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第十二話

 無事鉱石採集を終え帰還した俺は、報告も兼ねて組合長との面会を求めていた。

 奥に引っ込んで行った職員を待ち、組合の壁に寄りかかる。ミキシの姿は既に無い。あいつは報酬を貰って直ぐに、傷をきちんと治療する、と言って病院に向かってしまった。

 怪我をしているのは俺もなのだが、あいつよりはまだましだ。用意しておいた治療薬のおかげで、特に入院の必要も無い程度には抑えられている。

 包帯を巻いた腕を指で叩きながら待つこと一分。戻ってきた職員に従い奥の執務室の扉を開けた俺を、組合長が出迎える。その様子は何だか少し慌しい。


「失礼します、組合長。……何かあったんですか?」

「ああマサキくん、お帰り。悪いね、実は出張の予定が入ってしまって。急いで出なければならないんだ」

「そうなんですか。そういうことなら、出直しましょうか?」


 ドラゴンの件や工務店の調査については、他の職員に話せば良い。

 冒険者組合は別に、組合長のワンマン組織では無いのだ。この人が居なくとも十分仕事はこなせるはずである。


「ああいや、大丈夫。少し話す位の時間はあるよ。それで? どうだったんだい、依頼は」

「……やっぱり組合長も、あの依頼はおかしいと思っていたんですね」

「まあね。その上で、君に判断を委ねたんだ」


 これも信頼だよ、と朗らかに笑われる。

 まいったな。思っていたよりずっと、この人は強かだったみたいだ。

 ソファに座る組合長に促され、苦笑と共に向かい側に腰掛ける。今回はお茶を用意する余裕は無いようだ。少し残念。


「さて。それじゃあ話しを聞かせてもらえるかな。出来るだけ手短にね?」

「はい。まずは――」


 アグメ火山であった事を一通り、早口に説明する。

 ついでに自分なりの考察も伝えておいた。公に言える事ではないが、この人になら良いだろう。

 全てを聞き終え、組合長は無言でじっと考え込む。かと思えば、深く息を吐いた。


「なる程、理解した。マキシード工務店への調査は指示しておこう。念の為、アグメ火山の調査も国と連携を取って行っておく」

「ありがとう御座います」

「それから、侯爵家についてだけど……実は君に一つ、伝えなければならない事があるんだ」

「伝えなければならない事?」

「うん。本当は後から職員に伝えてもらうつもりだったんだが……帰って来たのなら丁度良い。僕から直接伝えよう」


 組合長の顔が引き締まる。


「マスマン侯爵家から君に、依頼が来ている」

「っ、侯爵家から? 俺に?」


 困惑する俺に、組合長は頷き続けた。


「うん。何でも、最近当主であるヴァズエール・ラ・ジクー・マスマン侯爵が、誰かに狙われているらしい。そこで君を護衛に欲しい、との事だ」

「……期間は? いえ、そもそもマスマン侯爵家といえば、王都に居を構える国の重鎮です。私兵も多く抱えているでしょう? それに、軍に頼めば護衛位幾らでも……」

「それでは駄目なそうだよ」


 重苦しい表情だった。

 怪訝な顔で、俺は聞き返す。


「駄目、とは?」

「雑兵を幾ら増やしても安心出来ない、とのお達しだ。軍には既に掛け合ったが、実力ある者は皆重要な立場か任務についていて、護衛には回せないと言われたそうだよ。だから君に依頼が回ってきたんだ」

「何故俺なんです? 他にも候補は居るでしょう?」

「そうなんだけどね。ほら、君以外のデッドオーバーじゃあ性格的に色々と、難があるでしょ? かといってただのSランク冒険者だと、侯爵は納得しないみたいなんだ」

「消去法で俺しか居なかった、と。ふぅー……どうしたものか」


 全く以って頭が痛い。

 侯爵からの護衛依頼、確かに内容だけ聞けばおかしな所はないだろう。それ程の立場となれば命を狙われる事もあるだろうし、数だけではなく質も欲しいというのも分かる話だ。

 加えて荒くれ者の多い冒険者とはいえ、Sランク、それもデッドオーバーの称号を持つ者となれば、ある程度身分は保証されている。貴族が傍に置くことを考えても不思議は無い。

 だが此処に最近の王都を取り巻く不穏な動き、そして噂を合わせると赴きはがらりと変わってくる。


「はっきり言わせてもらいますが。これは罠の可能性が高いと、俺はそう判断します」

「やっぱり、そうなっちゃうよねぇ……」


 困った顔で、組合長は腕を組む。

 この人の耳にも入っているのだろう。マスマン侯爵家の不審な動きは。

 今日の一件を鑑みれば、俺やミキシ――恐らくは、デッドオーバー全員――が狙われている事は確実だ。戦争を仕掛ける前に、厄介な戦力を潰しておくつもりなのだろう。

 となると侯爵の護衛につく事は、竜の口に飛び込むような行為であった。

 もしこれが罠であった場合、相手は今日以上に本気でくる。国の重鎮である侯爵家を直接動かしたのだ、半端な仕掛けは許されまい。

 罠が失敗し、侯爵家と敵国が繋がっている事が判明すれば。侯爵家の没落・或いは取り潰し、そして国を上げての『ニホンシンコク』対策が行われるのは想像に難く無い。そうなれば攻め込むのも、内部から崩すのもぐっと難しくなってしまう。

 相手も相当な賭けに出てきたという事だ。俺一人を潰すのにそこまでするのには、若干違和感を感じはするのだが……。


(証拠を残さず、確実に始末出来る自信があるのか。或いは……逆?)


 侯爵が敵で無いという可能性。むしろ純粋な味方で、それ故に何者か――ニホンシンコクに狙われている。


(有り得ると言えば、有り得るか。噂も、侯爵がニホンシンコクを警戒し、秘密裏に調査していたと考えれば辻褄は合う)


 その場合、侯爵を守る事は即ちこの国を守るという事になる。

 非常に悩む選択だ。受けるか、断るか。この判断一つで、下手をすれば国が揺らぐ。


(何で俺が、こんな風に悩まなくちゃいけないんだ)


 本ッッッ当に、頭が痛い。

 ちらりと組合長を窺うが、あの人は無言で此方を見詰めるだけだった。

 自分で決めろという事なのだろう。流石の組合長も、どちらが正しいのか判断はつかないようだった。

 こうなるともう、頼れるのは己の直感ただ一つか。

 黙り、考え込む。暫くして口を開いたのは、俺ではなく組合長の方だった。


「中々決まらないようだね」

「ええ……まあ」

「すまないが、僕はそろそろ出なければならない。依頼を受けてもらえるなら直接屋敷に来て欲しいとのお達しだ。結論は、今夜一晩よく考えて決めてくれ」

「……分かりました。出張、お気をつけて」

「うん、ありがとう」


 用意してあった鞄を手に、組合長は部屋を出て行った。

 一人きりになった執務室でソファに身を預け天井を見上げる。

 結論は、簡単には出そうにない。


 ~~~~~~


「ただいま~」


 重い心のまま自宅のドアを開け放つ。

 何時ものように出迎えてくれたネアが、少し怪訝な顔をした。


「おかえりなさい、マサキさん。……どうかしたんですか?」

「え? ん、ああ。ちょっと、疲れててな」

「そんなに大変な依頼だったんですか? ……ってマサキさん、怪我してるじゃないですか! 血もこんなに……!」

「心配いらないよ、大した怪我じゃない。血もとっくに止まってる」


 駆け寄ってきたネアに腕の包帯を見せてアピールするも、彼女の不安な顔は晴れない。

 むしろ余計に顔色を曇らせて、揺れる瞳で見上げてくる。


「本当に、大丈夫なんですか? 無理していたりとか……」

「無理なんてしてないよ。一晩寝れば全快だ。本当にね」


 優しくそう言っても、ネアの顔は相変わらず晴れない。そこまで思われている事は嬉しいが、これでは堂々巡りになるだけだ。

 仕方が無く、俺は少し強引に押し切る事にした。彼女の肩を掴み後ろを向かせ、努めて明るい声で催促する。


「ほらほら、心配する位なら食事を用意してくれ。美味しい夕食をたっぷり食べれば、傷もあっという間に良くなるさ」

「……本当ですか?」

「勿論だとも。だから頼むよ、ネア」


 それでもまだ渋っていたネアだが、此方が折れる気がないと察すると、諦めて台所へ歩き出す。


「待っててください。とっておきの夕食を用意しますから!」


 その背が燃えているように見えたのは、疲れのせいではないだろう。

 気合満点の少女に苦笑し、椅子に着く。それから食事の用意が出来るまで、俺はずっと侯爵家からの依頼について考えていた。


 ~~~~~~


 頭部にほのかな温かさを感じ、俺は目を覚ます。

 視界が泥水の中のように揺らいでいた。ぼやけた頭で、俺は眠っていたのか、と考える。


(確か……そう、ネアの用意してくれた夕食を食べた後、ソファに横になって依頼について考えて……)


 そのまま寝てしまったのだろう。だとしたらまさか、今は朝なのだろうか?

 眠気を払おうと、目を腕で擦る。明瞭とした視界一杯に、柔らかく微笑む少女の姿が広がった。


「……ネア?」

「はい。おはよう御座います、マサキさん」


 嬉しそうな彼女に、頭を優しく撫でられる。

 そこで気付いた。今自分が、彼女に膝枕されているという事に。なる程、道理で後頭部が柔らかい訳だ。


「俺、どれ位寝てた?」

「一時間位です。ぐっすりでしたよ」

「そうか。悪いな、重かっただろ……?」


 身を起こそうとした俺を、ネアがそっと押し留める。

 困惑する此方に、彼女は再度優しく微笑んだ。


「無理しないで下さい。疲れてるんでしょう?」

「いや、でも……」

「私なら平気ですから。それに……マサキさん、何か悩んでいるようでしたし」


 見抜かれていたのか。いや、彼女とも数年に及ぶ付き合いだ。分からない訳がない、という事なのだろう。

 ゆっくりと、頭に置かれた手が再度動き出す。不思議と心が和らぎ、俺は身体から力を抜いた。

 目を閉じ、感じる温かさに身を委ねる。


「……なあ、ネア。俺は、どうしたら良いと思う?」


 要領を得ない質問だった。何を聞いているのかも分からない、そんな質問。

 ネアも当然分からない。けど、思いは伝わったようだ。

 目蓋の向こうで、彼女が小さな唇を震わせ動かす。


「マサキさん、前言ってましたよね。迷った時には前に行く。俺はそういう男だ、って」

「……言ったかな、そんな事」

「はい。酔っ払いながらですけど」


 そりゃ覚えてない訳だ。

 けど酔った時にその言葉が出たって事は、それは多分……。


「大丈夫ですよ。マサキさんなら、きっと。どんな困難だって乗り越えられます」

「それはまた。過剰な期待だな」


 苦笑すれば、彼女が笑う。

 見えなくても分かった。長く共に暮らした、家族だから。


「ネア」

「はい」

「悪いけど、暫く留守にする。家のこと、頼むよ」

「勿論です。マサキさんが帰って来るのを、待ってます」


 目を開け、此方からも手を伸ばす。

 金糸のような髪が、さらさらと手に馴染んだ。此方を見下ろす彼女とじっと目が合う。

 互いに言葉は無い。ああ、けれど、何て温かい空間――。


「お邪魔しまっすぅ、マサキさん!」

「やあ~。邪魔するよぉ、マサキくん!」


 バンッ! と大きな音を立て、心地よい空間は吹き飛んだ。

 頬を引くつかせ、玄関へと顔を向ける。開いた扉から入ってくるのは、良く見知った一組の男女で。


「……ノックもなしに失礼じゃないのか。ノールノ、ミキシ」

「あれ、文字通りお邪魔でした? まあ、それなら丁度良かったですけどねっ」

「ははは、連れない事を言わないでくれよぉ。僕と君の仲じゃないか」


 全く悪びれるつもりのない二人に思わず溜息。

 身を起こそうとして……太ももの感触が名残惜しく、やっぱりやめた。この二人相手に気を使う必要は全く無い。

 ズカズカと、二人が部屋に乗り込んでくる。ふてぶてしく向かいの椅子に腰掛ける彼等に、流石のネアも嫌な顔を……。


「こんばんは、ノールノさん、ミキシさん。お久しぶりです」

「いやぁどうも、ネアちゃん。相変わらずお熱いですね」

「やあやあ久しぶり。前はもっと小さかった気がしたが……成長かなぁ?」


 していなかった。突然の来訪者を出迎えるネアは、まるで慈母のような笑みを浮かべている。

 何て良い子なんや……! と思うと同時に、ちょっと心配になった。こんな夜中に扉をぶち開けて尋ねて来る連中なんて、無言で追い返してもいいのよ?

 まあ、先程の会話からも分かる通り、ネアと二人は顔見知りだ。だからこその気安さではあるのだろうが。


「で。お前ら、一体何の用で此処に来たんだ?」

「それはですね。ご飯をたかりに」

「怪我が治ったからねぇ。快気祝いに、夕食をたかりに」

「お前らな……!」


 拳を握って怒気を露にするが、彼等二人は何処吹く風。まるで意に介さない。

 ふてぶてしいにも程があるだろう。何で平気な顔で人の家に乗り込んで、飯をたかろうとしてくるんだ。


「残念だったな。夕食ならもう食べ終わった、お前らの分など無い」

「そう言うと思ったよ。だからほら、食材は買ってきたんだ」

「作ってください。お願いしまっす」


 手に持った袋を見せ付けるミキシと、頭を下げるノールノ。

 そういえばこいつらは料理が出来なかったな、と思い出す。というかだ、


「人の家政婦を頼りにするな。外食するなり、自分で雇うなりしろよ。金はあるだろ?」

「金はあっても、温かみが無いんだよぉぉ。君なら分かってくれるだろぉ?」

「マサキさんの家政婦なら、我輩の家政婦も同然です。……御免なさい、言い過ぎました」


 ぎらりと睨み付ければ、ノールノは光速で頭を床に擦り付けた。

 そんな事をする位なら始めから言うなよ。本当、録に考えず本能だけで喋っている奴だな。


「しかしな。ネアも疲れているし、そもそもお前等の飯を作ってやる意味も理由も義務も無い…「マサキさん」…ネア?」


 どうしたのか、と見上げれば彼女は嬉しそうに微笑んで。


「任せてください。美味しい食事を作って見せます」

「いや、でもな……」

「せっかく御二人が尋ねて来てくれたんです。追い返すのも、寂しいですよ」

「そう、か? まあ、ネアが良いのなら別に構わないけど……」


 彼女のやる気を無理矢理塞き止める意味も無い。本人がやりたいというのなら、任せても良いだろう。

 身を起こし、軽く首を回して眠気を払う。自由になったネアは、早速ミキシに近づくと袋の中身を覗き込んだ。

 食材を見てあれやこれやと考える彼女に、ミキシとノールノが揃ってやったーと両手を上げる。その様はまるで無邪気な子供のようだ。実際、精神は子供みたいだが。


「それじゃあ、直ぐに作っちゃいますねっ」

「「お願いしまーす」」

「もう良い時間なのに、お前等元気だなぁ……」


 テンションの高い二人に零れる溜息。

 そんなに普段、録なものを食べていないのだろうか。それともネアが作ってくれるから嬉しいのか。

 後者だとしたら少々警戒する必要があるかもしれない。引き抜きなどされれば、俺の生活は瞬く間に荒れ果て破綻してしまう。

 過保護にそんな事を考えている間に、ネアはパタパタと足音を鳴らして台所へと消えてしまった。残る二人は、手伝う気も無く『ご飯ご飯』とテーブルを叩いている始末。


「お前等少しは手伝え。ほら、早く立つんだよ」

「えぇ。僕は怪我人だよ? 休んでたっていいじゃないかぁああ」

「何もせずとも、ご飯が出てくる。これぞ快感」

「煩い、人の家で王様ぶるな。というかミキシ、お前完治したんじゃなかったのか」

「いやぁ流石はドラゴンの生命力、大半は治ったんだけどね。流石に完治は無理だったよー」

「ドラゴン!? 非常に心をくすぐる響きですねっ。そこの所詳しく!」

「ええぃ、そんな話は後でいいだろ。早く来るんだよ、お前等!」

「「うあー。引ーきー摺ーらーれーるー」」


 兄妹のように息ピッタリな二人を台所へと強制連行。驚くネアに肩を竦め、労働へと駆り立てる。

 結局、渋々ながらも二人は従った。最後の方は調子に乗りすぎて、暴走し始めていたが。

 ただ、そんな無駄な騒がしさのせいだろうか。胸に残っていたはずの重い気持ちは、いつの間にか消え去っていた――。

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