62:アレの日
~トール~
筋肉痛注意報ーーーーー!
痛い! 腕が痛い! 手が痛い! マメできて潰れてる! ついでにケツも痛けりゃ太腿やふくらはぎも痛い!
つまりは身体中痛い!
朝になりました。予想通り全身筋肉痛です。
今日は部屋に一人きりで、ちょっと寂しい。いつもならシーナが。
「お兄ちゃん起きて! もう朝だよ! 早く起きてご飯食べるんだよ!」
とか言いながら布団を無理矢理剥ぎ取って、俺のアレが朝のアレしちゃってるアレを見て、「もお! お兄ちゃんのえっち! 朝から何考えてるの!?」とか言ってきたりするのに。
妄想乙。そんな妹が欲しかった。はぁ。
さて、気を取り直してシーナの様子でも見に行くか。と思ったけどよく考えたら道具袋を渡してしまっていたんだ。昨日はサイードに鍛えてもらったあと直帰したせいで、何も買えていない。つまりは、手土産がない。
まあ昨日の今日だし、様子見に行くのは夕方でいいか。今日の帰りにでもシーナの好きそうなおやつを買って帰るとしよう。
しかし一人で何やってるのかね。秘密特訓だろうか。
やって来ました昨日と同じ広場。ダンジョンに近いけれど、皆ダンジョンに向かうおかげで逆に人通りが全く無い、特訓にはうってつけの場所だ。
ちなみにここに来る途中、サイードの提案でまた武器屋に寄ってきた。
「おぉ、なかなか様になってんじゃねえか」
「だろう? ふっふっふ。家にあったペーパーナイフでよく練習したもんさ」
武器屋に寄ったのはこれを買うためだ。
二振りの短剣。刀身は60センチくらい。それを左右の手で逆手に持って中腰に構えている。
俺の場合、詠唱無しで魔法を使える強みがあるわけで、長めの両手剣を持つよりも片手剣と盾を持った方がいいというのが、サイードの意見。
攻めるよりも相手の攻撃を防いでから魔法で反撃というイメージらしい。
理屈ではわかるんだが、剣と盾ってオーソドックスすぎてあまり強くない印象が強い。偏見だとは思うのだけど、一狩り行くときも双剣のほうが使いやすかったしな。俺はライトボウガンだったけど。片手剣って状態異常担当でしょ?
そんなことは置いといて、盾は嵩張るし、あまり好みではないということをサイードに伝えたら、じゃあ短剣二刀流でという結果になった。
左手には盾の代わりとして使えるよう鍔の広い物を。利き手である右手には少し長めの短剣を、といった具合だ。
練習用の木剣にぞんな種類は無かったため、同じものを二本効買わざるを得なかったが、動きの練習用としては十分だろう。
短剣を使って踏み込む、あるいは相手の攻撃を弾いてからの魔法攻撃。それが俺の基本戦術となりそうだな。
剣は囮、魔法が主力だ。無詠唱かつ杖不要という利点を活かして、見た目はなるべく剣士で通す必要があるな。
ほとんど奇襲に近い戦法ではあるが、まさに初見殺しだと思う。
「そんじゃ、今日も始めるとすっか。一応言っとくが魔法ぁ無しな。あんなん食らったら普通に死ねるやな」
「おう、剣だけである程度は戦えるようにならないといけないもんな。んでは、よろしくお願いします」
今日は昨日と違ってサイードの反撃も加わった特訓となった。攻撃を防ぐ練習もしないといけないから当然ではあるのだが、お陰様で身体中アザだらけになってそうで怖い。お風呂入ったら痛いだろうな……。
帰り際、サイードに許可を取って少しだけ別行動を取らせてもらう。
目的は勿論シーナへの手土産探し。
すぐにでも倒れこみたいくらい疲れてはいる手前、あまり凝った物は買えないが、出店で何か買っていけばいいだろう。
街の中央広場まで来ると、すでに日が傾きかけているにも関わらず多くの人で賑わっていた。
やはり人間の割合が高いが、ちらほらとエルフやドワーフといった亜人の姿も見受けられる。獣人の姿がやたら少ない気がするのは何故だろう。いつもはもっといたように思うんだけどな。
街のあちらこちらから、夕飯の良い香りが流れてくる。外で遊んでいたのか、少し疲れた様子で家路を急ぐ子供たちが目の前を過ぎていった。
そんな中、俺の目に留まったのは一見の出店屋台。
日本でいうところの、ベビーカステラとか鈴カステラと呼ばれているお菓子に近い物が売られていた。蜂蜜に似た香りが俺の望郷心を刺激してくれる。
香りからして甘そうだし、一口サイズの物がいくつも入っているようなので邪魔になることも無いだろう。
甘いものが嫌いな女の子はいないとかいうし、これでいいだろう。俺のもあわせて二袋購入。銅貨十枚でした。
帰り道、自分の分をつまみながら、この土産は当たりだったと確信する。これならシーナも喜んでくれるだろう。
口一杯に頬張るシーナを想像して、つい、にやけてしまう。
心なしかさっきまでより軽くなった足で、宿に戻った。
妹みたいなものとはいえ、女の子の部屋を訪ねるのに汗臭いままではまずいということで、とりあえず風呂を済ませてからシーナの部屋へと向かう。
同じ宿ではあるものの、シーナの部屋は俺たちとは離れた位置にある。どの部屋かというのは昨日のうちにメリアードから聞いているため問題ないが、なんだか少し緊張してきた。
他の客は皆食事にでも出ているのか、宿の中は閑散としている。ここは現代日本と違い、防音設備なんかが整備されていない異世界。部屋の中の会話なんかはドアの前に立てばほぼ丸聞こえとなる。
まあ要するに……廊下で聞こえてくるのは、部屋にこもっているはずのシーナの声だけだった。
「あうぅぅぅぅ……うぅぅぅぅ……」
うえぇ!?
漏れ聞こえてきたのは苦悶の呻き。
思わず足が速くなる。部屋に近づくにつれて、はっきりと聞き取れるようになってきた。
「んぅ……んっ……あうぅ……トールぅ……あぅっ……」
えっと……何事……?
何が起きているのかさっぱりだが、中でシーナが苦しそうにしているのは間違いない。何故か俺の名前も呼ばれているし、様子見るくらいはいいよね……?
「シーナ……? 大丈夫か……?」
「にゃうっ!?」
ノックしてからドア越しに声をかけると、中から凄い音がした。
「ト、トール!? え、何で!? メリアードにちゃんと言っておいたのに!!」
「ほっとけとは言われたんだけどさ、やっぱり少し心配になっちゃって……大丈夫? お土産もあるんだけど入ってもいいか?」
「だ……だめだめだめ! 今は絶対だめぇっ!」
「お、おう……」
全力で拒絶されてしまった。ちょっと悲しい。
ドアノブに伸ばしていた手を慌てて離す。危ないところだった。
「ごめんねトール……でも今はちょっと……うぅ……我慢、できなくなりそうだから……」
「そっか。その、なんだ……とりあえず病気とか怪我じゃないんだよな?」
「う、うん……ごめんね……暫くすれば平気だから……」
「ん、わかった。それなら戻るわ。お土産ここに置いとくからさ。食べられそうなら後で食べといてくれよ。美味しかったから」
「うん、ありがとう」との返事を受けて、お菓子の入った袋をドアの前に置いておく。
まだ少し心配ではあるが、本人が大丈夫と言っているのだから信じよう。
「……ね、ねえトール?」
会うことは諦めて引き返そうとしたところ、再びシーナの方から呼びかけてきた。
「ん、どうした?」
何か頼みたいことでもあるのか、聞き返してみるがなかなか次の言葉が出てこない。
少しの間そのまま待っていると、しどろもどろといった感じで、ぽつぽつと語り始めた。
「あ、あのさ……もしね? もしもなんだけどさ……」
何かを言おうとしているのだろうが、声が小さくてどうにも聞き取り難い。
「もし、もしさ……あたしが、その、いいよって言ったらさ……あたしと……こ、こども、とか……ぅぅっ……ご、ごめんやっぱ無し! 今の無しで! 忘れてっ!」
ごにょごにょしたり、唸ったり、怒鳴ったりと忙しいな。
シーナにいったい何があったのかはわからないが、今理解できていることは一つ。
『フラグが立った』ということだ。俺は鈍感系ではないからな。相手の好意くらいはわかるってもんさ。
日本にいたときだって、クラスメイトの女子に携帯の番号を聞いたらクラスのグループトークを紹介してもらえたし、落とした消しゴムを拾ってもらったこともあったからな。照れてしまったのかその後の進展は何も無かったが、あれは完全にフラグが立っていたはずだ。
それくらい敏感な俺。これほど分かりやすいフラグに気付かないはずが有るだろうか。いや無い。
ここは久しぶりにいっておくか。カモォォン選択肢!
①『黙って立ち去る。トールはクールに去るぜ』
②『「え? なに?」』
③『勢いよくドアを開ける。「もう大丈夫だ! 俺が来たァ!」』
ふむ。三つも出てくれたか。
どれにするべきか。どれを選んでもイベントは進行すると、俺の小宇宙は囁いているが、さて。
……①、かな。忘れてと言われているのだし、何も無かったことにして飯でも食べに行くとしよう。
今後のイベントが楽しみだぜ。