67:魔法剣士リリカル☆トール
~トール~
クレドールを出て早五日。
次の街はさほど離れていないこと、植木鉢の実験が終わっていないこと、あわよくば実戦で新しい武器の練習をしたいこと等々の理由によって、俺たちは乗り合い馬車を使わずに歩いて旅を続けていた。
「しっかし平和なもんだな。魔物なんて全くいないじゃないか」
「んー。街道から離れてるとはいっても、これだけ見晴らしがいいとやっぱり魔物も少ないのかなあ」
シーナの言うとおり、クレドールを出てからこっち、ずっと草原を歩いていた。さすがに全方向地平線が見えるほどではないものの、突然魔物から奇襲を受ける心配はほぼ無いと思っていいだろう。
この世界に来てから暫く森のなかで過ごしていた俺にとってはヌルゲーもいいところだ。そしてそれはシーナも同じらしい。故郷の村は森の中にあるんだそうだ。
「俺たちはいいけど、他の冒険者って食事とかどうしてるんだろうな。魔物もいなけりゃ食べられそうな野草も見当たらないしさ」
「こんなところを歩く物好きはそんなにいないんだと思うよ。皆、街道沿いを行くんじゃないかな。あっちの方はたまに建物を見かけるじゃん」
「なるほど。完全にサバイバル生活してんのは俺たちくらいなのか。どおりで道行く人からやたら視線を感じるわけだ」
街道から離れてるといってもそこは平原。どうしても完全に姿を消すことなどできず、遠い彼方には街道や、そこを行く冒険者たち、乗り合い馬車の姿も見てとれる。
会話なんかは聞こえる距離ではないが、どうもこっちを指差しているような動きが、気にならないと言えば嘘になるところだった。
「ま、いいや。日も落ちてきたし、そろそろ休むとするか」
「そだね。んじゃ食事の支度しておくから、トールはテントお願いね」
「了解。今日のメニューはなんでしょうか」
「ふっふー。それは見てのお楽しみだよトール君」
何やら勿体ぶるシーナ先生。
肉や調味料は十分に買ってきているし、野菜や果物も植木鉢のおかげで大量に確保できている。
豊富な食材とシーナの腕前が併さって、我が家の食卓は旅の途中とは思えないほど豪華になることが多い。今日も何が出てくるのか非常に楽しみだ。
火の準備から始めたシーナに食事は一任して、俺は寝床の準備に取り掛かる。
もうすっかり慣れたテントの設営。そりゃダンジョン内で毎日やってたしな。一人作業でも手間取ることなく、すぐに組み立てを終えてしまう。あとは中に布団を敷いておけば準備は完了だ。
え? ちゃんと布団は別々だよ? 俺は紳士だからな。ちゃんとある程度の距離を置いて二枚準備するのだ。
さてテントは終わった。テントだけどちゃんとMPも回復する優れもの。一晩寝ればばっちり全快ってなもんさ。セーブ機能は付いていないけどな。
このまま食事ができるまでだらだらしていても怒られないかもしれないが、空いた時間で洗濯を済ませることにしよう。
桶に魔法で水を張って、溜まっていた洗濯物をドボン。石鹸でごしごしして、適当に絞って干すだけの簡単なお仕事です。
今日は暖かいし、朝まで干しておけばばっちり乾くことだろう。お日様に当てられないのが残念だが、昼間は移動しないといけないため仕方がない。
ちなみにシーナの分も一緒に洗っておいた。女の子ってその辺気にするものかと思っていたが、そうでもないらしい。
気を許してくれているのか、冒険者という職業柄細かいことは気にしなくなるのか。前者の方だったらいいな。
「よーっし。ご飯できたよー」
「お、待ってました!」
丁度食事も完成したらしい。こんな短時間で仕上げるとか、いつもながら要領のよろしいことで。
「今日はねー。ゾーア肉の煮込みと、シーフードのパエリアにしてみたよ」
「うっは超美味そう。いただきますっ!」
肉は柔らかく、口に入れた瞬間に繊維がほどけていくのがわかる。煮込み時間を短縮したからなのか、脂身もしっかりと残っていてそれがまた肉の旨味を引き出してくれている。
短時間で作ったはずなのにこの柔らかさと味の染み込み具合。これは事前に下処理を済ませておいたに違いない。
パエリアにしてもそうだ。大きな海老や貝なんかが惜しげもなく使われ、それがまたいい出汁となって米に絡んでいる。
海老の背腸取りや貝の貝の砂抜きもしっかりされていて、一切の心配なく口に運ぶことができた。
そしてなんといっても米。地球で言うところのタイ米に近いものがあるそれは、鮮やかな黄金色に炊きあげられている。柔らかすぎず固すぎず、程よい食感が残されていて食べごたえがあった。
しかしあれだな。世界が違っても、なんだかんだで食事は似てくるものなんだなあ。馴染みがあるおかげで抵抗なく食べられるのは嬉しいことだ。
「あ、ところで今日の鉢植えは何植えるかね」
豪華な夕食に舌鼓を打ちながら、話題は今日の実験へ。
「そうだねー。やっぱり野菜がいいかな。余裕があるとはいえ、あって困るもんじゃないしさ」
「んじゃ適当に野菜の種植えてみるか。どれが何の種かわからないからランダムな」
「ま、同じとこで買ったやつなら大丈夫でしょ。食べられればあたしはなんだって構わないよ」
てなわけで今日も野菜に決定。
夕食後、適当な種を一粒蒔いてから水をやって朝まで待つことにした。
ちなみに寝るにはさすがに早いので、最近はもっぱらシーナと木剣で稽古するか、魔導書を読み漁るかで時間を潰すようにしている。何か新しい魔法を覚えたいところなんだが、なかなか上手くいかないもんだ。
翌朝。
シーナより先に目を覚ました俺は植木鉢のチェックへと向かう。
茎は伸びていない。葉っぱもない。
ただ土から雑草のような束が20センチくらい伸びている。そしてその根元には何らかの野菜の姿。
どうやら根菜の類のようだ。色から察するに人参か?
日本で見た物とは随分異なるが、異世界なんだしそういうこともあるだろう。
さてシーナを起こすとするか。
「シーナ起きれ。今日は人参だったよ。今晩はカレーにしようぜカレー」
「うー……早いねトール……」
相変わらず朝に弱いシーナはさておき、成果物の収穫へ。肉はまだあるし、玉ねぎや芋なんかもあったはずだ。もうカレーしかないよなこれは。
草の根元を掴んでグイっと。
「んー? ……トール待って! それ違っ!!」
シーナの静止が聞こえたが時すでに遅し。
「ギャアアアアアアアアアアアアアア!!」
力任せに引き抜いた瞬間、あたりに甲高い悲鳴が響き渡った。
なんじゃこりゃ!?
俺の悲鳴じゃない。シーナの方を見ると力一杯目を閉じながら両手で耳を塞いでいる。つまりシーナの声でもない。
しかし周りに人の姿も無し。というか人参を抜いた瞬間聞こえるようになったんだが。何事か!?
そうなるともう原因はこれしか考えられないわけで。
恐る恐る手元の人参に目をやってみると……。
……人参と目が合った。
「うおお! 気持ちわりい!!」
思わず放り投げてしまう。
「アアアアアアア……へぶっ!」
俺の手を離れ、べちゃっと地面に落下した人参はそこでようやく静かになった。
何なのこれ! 何なのこれ!?
人参(?)には目が付いていた。そして悲鳴をあげるだけの口もあった。
更によく見てみると、それは人のような形をしていた。姿だけを見れば、野菜コンテストなんかに出てくるような変形人参で済むが、目と口があるとなれば話は別だ。
「うぅ……いきなり投げ捨てるなんてひどいっすよご主人……」
怯える俺を余所に、人参(?)はひとりでに起き上がるとこちらに向き直る。
それも、指の無い腕で顔を擦りながらだ。
おおおお落ち着け。落ち着け俺。まだ大丈夫だ。あの時に比べればまだ慌てる段階じゃない。
そう、あれは中学3年の夏。三泊四日の臨海学校での出来事だ。海があまりにも楽しみだった俺は家を出るときからズボンの下に水着を履いていった。そりゃあそうだろう、だって楽しみだったのだから。だが俺はここで致命的なミスを犯してしまう。そう、着替えの下着を忘れてしまったのだ。
これが学校の授業のプールだったら別に問題なかっただろう。ただその日をノーパンで過ごせばいいだけだ。いっそのこと、「パンツじゃないから恥ずかしくないもん」とか開き直って水着で過ごしてしまってもいい。
だが事は連泊の臨海学校で起きてしまった。まさか下着を一枚も持ってきていないとは。
何度だ? 皆と一緒に着替える機会は何度ある? ずっと履いていないことを隠しきれるか?
風呂は問題ない。がばっと着替えればばれやしないだろう。最難関は朝の着替えだ。部屋で着替えるときは隠すものがない。ならば早朝か、俺だけ早く起きて着替えておけばいいのか。
ふふふ。思い出すだけでもぞっとするぜ。結果的に何とか隠しきることができたが、何かに目覚めそうになってしまう上に、ノーパンでズボンを履いているとな、男は大変なんだ色々と。
……よし落ち着いてきたぞ。
あれは俺のなかでもワースト5に入るレベルのトラウマだからな。こうかはばつぐんってやつだ。
気を取り直して、現実を見直してみる。
まずこいつは何なのか。とりあえず人参じゃないことは確かだ。魔物かしら。
さっきの悲鳴には驚かされたが、今のところこっちに危害を加えてくる気配はない。
「いやすまん……あまりにもちょっと、アレだったから……」
喋る人参とか不気味で仕方がないが、生き物である以上、先程の行為は俺に非があるといえる。
会話が通じるのであれば、素直に謝るのが『ひとのみち』というやつだろう。
「ちょおっ! アレってなんすか!? 自分これでも繊細な心をもってるんすから、傷付くっすよ!」
ブンブン手を振って抗議してきた。動きを見る限り、肘と膝の間接は無さそうだな。代わりに肩の可動域は広そうだが。
「悪かった。悪かったよ。で、お前は結局何なんだ?」
「何なんだって……わかってて育ててくれたんじゃないんすか。ではご紹介しましょう」
そこで人参擬きは胸に手をやり。
「自分はマンドラゴラっす。由緒正しい、誇り高き種族っす」
予想を裏切らない答えをくれた。