71:兄弟
~ウィルナルド~
「やっちゃえ、バーサーカー!」
僕の言葉に反応して、ゴーレムがその拳を地面に突き立てる。
割れる大地。舞い散る砂塵。飛び交う血潮。
悲鳴と混乱が戦場を支配する。
そんな中で僕たちはというと。
「うひやああああああああああ!!」
「あーっはははははははははは!!」
「ままままマスターおやめくだ……ひやぁぁぁぁぁ!」
振り落とされないように必死だった。
ゴーレムの大きさは僕の10倍くらいあるわけで。僕らはその肩に乗っているわけで。そんな状態で、直立した状態から地面を殴ったりなんかした日には、ねえ。
もう揺れる揺れる。
自分で動かしてる僕ですら危ないんだから、他の二人はもっとだろうね。
なぜかアグリルは凄く楽しそうだけど。
ゴーレムに魔力を注いだ僕たちは、その肩に乗り、遠くに見える兄の軍団へと侵攻を始めた。
このゴーレム、体が大きいのに実際動かしてみたら速いのなんのって。流石に熟練の剣士には劣るけど、それでもそんじょそこらの冒険者よりは素早い動作をしてくれた。
この巨体にこの速度。
普通に行軍すればまだ1日かかるくらいの距離を、あっという間に縮めてしまった。
相手としては驚きだろうね。街を攻めようとしていたはずが、何故か巨人が襲ってくるんだから。
それでも流石は戦争慣れしている軍人。すぐに体勢を整えて、迎え撃ってきた。
そして今に至る、と。
時々矢や魔法の反撃が飛んでくるけど、そこは流石にドセイさんの作品。僕の結界魔法も相まってほぼノーダメージだ。
「あははは! 見なよ! 人がゴミのようだ!!」
「マスター、完全に悪役ですね……っと」
エティリィがツッコミながらも軽く手を振るうと、今まさに背後から襲いかかろうとしていた有翼の魔族が翼を裂かれて地表に落下していく。
時折、こんな感じでゴーレムよりも僕らを直接狙ってくる敵がいるけど、エティリィ、アグリルの鉄壁の防御は貫けない。
ひょっとして、このゴーレム一体あれば城の一つくらい落とせるんじゃないだろうか。
おっといけない。暴れて楽しんでる場合じゃなかった。
「兄さん! ヴィアイン兄さん! 出てきてよ! まずは平和的に話し合おうよ!」
この戦場のどこかにいるはずの兄に語りかける。
正直に出てきてくれたらいいけど、これで効果がなければ、出てくるまで戦うしかななくなってしまう。
「ウィルナルド! 貴様、いったい何をしているか!!」
そんな心配は杞憂だったみたい。兵の海を掻き分けながらこちらに向かって歩いてくる人影が3つ見てとれた。
先頭を歩くのは見るからに豪奢な装備をした男。実戦で鍛えられたであろう身体には、勲章だとでも言わんばかりに傷が多く刻まれている。懐かしいな、ヴィアイン兄に間違いない。ということは、残りが例の側近二人なのかな。小男と優男って感じ。
「やあ兄さん、久しぶりだね! 元気だった?」
「何をしているのかと聞いている! 貴様、そこから降りてこい!」
「おっとこれは失礼。じゃあ降りるから攻撃を止めさせてよ」
「ええい、貴様ら下がれ! さあどうだ! 貴様もそのゴーレムを止めろ! そして降りてこい!」
ヴィアイン兄の指示通り、兵士たちは攻撃の手を止めて退いていった。
ふう。やっと人心地がつくよ。
これなら僕も降りないわけにはいかない。
ゴーレムを跪かせて、肩から地面に飛び降りる。エティリィ、アグリルの二人も続いてくれた。
その瞬間、兵士たちの間にざわめきが起こる。
「改めて久しぶり、兄さん。いきなり攻めてくるなんてひどいじゃない」
「ぬ、ぬかせ! 貴様が勝手に魔王を僭称したからでらないか! 大体、其奴はなんだ、人間の勇者ではないか! 貴様さては人間の手先に成り下がったか!?」
あれ、なんでそんな流れに?
あ、そっか。そういえば今回アグリルは顔を出していた。
まだ顔を覚えている人も多いってことかな。気を付けなきゃ。
「逆だよ兄さん。僕が勇者を倒して、こっちに引き入れたのさ。勇者を倒した人が魔王を名乗ってよかったんでしょう?」
「ふざけるな! そんなものが認められるか! そもそも何故貴様が生きている!」
「何故、って言われても……。父上は元々そんな気がなかったみたいだよ。今となってはわからないけどね」
「ふんっ! さては貴様、偽者だな? 仮にウィルナルドが生きていたとしても、あの自分本意で怠け者のウィルナルドが、自分から魔王になどなるはずがないからな」
これはひどい!
実の兄から、こんな風に思われていただなんて!
確かに戦争には参加してなかったし、ずっと部屋でごろごろしてたけどさ!
「貴方! 先ほどから聞いていれば、魔王様に向かって自分本意だの、怠け者だの、洗濯物は出してくれないだの、放っておいたらいつまでもお風呂に入ってくれないだの、無礼ではありませんか!」
あれれー!?
ごめんねエティリィ。もうちょっとしっかりするよ……。
「ま、まあ自堕落な生活を送っていたことは認めるけどさ。僕は紛れもなく本物だよ。魔王になったのは、僕の夢のためかな」
人間と仲良くしたいから、なんて言葉は飲み込んでおく。今言っても逆効果にしかならないだろうから。
「認めぬ! 俺は認めぬぞ! あの臆病者のウィルナルドが魔法だと? そんなことがあってたまるか!」
ヴィアイン兄はそう言い放つと、腰に差していた剣を引き抜いた。
それに呼応し、左右を固める側近や周りの兵士たちもそれぞれの武器を構える。
これは交渉決裂かな。そもそも交渉してないなんて話は置いておいてね。
さて、こうして対峙してみると、ヴィアイン兄の持つ剣の魔力の強さに驚く。
見た目は太刃の片手剣で、例によって華美な装飾が施されている。刃は乾いた血のように赤黒く、溢れ出た魔力がその周囲に漂っていた。
ヴィアイン兄本人よりも、この武器の方が厄介かもしれないな。
「エティリィ、アグリル、僕に続いて。一旦帰るよ」
背後の二人に小声で話しかける。人間の言葉を使ったから、周りの兵士は理解できていないだろう。
無茶しないと言った手前、ここで戦うのは得策じゃない。ゴーレムの有用性は試せたし、後はガンドさんにお任せといこう。
そうと決まればゴーレムの出番。
「ロケットパーーンチ!!」
は、出せないので叫びながら地面を殴らせる。
再度巻き起こる悲鳴と混乱。
土煙に身を隠しながら、僕たちはゴーレムの肩に飛び乗った。
そしてそのまま全速力で戦線を離脱する。
「待て! 逃げるのか貴様!!」
「ケガしたくはないからね! じゃあね兄さん!!」
中には追い掛けてくる兵士もいたけど、ゴーレムの速度には追い付けない。
戦線が伸びきったところで諦めたのか、振り向いてみると陣形を整えている所だった。
敵の戦力も大体分かったし、ここからはガンドさんの担当だ。
事前の予想通り、ヴィアイン兄以外で怖い相手はいなさそうだったし、その兄もガンドさんの足元にも及ばないことだろう。
無理して和解する必要もないし、あとは高みの見物を決め込ませてもらうとしよう。
さようなら兄さん。次生まれ変わったら仲良くしようね。