表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/21

第十一話

 パラパラと肩に降り注ぐ礫を払い、俺は空に舞うドラゴンをじっと見詰める。

 まだ距離があるにも関わらず、大した威圧感だった。全長は三十メートルを優に超えるだろう。その威容は正に王者と呼ぶに相応しい。


「けど。王は最強とも、無敵とも限らない」


 右手の剣の切っ先をドラゴンへと向ける。

 挑発されたとでも思ったのか、ドラゴンが咆哮を上げて高度を落とした。再び火炎の射程に此方を捉え、牙の並ぶ口を開く。

 口内に溜まっていく灼熱の炎。だが、今度は背は向けない。

 左手を剣の刃元に這わせ、体内で魔力を練り上げる。注ぎ込まれた魔力が、魔法となって刃を包んだ。


「我今、招来す。万象凍てつく氷海の女王。魔法剣――クノティラス!」

「グウィィィアアアアア!」


 放たれる炎を、完成した魔法剣でなぎ払う。

 岩塊さえ蒸発させる熱量と、万物を凍らせる冷気がぶつかり合った。炎の全ては相殺され、俺に届かず消え失せる。

 だがドラゴンは諦めない。今度は炎を凝縮させ、小型の球にしたものを幾多と放ってくる。

 初戦で受けた、あの太陽のような一撃とは違う。それでも、降り注ぐ炎球の全てが人を消し炭にして余りある熱量を保持していた。


「それで押し負ける程、温い魔法剣じゃないがなっ」


 空中に走る無数の剣閃。真っ白な軌跡に触れた途端、炎球が次々と消えていく。

 俺は勿論、地に落ちることさえさせやしない。衝撃で吹っ飛ばされたり、また地下に逆戻りするのは勘弁だ。

 互いに譲らぬ攻防。しかし有利はあちらだ、上空を飛んでいる限り不利になる事はありえない。

 だから俺は、機を待っていた。勝負を仕掛ける、決定的な機を。

 そしてそれは間も無くやってきた。焦れたドラゴンが動きを止め、大きく息を吸い込んだのだ。


「それを待ってた――ミキシ!」

「あいさー合点!」


 岩の陰から飛び出したミキシが、ドラゴンに向かって死霊術を行使する。

 ミキシの影から立ち昇る無数の霊魂。不気味なクラゲのようなそれ等は、瞬く間に加速するとドラゴンの身体に纏わり付く。

 ロープのように繋がった霊魂達が巨体を締め上げる。苦悶の声が空に漏れるがドラゴンも然る者、飛行も火球も中々揺るがない。

 ギリギリと音が鳴る。死霊の輪が限界を迎えようとしているのだ。

 幾らSランク冒険者であるミキシの術でも、同格の相手には長くは持たないらしい。徐々にドラゴンは拘束から逃れ、火球も完成へと近づいている。


「でもな、それじゃあ遅いんだよ。こっちの方が、まだ早いっ」


 一度魔法剣を解除し、新たな魔法を練り上げる。

 刃に手を添える。刃先へと手を動かし、先まで到達した時点で刃を裏返した。

 そうして今度は、刃元へと手を添い戻す。


「我今、招来す。黄雷の仕手、天風の語り部!」


 刃の両面を、黄と緑の輝きが包み込む。

 混ざり合う二つの色が、新たな輝きを生み出した。俺は、気合を入れ両手で剣の柄を握りこむ。


「融合魔法剣――アポロノトス!」


 完成した魔法剣を大きく振りかぶる。

 ドラゴンが拘束を打ち破った。火球が大きさを増していく。

 その完成を待たず、俺は剣を振り下ろす。


「吹っっっ飛べぇぇえええ!」


 雷を纏った暴風が、剣先から放たれた。

 巨大な風の渦が、ドラゴンを飲み込もうと圧し迫る。

 焦り、火球を放つドラゴン。未完成のそれで、俺の魔法剣が破れるかっ!


「おわわわわわぁぁぁぁ」


 二つの力がぶつかり合った衝撃に、ミキシが大きく悲鳴を上げた。

 いや、楽しそうなそれは悲鳴というより嬌声か。どちらにしろ、あいつの心配はいらなさそうだ。

 やがて、押し合う二つ力の軍配は俺の方に上がった。火球が弾け、残火も雷風に呑み込まれ消えていく。

 ドラゴンが悲鳴を上げた。


「ギィィィィ!?」


 柔らかな腹部へと魔法剣が突き刺さる。

 集束率を変え、暴風を拡げる。人より遥か大きな巨体が、風と雷の中に埋もれていく。


 魔法剣が、終わる。途切れる風と雷。


 姿を現したドラゴンは、全身傷付き血を流していた。雷によって筋肉が麻痺しているのだろう、バランスを取れず錐揉みしながら落ちていく。

 爆音と共に、王者は地に激突。舞い上がる粉塵を風の魔法で払うと、俺は一気に距離を詰める。


「今だっ。畳み掛けるぞ、ミキシ!」

「気をつけなよー。牙も尻尾もあるからさー」


 間延びした声に思わずコケかけた。

 確かに俺と違ってあいつは近づく必要は無いが、もう少しましな言葉は掛けられないものか。

 拍子を外されながらも、気合を入れ直す。まだ地に落としただけだ。傷も致命傷と呼べる程では無い。油断すれば、この矮小な身体は即座に潰される事になるだろう。

 近づく俺に気付き、ドラゴンが翼を広げる。


「また上空に逃げる気か……させるかっ」


 強く踏み込み、跳び上がる。ドラゴンの咬みつきを避けると、そのまま空中で剣に手を走らせた。


「我今、招来す。万象砕く、光の天使! 魔法剣――ルニルクトロス!」


 広大な背中に剣を突き立てる。

 溶岩のように熱い血が噴出した。身体に付かないよう気をつけながら、傷口を抉り広げる。

 ドラゴンが身を震わせた。背後から、尻尾が一つの生き物のように唸りを上げ迫ってくる。


「防ぐ……のは、流石にきついかっ」


 乱暴に剣を抜き、再度跳んだ。鱗が剥がれ、尻尾が空を切る。

 まるで鞭のようだ。あんなもので殴られれば到底無事ではいられまい。防御の上からでも気絶させられそうだ。

 着地の隙を狙おうとしたドラゴンの顔面に、紫の弾丸が突き刺さる。ミキシによる、死霊の弾丸だった。


「このまま地に縫い付けるぞ!」

「分かっているさ~」


 気の抜けた声と共に、弧を描き上空から飛来した弾丸が、次々とドラゴンの身体を打ち据える。

 当たった死霊達は、そのまま鱗の内へと染み込んで行った。相手の能力を一時的に下げる効果のついた術なのだが、


「やっぱり効果は薄いか。だが、無意味でもない」


 ドラゴンは高い干渉耐性を持っている。この手の呪術や死霊術はほとんど効果を発揮しない。

 それでも動きが僅かに鈍っているあたり、ミキシの技量の高さが窺えた。ちらりと様子を窺えば、ふふんと自慢げな顔で追加の術を撃っている。

 呆れながら、俺はドラゴンに突っ込んだ。後衛のあいつに攻撃が向かわないよう、最前線で注意を引きつけなければ。

 圧倒的な生命力を持つドラゴンとの戦いは、まだ暫く掛かりそうであった。


 ~~~~~~


 戦闘開始から三十分が経過した。

 未だドラゴンは地に落ちたままだ。傷も増え、血を垂れ流し、かなり弱ってきている。

 だが此方にも余裕は無い。後方からの援護に徹していたミキシはまだしも、俺は幾らか傷を受け、体力も消耗している。

 何より巨大なドラゴンの一撃は、直撃すればそれだけで此方を倒す可能性を持っているのだ。一瞬たりとも、気を抜く訳にはいかなかった。


「ちっ、しぶとい。いい加減、倒れろっての!」


 ミキシの攻撃に合わせ、ドラゴンに肉迫する。

 太い腕、その先についた鋭い爪による斬撃を避け、光の魔法剣を唸らせた。

 ドラゴンの顔面に一筋の線が刻まれる。迸る血液を浴びぬよう、素早くバックステップ。

 その瞬間を、ドラゴンは見逃さない。


「なっ……がっ!」


 傷を受けながらも、巨体を捻る。振るわれた尻尾が俺を捉えた。

 辛うじて剣で防いだものの衝撃までは打ち消せない。掬い上げるような一撃に、大きく上空へ飛ばされる。

 視界がちかちかと明滅する。肺の空気が丸ごと抜け消え、思考がぐちゃぐちゃにかき回された。地上が遥か遠くに見える。

 どれだけの威力だというのか。周囲が一望出来る素敵な環境の中、吹き付ける冷たい風に、意識が少し落ち着いた。

 眼下に目を向ければ、炎でミキシを牽制したドラゴンが此方に狙いを定めている。


「マサキくんっ!」


 珍しくミキシが本気で心配した声を出す。

 うっすらと聞こえるその声に、意識がはっきりと覚醒し。


「野郎。好きにやらせてたまるかよ!」


 今にも飛び立たんとするドラゴンにピントを合わせ、腰の鞘を取り外す。

 剣の柄を、差し込むように接続。延伸された柄を両手で握り込んだ。


「我今、招来す。黄雷の仕手、氷海の女王、光の天使!」


 天へと翳した刃に、光が集う。集束した力が巨大な剣へと姿を変える。


「融合魔法剣――アルミリア!」


 落下する俺と、飛翔するドラゴン。百メートルはあった距離が瞬く間に詰まっていく。

 空は己の領域とでも思っているのか。牙を露に吼えるドラゴンへと、俺は前宙の要領で巨大な光剣を振り下ろす。

 十メートルを超える刃が、ドラゴンの身体に直撃した。見事なまでのカウンターヒットだ。

 そのまま振り切り、ぐるりと一回転。咆哮を悲鳴に変え、ドラゴンの身体が地に落ちる。

 砕け散る魔法剣。俺は鞘の連結を解除すると、地を這うトカゲとなったドラゴンに、落下の勢いのまま剣を突き立てる。

 深深と、頭部に突き刺さる刃。痛みに、ドラゴンが大きく身体を仰け反らせた。


「準備は出来てるな! ミキシ!」

「勿論だとも。後は任せてくれたまえっ」


 何時の間にやら、接近して来ていたミキシが威勢良く返事する。

 握り締められる拳。無防備なドラゴンの腹部を、ミキシの拳が突き穿つ。


「喰らいたまえ! これが僕の、死の印だ――!」


 ポスン。


「「「…………」」」


 俺とミキシとドラゴンと。三人の沈黙が、場を支配した。


「……てへっ」


 静かに拳を引いたミキシがウィンクをかました瞬間。俺は確かに聞いた。ドラゴンの血管がぶち切れる音を。


「グゥォオオオオオオオオオオ!!」

「「おわー!?」」


 怒り狂い、暴れ出すドラゴン。必死に剣にしがみ付き何とか耐えようとするが、次の瞬間には剣はドラゴンの頭部からすっぽ抜けていた。

 猛烈な勢いで吹き飛ばされる。受身も取れず、そのまま地面に打ち付けられた。


「っあ、がぁ……」


 痛みに呻きながら、俺は剣を杖代わりに立ち上がる。

 土の味がした。身体がよろける。思った以上のダメージだ。


(このままじゃ不味い。早く体勢を立て直して――)


 霞む視界の端に、ドラゴンが映った。ただし、その巨体は俺を目指してなどいない。

 奴の狙いは――


「ミキシ! そっちに行ったぞ!」


 急いで呼びかける。俺と同じく吹き飛ばされたのか、ミキシは無言で地面に倒れ伏していた。

 そのままピクリとも動かない。無防備な彼にドラゴンが迫る。

 ドラゴンが、その凶悪な口を大きく開けた。それでもミキシは動かない。じっと死んだように倒れたままだ。

 ドラゴンの牙が、ミキシを捉える――


 ぐしゃり。人体の噛み砕かれる音がした。


 ミキシが喰われていく。牙の間からは真っ赤な血が流れ、骨の、内蔵の、頭の砕ける不快な音が辺りに響く。

 その音に紛れて、ミキシの悲鳴が聞こえた気がした。

 やがて咀嚼を終えたドラゴンは、悠々と喉を鳴らしてミキシだったものを呑み込んだ。

 満足そうに奴が吼える。その牙の端に特徴的な七色の髪が一房、引っ掛かっていた。

 奴が視線を俺へと向ける。


「グルルルル……」


 のしのしと、近づく巨体。口腔部には炎が溜まっていく。

 だけど俺は動かない。何故かって? 決まってる。


「もう、動く必要は無い。だろ? ――ミキシ」

「ギッ? グ、ギ、グェア、ギィアア?」


 ドラゴンが首を捻る。それは俺の余裕な態度にか、それとも自身の異常にか。

 そこからの変化は劇的だった。異音を発したドラゴンは、瞳を白く濁らせると、バタバタと駄々っ子のように暴れ出す。

 巻き込まれないよう距離を取る俺の前で、ドラゴンは次第に力をなくしていくと、最後は天に一度吼え身を落とした。

 ずしん、と重い音を立て、横たわる巨体。あれ程激しかった呼気はピタリと止まり、宝石のような瞳から光が消える。

 完全無欠な『死』の光景だった。誰が見ても分かる。ドラゴンは死んだのだ、と。

 俺は呼気と共に疲れを吐き出すと、剣を鞘に納める。近づき撫でたドラゴンの鱗は、変わらず堅く滑らかだった。


(終わった、か)


 身体がだるい。気を抜いたせいか、傷の痛みがぶり返してくる。思わず巨体に寄り掛かりかけて、


「――ヒュッ」


 即座に剣を抜き放ち、虚空に刃を走らせた。

 ギャイン、と金属特有の甲高い音が鳴る。斬撃によって弾かれた『それ』は、ドラゴンの鱗に当たって空へと消えた。

 一瞬だけ視認した飛来物には、見覚えがあった。ここ数日ですっかり見慣れた感のある、流線形の小さな弾丸。


「銃か。それも長距離からの狙撃。やっぱりお前らの罠、か」


 二度のゴーレムとの戦闘を思い出しながら、山の陰から身を乗りだす、複数の人影に目を向ける。

 目が合った。驚く顔が見え、再び弾丸が放たれる。


「ふっ!」


 気合一閃、殺意を切り裂く。次々と放たれる弾丸は正確に此方の頭部を狙ってきていたが、それ故に捌き易い。

 斬り捨てた弾丸が十を超えた辺りで、一度発砲が止む。遠目にも分かった。信じられない、という顔をしているのが。


「お前らが何者かは知らない。だから――教えて貰うぞ!」


 その隙を突き、駆け出す。恐らくは奴らこそがあのゴーレム達を操っていた黒幕、そしてソーマの言っていた『ニホンシンコク』の人間だろう。

 此処で捕らえられれば事態は大きく進展する。ドラゴンとの戦いで大分消耗していたが、そのハンデを背負ってでも突っ込むだけの価値はあった。

 問題は距離だ。目測だが、彼我の距離は数百メートルは離れている。今のままならば攻撃を捌く事自体は簡単だが、逃げられれば追いつけるかは分からない。

 迫る此方に慄きながら、人影が次々に弾丸を撃ち放つ。その全てをかわし、斬り捨て、距離を詰めるが、半分程まで踏破した所で影は慌てた様子で引っ込んでしまう。

 逃げる気だ――理解し更に速度を上げる。間も無く狙撃地点には辿り着いたのだが、


「……間に合わなかったか」


 その時には既に、黒幕達は影も形も見当たらなかった。

 山岳の上から周囲を見渡す。山陰の向こう側は、よりにもよって岩石地帯。幾多の巨岩がごろごろと転がり、石柱が複雑に乱立する、隠れるにも逃げるにもうってつけの地帯だ。


(これじゃあ幾ら探しても見つけるのは難しい。罠への誘いの可能性もある。消耗した今の状態じゃ、これ以上はリスクが高すぎるか)


 口惜しいが、俺はそこで追撃を諦めた。

 情報は欲しい。欲しいが、命には代えられない。この辺の引き際は、長い冒険者生活でよく身についていた。

 無茶はするべきでは無いのだ。少なくとも、今はまだ。


「戻るか。……次は逃がさない」


 狙撃を警戒しながら、俺は退いた。幾分時間を掛けてドラゴンの死体まで引き返す。

 その巨体の陰に隠れ、一息。銃の特性上、発射した弾丸を曲げたりは出来ない……はず。此処ならば一先ず安全だろう。

 寄りかかり、身を預け、鱗をノックしながら問い掛ける。


「乗っ取りはもう終わったんだろう? ミキシ。いい加減起きたらどうだ」

「グゥゥゥ……オ?」


 間抜けな唸り声が、巨大な口から僅かに漏れ出た。

 ドラゴンの瞳に光が戻る。太い足で地を踏み立ち上がったドラゴンは、妙に人間らしい仕草で首を回すと欠伸を一つ。ぐい、と俺に顔を近づける。

 むふー、と鼻息が当たり髪が靡いた。獣臭くてちょっと不快だ。


「ふざけるのも大概にしろ。ってそうか、その状態じゃあ人語は喋れないのか?」

『そうだねぇ。だから、こうして話す事にするよ』


 ドラゴンの陰から現れた真っ黒な霊魂が、大きく裂けた口を開く。

 そこから聞こえる声は、確かにミキシのものだった。


 ――ミキシ・カク・プルーニの切り札とは、相手の魂を喰らい、その身体を乗っ取る術である。

 自身が殺される事によって発動するこの術は、彼が創り出した完全オリジナルの死霊術だ。勿論効果は一時的ではなく永続で、ある意味では最強の死霊術とも呼べるだろう。


 だが同時に、数多の欠点・弱点を抱えた術でもある。


 まず第一に、術の発動には事前準備が必要である。今回の戦いでミキシが打ち込んだ『死の印』がその一つだ。他にも、俺は知らないが細々とした条件があるらしい。

 第二に、誰にでも効く訳では無い、という事。修道士のような神の加護を受けた者には効果がなく、また自身と同格以上の相手の場合、ある程度弱らせなければ魂の激突に負け術者の方が消滅してしまう。

 第三に、そもそもこの術を知る相手の場合、殺して貰えない事。これが最大の問題だろう。乗っ取られたくないのならば殺さず捕らえるなり、別の者に殺してもらうなりすれば良いのだ。知られれば無力な術なのである。


 そんな、強そうに見えてその実使い勝手の悪い術。それがミキシの切り札――『転生苦楽之法』なのであった。


 ヒュゴーヒュゴーと吹き荒れ続ける鼻息から身を逃し、俺は剣を鞘に仕舞う。

 にゅるり、霊魂が傍に寄ってきた。エコーの掛かった声が響く。


『いやぁ、どうやら逃げられてしまったみたいだねぇ』

「見てたのか? なら手伝えよ。空を飛べば少しは見つけやすいだろう?」

『無茶言わないくれよぉぉ。君のせいでこの身体はボロボロなんだよ? それに慣れない状態じゃあ満足に動けやしないさ。飛ぶなんて無理無理』

「そうかい。はぁ……。結局今回の依頼は、お前が得をしただけか」

『ふふんふ~ん。まさかドラゴンの身体を手に入れられるとは思っていなかったな~。あ、そうだ。それで一つお願いがあるんだけど』

「お願い?」


 ドラゴンの身体が動く。目の前に、巨大な横面がやって来た。

 霊魂が口を開く。


『これ。抜いてくれない?』

「これ? って……この針みたいなのか?」


 そうそう、と霊魂は頷いた。

 ドラゴンの目の下に、大きな針のようなものが刺さっていた。大きさは三十センチくらいか。微かに妙な魔力を感じる。

 首を傾げながら、俺はその針に手を掛けると思いっきり引き抜く。それなりに深かったようで、幾らか血が吹き出してきた。

 軽く血を払い、針を見る。複雑な紋様が掘られており、何らかの魔具である事が窺えた。


「何なんだ? これ」

『多分だけど。このドラゴンを操る為の道具、かな』

「ドラゴンを操る? 馬鹿な、そんな物国宝級の魔具じゃないか」

『そうだねぇ。こんな場所にドラゴンが居たのはその魔具のせいだろうけど。一体、誰の仕業なのやら。ん~、実に興味深いっ』


 楽しそうに言うミキシとは裏腹に、俺は顔を暗くする。

 噂が頭を過ぎったのだ。以前に聞いた、あの噂。


 ――マスマン侯爵家が、未知の兵器に並々ならぬ感心を抱いている――


 もし。もしだが、侯爵家がニホンシンコクと通じているのなら。今回の件にも説明がつくのだ。

 国の重鎮である侯爵家ならば、ドラゴンを操れる秘宝を持っていてもおかしくない。老舗の店に圧力を掛け、依頼を出させる事も出来る。

 だがそれは詰まり、侯爵家がこの国を裏切って――


『おーい。どうかしたのかい? マサキくん』

「っ、ああいや、何でもない。それより姿を戻したらどうだ。いい加減話し辛いだろう?」 

『おお、そうだね。よっと』


 しゅるしゅるとドラゴンの巨体が縮んでいく。やがてそれは人型となり、気付いた時には以前と変わらぬ人間の、ミキシの姿となっていた。

 便利なものだな、と軽く呆れる。


「さあ、これで良し。これからどうするんだい? マサキくん」

「とりあえず依頼をこなそう。一応な。それで帰ったら今回の事を報告して……マキシード工務店に調査を入れてもらう」

「直ぐに帰らなくて大丈夫かい? 君、結構ボロボロだろう? そして僕もねっ」

「分かってる。だが依頼を放りだす訳にもいかないだろう。工務店が無関係という可能性が、ゼロじゃない限りはな。それにまあ、流石にドラゴン以上の隠し玉はそうそう無いだろうさ」


 肩を竦める俺に、そうかいっとミキシが同意する。

 侯爵家の問題は後で考えよう。俺一人の手には余る。もっと大勢の協力が必要だ。

 面倒な問題を先送りにし、俺達は怪我の治療を済ませると、鉱石目指して再度火山を登って行ったのだった。


 ――そんな俺にマスマン侯爵家からの依頼が舞い込むのは、街に帰還して直ぐの事である――

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ