でしょうか」
「皆、が、逃げる、のを。助けてやって、くれない、か。敵、は、ニホンシン、コク、は。市民をも、襲、う、つもりだ」
「それは、組合からの正式な依頼か?」
「いや、違う。私からの、個人的、な依頼、だ。私の、全財産を、報酬に出、そう。大した物は、無いかもしれ、ないが、ね」
ぎこちなく、組合長は笑った。
ぎゅっと、ノールノがその手を握り締める。
「……分かりました。受けましょう、その依頼。なーに安心してください、この我輩に掛かればニホンシンコクであろうとなんだろうとチョチョイのチョイ。楽勝ですとも!」
「ぐふふ、良いだろう。それなりの報酬も期待できそうだしな。受けてやらんことも無い」
「あり、が、とう……」
最後にもう一度、不器用に笑って。
組合長は静かにその目を閉じ、息を引き取った。
数秒、短く二人が黙祷を捧げる。
「さあ行くぞ黒助。派手に大きく、戦争だ!」
「そうですね。思いっきり行きましょう。天までぶっ飛ぶ位、大きく!」
そうして背を向けた彼等は、皆が逃げる時間を稼ぐ為、崩壊寸前の首都へと乗り込んだのであった。
~~~~~~
首都モンスは既に、大半が日本神国軍によって制圧されていた。
辛うじて抵抗を続けていた部隊も壊滅し、崩壊した街中を深緑色の軍服を着た兵士と、本来この世界には有り得ぬ戦車や装甲車が駆けて行く。
瓦礫と戦火に塗れた街。そこは正に、この世の地獄だ。
その地獄の中で日本神国軍の指揮官の一人、『五田幹夫』中佐は、指揮車両の中から部下達へと指示を飛ばす。
「各員、そのまま進軍。追撃を掛けろ。市民が相手であろうとも手を抜くな、我等に逆らった者達の末路、しっかりとこの世界に刻み込んでやれ」
日本神国は、事前にこの国の上層部――それこそ、国王も含む――に秘密裏に交渉を持ちかけていた。
最も、それは交渉とは名ばかりの脅迫だ。国を明け渡さなければ力尽くで滅ぼす。そんな宣言の何処に、交渉の余地があるというのか。
当然、テレンバジアは拒否した。結果、日本神国軍は奇襲を掛け、見せしめとばかりに市民をも襲おうとしているのである。
今後、この世界の制圧をスムーズに進める為にも、自分達の戦力・恐怖を刻み込む示威行為は重要だ。しかしそう理解していながらも、五田の頭の中には葛藤が芽生えていた。
(本当に良いのだろうか。誇りある日本神国の軍人として、無力な市民を一方的に虐殺する事が。その行為に、果たして正義はあるのか?)
祖国の為、迅速にこの世界を制圧し、資源を得る必要がある。
理解している。理解してしかし、納得は出来ない。
(多くの兵達はこの世界の人間を、同じ人間とは認識していない。若い部下に聞けば、『ゲームのNPCのようなもの。幾ら殺しても構わない』という答えさえ返って来る始末。だが私にはそう思えない。この世界の者達が、『人間』でないなどとは)
彼には、現実感があった。
他の者達がこの世界を何処か非・現実的に捉えている中、彼だけは此処が確かに現実だと、生きている人間達は本物なのだと、そう認識しているのだ。
だから思い悩んでいる。自身の持つ正義と、祖国への愛との狭間で。
「だがそれでも、軍人として。命令違反は許されない」
呟き、頭を振る。
そんな上官の様子をいぶかしむ部下だが、ふと気付いた異常に、彼へと報告を上げた。
「中佐。第七戦車隊との連絡が、取れなくなっています」
「何……? まさかまだ、抵抗する戦力があったというのか?」
「考え難いですが……。機器のトラブルでは?」
「第七部隊の持つ通信機器が、全て同時にか? それこそ考え難いだろう」
「しかし中佐。仮に敵に戦力が残っていたとしても、あのような前時代的な兵士共に、我等日本神国軍がやられる訳がありません。やはり機材トラブルというのが一番現実的なのでは」
「……現実的、か」
どうしてこういう所ではそう思えて、この世界の人間に対しては――。
内心苦渋を呈す五田に首を傾げながらも、部下は更に進言する。
「それに仮に敵襲があったのだとしても、連絡の一つも入れられないまま、部隊が全滅するとは思えません。そのような真似が出来るのは、それこそ戦術級の兵器だけでしょう」
「……そうだな。そのようなものは――「中佐!」」
呟きを遮り、また別の部下が声を上げた。
五田がそちらに振り向けば、部下が焦った様子で報告してくる。
「第四、第八戦車隊との通信、途絶えました!」
「何だと? 何か連絡は無かったのか?」
「だ、第四部隊からは何も。ただ、第八部隊からは最後に、これが」
部下が手元の機材を操作する。
録音された通信が、瞬く間に再生された。
『ほ、報告! 此方第八戦車隊、ば、化け物が……! 化け物が我々を襲って……! うわぁぁぁあああああ!!』
「これは……。第八部隊は敵襲を受け、壊滅したという事かっ」
「しかし中佐。化け物とは一体」
「分からん。だがこの世界には、魔物の類が存在すると聞く。もしかしたらそれが戦場に迷い込んだのかも――『あー、あーあー』っ!?」
指揮車に響く幼い少女の声。
慌てた部下が確認すれば声の出所は、
「つ、通信っ。第八戦車部隊からです!」
「無事だったのか……? いや、だがこの声は」
困惑する彼等に、声は尚も響き続ける。
『う~ん、これで聞こえてますかぁ~? 良く分からないなぁ、多分さっきの行動からして、これが連絡を取る魔具か何かだと思うんだけどー』
「こ、この言語は。まさか、此方の世界の人間に通信機を奪われて……?」
この世界の言語を習得していない部下達には、その程度しか分からない。
だが、交渉役の一人として言語習得に励んでいた五田には、少女の言葉のほとんどが理解出来た。
だからこそ衝撃を受ける。言葉から滲む余裕が、年端も行かないであろう少女が自分達の部隊を壊滅させた、という事実を如実に伝えてきていたから。
「……君は、誰だ?」
『お、やっぱり繋がった。しっかし下手糞なメルジ語ですねぇ~、幼児の寝言の方がまたマシだぁ!』
急いで通信機に手を掛けた五田に、少女は嘲笑で返す。
しかし彼は冷静さを失わなかった。あくまでも落ち着いて、彼女曰く『下手糞なメルジ語』で言う。
「君が、第八部隊を壊滅させた『化け物』か?」
『化け物? しっつれいな、我輩はキュートでスペシャルでダークネスなスーパーヒーローですぞ。ここ、国家試験に出ますから』
「……戦場でその余裕、やはり君は只者ではないようだな」
『おっ、褒められた? 我輩褒められちゃった!? いやー、異世界の軍隊さんにまで崇め奉られるとは、我輩の魅力は万国、いや万世共通かっ!』
明らかに戦場に似つかわしくないテンションに、五田は無意識に眉間を揉む。
そしてその手で部下にハンドサインを出し、通信機に備え付けられている発信機能による位置特定を支持すると、再度少女との会話に意識を向けた。
「君が何者かは知らない。だが、我等の進軍の邪魔をするというのなら、排除するだけだ」
『おっ、すっごい自信~。でもぉ~↑、果たしてそう上手く行きますかぁ~↑↑?』
「君こそ大した自信だな。この都市の現状を把握していない訳ではないのだろう? どれだけの戦力を保持しているかは知らないが、まさか此処から逆転出来るとでも?」
「……中佐」
小声で、位置特定が完了した事を告げてくる部下に再度ハンドサインで指示を出し、複数の部隊を向かわせる。
確実に少女を仕留める為の行動を起こしながらも、五田は願っていた。通信機の向こうの彼女が、大人しく諦め、此処から逃げ去ってくれる事を。
『確かに。逆転は厳しい、っていうか不可能っぽいですっ!』
「ならば、尻尾を巻いてさっさと……『でも』」
その時聞いた声を、五田は生涯忘れないだろう。
それまでの軽く、何処か調子の良い声音とは違う。低く重く、そして何より熱の籠もった少女の声を。
『あんまり舐めんなよ。デッドオーバーを、そしてこの世界を』
ガジャン、と機械の踏み潰される耳障りな音と共に通信は途絶えた。
発信機の反応も消えている。完全に通信機が破壊されたのだろう。
「中佐、相手は何と?」
「…………」
「中佐……?」
訝しげに問う部下に対し、五田はただ難しい顔で音の消えた通信機を見詰めている。
突き刺さったのだ。先程の少女の言葉が。自分でも気付いていなかった、胸の奥の真実に。
(……そうか。何だかんだと言いながら、私はこの世界の事を見下して……舐めていたのか。同じ人間として見ながらも、自分の上位を疑っていなかった。確かにあった、心の奥の奥、底の部分に……驕りが)
その事に少女が気付いていたのか。それは定かでは無い。
だが、五田は気を引き締めた。理解したのだ、軍人としての本能で。男としての本能で。
「侮っていれば、負けるのは此方だ……」
「中佐? 何か言いましたか?」
「いや、何でもない。それより、送った部隊の状況は?」
「はっ。もうすぐ予定座標に到着します」
各部隊の位置を示したマップを見ながら告げる部下に、五田は頷き。
「各員に伝えろ。決して気を弛めるな。油断すれば、即、死に至るぞ――と」
「はっ……? りょ、了解しましたっ」
五田が鋭い目を向ければ、部下は慌てて通信を繋げ出す。
軍帽を正す彼に、もう迷いは存在しない。
(今は葛藤は捨て置く。軍人として、私が今しなければならない事は……立ちはだかる巨大な障害を排除する事だ!)
決意を固める彼の視線の先で。
マップに輝く光点の一つが、不気味に瞬き、消えた。