64:解散
~トール~
きっかり一週間。事前の宣言通りにシーナが朝食の席に顔を出してきた。
「おはよー。いやー今回は特にきつかったよー」
頭をぽりぽり掻きながら、まだ眠そうな目で言ってよこした。
「おはようシーナ。もう大丈夫なのか?」
「うん。ごめんねー心配かけちゃって。お菓子美味しかったよ」
シーナはそのまま俺たちと同じテーブルにつくと、宿のおばちゃんに向かって自分の朝食を要求した。
おばちゃんが食事を持ってきてくれるまでの間、俺の皿から野菜スティックを奪い取ってぽりぽりとかじる。
「獣人にとっちゃ毎年のことなんだろ? 大変だあな」
「でも来年までは平気なんですもんね。これで旅も再開ですか」
この一週間の出来事など、他愛のない会話をしながら食事は進む。やはり全員揃っているほうが食事は楽しいな。
「さて、と。メリアード、準備ぁできてんだよな?」
やがて各自が食事を終え、一息ついていると、サイードが話を切り出した。
「うん、いつでも大丈夫なようにはしてあるよ」
「そうか。よし……」
メリアードに何やら確認してから俺とシーナに目を向ける。
なんだなんだ、急に改まっちゃって。新しい特訓でも思い付いたのか?
「そんじゃ、ここでお別れだ。オレらは早速次の街に向かうことにするわ」
全然違った。むしろサイードから出てきたのは真逆の話だった。
「おいおいまた急だな。俺はもうてっきりこのまま四人で旅をするもんだと思ってたのに」
「なあに言ってやがる。元々がダンジョン攻略用の臨時パーティーだったじゃねえか。この流れが自然だってえの」
「いやでもほら、四人だと楽しかったし、何より楽じゃないか? 目的だって被るところもあるんだしさ」
「その目的のために別れるつってんだよ。別行動したほうが効率的だろ? 突然、行く先々のギルドには顔出しくからよ、そこで情報ぁ共有しようぜ」
尚も食い下がる俺に対して、サイードは解散する理由を語る。
確かに正論ではあるし、シーナやメリアードも特に反対する様子はない。ともすれば、ただ別れたくないという俺の我儘なのかもしれなかった。
引き留める理由を探すが、サイードたちの事情を知っている以上、俺たちのあての無い旅に付き合わせるわけにもいかない。
「ま、そういうこった。別に今生の別れってわけでもあるめえよ。何かあればまた組もうや」
「むぅ了解。次会うまで剣の練習は続けるから、また稽古つけてくれよな」
「おう、期待してるわ。そんじゃあな。弟ができたみたいで楽しかったぜ」
そう言って席を立つサイード。
「では皆さん、今までありがとうございました」と頭を下げてメリアードもそれに続く。
準備はできていると言っていたが、出発前に確認しておくこともあるのだろう。忙しいだろうし、これ以上ごねて迷惑をかけるわけにもいかないか。
俺も楽しかったよアニキ。アニキが信じてくれた俺を信じて、俺も頑張るよ。
「寂しくなるなあ」
「ま、しょうがないよ。臨時のパーティーなんてこんなもんだって。またどこかで会えればいいじゃない」
俺が感傷に浸っているというのにこの猫娘は。
なんだかあっさりした解散だったが、シーナは今までもパーティーを組んだことがあるようだし、この光景も日常茶飯事なのかもしれないな。
まあ縁があればまた会えるだろう。
こうやって出会いと別れを繰り返して、人は大きくなっていくんだなあ……。
「さて俺らはどうするか」
別れをいつまでも引き摺っている暇はない。さっさと切り替えて次のことを考えなくては。
「んー。とりあえず買い物でもする? お金にはかなり余裕もあるし、色々充実させようよ」
「そうだな。あ、俺、剣欲しい。短剣欲しい。二本欲しい」
「はいはい、練習したって言ってたもんね。ついでにあたしも何か武器買おうかなー。投げナイフとかハンドボウガンなんかの、飛び道具がいいと思ってるんだけどさ」
「なるほど。道具袋と金さえあれば弾数は無制限みたいなもんだしな。いいんじゃないか。それ買おうぜ」
シーナとする買い物の話はとても楽しい。基本的にお互い否定しあわないし、何より意見がぴったり合う。
資金に余裕があるから、というのもあるだろうが、やっぱり波長があってるんだろうな。
「あ、あれ試した? 植木鉢」
「いや? だってあれ道具袋のなかに入れっぱなしだったぜ」
「え、そうだったんだ。じゃああたしが試さなきゃだったかー。ごめんねー」
「まあいいんじゃないか。ついでに何かの種でも買って今日試してみようか。あ、そういや部屋はどうするんだ?」
「もう部屋は引き払ってあるから、またトールのとこにお邪魔しようと思ってるけど。構わない?」
「お、おう……元通りって感じだな」
やったぜ、イベントは進行中だ。こないだの選択肢はやはり間違いではなかったんだな。
心の中でガッツポーズを決めるも、表情には出さないようにする。ここで焦ると全てが台無しになってしまうからな。伝説の鐘の下で告白イベントがあるまでは我慢だ。
閑話休題、やってきました武器屋さん。まずは俺の短剣探しから始める。
いっぱいあるなー。迷うなー。どれがいいかなー。
「サイードが言うには、左手に持つのは盾代わりってことだから、鍔の大きいやつがいいと思ってるんだ」
「なるほどねー。左右で同じやつを買うんじゃないんだ」
シーナと相談しつつ、物色していく。左手用はそんなに長さも必要ないんだよな。何よりも頑丈さを優先したい。いっそのこと、十手みたいなのでもいいんだが……。
しかし武器屋はいつ来ても心が踊るな。なんというか、ファンタジー! って感じがする。
禿頭で眼帯をつけた髭親父が無愛想な経営をしている店もあれば、可愛いエルフのお姉さんが笑顔で接客してくれる店もある。
どちらがいいって訳ではないが、客が多くはいるのはやはり後者なんだろうな。そりゃそうか。
ちなみにこの店は前者。いかつい親父さんが無言でこっちを見ていて怖い。
「あ! これなんかいいんじゃない?」
「お、かっちょいいな。俺の琴線とハートが震えまくりだぜ。燃え尽きるほどヒートだよ。でも実用性としてはどうだろうなあ」
シーナが勧めてきたのは、刃渡り60センチほどの短剣で、刀身が波打っている物だった。クリスっていうんだっけこういうの。
見た目は確かにかっちょいい。かっちょいいけど、これ、刃こぼれしたとき自分で研げる気がしない。
そもそもクリスって儀礼用とかお守り的な感じじゃなかったっけか。
「ほう……そいつが気に入ったのかい」
低くしゃがれた声。のそりと立ち上がったその姿は、熟練の鍛冶師であることを容易く連想させた。
「そいつに目をつけるとはお嬢ちゃん、なかなかやるじゃねえか」
まるで獲物に狙いを定めた猛禽類のような眼光でシーナを睨めつける。
カウンターからその姿を現した店の主人は、一歩、また一歩とゆっくりではあるが確実に俺たちとの距離を縮めていく。
蛇に睨まれた蛙のように動けなくなってしまった俺の前まで来ると、その鍛え上げられた太い両腕で俺の肩を掴んだ。
や、殺られる……!?
「くくく……そいつはなぁ……この店で唯一、俺の手による作品じゃねえんだ……」
何が面白いのか、意味深な笑いを滲ませながら語り始めた。
「今までにそいつを手にした男は三人。もう誰もこの世にゃいねえのさ。一人目はダンジョンの探索中に。二人目は山賊に囲まれあっけなく。三人目は身分の違う恋をしちまったんだな。逃避行の最中、追い詰められて逃げ切れないと悟ったのか、その剣で恋人もろとも……」
そこで親指を立て、自分の胸をトントンと叩く。
なるほど、曰く付きの剣ってことか。言われてみれば確かに、刀身から何か禍々しいオーラを感じるな。
「ちょっとちょっと、そんな危ない剣をなんで普通に店に並べてんのさ。大丈夫なの? 呪われてたりするんじゃないの?」
「ハッ! 呪いが怖いならやめておきな! こいつはな、自分にかけられた呪いを解いてくれる猛者を探してんのよ。相応しくない持ち主なら、即座にあの世行きだろうな! っていう設定だ」
シーナと店主が揉めているが、全く耳に入ってこない。俺の心は手の中の魔剣に、すっかり掴まれてしまったようだ。
ともすれば、これも剣に秘められた魔力のせいなのかもしれない。
「は? 設定? ちょっと、どういうことなのさ。今までの全部嘘ってことなの?」
「だから設定だ。そういう文句で売り出してる剣なんだよこいつは」
「じゃあ結局呪いとか、前の持ち主とかもデマカセってこと?」
「デマカセとは口が悪いな。設定だっつってんだろうが。そもそもそいつは歴とした新品だ。呪いなんざあってたまるか」
「なにそれ意味わかんない! 意味わかんないー!」
俺が魔剣に魅了されている間、シーナが店主に抗議してくれている。詳しい話はわからないが、優しいシーナのことだ。恐らく俺の身を案じてくれているのだろう。
「……よし」
俺が呟くと、争っていた二人が途端に静かになり、こちらを振り向いた。
「試してみようか。こいつの呪いと俺の運。どっちが強いか、さ」
「お、おい兄ちゃん! 何をするつもりだ!」
俺は剣の柄を持ち、勢いよく回転させながら宙に放る。
「俺が負けたら、所詮それまでの男ってことさ」
「おいよせ! 切れ味は本物だぞ!」
放られた剣は重力に逆らいながら上昇を続けるが、やがて引力に捕まり落下を始めていく。
俺は落下が予測される地点に左腕を伸ばし、静かに目を閉じる。
回転を続けながら落下した剣は、しかし俺の腕に傷をつけることなく、軽い音と共にその身を床に沈めた。
「いい剣だ。貰っていくぜ」
決まった。これ以上ないくらい決まった。
ふふ、呪われた魔剣か。いいじゃないか上等だ。お前もブラック・デスイーター同様、乗りこなしてみせるさ。
「ねえトール、全然違うところに飛んでいったけど、何がしたかったの?」
え、あれ?
シーナの声に目を開けると、確かに剣は俺から1メートルくらい離れたところに突き刺さっていた。
やだ、恥ずかしい。
実はちょっと怖くて、失敗してもどうにかなりそうな左の義手を出したっていうことが、更に恥ずかしい。
「いい剣だな。こいつに決めよう」
誤魔化すように剣を床から引き抜く。大丈夫だよな、顔赤くなってたりしないよな。
「まあトールがいいならそれでいいけどさ……うーん……」
やはり俺のことが心配なのか、あまりいい顔をしてくれないシーナ。
安心しろよ。俺には幸運の猫娘がついてるんだぜ。ちょっとやそっとの呪いくらい、弾き返してみせるさ。
「く……がっはっはっは! 気に入った! 気に入ったぜ兄ちゃん!」
突然店主が大声で笑いだし、俺の背中をバシバシ叩いてくる。
「さっきから話は聞いてたぜ! もう一本短剣が必要なんだろ!? ならこいつだ! こいつはかのルーメル王国から産出された純ミスリルを使った短剣でな! あそこの鉱山は何百年もの間戦場になっていたせいか、戦士たちの血を啜った鉱石で作られた武具は、持ち主の気が高まるとその姿を変えることがあると言われてるんだ!」
説明しながら店主が出してきたのは一振りの短剣。
両刃になっていて、刃渡りは40センチくらいか。刀身の幅や厚さも申し分ない。鍔も頑丈に作られていて、しっかりと盾の役割を果たしてくれそうだ。
何よりも、また曰く付きと来たもんだ。
なるほど、確かに妖しく輝いている気もする。目を閉じて耳を澄ますと、こいつの故郷である戦場で戦う戦士たちの声が聞こえてくるようだった。
「ふふ。気に入ったよ。それじゃあ、こいつもいただいていこうか」
「大事にしてくれよ兄ちゃん。そんで、無事に帰ってくるんだぜ。待ってるからな」
支払を済ませて店を後にする。
決して安い買い物ではなかったが、まさかこんなところで魔剣を手に入れられるとは思ってもみなかった。
必ず使いこなして、またあの店主の顔を拝むとしよう。その時は一献付き合ってもらうとするか。
「ねえトール、嬉しそうなところ悪いんだけど、それ、別に魔剣とかじゃないっぽいよ? 全部設定だって言ってたしさ。まあ見た感じ、質は悪くなさそうだったから特に反対はしないけど……」
次の店に向かう途中、シーナからそんな説明を受けて、なんかもう、恥ずかしさの余り死にたくなったのはここだけの秘密だ。