7:まずは無難なところから
おおゆうしゃよ。しんでしまうとはなさけない!
どこかで見たセリフ。元ネタは知らない。
目の前にあるのは召喚した日本人(多分)。
『いる』ではなく、『ある』だ。
つい先程までは間違いなく生きていたそれは、既に物言わぬ屍になってしまっていた。
魔族に召喚術は使えない。
改めてその言葉が脳裏を過る。
いや、でも召喚自体は成功だったと思うんだよね。
なんか目が合った途端泡吹いたんだけど、失礼じゃない?流石にちょっとへこむんですけど。
うーん。目……目かあ……。
僕の左眼に宿る暗黒龍が暴走して相手の命を奪った?
くっ! 暴走だと!? 僕の力ではもう抑えきれないっ! だめだ! 皆逃げてくれ!! 状態?
そんなの眼のなかに飼ってないっての。
飼えるもんなら飼ってみたいけども。
……無いかなそういう魔道具。今度探してみよう。
閑話休題。
召喚はできた。ということは召喚したあとに死んでしまったことになる。
環境の違い? 違う。それなら他の日本人がこの世界に存在しているはずがない。
元から瀕死だった? 可能性としてはあると思う。でも目があった瞬間っていうのが気に掛かる。偶然として切り捨てるほど楽観的にはなれない。
実は召喚自体が失敗だった? その可能性は考えたくないなあ……魔力量は十分に足りていたはずだし。
ん、魔力量……魔力……?
ふと思い付いたことを傍らに立っているエティリィに問いかけてみる。
「ねえエティリィ。僕の魔力って客観的に見てどうなんだろう」
「ますた、魔力量素晴らしい、思います」
「うん、ありがとう。そうじゃなくって、魔力の質っていうか他者への影響っていうかね」
「魔族、畏怖。精霊、大好物。人間、恐怖。思います」
「っ!? それだーっ!」
つまりは魔力の質に問題があったのか。
ていうか僕の魔力って人間にとっては恐怖なのか。
精霊さん達には結構人気あるんだけどなあ。
魔力は手と口、あとは眼から放出できるものとされている。
手は魔術を発動させるときや、僕が最近よくやるみたいに魔力を注ぎ込んだりするときに使う。
口から放出される魔力は、呪文がそのまま影響するときとか、あとは咆哮に威圧を乗せるときとかだね。
で、今回問題になったであろう眼の魔力。
魔眼使いとかを例に挙げれば分かりやすいのかな。見るだけで相手に影響を与えるっていう、アレ。
僕が魔眼持ちっていうわけではないけど、眼や口からは常にある程度の魔力は漏れていることになる。これは魔族に限らず、人間だろうが魔物だろうが同じ。
契約してないフリーの精霊さんとかはそういう漏れた魔力を食べているからね。
地球には魔力って無いらしいし、魔力慣れしていないところにいきなり僕の魔力を受けて恐怖のあまりに……といった感じなのだろうか。そういえば目が合う前に話し掛けたりもしてたし。
捨てられたとはいえ魔王の息子。これは誇っていいのかへこむべきなのか。
魔族が召喚魔術を使えないというのも、これが原因かもしれないね。
しかし、この人には悪いことをしてしまったな。
復活の魔法なんて使えないし、亡骸をこのまま置いとくわけにもいかない。
「エティリィ。悪いけどこの人、外で埋めておいてもらえないかな。魔物に掘り返されたりしないくらいの深さで」
「はい、ますた。了解しました」
異世界人の亡骸に手を合わせ黙祷を捧げた後、エティリィに処理を任せる。
ごめんよ名も知らぬ異世界の方。君のことは忘れない。
君の死を糧にして、僕は次に進むよ。
残りの召喚可能回数は4回。大切にしなくては。
最終的にエティリィを造ったときほど魔力を消費しなくてすんだけど、もう一度召喚出来るほどは残っていないと思うし、今日はもう寝ることにしよう。頑張りすぎてお漏らしは嫌だしね。
サイコロ好きのおじさんごめんなさい。明日から頑張ります。
翌日。
明るい天井! きれいな空気! 自分の呼吸以外なにも聞こえない静かな空間!
絶好の召喚日和だね!
ご飯もしっかり食べたし、魔力も完全回復している。
昨日の失敗を踏まえて、対策もしっかりと考えた。今日こそは成功成功させてみせる。
そして、呼び出す対象もちょっと変えることにした。
昨日は英雄、勇者になるべき人物を召喚するために条件をイメージしたけど、よく考えたら勇者なんて呼び出したら真っ先に僕が襲われる。
運良く襲われなかったとしても、すぐに旅立ってしまうことだろう。英雄や勇者というのはそういう習性を持ってそうだし。
というか一所に落ち着こうと考えるような人はまず英雄なんて呼ばれるような活躍をする機会が無いんだろうな。
折角召喚に成功したのにすぐ旅立たれても面白くない。いつかは冒険に出てもらって本を集めて欲しいけど、それは今すぐじゃなくても問題ない事だし。
では、異世界召喚二回戦を始めるとしましょう。
やり方は昨日と変わらない。必要な魔力量は把握したから倒れることは無さそうだけど、念のため家の外で行う。
魔道書を捲り、唯一の白紙となった昨日のページを開く。次のページを開く前に、白紙を眺めながら昨日の失敗を振り返る。
以前の持ち主だった宮廷魔術師も、失敗する度にこんな気持ちになったのだろうか。
昨日は僕の魔力が原因で相手の命を奪ってしまった。同じ轍は絶対に踏まないようにしなくてはならない。
よし、と一言呟き本を地面に置いた。
次のページを開いて魔方陣に手をあてる。
昨日と同じように封印解除の呪文を唱えると、これも同じように魔方陣が輝きだし、魔力が吸われていく。
そしてイメージ。昨日とは違った条件付けをしていく。まず優先すべきは同好の士であること。そして柔軟な発想と適応力を持つ者。戦闘能力なんかはこの際二の次で構わないだろう。いきなり異世界に召喚されてもパニックにならない精神を持った人間がいい。
イメージを固めて魔力を維持。
やがて魔方陣が輝きを増し、辺りが光で満たされる。
光が落ち着くと、やはり昨日と同じように黒髪の少年が倒れていた。
落ち着けここからだ。対策は考えてある。
少年の倒れている位置を確認してから目を閉じる。
危ないのは眼と口。そして何より魔力。
なるべく小声で呪文を唱える。使う魔法は結界魔法。少年の体を覆うように、魔力を遮断する結界を展開する。
さて……成果は如何に。
目を開くと少年と目が合った。
「あれ……俺今電車に……あれ?」
生きている! 話せるかな。お話ししても大丈夫なのかな!?
「や、やあ、僕はウィルナルド。悪い魔族じゃないよ」
「いや魔族って……は……? え……? なにこれ夢? どっきり? ていうかコスプレ?」
「まあ混乱するのも無理はないと思うよ。ここは剣と魔法の世界。ようこそ勇者よ、貴方を歓迎します」
異世界人と会話していることに感動しながら用意しておいたセリフを続けていく。
まだ油断はできないけど、とりあえず山は越えたと思っていいんじゃないだろうか。
やった。やってやった。過去に誰も成し得なかった魔族による召喚魔術を、僕が成功させてやったのだ。
結界魔法なんてマニアックなものを覚えておいて本当に良かった。
元々は部屋で誰にも邪魔されずに読書するために習得したものだったのに、こんなところで役に立つとは。
「改めて自己紹介を。僕はウィルナルド。こっちはエティリィ。君の名前を聞いてもいいかな?」
「あ、えっと、透です。榊原透。え、なんですかこのどっきり。テレビかなんかですか?」
「うん、トォル、トールね。宜しくねトール。どっきりでもなんでもないよ。ここは君のいた地球とは異なる世界。君から見れば、正真正銘の異世界だよ」
未だ混乱から抜け出せないトールに説明する。
適応力の高い人物を選んだはずだけど、最初はやっぱりこんなもんか。そりゃそうだよね。
兎にも角にも、召喚は成功したのだ。世界の説明なんて別に急いでするもんでもなし、まずは落ち着いてもらうことが先決。
これから一体どんな冒険が待っているのだろうか。
さあ忙しくなるぞ、楽しみになってきた!
ようやく二人目の主人公を登場させることができました。
俺達の戦いはこれからだ!