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第十八話

 ――中立国家テレンバジア首都・モンス――


 その日、小国・テレンバジア唯一の都市であるモンスは、戦火の渦に包まれた。

 宣戦布告も無い突然の奇襲。驚異的な侵攻速度で領内を突き進んだ謎の大部隊――日本神国軍は、あっという間に首都に肉薄。その火力と物量で、瞬く間に防衛部隊を蹴散らしたのである。

 長年首都を守ってきたはずの堅牢な城壁が数多の砲火によって崩れ落ちていく様は、人々に恐怖を植え付けた。勝利は無いと悟った王は、すぐさま市民の避難を指示。現在は辛うじて首都に入り込む敵を食い止めながら、民を国外へと逃がしている所である。

 だがそんな避難民の列にさえ、日本神国軍は容赦なく襲い掛かっていて。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 腹部の傷を押さえながら、この国に出張に来ていた組合長――冒険者組合の長――は目の前の敵を睨み付ける。

 避難民の列を背負う彼は人々を守る為、伏せられていた日本神国軍の別働隊と今正に戦火を交えている最中だった。

 襲ってきた敵の数はそう多くは無い。およそ七十名といった所だ。だがその全てが銃で武装し、一個の群として掛かって来た際の暴力は、筆舌に尽くし難いものがある。

 元より少なかった警護の兵士達は、満足な抵抗も出来ずに壊滅。その凶弾が無力な民達へと向かおうとしたその時、列から飛び出てきた組合長や少数の冒険者が日本神国軍へと襲いかかり、辛うじて虐殺を防いだのである。

 だが、その反撃も一時的なもの。体勢を立て直した日本神国軍の攻撃に、冒険者は一人また一人と討ち取られ、残っているのは最早組合長一人であった。


(残るは……三十名といった所、ですか……。勝ち目は薄い。けれど、私が粘らなければ……)


 頭部からの出血により赤く染まる視界の中、それでも組合長は諦めない。

 援軍の当てなど無い。テレンバジアの軍は敵本体の足止めで精一杯だ。

 だがそれでも、皆を守る為引く訳にはいかない。それが力有る者の責務だと、細い体の真芯から、組合長は揺らぐこと無く考えていた。


「くっ……インペルード!」


 響く発砲音に、彼は己が力を行使する。

 瞬間、持っていた紙束が展開し、空中で盾となる。何十枚もの真っ白な紙による壁は、殺到する弾丸の雨を辛うじて防ぎきって見せた。


 ――組合長のメイン属種は『書士』である。


 この属種は通常、書物に関する技能に特化しているのだが、副次的効果として『紙』を操る技能にも長けていた。

 組合長の技もその一種で、力を注ぎ込んだ紙を操作する事で、防御も攻撃も行う事が出来るのである。

 本来ならばパワーに欠ける護身術でしかないのだが、組合長も伊達に冒険者達の長では無い。その実力は平均を大きく凌駕している。

 だがその実力を以ってしても、あまりに現状は厳しい。せめて後ろに守るべき民さえ居なければ、また状況も違ったのであろうが……。


(悲嘆はしない。これは、私自信が選んだ選択だ。皆を束ねる長という立場を鑑みれば、身を張らず逃げるという道もあっただろう。けれど……)


 ちらと、組合長は背後に目を向ける。

 そこには避難する民の姿と共に、事切れた死者の骸が数多と存在していた。

 幾ら警護の兵達が守ろうと思っても、全てを守れる訳が無い。まして敵の使ってくる武器が銃なのだから、流れ弾による被害はどうしても出る。

 その結果生まれた無残な被害者達。その姿が、組合長に戦うことを決心させたのだ。

 血を流し倒れる幼子。それを抱き咽び泣く母親。似たような光景が、あちらこちらで起きている。


「見逃す事など、出来るはずがない。まして自分一人、逃げる事などっ!」


 雄叫びと共に、紙が飛ぶ。

 そのほとんどは撃ち落されるが、何とか辿り着いた二枚の紙片が同数の兵士を刺し倒す。

 激昂した兵士達が更なる弾丸を殺到させた。じりじりと削られる盾。迫る死の恐怖。


 やがて盾を貫通した一発の弾丸が、組合長の脚を貫く。

 思わず膝を着きながらも、歯を食いしばった彼は再度攻撃を仕掛けた。だがその全ては撃ち落され、代わりとばかりに放たれた弾丸が腹を撃ち抜く。


「ぁ、が……」


 ふらり揺らめき、地に手を着く彼に、もう抵抗する力は残っていなかった。

 はらはらと力を無くした紙達が舞い踊り、地面に落ちていく。その光景を見た日本神国軍の兵士達は、漸く終わったかと唇を吊り上げると、俯く組合長へと近づいて行った。


「手間を取らせる。お前のせいで、仲間が大勢死んだぞっ!」


 がしり、頭髪を掴んだ兵士が、組合長の顔面へとその膝を叩き込む。

 ぶちりと嫌な音と共に髪が纏めて抜け、組合長は仰向けに吹っ飛び地を転がった。流れ出る血液が、彼の軌跡を真っ赤に彩る。

 再度近づいた兵士が、銃口をその顔へと向ける。


「じゃあな。お前が死んだ後は、あっちでとろとろ逃げ惑ってる愚図共だ……「お前、等」……あ?」


 虚ろな目で空を見上げる組合長の口が微かに動く。

 その目にはもう、向けられた凶器さえ見えていない。ただ意地だけが、彼の意識を支えていた。


「お前、等が、どんな、存在で、あろうと、も。私達は、負け、無い。人を、ゴミのように、見下し、殺す、お前等、には……!」

「……はぁ~?」


 途絶え途絶えの言葉に、兵士の眉がつり上がる。


「命乞いか、恨みの言葉かは知らないけどよ。分からねぇんだよ、手前等の言葉なんてなっ!」


 そして何処までも憎らしく嗤い、トリガーに手を掛けた。

 指が曲がり、弾丸が発射される。その直前。


「「ォォォォォォォォォオオオオオオ」」

「……? 何だ、この声――」


 奇妙な雄叫びに顔を上げた兵士は、確かに見た。

 己に向かって飛んで来る、真っ黒な少女と半裸の男を。


「「おりゃああああああああああああああ!!」」

「はっ……? ぐぅべぁあ!?」


 顔面に二つの脚が突き刺さる。

 見事なダブルキックを受けた兵士は綺麗な放物線を描いて飛翔すると、頭から地に落ち呆気なく気を失った。

 最も、首が変な方向に曲がっていたので、失ったのが意識だけとは限らないが。


 そんな男を余所に、二つの影は華麗な着地を決めると、自分達に向けられる無数の銃口も気に留めず組合長へと振り返る。

 閉じかけていた目蓋が、微かに開いた。


「君、達、は……」

「ぐふふふふふ。実入りの良い依頼があるからと隣国まで脚を伸ばしてみれば、まさか戦争に出くわすとはな。これは稼ぎのチャンスかぁ!?」

「お待たせしました組合長っ。我輩が来たからにはもう安心。この程度の雑兵共、闇の力でチョチョイの~チョイですとも!」

「アパップ、君。ノールノ、君……!」


 ぐるりと振り向き、兵士達へと不敵に笑って。

 二人のデッドオーバーは、反撃の狼煙を打ち上げた。

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