ろくでなしの結末
ろくな死に方をしないだろうと思っていたが、現実は案外悪くないものだ。
神とやらはこんな悪人にも救いの手を差し伸べてくれる気らしい。……いや、この場合は“聖女様”が、か。
「恐れることはありません。主はあなたのことも導いてくださいます」
相変わらず、マニュアルでも読んでいるのかと言いたくなるようなキレイごとを吐く女だ。きっとそのマニュアルにはどんな悪人にも優しくしろとも書いてあるに違いない。
“歩いたあとには血溜まりができる”なんて言われるような奴が死を恐れるはずないだろうに。
「へぇ、そりゃいいな。導かれて行く先は地獄かなんかか?」
「悔い改めれば、必ず主の御許へ……」
「主、ねぇ。アンタの旦那と会っても別に話すことねぇな」
聖女とは神の妻だ。
この世で最も清らかなる乙女。
奇跡の御業が使えるだの、不老長寿だの、穢すと神罰が下るだのとくだらない逸話には事欠かない存在が目の前の小娘だったりするのだから笑える。
「……っ、ぐはっ」
まあ、一番笑えるのはそんな小娘を庇って死にかけてる俺だが。
「て、手当てを!」
「だから……っ、助からねぇって言ってんだろ。……っ、アンタもさっき納得したじゃねぇか」
俺が吐き出した血を見て慌てる聖女様は、奇跡の御業なんて到底使えそうにない。
まあ、完全に内臓がやられているので何をしたところで手遅れだろう。むしろ、この傷で始末屋を返り討ちにできた自分を褒めたい。
「あー、痛ぇ」
「…………」
「クソ、あの始末屋……趣味の悪い武器使いやがって。腹ん中ズタズタじゃねぇか……っ」
視界が徐々に暗くなっていく。
この感じでは失血死するのも時間の問題だ。死ぬときは静かに逝きたいという悪党らしからぬ願いは、お花畑脳なマニュアル聖女様のせいで叶いそうもない。
死にかけてる人間の横でベソベソ泣くのはマナー違反だ。おちおち意識も失えない。
「……泣いてんのか?」
「普通、自分を庇ってくれた人が死にそうだったら悲しみませんか?」
キッと睨んでくる聖女様には悪いが、始末屋が狙っていたのは俺で、タイミング悪く俺と始末屋の間にいただけの聖女様がそんなに罪悪感を感じる必要はないと思う。
まあ、そんなこと言わないが。
むしろ罪悪感で苦しめば、俺としては庇った甲斐があるというものだ。
「あなたが本当は悪い人ではないと……そんなに悪い人ではないと」
「言い直すなよ」
「主もご存じのはずです。主はきっとあなたを救ってくださいます」
それは神とやらを信じているヤツにとっては救いなのだろう。
俺は神なんて信じたことはない。
地獄や天国には興味もない。
それでも、俺がこれから逝く先が地獄だと言うのなら……それが、人を殺しただの物を奪っただのというくだらない理由でなのだとしたら、こんな鬱陶しいことはないとは思う。
俺は他人に何かを決められるのが死ぬほど嫌いなのだ。
だから、俺が地獄に堕ちるのならば、それは俺が選んだ結果であるべきだ。
「あなたが優しき白の大地へ旅立てるよ……んんっ!」
俺の救いとやらを願ってくれている聖女様の口を塞ぐ。
聖女様の唇は当たり前だが血の味がした。
初めてが血の味とか可哀想にと笑うと、腹に溜まっていたらしき血が口から溢れた。笑いの発作のせいかゴボゴボと血を吐き出しながらもどうにか呼吸を整える。とは言っても、所詮虫の息だが。
「な、なにして!?」
「っ、これで……っ」
「もうしゃべらないでください! 血が、血が出て……」
この後に及んでまだ何かしようとする聖女様の手を引っ張る。まったく、もう声を出す力もろくに残っていない男に無茶をさせてくれる。
「俺が……俺が、地獄に堕ちるのはアンタのせいだ」
――神の妻に手を出したら神罰が下る。
「アンタが俺を地獄に堕とすんだ、聖女様」
その言葉がちゃんと伝わったのかはわからない。
ただ、二度目の口づけは妙に熱くて……息苦しかった。
◇◇◇
目が覚めた。……死んだはずなのに。
「おい、ポンコツ聖女」
人様の顔をまじまじと覗き込んでおきながら、声をかけられると逃亡を図ろうとする聖女様の首根っこを素早く掴む。
「何しやがった」
「か、神の御業です!」
「うそつけ。目が泳いでんだよ」
信じてもいない神に助けられるとか胸糞悪いことあってたまるか。
頭を整理するために立ち上がり、ジタバタもがく聖女様は俺の代わりにベッドへと放り投げておく。えらくスプリングがきいていたので怪我をすることはないだろう。痛いとかそんな苦情は聞かねぇ。
「…………」
とりあえず現状を把握しようと見回したこの部屋はどう見ても神殿の一室で……頬が引き攣った。扉にも窓にもこれでもかと封じのまじないが施されているのは何かの冗談だと思いたい。
しかも、気配を探るまでもなく部屋の外には殺気立った連中がいるのがわかる。
逃げよう。
聖女様を問い詰めるのは今度でいい。
よくわからねぇがもう一回死ぬのは御免だ。
このときの俺は思いもしなかった。
自分が一度は本当に死んでいたことも。そんな俺に聖女様が命を半分分け与えるなんていうありがた迷惑な奇跡を起こしていたことも。そのせいで俺と聖女様の魂とやらが結びついてしまっていることも。
何も知らなかったのだ。
吉遊の“誰も幸せにならないシリーズ”に見せかけた、ただの短編。いまいちシリアスにならなかったのはどうしてだろう? あれか、主人公がツッコミ属性持ってそうだからか。
あらすじにも書きましたが、“Kiss 22title”の唇=愛情の没ネタです。書いてみてあんまりキスが目立たなかったので没にしました。キャラはすごく気に入ってるんですけどね。