69:フラグの恐怖
~ウィルナルド~
暇だった。すごく暇だった。
「いーいーなーいーいーなー。へーいわっていーいーなー」
暇だから歌ってみた。
「何を言っているんですかマスター。だらけていないで仕事をしてください」
歌ってみたら怒られた。
「仕事って言ってもさあ。魔王城は完成したし、人間たちも攻めてこないし、やること無くない?」
「確かにアグリル様がやってきてから、特に問題は起きていませんが……」
「でしょ? あー、このまま世界から争いが無くなってしまえばいいのに。というか今なら人間と仲良くする機会もあるんじゃないかな」
「流石にそれは難しいのでは。まずはマスターが魔王として全魔族を統一しませんと」
魔王城の建築を始めてから早半年。僕たちはこの世の平和を享受していた。
朝起きてはご飯を食べてアニメを見る。お昼になったらご飯を食べて、食休みのためにベッドに転がってマンガを読む。日が沈む頃になったら夕飯の時間だ。ご飯を食べて、あとは寝るだけ。
そんな生活を繰り返してたら、そりゃあ暇にもなるよね。
当初は時間がかかると思っていた築城も、最初の一月くらいでほとんど完成しちゃったしさ。
エティリィは時間を作ってはガンドさんやアグリルと特訓を重ねているみたい。僕も何度か誘われてはいるけど、肉体派の方々にはどう足掻いても勝てないので丁重にお断り。
エティリィもかなり実力をつけているみたいで、例のとっておきを使わないアグリル相手ならほぼ負け無しだとか。
それでもガンドさんには勝てないみたいだけどね。
「魔族を統一って言っても、兄さんたちが素直に従ってくれるかわからないし、そもそもまだどこにいるかすらわかってないじゃない」
「それはそうですが……セティリアが出発してから随分と経ちますし、そろそろ何かしらの報告がありそうな気はしますけどね」
「あ、だめだよエティリィそういうこと言っちゃ。それフラグってやつだよ」
迂闊なことを口走るエティリィを嗜めるが既に手遅れだ。
一拍置いて聞こえてきたのは、階下から駆け上がってくる足音と、僕を探す声。
「陛下ー! 陛下はどこですかー! へいかー! ウィルナルドへーいかー!」
ほらねっ、フラグでしょ?
「よし、それじゃあ報告を聞こうか」
場所は新しく作った会議室。メンバーはまあ例のごとくといったところ。
いつもと違うのは、テュールがいなくてアグリルが加わったことかな。
いつもは僕の後ろに立っていたエティリィだけど、今回はアグリルの側で通訳をすることになっている。
「はい、我々はここを出発した後、ヴィアイン様、ルグレスト様についての情報を求めながら、陛下が以前に住居としておられた洞窟を目指しました」
僕が促すとセティリアは報告を始める。
皆が揃うまで待たされていたからか、早く話したくて仕方がないといった風だ。
「途中で有力な情報が手に入れば進路を変える予定でしたが、どうも我々の向かっている方向に目撃情報が集まっているようでした。テュールとも相談しましたが、それであれば、まずは陛下の御要望に御応えしようということで、先に洞窟へ向かったのですが……」
そこで……と一度話を切り、懐へと手を伸ばした。
なにやらごそごそ漁りながら、お菓子やら干し肉やらを机に並べていく。
なかなか目当てのものが出てこないのか、顔にクエスチョンマークを浮かべながら身体中を調べている。
やがてようやく見つけたのか、表情を輝かせながら取り出したのは紙切れ一枚と黒い花。
一応大事に扱っているつもりなのか、食べ物の山の隣にそっと置いてこちらに向き直った。
「えーと、件の洞窟に辿り着いたとき、中でこれを見つけました。私には読めませんでしたが、テュールに言わせれば陛下に宛てた手紙のようだということで、そのままお持ちした次第です」
「あ、手紙だったんだそれ。あそこにあったってことは、トールかシーナちゃんが書いてくれたのかな?」
どれどれ、と。机に置かれた紙切れ……もとい手紙に手を伸ばす。
この世界の言葉ではなく、日本語で書かれたそれは、紛れもなくトールからの手紙だった。
トールの書いた文字、久し振りに見るなあ。言葉の勉強を一緒にしていたのが、遠い昔のように感じる。
初めて貰った友人からの手紙。一字一字を大切に読ませてもらおう。
読んだ。
しっかりと読んだけど、特に長い手紙でもなかったのですぐに読み終わった。
一緒に出てきた花は髪飾りだったんだね。確かに良く見てみたら櫛みたいなものが取り付けられているみたいだ。
一通り読み終えてから顔を上げると、エティリィがそわそわしながらこちらを見つめていた。僕を、というよりも手元の手紙に視線が釘付けだ。
トールからということで気になるんだろうね。
「大したことは書いてなかったけど、エティリィも読むかい?」
「はい喜んで!」
試しに聞いてみたら食い気味に返事が返ってきた。
エティリィは僕から受け取った手紙を食い入るように読みはじめる。
本当に大したことは書いていなかったんだけどね。
何にせよ、トールはこっちの事情を察してくれて僕たちを探してくれているらしい。
突然いなくなってしまったことで恨まれていても仕方がないと思っていたから、これは正直嬉しかった。
なんとかしてトールを見つけられないものかなあ。
ややあって、手紙を読み終えたエティリィの視線は、
机の上の髪留めに注がれていた。
「いいよエティリィ。トールからのプレゼントみたいだし、受けとりなよ」
「あ、ありがとうございますっ!」
嬉々として机に手を伸ばすと、頭の後ろで結んでいた紐をほどき、乱れた髪を一度整えてから新しい髪留めで結び直した。
おぉ、赤い髪に黒い飾りって合うんだね。
特殊な魔法とかは掛かっていなさそうだけど、それでもエティリィは凄く嬉しそう。時折飾りに触ってはニヤニヤしている。
トールもなかなか洒落たプレゼントをするもんだね。ひょっとしたら僕よりもエティリィのことを理解しているのかもしれない。
「まあトールたちも旅に出たようだし、そのうちここの噂でも聞きつけて訪ねてきてくれるかもしれないね。それじゃ、報告の続きを聞こうか。兄さんたちには接触できたの?」
いきなり手紙なんて渡されたせいで報告が止まってしまっていた。トールのことも大切だけど、本来の目的を忘れてはいけないよね。
「はい。洞窟を出たあと、近くにあった人間の村において、魔族による軍勢を発見。手近な兵を捕まえて指揮官を確認したところ、ヴィアイン様とのことなので引き合わせを依頼しました」
洞窟近くの人間の村……っていうと、ひょっとしてトールが何度か行ってたところかな?
父の死後、魔族の軍は分散して略奪を繰り返しながら行軍しているってことだったけど……。
「ねえセティリア、その人間の村って、生き残りとかいそうだった?」
「私が着いた頃には捕らえられた男女が100人ほど生きてはいましたが、あの様子ではそう長くはもたないかと」
「やっぱりそうだよねえ……」
魔族は人間の捕虜を取らない。
魔族と人間の間で取引は行われないし、人足としても人間は魔族に劣る。
戦争の壁に使おうにも、魔法で障壁を張った方が楽だし堅固だ。
監視の手間やリスクを考えると、奴隷として使うメリットもあまり感じられないしね。
だから生かして捕らえる習慣はないし、戦闘時に手加減することもない。
運良く、いや『運悪く』生き延びた人間は、大抵がその場で兵士たちに弄ばれることになり、最終的には処分されることになる。
逆に人間たちは、魔族を捕らえて連れ帰ることが多いみたい。その後何をされるのかまではわからないけどね。
「まあ長い間戦争してるんだし、綺麗事だけじゃないよね。残念だけど諦めようか。それから?」
「はい。ヴィアイン様も私のことはご存知だったようで、すぐにお会いすることができました。とはいえ正式な面会ではないため、人間の屍の山でお寛ぎになっているところでしたが」
我が兄ながら趣味の悪いことで。
確かに昔から血の気の多くて、戦争に参加しない僕はよく罵声を浴びせられていたけども。何度か殴られたこともあったっけな。
「ヴィアイン様にこちらの事情を説明し、魔王となった陛下に忠義を尽くすよう求めたところ、大層御立腹の様子でした」
「あ、ヴィアイン兄にそのまま伝えちゃったんだ。そりゃ怒るよあの人はさ」
セティリアは平然として語るけど、多分現場は恐ろしいことになっていたんじゃないかな。
ヴィアイン兄は魔力量こそ僕より少ないけれど、それでも前魔王の息子という肩書は伊達じゃない。
怒ったときの衝撃で山一つ、森一つくらいは吹き飛ばすくらいの力はあるはず。となると、前の家に戻るのはもう絶望的かな。先に見といてもらってよかった。
「と、いうことで現在こちらに向かって進軍中です!」
「あー……」
予想していたことではあるけど、交渉の余地はないかなあ。
「ヴィアイン軍の戦力はどうなっておる? 当然確認してきたのであろうな」
戦闘の気配を感じたか、今まで黙って聞いていたガンドさんが口を開く。
「それは勿論です。村で確認できた兵力はおよそ1000。装備は大したことありません。各々が自分用の武具を身に付けている程度で、攻城兵器などは見当たりませんでした」
「ほう。その装備の中に、魔剣の類いは確認できたか?」
「統一性の無い装備をしていたのでそこまでは……あ、ですがヴィアイン様とその側近の方々は流石にいい物をお持ちでした!」
「彼奴の側近というと……クラーヴスとケルミルか。あのような小者が、よくも生き延びたものよ。ともあれ、留意しておくべきはその3人か。敵の数はそうさな……別動隊を加味して、およそ2000といったところだろうか」
2000かあ。元々の魔王軍から考えるとかなり少ないけれど、それでもなかなかの人数だね。
それよりも、ガンドさんは完全に敵として認識しちゃってるね。別に構わないけどさ。
さて、相手の戦力に対してこっちはどうかな。
「ガンドさん、こちらの兵力は?」
「兵の数だけで言えばおよそ500といったところだな。数では圧倒的に不利だが、我らの戦に数は関係なかろう?」
単純な計算だと相手はこっちの4倍。
でもガンドさんの言うとおり、人数の差なんてものは大した問題じゃない。
極端な話、スイセーさんに津波を起こしてもらうとか、ドセイさんに落とし穴でも作ってもらえばその戦力をほぼ無効化できちゃうからね。疲れて動けなくなるし、その後を考えると使えない手だけども。
勝敗を分けるのは、むしろ突出した戦力のほうだ。
ヴィアイン兄がどれほどの実力かはわからないけど、まさかガンドさんより上ということはないだろう。
側近とかいう二人も、ガンドさんの口振りからして大したことはなさそう。こっちにはガンドさんを筆頭にエティリィやセティリアがいる。頼めばアグリルも手伝ってくれるだろうし、余程のことがなければ大丈夫かな。
「そうですね。向こうがどんな手を使ってくるかわかりませんが、戦力自体はこちらが上でしょう」
「連中の中にはここに家族を持つ者もいよう。兵士の士気はさほど高くないであろうな」
「できればそういう人たちは生かしたまま味方につけたいですね」
「うむ。ヴィアインのやつは兵からの信頼が厚いわけでもない。大抵の兵は力と打算で従っているだけだろう。ならば頭さえ潰してしまえば、それで仕舞いだな」
ガンドさんてば殺る気満々。
親友の息子だっていうのに、容赦する気はさらさら無いようだ。本当にこの人が味方で良かった。
僕としても、兄に何か思うところがあるわけでもなし。命を奪うことに躊躇いはない。僕の野望の枷となるのであれば、遠慮なく潰させてもらうとしよう。
「そしたら、無駄な殺しは無し。ヴィアイン兄と側近二人だけどうにかしようか。あ、ちなみにセティリアの見立てで、ヴィアイン兄がここに来るまでどれくらいかかりそう?」
「そうですね……途中で糧食を補充する必要もあるでしょうし、通常行軍速度で100日といったところでしょうか」
「かなり怒ってるみたいだから急いで来るとして、大体その半分と見ておけばいいかな。テュールはまだ見張りに付いているんだよね」
「はい。お互い目立ってしまったのでこっそり潜入することはできませんでしたが、軍全体を見張っておくよう指示しました。何か動きがあれば報告に戻る手筈です」
目立ってしまったって、一体何をしたんだろう。
そういえばさっき、『手近な兵を捕まえて』とか言っていたような……。
…………。
よし、考えるの止め。多分何かやらかしたんだろうけど、気にしない!
「とりあえず時間はありそうだね。じゃあ表立って戦うのはここにいるメンバーってことで。アグリルはどうする?」
「へ? そりゃ勿論手伝うさ。ウィルさんの敵なんでしょ?」
何を当然のことを聞いているのか、みたいな顔のアグリル。
「敵っていうか……まあ理想のための障害ではあるのかな」
「それならボクが手伝わない理由はないさ。放っておいたら人間にとっても良くなさそうだしね」
「そっか。それならお願いするよ。ありがとうね」
僕の言葉に満足したのか、腕を組ながらウンウンと頷いてくれる。
「よし、これで戦力は文句無し。ちょっと試してみたいこともあるから僕も出るとして、残った兵士は街の防衛に。そっちの配置はガンドさんお願いします」
「相分かった。鼠の一匹も通さぬ布陣をしてみせよう」
「じゃあ大体のところはそんな感じで。暫くの間は街の警備も増やして、不審者が入らないように注意してね」
全員が了解したのを確認して、今日の報告会はお開きに。
防衛の準備はいつでもできているし、今すぐできることもない。
やっと状況が動いたけど、やっぱり暫くは暇を持て余すことになりそうだなあ。