第十三話
朝。俺はネアに見送られ、家を出た。
まだ空気の冷たい早朝の事だ。だらしなくソファでいびきをかくミキシとノールノを無視し、街の端にあるマスマン侯爵の邸宅へと寄り道もせずに真っ直ぐ向かう。
その最中。建物と建物の間、薄暗い陰の中から妖艶な声を投げ掛けられた。
「ちょっとそこ行くお兄さん。私の占い、受けてみませんか?」
「……何やってるんだ、レノア。お前は占師じゃなくて呪術士だろうが」
魔法まで使って照らしてやれば、黒い魔女服に身を包んだレノア・ロックハートの姿が浮かび上がる。
彼女は「あら、つまらない」と呟くと、光の中に歩み出てきた。何故そんな所に居たのか理解に苦しむが、多分自分を怪しく演出できるからだろう。昔からそういう奴だ、こいつは。
「で? まさか偶然って事もないだろう。わざわざ何の用だ?」
「そう邪険にしないでよ。言ったでしょ? 占い、って。アナタの顔に嫌~な色が出てるものだから、少し忠告しておこうと思って」
「嫌な色? 確かに昨日、誰かさん達が遅くまで騒いでいたせいで若干寝不足だが」
今も家でぐーすか惰眠を貪っているであろう変人共を思い浮かべ、顔を顰める。
そんな俺に疑問符を浮かべたレノアだが、直ぐに怪しく笑うと話を進めた。多分こうしておけば『分かってますよ』風に見えるからだろう。本当はよく分かっていないくせに。
「ふふ、私が言いたいのは寝不足とか疲れとか、そんな直接的なものじゃないわ。もっと抽象的な……そうね、死相とでも言いましょうか」
「物騒な事を言ってくれるな。ただでさえこれから、危険真っ只中に飛び込まなくちゃならないってのに」
「あらそうなの? なら丁度良いじゃない。これから死ぬかもしれない、って知れて」
「良い訳あるか! そもそも命の危険がある事は覚悟の上だ。お前の言葉は余計な不安を煽っただけだよ」
昨晩覚悟を済ませた俺だが、やはりこう改めて言われると心にくる。
揺らぎはしない。揺らぎはしないが、ちょっと足取りが重くなるじゃないか。余計な重荷を意識させないでほしい、胃がきりきりと痛くなる。
文句の代わりに睨み付ければ、レノアはやはりふふふと笑った。とりあえずそれで誤魔化すのは止めろ。いい加減俺には通じないぞ。
「言いたい事はそれだけか? 悪いが俺はもう行くぞ。余裕を持って出てきたが、万が一にも遅れる訳にはいかないんでな。何せ待ち合わせ相手が、無駄に気難しい『貴族様』なんでね」
「そうねぇ。なら、最後に一つだけ。――本当に気を付けなさい。こういう時の私の占いは、良く当たるから」
「……ちなみにどれ位だ?」
「ん~……。九十七パーセント?」
ほとんど必中じゃねぇか……っ! まるで死の宣告だな、おい。
「はぁ。精々残りの三パーセントを引けるよう、頑張ってくるよ」
「ええ、頑張って頂戴。私も友人を亡くすのは、とても悲しいから」
最後にまたくすりと笑って。レノアは始めと同じ路地裏に、溶け込むように消えて行った。
軽く頭を掻く。もしかしてあいつ、その忠告の為だけにこんな朝早くから待っていたのか?
「良い友人と言うべきか、おかしな暇人と言うべきか。悩み所だな」
呆れ笑いする俺の足取りは、少しだけ軽くなっていた。
~~~~~~
辿り着いたのは、巨大な門を持つ広々とした豪邸だった。
苔むしたレンガ壁が周辺をぐるりと囲い、四階建ての本館が手の平に納まる程に小さく見える。
柵状の門から覗ける庭は良く手入れされ、青々とした芝生と黄色の花が咲き誇っていた。流石は名高き大貴族の邸宅、という事なのだろう。
まるで世界の違うその威容に圧倒されながらも、俺は門の両脇に並ぶ警備兵へと用件を伝える。始めはいぶかしんだ彼等だが、俺の名を聞くと納得したように確認を取りに向かった。
待つこと数分。確認が取れたとの事なので、俺は開けられた門を潜りマスマン侯爵邸へと踏み込んだ。
年老いた執事が流麗な礼で迎えてくれる。先導されるまま本館を目指す俺の手に、じわりと汗が浮かぶ。
(これでもう後戻りは出来ない。此処はもう侯爵の領土だ。怪しまれないようにしつつ、常に気を張っておかなければ)
敵と決まった訳ではない。しかし味方とも限らない。
油断は即、死を招くだろう。極端な話、今すぐ庭園中から兵士や例のゴーレム共が現れ、囲まれてもおかしくないのだ。
この敷地内で起こった事ならば、大抵は誤魔化せる。マスマン侯爵家とは、それだけの力を持つ家だった。
やがて辿り着いた本邸の扉を、執事がゆっくりと開け放つ。真っ赤な絨毯と輝くシャンデリアが目に眩しい。イメージしていた通りの、正に『豪邸』の姿だ。
「おぉ! 君がマサキ・コウノ君か!」
と、いざという時の脱出経路を確認していた俺は、上から響いた声に急いで姿勢を正し向き直る。
見ればホール正面の巨大な階段を、一人の老人が小走りで降りて来ていた。立派な髭に真っ白な頭、ゆとりの多い豪奢な服。ニコニコと笑うその姿は、以前王城を訪ねた時に遠巻きに見た姿とほとんど変わりない。
執事がすっと道を空ける。近づいて来る細身の老人に、俺は小さく頭を下げた。
「お初にお目にかかります、ヴァズエール・ラ・ジクー・マスマン侯爵。依頼を受けてまいりました。『デッドオーバー』、マサキ・コウノです」
「おお、良く来てくれた。頭を上げてくれ、そう肩肘を張らなくても良い。これから暫く共に過ごすのだからの!」
ほっほっほ、と明るく笑って、侯爵が此方の手を取った。
軽く握り返し、「ありがとう御座います」と礼を言っておく。少なくとも表面状は『良い人』のようで、俺は内心安堵していた。
(これで貴族らしい傲慢さを前面に押し出してくるような人だったら、敵でも味方でも俺の精神が持たなかったよ)
最悪、全て放りだして逃げ出していたかもしれない。
冗談交じりに考えながら、侯爵に促されるまま歩を進める。執事さんは仕事があるとかで、何時の間にか姿を消していた。
(一応、護衛をしに来たとはいえ。いきなり二人にしていいのだろうか?)
疑問に思うが、前を行く侯爵の背に陰は無い。
それが俺への信頼なのか。それとも狙いあってのものなのか。こういった事に聡くない俺には、いまいち判別がつかなかった。
「此処がワシの執務室じゃ。奥が私室に繋がる形になっておる。政治的なものもあるので、君は基本入れないがの。そしてこの隣が君の部屋。臨時の警護室という事になる」
「私は基本此処か、侯爵のお傍に居れば?」
「そうなる。ただワシは王城に行くことも多いのでな、その場合は城門前まで送迎に付き合ってくれい。中まで付いて来る必要は無い、あそこは人も多く警備も厳重だからの。流石に襲われる事もなかろうて」
「確かに、そうですね。ところで侯爵」
「ん?」
窓から、霞む王城を眺めていた侯爵が振り返る。
俺は極力硬さを消し、極自然に探りの一歩を踏み出した。
「貴方が命を狙われている事も、私を此処に呼んだ理由も、既に組合で聞きました。ですがまだ、肝心な部分を聞かせてもらっていません」
「肝心な部分? はて、何かあったかの?」
「ええ。――『誰』が貴方を狙っているのか、についてです」
「ううむ、それか。あまり大声で言える事でもないのでな、詳しくは応接室で話そうか」
唸り、歩き出す侯爵に追随する。
動揺の色は見えない。もし侯爵が味方で、例の『ニホンシンコク』に狙われているのだとすれば、少し位は反応を見せるかと思ったのだが……。
最も、マスマン侯爵は長年政治の中枢に関わってきた人だ。当然、腹の探り合いや読み合いの経験も相当に豊富だろう。この程度でボロを、それも俺のような素人にも分かる形で出すというのは、期待するだけ無駄かもしれない。
(だが、それでも探らなければ真実は分からない。あちらから話してくれる可能性もあるが……それも味方の場合だけ。敵である場合には、自分で真実を見つける必要があるだろう)
まさか、「私は敵国と内通しているんです」と律儀に説明してくれるはずもない。
逆に味方である場合にも、情報漏洩を恐れ易々と内情を話すことはないだろう。最低限、信頼を勝ち取る必要があるはずだ。
この館が果たして大蛇の腹の中なのか、それとも俺を試す試練の場なのか。まだまだ判別はつきそうになかった。
~~~~~~
尻から伝わる、柔らかな感触が心地よい。
応接室のソファーに腰掛ける俺の前では、高級そうなカップに淹れられた紅茶がほんのりと湯気を立ち昇らせていた。
一礼し、給仕が去っていく。二人きりになった空間で、向かいに座る侯爵は紅茶で唇を湿らせると、落ち着いた口調で語り出す。
「ワシを狙っておるのは、ノルメ伯爵家の者じゃ」
「ノルメ伯爵……最近良く名前を聞くようになった、あの?」
「うむ。あやつの領地から、希少鉱石であるグリナイト結晶の大鉱脈が見つかってな。それによって得た財と人脈を使い、ここ数年で急速に地位を高めておる。まだ四十にも満たぬ若造だというのに、今では『賢老会』の端に名を連ねる程じゃ」
賢老会――国王直下に位置する、二十人の貴族からなる評議会の事だ。
これに選ばれるという事は即ち、大きな地位と名誉、そして権力を得るという事である。当然国中の貴族がその席を狙い、政争に明け暮れていた。
そして目の前の老人もまた、その賢老会の一員である。かなり古くからのメンバーで、少なくとも俺が生まれた頃にはもう所属していた、と聞いた覚えがある。
「賢老会は国王陛下を除くこの国の最高機関だが、その中にとて格差はある。他の貴族がそうであるように、賢老会の中にも権力争いはあるのだ」
「それで、侯爵の失墜を狙うノルメ伯爵が刺客を?」
「うむ。彼の若造とはどうにも反りが合わなくてのう。奴にとってワシは、目の上のタンコブというやつらしい」
何となく、分かる気がした。
古参の重鎮であるマスマン侯爵と、新進気鋭のノルメ伯爵。二人の意見が合わないのは仕方が無い事だろう。
むしろ評議会という形式を考えれば、参加するメンバーの意思・思想は偏り過ぎない方が良い。ただ今回は、本来議場でぶつけ合うべき確執が場外での闘争にまで及んだ事が問題なのだ。
「本来、権力争いは暴力によって行われるものでは無い。この国は過去の凄惨な記憶から、貴族間の襲撃・暗殺行為には特に厳しく、重い罪を科しておる。故に普通の感性を持つ者ならば、直接手を出すような真似はしないのじゃが……」
「ノルメ伯爵はその常識を越えて来た、と」
「うむ。始めは事故に見せかけたもので証拠も全く無かったのだが、次第に過激なものになり、徐々に手掛かりも増えてきたのだ。現在ではほぼ間違いなく、ノルメ伯爵の仕業で確定しておる。公の場で糾弾するには後一歩足りんがの」
困ったように侯爵は眉間を揉む。
常識外れの敵に狙われ疲れが溜まっているのだろう。ノルメ伯爵が裏で強引な真似をしているというのは割りと有名な話だ、その気性の荒さもまた同じく。
そんな人物ならば、暗殺という手に出る可能性もまぁあるが……。
(果たして何処までが真実なのか。もう少し突っ込んで訊いて見るか? ……いや、それは流石に焦りすぎか)
どうすれば良いのか、いまいち判断しきれない。
俺は大層な称号を持ってはいるものの、あくまで一介の冒険者。こういった探りは得意ではないのだ。
(というかそもそも、侯爵がニホンシンコクと関わりがあるという予想自体が間違いで、全く関係の無い政争に巻き込まれているって事は……流石に無い、よな?)
違う、と信じたかった。
アグメ火山の件もあって思考が大分流れていたが、もしこの前提条件が崩れれば、俺は余計な苦労を背負っただけになってしまう。
ニホンシンコクが関わっていた方が危険度は高いのに、そうであって欲しいと願う。何とも珍妙な事だった。
悩む俺に、侯爵が不思議そうに首を傾げる。
「どうかしたのかね? マサキ君」
「いえ、何でもありません。お気になさらず」
「そうか? ……それでだな。先程言ったとおり、もう少しで証拠が揃うのだ。だからこそ相手も焦っておる。恐らく近い内に、最後の攻勢を掛けてくるじゃろう。そこで君の出番という訳だ」
一度、侯爵が唇を湿らせる。
「警備の兵は増やした。外出も極力控え、何時襲われても良いよう備えておる。だが、それだけでは安心には程遠い。こう言うと皆に悪いが、平均的な実力者が幾ら束になったところで、優れた暗殺者の一点突破を止めきる事は難しいじゃろう」
だから、と侯爵は此方を見詰めた。
「君の力が必要なのだ。名高きデッドオーバーであり、冒険者組合の長が太鼓判を押す、君の力が」
――どうか、ワシを守ってはくれまいか――
そう言って丁寧に頭を下げる侯爵に、俺は慌てて腰を浮かせる。
「頭を上げてください、マスマン侯爵。元々俺はそのつもりで此処に来たんです。貴方が言ったんでしょう? 依頼を受けてくれるなら屋敷に来てくれ、と」
「ほっほっほ、そうじゃったな。どうもマサキ君が乗り気ではないように見えたのでのう。つい心配になってしまったわ」
ドキリ、鼓動が強くなる。
顔に出かけた驚愕を、無理矢理にねじ伏せた。
「……緊張しているだけですよ。マスマン侯爵ほどの方を護衛し、ノルメ伯爵と戦うのです。誰だって硬くなります」
「おだてたところで何も出んぞ? ああ、無論報酬はきちんと出る。そこは安心してくれい」
ほっほっほ、と朗らかに笑うマスマン侯爵。
俺も合わせて愛想笑いした。裏の焦りを隠すように。
(動揺するな。此方が侯爵家を探りに来た事はある程度察せられているかもしれないが、確信までさせてはいけない。されれば、即座に潰しに掛かられる。此方を罠に掛けようと、機を窺っている間がチャンスなんだ)
これは敵であった場合の想定だが、味方であった場合も例外では無い。
腹の内を探られて気持ちの良い人間はいないだろう。後の心象の悪化を防ぐ為にも、敵であれ味方であれ誤魔化す事は必要だ。
味方であると判明したのは良いが、侯爵家に嫌われ目の敵にされる。何てのは勘弁である。肩身の狭い思いはしたくないのだ。
「では、この後は屋敷の案内といこうか。この家の事を知らなければ護衛など務まるまい?」
「いえ、流石に侯爵に案内までしてもらうのは……」
「ほっほっほ、遠慮するな。君はワシの部下でも従者でもない。ワシは君に報酬を払い、君はワシを護衛する。互いに対等な関係なのじゃよ」
気持ちの良い人だ、と思う。
貴族に多い上から目線も無い。親しみやすい、柔らかな雰囲気も持っている。それでいて所作の端々からは、何処か庶民とは違う……高貴さのようなものが感じられる。
これが演技ではなくこの人の本質である事を、俺は無意識の内に願っていた。
「まずはそうじゃの。西館から見て回るとするか――「お爺様っ!」の?」
扉を開けた侯爵が、廊下に出た瞬間だった。
幼い声と共にパタパタと足音を立て、少女が小走りにやってくる。
身長は俺の胸下までだろうか。年齢で言えば十かそこら。気の強そうな青色の瞳に、真っ白な長髪がふわふわと揺れている。
先程の言葉から、恐らくは侯爵の孫娘だろう。というか侯爵の髪色は年のせいではなく、元からだったんだな。
黒いドレスの裾を靡かせて、少女が侯爵の胸に飛び込む。彼女を受け止めた侯爵は、先程まで以上に朗らかな顔をしていた。
「おお、メモリー。相変わらず元気で可愛いのう」
「当然です。お爺様の孫ですからっ」
「そうかそうか。そうだ丁度良い、前から話していた護衛の冒険者が来てくれたのじゃ。自己紹介しなさい」
「冒険者?」
侯爵から離れた少女が、怪訝な顔で此方に向き直る。
その視線は妙に刺々しい。初対面のはずだが、何だろうか。変な噂でも聞いたのだろうか?
「……メモリー・ラ・ジクー・マスマンです」
「マサキ・コウノです。本日より暫くの間、侯爵の護衛につく事になりました。以後、お見知りおきを」
不承不承、といった様子で名乗る少女――メモリーに此方も名乗り返せば、彼女はふん、と不機嫌そうにそっぽを向いてしまう。
これは本格的に嫌われているな。でもどうして? 本当に心当たりは無い。それとも、冒険者全般に嫌悪感を抱いているタイプだろうか?
「これ、メモリー。失礼じゃぞ」
「でもお爺様っ! お爺様から聞いた通りなら、この男は魔法剣などという酔狂な技を使っているのでしょう? それで強いなんておかしいです。デッドラインを倒したというのも嘘で、何らかの不正を働いているに決まっています!」
「んだと……?」
ぎちり、歯が軋む。
このガキ、魔法剣を馬鹿にしやがったな……? 大貴族の孫だからって調子に乗ってんじゃねぇぞ、この糞がっ!
喉を突いて出かけた罵倒を、すんでの所で飲み込んだ。今此処で暴走すれば全てが台無しだ。どれだけ悔しくても、今は我慢しなければ。
剣に伸びる手を必死に自制する。そんな此方の葛藤にも気付かず、少女はまたふんと鼻を鳴らしてそっぽを向く。
「申し訳ない、マサキ君。この子は何と言うか……遠慮や慎みにかけていてのう。そこが悩みの種なんじゃ」
「そんな、酷いですお爺様! メモリーはただ、事実を言っているに過ぎません。だっておかしいです、魔法剣は弱いって、皆言ってますもの」
「そこはの、ほら。マサキ君は例外なのじゃよ。彼の使う魔法剣は強いのじゃ」
「そんな事――「マスマン侯爵」……なんですの?」
割り込んだせいでメモリーに睨まれるが、敢えて無視する。
俺が今話しておきたいのは彼女じゃない。侯爵の方なのだ。
「侯爵。先程の発言、それは間違いです」
「ほ? ワシが何か、おかしな事を言ったかのう?」
「ええ。侯爵は言いましたね。俺が例外なだけで、あくまで魔法剣は弱いのだ、と」
「……まあ、そういう風にも取れるかのう」
「それを訂正して頂きたい。魔法剣は弱くなどありません。ただ、本気で使おうとする人間が居ない。その力を真に引き出せる人間が少ない。それだけなんです」
魔法剣そのものに秘められたポテンシャルは非常に高い。
だがその高みに到達する為には、充分な鍛練と情熱が必要だ。それらを以って初めて、魔法剣はその真価を発揮する。
多くの人間はそこまで至れず、諦めてしまうだけなのだ。もっと簡単に一定の力が手に入る、他の属種に流れてしまうだけなのだ。
きちんと使い込めば他の属種や技にも負けない、どころか上回る力を発揮する。それが魔法剣という技なのである。
それが事実である事は俺自身が証明しているだろう。俺には確かに才がある。あるが、それは決して他のデッドオーバーと比較して飛びぬけたものではない。
にも関わらず彼等と互角に渡り合える事が、魔法剣が決して劣った技能ではない事の証明だ。もし劣っているのなら、俺は皆より弱くなければおかしいのだから。
俺の真っ直ぐな瞳と意思に何かを感じ取ったのか。侯爵は髭を撫でながら少しだけ考え込むと、謝罪の言葉を口にした。
「それはすまなかったのう。確かに、君の言うとおりかもしれん。魔法剣を劣った技と見た事、訂正しよう」
「ありがとう御座います、侯爵」
「お爺様!? こんな男相手に謝る必要などありません! 所詮はただの戯言です!」
相変わらずな少女の態度に、最早怒りも湧いてこない。
呆れながら、やはりおかしいと考える。魔法剣を馬鹿にしている、それだけの態度ではない。これだけ嫌悪されるという事は、何か別の理由があるのだろうか?
(もしかしたらそれが、侯爵を探る切欠になるかも――)
今はとにかく突破口が欲しかった。侯爵の堅牢な牙城を崩す、一筋の光明が。
その為にはどんな小さな事も見逃せない。子供を利用するようで気が引けるが、まだ幼い彼女を上手く使えば、情報を入手出来る可能性は飛躍的に上がるだろう。
出来の悪い頭を可能な限り高速で稼動させる。どう切り出し、どう話を誘導するのが一番有効か。どうすれば侯爵から情報を引き出せるのか。
だが結局、結論が出るよりも先に場は一旦畳まれた。
「お嬢様ー! 何処ですか、メモリーお嬢様ー!」
「む、呼ばれておるぞメモリー。……さてはお主、また勉強を抜け出したな?」
「そ、それは……だって、お爺様が最近構ってくれないから……」
「それは悪かったのう。しかしサボりは感心せんぞ。侯爵家の者として、もっと勤勉さを持ってじゃな……」
「あー、私もう行かなくちゃ! ではお爺様、また時間がある時にお話しましょう!」
「あ、こら、メモリー!」
叱りつける侯爵に手を振って、メモリーは己を呼ぶメイドの下へと駆けて行った。
侯爵が溜息を吐く。どうやら彼女は、思った以上にお転婆な子のようだ。
同意するように肩を竦める。
「中々苦労しているようですね」
「分かるかの? だが、手が掛かる子ほど可愛いものじゃよ」
「そういうものですか」
「そういうものじゃ」
二人、横目で視線を合わせる。
とりあえず今は、侯爵への探りは一旦置いておこう。この屋敷について把握し、自由に動けるようにしておく事が肝要だ。
では改めて案内するかの、と言う侯爵の先導に従って、俺は広い屋敷の構造を頭に叩き込んでいったのであった。
心の奥で、この人が敵でないことを祈りながら。