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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

いのはなトンネルの空中戦

これは、現実の事件をネタにしていますが、あくまでも私の妄想にもとずくフィクションです。

特に戦闘機パイロットの記述に関しては、完全なフィクションです。


山口多門さんが開催する『架空戦記創作大会2017夏』参加作品です。

お題 1「現実の第二次大戦期の軍隊がファンタジーと戦う架空戦記」

昭和20年8月5日11時58分八王子上空

「くそっ、ろくな獲物がいやがらねぇっ!。」

P51ムスタングの操縦席で、パイロットは毒づいた。

獲物を求めて味方編隊と離れ、わざわざサイタマまで北上したというのに飛行場はもぬけの殻だった。

翼の下にはまだロケット弾までぶら下がっている。こんなものを吊るしたまま帰るわけには行かないが、撃てばガンカメラに記録される。無駄撃ちは出来なかった。

仕方なく南北に伸びるハチコウ線の線路に沿って戻る帰り道、鉄道の要衝だというハチオウジ駅で、獲物を探して降下してみたのだった。

だが、ここもB29がやった8月2日の大空襲で駅舎すら残っておらず、獲物といえるようなものはなかった。

パイロットは、腹立ち紛れにホームに見える人影に向かって機銃をぶっ放す。

その時だった。

目の端に、動くものが映った。

ハチコウ線の線路と交わって東西に伸びるチュウオウ線の西の方。1万ヤードくらい先の西に向かって山地が始まる麓。

そこで列車が山地に向かって動き出していた。

パイロットの顔がにやりとゆがむ。

絶好の標的だった。これで邪魔なロケット弾も撃てる。

撃破出来れば大幅にポイントを稼げるだろう。

パイロットは、その列車を目指し機をひるがえした。同様に獲物を探していた2機の僚機がそれに気付いて追って来る。

前方は山だ。急がなければトンネルに入られてしまう。間に合ってくれよと、パイロットは機を急がせた。

列車に追いつくまでのほんの1分ちょっとが長く感じた。

列車は両側を低い山に挟まれた谷あいを進んでいる。列車の前方にトンネルが見える。

パイロットは、線路の左手(南側)の低い山の上空で右急旋回をかけて向きを変えざま速度を殺し、列車の左側から襲い掛かった!。

トンネルはもう目前だ。まず足を止めなければ!。先頭の機関車に向かって機銃を発射する。

そのまま線路を飛び越え、すぐに機を引き起こして目の前に迫った線路の北側の山をかすめるようにしてよける。

機をほとんど真横にして右急旋回しつつ列車を見ると、列車は頭をトンネルに突っ込んだ形で止まっていた。

やった!。先頭の機関車が狙えなくなったのは残念だが、これで、好きなように料理出来る。

パイロットはガッツポーズをして、一旦東へ向かって距離を取ってから反転し、ロケット弾を撃ち込むのにちょうど良いコースへと機体を乗せた。



空襲警報のため止まって乗客を避難させていた下り列車が、乗客を乗せてふたたび動き出した。

警報はまだ解除されていないが、大急ぎで乗り込んだ乗客の間には、ほっとした空気が流れていた。

列車の行く手には小仏峠。ここに掘られた小仏トンネルは、通過するのに数分を要する長大なトンネルだ。

戦闘機どころか大きな爆弾が落ちて来たって恐くない。

もし敵機が来てもトンネルに入ってしまえば大丈夫という安心感があった。

満員の列車は、左手に高尾山を見ながら小仏峠に向かって上り坂の線路をのろのろと進んで行く。

列車が小仏トンネルの手前にある短いいのはなトンネルにさしかかろうとした、その時だった。

ぎゅぉーん!

爆音を立てて高尾山の上をかすめるようにして急旋回した戦闘機が襲って来た!

一瞬の後。

だららっ、ちゅんちゅんっ!!

そんな音を立てて、列車の中に弾丸が飛び込んで来る。

何人かの乗客が、体を撃ち抜かれ、あるいは吹き飛ばされて、その血飛沫と肉片が車内に舞った。

騒然となる車内。伏せようとする者、窓のよろい戸を閉めようとする者。

(トンネルの中に入れば助かる!)

そんな思いもむなしく、列車は機関車と2両目の客車が、短いいのはなトンネルに入った所で止まってしまった。

満員の列車の中、上手く身動きも取れず、数秒後ふたたび飛び込んで来た銃弾により、さらに多くの乗客が血飛沫を上げながら無残な姿へとなって行く。

(神様、助けてーーーっ!)

そんな悲痛な心の声を上げながら。


同時刻、高尾山霊界

天狗様たちは、西からの協力要請に、あわただしく出発の準備をしていた。

その心によぎるのは、日本軍に対する苛立ちとむなしさ。

人々の願いに答え、開戦初頭、有利な天候をもたらし、ちょっとした偶然を使って情報の伝達を誤らせ、と、散々神風を吹かして応援してやったにもかかわらず、それを自分達の力と誤解し、つけ上がって、進撃した先で略奪暴行圧政破壊虐殺のやりたい放題!。

おかげで、欧米の圧政から日本軍の進撃を心待ちにしていた現地住民は、今や欧米に支配されていた時の方がましだったと、日本軍に強い怒りと憎しみを抱き、その敗退を心から願っている。

何が大東亜共栄圏だ!、八コウ一宇が聞いて呆れる!。

神々の霊力の源は、人々の想いだ。

人々が、憎しみを抱く対象を助ける事など出来ない。

だが、それでも。

助けて欲しいという思いを受けたなら、それを助けるのが神々の役目。

憎しみの対象として強く意識されていない罪なき者を助けるべく神々は奮闘しているのだった。

そして。

明日、8月6日に西の方で大規模な悲劇が起こる事が、時を越えて送られてきた想いによって感知されていた。

ここ高尾山の天狗様たちも、その悲劇から1人でも多くの者を救うべく、西へと立つ準備をしているのだった。

そして、ありったけの霊力をかき集め、西へと立とうとした時だった。

一柱の天狗様が、麓から聞こえる悲痛な想いを感知した。

そちらに目を向けると、列車が戦闘機に襲われていた!。

(なんと!)

まさにお膝元の地での悲劇。捨て置く事など出来なかった。

とはいえ、先日の空襲で一旦使い果たし、今また西への協力のためにほとんどの霊力が持ち去られている。

使えるのは自身の持つわずかばかりの霊力のみ。

出来る事はごく限られる。

だが、天狗様は、その持てる霊力のすべてを振り絞って、列車の救援へと向かった。

天狗様は、まず隠れ蓑を脱ぎ捨てる。

これで少し霊力が節約出来るし、自分の姿を戦闘機に見せてこちらに注意を向けさせる事が出来る。

戦闘機は、2機が順番に機銃を列車に浴びせ、離れた所から残る1機が今まさにロケット弾を発射しようとしていた。

ロケット弾が発射される。

天狗様は、羽団扇を振って大風を起こしてこれを吹き飛ばし、ロケット弾を列車からそらした。


パイロットは、発射したロケット弾がいきなり横殴りに吹き飛ばされ、列車からそれて行くのを見て驚いた。

「なんだ?!。」

だが驚くのは早かった。突風(?)が吹いて来たと思しき左方を見ると、見た事もない飛行物体がいたのである。

黒い翼を持つ人間くらいの大きさの飛行物体。

「なんじゃ、ありゃぁーーっ!。」

黒い翼・・・悪魔?!。

だが『それ』の持つ翼は、おなじみの悪魔の絵にあるようなコウモリ羽ではなく、鳥のような翼だった。

手に大きなやつでの葉のような物を持っている。

と、『それ』がやつでの葉のような物を振る。

強い風が巻き起こり、前方の僚機があおられ、大きく姿勢を崩した。

この世の者ならざる者。それに対する根源的な恐怖。

こんなものはあってはいけない。パイロットは『それ』を目の前から消したくて、機を『それ』に向け、機銃弾を叩き込んだ!。

・・・だが、『それ』はひょいとそれを避けてしまった。

見たくない、だが恐くて目を離せない。

自分がファンタジー世界に入り込んでしまったような背中にぞくりと言い知れぬ恐怖を感じながら、パイロットは、西に壁のようにそびえる稜線の手前でインメルマンターンを使って機の向きを反転させ、今度は西側からふたたび『それ』に狙いを定める。東の広い平地を背景に『それ』は空中に静止しているようなゆっくりとした速度で飛んでいた。

ふたたび引き金を引き、ありったけの弾を叩き込むつもりで撃つ。

6丁の機銃から打ち出される弾が、網目のような弾道を描く。

だが、『それ』はふっと高度を落とすと、またもそれを避けてしまった。

速度差が大きいので、機はあっというまに『それ』のそばをかすめるように通過する。

なんだか自分が、闘牛の牛になったような気分になって来る。

「俺が乗ってるのは、ムスタング(P51、野生馬)だ!、バッファロー(F2A、野牛)じゃねぇーーーーっ!。」

と叫びながら、パイロットは機をひねって、もう一度旋回に入った。



(ふう)

天狗様は、機銃弾をかわしながらそっと息をついた。

天狗様は機銃弾が当たったところですり抜けるだけなので、別によける必要はないのだが、そうすると戦闘機が機銃を撃ってくれなくなる恐れがあった。

とりあえず、こうやって無駄弾を撃たせ、列車の被害を少しでも減らせたら良い、そんな考えだった。

流れ弾が周辺の集落に住む人々を傷つける恐れはあったが、周りはほとんどが山だ。人がぎゅう詰めになっている列車に当たれば1発で何人もの人が傷付く。それに比べればはるかにましだった。

こちらから戦闘機自体を攻撃する事は出来なかった。

そもそも、霊界の者が、現世の者に直接危害を加えるような事は禁じられているし、機体には整備兵の『無事に戻って来いよ』という想いがこめられている。想いがこめられた物には、霊力はその想いの大きさの分だけその効果を大きく減じてしまう。せいぜいが『危害』にならない程度に風を起こして間接的にあおってやるぐらいしか出来なかった。

残る2機にもこちらの姿は見えているはずだが、2機の方は得体の知れない物に対して無視を決め込んでいるようだった。

突っ込んでくる機の機銃弾をよけながら、天狗様はその合間を縫って、残る2機が射撃ポジションに付くたびに羽団扇の風であおって、列車に向けられたその狙いをそらしてやる。

その方法で2機の発射したたロケット弾も何とかそらせる事が出来た。

だがそれでも、大量に放たれる機銃弾は、何発もが列車やそこから飛び出して逃げる人々を貫いて行く。

残る霊力は少ない。

天狗様は、戦闘機がさっさと弾を打ち尽くして欲しいと思った。


「くそっ、くそっ、くそっ!。」

結局、数度の攻撃の甲斐なく『それ』に被害を与える事は出来なかった。

弾を撃ち尽くしたパイロットは、攻撃手段がもうなくなった事に大きな恐怖を覚えた。

「うわぁーーーーーっ!。」

恐慌に囚われたパイロットはそう叫び、南の空へと全速力で逃げて行った。

残る2機もやっと弾を撃ち尽くしたのか、後を追って南の空へと帰って行く。

こうしてやっと、後の世に『いのはなトンネル列車銃撃事件』として知られる攻撃は終わったのだった。

天狗様の人知れぬ働きのおかげで全滅は免れたものの、名前が分かった者だけで49名、事件後に亡くなった者も含めると65名以上という死者と130名以上の負傷者を出して。

(すまぬ)

霊力を使い果たした天狗様は、そうつぶやいて姿が薄れていく。

西に助っ人に行く事は、もう無理だった。

御山でふたたび霊力が満ちるのを待つしかなかった。


基地へと帰り着いた天狗様と空中戦を繰り広げた戦闘機のガンカメラには、天狗様の姿が、ばっちりと映っていた。

しかし、とても現実のものとは思えず、またパイロット達に余計なうわさが広がって士気に影響するのを恐れた司令官は、この機の今日の出撃をなかった事にし、ガンカメラの映像はどこかへと消えた。

そして、錯乱の激しいパイロットはそのまま著しい戦闘障がいとして、本国の隔離病棟に入院させられたのだった。

天狗様の罰や犠牲者の方のたたりが当たりませんように。

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― 新着の感想 ―
[良い点] いのはなトンネルを題材にされたのはいい事だと思います。 [気になる点] >つけ上がって、進撃した先で略奪暴行圧政破壊虐殺のやりたい放題!。 おかげで、欧米の圧政から日本軍の進撃を心待ちにし…
2017/08/02 02:28 退会済み
管理
[良い点]  参加ありがとうございます。 [一言]  この事件は大戦末期の悲劇として有名ですね。しかしその事件にまさかの天狗とは!?これは意外なネタでした。
[良い点] 日本の妖怪である天狗とアメリカ軍機のP51の対決が面白かったです。
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