72:決着
~ウィルナルド~
終わってしまえば呆気ないものだった。
僕らがゴーレムに乗って撤退したとき、ガンドさんが出撃準備を終えて、門の前で待機していてくれたのだ。
そのまま僕と交代。ガンドさんはエティリィとアグリルを引き連れて攻撃に向かった。
そのあとはもう……お話にならないというか、簡単に言うと、ガンドさん無双だ。
迫ってくる三人に対して、迎撃体勢を取る敵軍。
魔法や矢が雨のように飛んでくるなか、それらをまるで気にも止めずに突き進む三人。
先頭を走るガンドさんが手にしたハルバートを振るう度に、いくつもの悲鳴が上がり、道が開いていく。
結局その勢いは止まることなく、三人はヴィアイン兄の元まで辿り着いてしまった。
何かを叫びながら魔剣を引き抜き、迎え打ったヴィアイン兄だったけど、ガンドさん相手ではなにもできず。物の数合打ち合っただけで、勝敗は決定した。
その周りではエティリィ、アグリルがそれぞれ側近を相手にして完封勝利を収め、趨勢を見守っていた兵士たちは成す術もなく降伏せざるを得なかった。
そして今……。
「話が違うぞ! なぜガンドが貴様に従っているのだ!?」
装備を取り上げられ、鎖でぐるぐる巻きにされたヴィアイン兄と、側近二人が僕の前に座らされている。
ちなみに他の兵士たちは装備を剥いて別の場所に捕らえてある。
「なぜ、って言われても……」
「ガンド! 貴様も貴様だ! 俺の下に付くことを拒んでおきながらウィルナルド程度の男に付くとは、一体何を企んでいるのか!」
何か見当違いのことを喚きだした兄に対して、ガンドさんは呆れた表情を隠さない。
「兄さん、別にガンドさんは僕の部下になったわけではないよ。ただ、僕の夢に協力してくれてるだけだよ」
「夢だと……? 世界征服でもするつもりか?」
「いやいや。そんな物騒なことじゃないよ。僕はね、人間と仲良くなりたいんだよ」
「なん……だと? 貴様正気か?」
「僕は正気だよ。もうね、戦争はまっぴらなのさ。皆で楽しく暮らしていければ、それでいいじゃない」
「はっ、下らん! 何を言うかと思えばそんなことだとは! 貴様は家畜にも劣る連中と楽しく暮らすつもりなのか!?」
こんな状況にも関わらず強気を崩さないなあ。
それとも現状が理解できていないのだろうか。
「まあ兄さんがそう言うのはわかっていたよ。でもね、僕は本気でそう思っているんだ。そして、その夢を叶えるためなら、なんだってするつもりでいるんだよ。できれば兄さんにも協力してもらいたいんだけど」
これは僕の本心からの言葉だ。
「馬鹿か貴様は! 腰抜け腑抜けとは思っていたが、まさかここまでの愚か者とはな! 魔族と人間ごときが仲良くだと? そんなもの認められるはずがないだろう!」
そうだよね。でもこれが今の魔族の総意といっても過言じゃないのが現実だ。
僕はこれから、その現実と戦っていかなければいけない。たとえ臆病者と罵られたとしても。独裁者の謗りを受けたとしても。
「それじゃ、兄さんはこれからも人間と仲良くする気は無いってことだね。そっちの二人も同じかな?」
「当然だ! これからも人間どもの街を襲撃し、滅ぼし尽くしてくれる!」
ヴィアイン兄の言葉を受け、隣に座らされている二人も首を縦に振る。
「これから? これからなんて無いんだよ兄さん。言ったよね、なんだってするってさ?」
僕は傍らに置いてあった魔剣に手を伸ばす。ヴィアイン兄が持っていた、かなりの力を秘めた魔剣だ。
「本当は兄弟でこんなことをしたくないんだけど。まあ仕方がないよね」
これは少し嘘かも。兄弟とはいえ、別に何も感じるものはなかった。
「ま、待て! 落ち着け! 俺に手を出せば部下たちが黙っていないぞ! ルグレストの奴もそうだ! あいつともやり合うつもりなのか!?」
ゆっくりと近付く僕が本気と見てとったか、急に態度が変わる。
「言いたいことはそれだけかな? それじゃ、さよならだよ」
「待て! 考えなお……!」
一閃。
剣が風を斬る音と共に、ヴィアイン兄の首が宙に舞った。
数秒置いてから吹き出した血が、魔剣の鋭さを物語っている。
やがて首から上を失った体が力なく倒れ、小さな砂埃をあげた。
「さ、て。君らも兄さんと一緒だったよね」
次いで側近の二人に視線を向けると、我に返ったのか物凄い勢いで首を振っていた。
「従います! 私は魔王様に従います!」
「お、同じくです!」
先程までの強気はどこに行ったのか、急に手のひらを返してくる。ちょっとだけ罪悪感を感じるけど、ここで負けるわけにはいかない。
「ごめんね。ちょっと信用できないや」
さらに剣を振り、二つの首を落とす。
これで軍の責任者が全員いなくなったわけで、残った兵士たちはそのままうちで引き取ることにしよう。
「エティリィ、悪いんだけど、この三人を丁重に葬ってもらえる?」
「かしこまりました。マスター、素敵でしたよ」
「うむ。見事な覚悟を見せてもらった。正直なところ、儂も若がここまでするとは思っておらなんだ」
「ありがとう二人とも。でも流石に堪えるねこれは。できればもうやりたくはないなあ」
「しかして、これが若の選んだ道なれば。あとは突き進むしかあるまい」
「そうですね。はー、先が思いやられるなあ」
この疲労感は、きっとゴーレムを動かすのに魔力を使いすぎたせいかな。うん、そうに違いない。
後始末は二人に任せて、今日はもう休ませてもらおう。