63:貴族の心
~ウィルナルド~
「マスター、食糧配布を行っていた貴族の方をお連れしました」
お菓子を食べながらアニメを見ていたら、エティリィがお客さんを伴って帰ってきた。
お連れするのはいいんだけど、せめてノックとか、外で待っててもらうとかしてくれないもんかなあ……。
だらだらしているところを、モロに見られちゃったんだけども。威厳とか全く無いんだけども。
威厳といえば、城もそろそろ建てないと。アグリルなんて未だに地下で暮らしているしなあ。よく考えたらアニメ見てる場合じゃなかったかも。
おっと、お客さんの視線が痛いや。しゃきっとしよう。
「お初に御目にかかります魔王様。わたくしはフィラ・ゼアランシュアと申します。御挨拶が遅れてしまったこと、誠に申し訳ございません」
エティリィの隣に並び立つ女性は、初めにそう名乗って頭を下げた。
全体的にスラッとした体型をしていて、蜂蜜色の長い髪を三つ編みに結んでいる。貴族というからには少なからず統治者としての素質を求められるはずだけど、そのような雰囲気は感じ取れない。物腰も柔らかく、どちらかというと、深窓の令嬢といった感じ。
外に出て活動するよりは、家の中で本を読んでいそうな、どことなく親近感の湧く人物だった。年は僕よりも上かな?
「よろしく、フィラ。噂は聞いているよ。色々と助けてもらったみたいだね。ありがとう。ところでゼアランシュアってどこかで聞いたことがあるような気がするんだけども」
「父が先代魔王様にお仕えしておりましたので、その関係なのかもしれません。わたくしは貴族とはいえ、大した能力は持っておりませんので」
「そうなんだ。ごめんね僕もあまりその辺詳しくなかったから。とにかく、君の行動で街はかなり救われたよ。何かお礼をしたいと思っているんだけど……まあ立ち話もなんだし、まずは座ってよ」
と、話している途中、部屋のドアが勢いよく開かれた。
「若、失礼するぞ! エティリィが例の人物を連れていたと噂を聞いてな。儂も一言礼を、と思って来たのたが……おぉ!?」
言いながら部屋に入ってきたのはガンドさんだった。
相変わらず重そうな鎧をガチャガチャさせながら歩み寄ってくる。
そして、振り向いたフィラの顔を見て、その強面を破顔させた。
「フィラ! フィラではないか! おぉ、よく無事でおったな……! コイルの奴はどうした!?」
どうやら顔見知りらしい。いつも渋い顔をしているガンドさんが、まるで孫を見る好好爺みたいになっている。
「ご無沙汰しております、おじさま。先の戦の折、わたくしは屋敷に隠れていたのですが、人間たちに火をかけられ危うく……といったところで魔王様によって転移させていただきました。ですがお父様は……あの時人間共に……」
「む、コイルめ……騎士として殉じたか……これからの世にこそ必要な人材であったが、惜しいことよ。だがまあ、お主が無事で何よりだ。コイルの奴も報われよう」
どうやらフィラの父親とも親交があったらしい。家族ぐるみで付き合いがあったのかな。
しかし、コイルって名前にも聞き覚えが……。
「若、どうやらわかっておらんようだから伝えておくが、こやつの父親コイルは、ヴォルヴィエルグの側近の一人ぞ。常から人間の文化を学ぶような変わり者でな、いつか戦争の無くなる日を夢見ておったわ」
必死に思い出そうとウンウン唸っていたらガンドさんにばれてしまった。
しかしそうか、かつての魔王軍にも人間好きな人がいたんだ。それは確かに惜しい人物を失ってしまった。でも父親がそうなら娘であるフィラにも期待ができるんじゃないかな。
「お父様は優しい人でした。優しく、そして甘かったのです。人間なんぞに肩入れするから嘗められてしまうのです。最期を看取った方のお話だと、お父様はあの時も人間共を説得しようと、片言の人間語で必死に語りかけていたそうです。せめて民間人に手を出さないでくれと」
フィラは父親について語りながら、悔しそうに歯を鳴らした。
「その結果が、騙し討ちですって。話を聞いた振りをした人間に、背後から襲われたそうです。許せません。あの優しかったお父様を奪った人間を。お父様と同じように、人間と仲良くしようなどと考えていたわたくし自身を」
いまだ父親を喪った傷は癒えていないのか、心底苦しそうに話すフィラ。あるいは、自身を責めているのかもしれない。
「結局、お父様は間違っていたのです。人間共と共存するなど、夢物語でしかありませんでした。こちらにその気があったところで、人間共はそれを利用することしか考えません。共存の道がもしあるとすれば、それは全ての人間を滅ぼし、隸属させたときだけなのです」
そう語り、自嘲する。皮肉なことに、父親の理想はそのまま裏返って娘の思想を歪めてしまったのか。
「うむ……あの戦を直に経験した儂にもわかるが、人間と共存するというのは、生半なものではあるまいよ。だがなフィラよ、若の理想は……」
「ですから、わたくしは決めたのです。新たな魔王様となられたウィルナルド様を支えようと。今はまだ若輩の身であり、家も資産も失ってしまいましたが、全てを擲ってでも人間共を滅ぼすためのお役に立とうと。食糧の件に関しましても、その一環にございます」
説得しようとしたガンドさんに被せるように捲し立てる。
どうしよう。僕も人間と仲良くしたいなんて言える空気じゃない。むしろ君の足下にその人間がいるよなんて絶対言えないし、ばれるわけにもいかない。
話を途中で遮られてしまったガンドさんも、複雑な表情でこっちを見てくる。そんな目で見られてもなあ。とりあえず誤魔化す他ないよね。
「君の考えはよくわかった。今はどこに家を構えているんだい?」
「わたくしはこの街の離れの方に住まわせていただいております。領地の方は無事ですが、そちらはお父様の代から仕えてくれている、信用できる者に任せております」
「そっか。それじゃあ近いうちに、今まで配布してもらった食糧の代金を支払いと、お礼としてそれなりの屋敷を用意させてもらうよ」
僕の提案に、フィラは一瞬驚いた表情を見せてから。
「身に余る光栄にございます。今後も、人間共を根絶やしにするため尽力してまいります」
と、恭しく頭を下げた。
フィラを帰らせたあと、ガンドさん、エティリィと作戦会議を行う。
「ふう、お茶が美味しいや……」
「マスター、現実逃避をしないてください。これは捨て置ける問題ではないですよ」
遠い目をしてお茶を啜っていると、エティリィからツッコミが入った。
「そうは言ってもなあ。どうしようもなくない? 説得できそうな雰囲気じゃなかったよ」
「マスターの障害となる恐れがありますね……消しますか?」
「いやいやいやっ! それはやめとこうよ!」
物騒なことを言い出すなぁもう。
エティリィの場合、本気でそう考えていそうだから尚怖い。冗談でも許可しちゃったら本当に対処してしまいそうだ。
やはりここは知り合いということで、ガンドさんの意見を聞くべきだろう。
「うむ、フィラが人間を憎むようになってしまったのは憂うところではあるが……しかして、あの戦を直に経験してしまうとな……」
ガンドさんにしては珍しく歯切れが悪い。呻くように言葉を繋げる。多分だけど、ガンドさん自身もまだ完全には吹っ切れていないのだろう。僕に付き合ってくれている手前、無理矢理抑えてる感情もあるのかもしれない。
「若の言うとおり、人間にも善と悪があるのは理解している。だが、我々が出会った人間というのは、欲に目の眩んだ者共ばかり。これでは、フィラのような考えに至ることも致し方がないとも思えるな」
厳しい現実を突き付けられてしまった。ガンドさんの意見は魔族の総意と思ってもいいだろう。
むしろ、そういった感情を曲げてまで僕に協力してくれているガンドさんやセティリアには本当に感謝しなくてはならない。
「確かに、魔族領に攻め込んでくる人間の冒険者たちは非道かったかもしれません。でも、その一面だけを見て全てを判断するのは間違いだと思うんです。実際に話し合って、交わるようになれば絶対に皆もわかってくれるはずです」
「理解っておる。理解っておるよ。だが、こればかりは理屈ではないのだ。我々魔族は長い間、人間の汚い部分だけを見すぎてきた。これを払拭するのは並大抵のことではないぞ」
「けど、誰かがやらないとずっとそのままになってしまいます。人間の良さを知っている僕がなんとかしないと……」
「マスター、大丈夫です! アグリル様も協力を約束してくれていますし、トール様だって直に見つかるはずです。トール様と合流さえできれば、あとはどうにでもなるはずです!」
そうだね。人間にも協力してくれる人がいるんだ。
エティリィの言うとおり、トールが手伝ってくれたら何だってできそうな気分になれるし、早く会いたいな。
あれだけの魔力の持ち主だし、冒険に出ていれば噂くらい聞こえてきそうなものなんだけど……。
「ありがとうエティリィ。トールが見つかればできることもかなり増えるしね。あー、どこにいるのさトールー」
「そのトールという人間が、若の言っていた友人か? 時折名前を耳にするが、それほどの人物なのだろうか」
「勿論です! トール様は強く、優しく、気高いのです! 高い適応力と鋭い観察力、豊富な知識の持ち主で、目標に向けて努力を惜しまない人です! そして何より、私に心をくれました!」
フンス! と鼻息荒く力説するエティリィ。
トールに対して気があるのはわかっていたけど、これは僕の思っていた以上だったかもしれないな。
「ふむ。若だけでなく、パペットであるエティリィからもここまで想われる器の持ち主か。是非、儂も間見えてみたいものよ」
感心するガンドさんに対して、僕は苦笑を隠し得ない。
エティリィは別に嘘を言っているわけではないけど、あまり持ち上げるとトールが後で苦労しそう。
エティリィのおかげで重くなっていた空気が少し和んだ気がした。まさかこんなところでもトールに助けられるなんてね。
「よし、フィラに関してはとりあえず保留! 助けてくれてたのは事実だし、無下にはできないものね。できるだけ説得して協力してほしいところだけど、まずは動向を見守ろう。ってところでいいかな?」
すぐに解決できる問題でもない。様子を見るしかないね。
二人も特に異論が無いようだし、住人の煽動だとか暴走しなければ見守ることにしよう。
人間との共存にあたって、課題は山程ある。魔族内の意識統一だって必要になるし、兄たちの行方だってまだわかっていない。
けど、問題を一つずつ潰していけば、いつかは終わりがやってくるはずだ。
焦る必要はない。ゆっくりと確実に目の前の問題を解決していくとしよう。